4-1.ならば少し協力してほしい
アルトから依頼料をもらった私は、夜を待ってギルドを訪れた。
フィリップやギルド長がいると面倒な事態が予想されるため、彼らが不在であるか耳を澄ませながら慎重に入っていくと、受付の所に職員と探索者が数人いるだけで閑散としていた。良かった。これは都合が良い。
「ノエルちゃん?」
受付へ行くと、昨日左隣で受付対応していたユハナが私に気づいて声を掛けてきた。反対の右隣に座っていたシルヴィアはいないから、今日は夜間担当ではないのだろう。エドヴァルドお兄さんも挨拶は大事と言っていたし、せっかくなので一言挨拶をしようと思ったけれど、いないならしかたない。
「……今朝はゴメンね。かばってあげられなくて。あの後みんなでギルド長に詰め寄ったんだけど、頑固で……ホント、あのバカギルド長、信じられない!」
珍しく――というほど彼女の事を知っているわけではないけれど、今朝の出来事に憤慨しているようで、おっとりした見た目にそぐわない悪態をついた。
「クビだなんて、絶対昨日のことが原因よね。よっぽどツヴァイク家に弱みを握られてるのかしら……って、私たちもずっと見て見ぬフリをしてきたし、同類か」
「問題ない。数日契約が終わるのが早くなっただけ。私がいなくても業務に支障がないのであればユハナが憤る必要はない」
「……ありがと。それで、どうしたのこんな時間に?」
少しやり残したことがある。そう返答しつつ私は少し考え込み、彼女に尋ねた。
ここのギルドにとって、フィリップたちは必要?
「……どうかなぁ」ユハナが周囲を見回して声を潜めた。「ノエルちゃんだから言うんだけど、正直なところ私はあんまり来てほしくないかな。私たちにセクハラはしてくるし、いつも騒ぎは起こすし、何かあると二言目には『俺はAクラスだぞっ!』って偉ぶるし……たぶん、他の子も同じように思ってるんじゃないかなぁ」
予想はついていたけれど、やはりフィリップは職員には嫌われている様子。客観的に考えてもあれだけ好き勝手に行動していれば、好かれる方が難しいはず。
「ギルドの経営的には高い素材を持ってきてくれるから助かるんだろうけど、それで利益が出ても別にお給料が上がるわけでもないし、せいぜいあの頑固ギルド長の評価が上がるだけだもんね……あ、なんか朝のこと思い出してまたムカムカしてきた」
ユハナは結構根に持つタイプと思料。人は見かけによらない、とエドヴァルドお兄さんも事あるごとに言っていたけれど、心に留めておくべき事柄だと改めて思った。
それはともかく。
「ユハナの気持ちは理解した。なら――少し協力してほしい」
そう言うとユハナは首を傾げて私を見下ろし、だけれども先程の私の質問から意図を察してくれたようで大きくうなずいた。
「フィリップを懲らしめるのね? 分かった、いいよ。それで、何をすればいい?」
「えーっとぉ、どこだったっけ……確かこの辺で見た記憶が……」
暗い倉庫の中で、書類を探しながらユハナがうなった。
カウンターで協力を依頼した後、彼女は私を連れて三階の倉庫へと連れてきてくれた。
私が頼んだのは、このギルドの探索者クラス評価試験に関する書類の在り処について。どこの支部もそうだけれど、倉庫の中には過去の膨大な数の書類が保管されている。なのでパッと見つけ出すのは難しいのだがユハナはどうやら見覚えがあるらしく、今は彼女の記憶を頼りに捜索中だ。
私ほどではないにしろ、彼女も小柄。白魔導で作り出した心もとない灯りを頼りに、台に登ってなお背伸びして一番上の棚を探してくれてる姿を見上げていると申し訳なくなってくる。
「あれぇ……確かここら辺に……あった、これだ! ノエルちゃん見つけたよ……って、わ、わ、わ――きゃあああっ!!」
「危ない」
書類を見つけたユハナがはしゃぎながらファイルを掲げると、狭い踏み台で振り返ったせいでバランスを崩して倒れてきた。なので落下した彼女を抱きとめる。
「不安定な足場は慎重さが求められる。降りるまで平静を保つことを推奨」
「う……ゴメン。それとありがと。昨日も思ったけど、ノエルちゃんって力持ちだよね」
「私は探索者でもある。これくらい問題ない。それよりも」
「あ、はい、どうぞ」ユハナからファイルを受け取る。「エナフで久しぶりにAクラス探索者が誕生して大盛り上がりしてたから記憶に残ってたんだ」
感謝する。彼女に告げて私はファイルを開き、書類を捲っていく。
「でもこんな資料見てどうするの?」
「彼のクラス認定について疑義がある」
最初にギルドで暴れていた時も、昼間に町で戦った時も彼を強いと感じなかった。単純な身体能力では前衛職としての平均的な探索者の域を出ない。ならば何かしらスキルを持っている可能性も考慮して警戒したけれど、それを使う素振りもなかった。
もちろん屋内や町中で使用できないスキルの可能性はある。
(だけど――)
彼が他のAクラス探索者を雇っているというのが不可解。レベルの近い探索者がパーティを組んで迷宮に潜るのは極普通の行為。にもかかわらず、なぜ彼は雇用という手続きを経なければならなかったのか。
推測できる理由は、そう多くない。
「あ、あった。ここからフィリップのページだね」
ユハナが指差したとおり、私が開いたページにはフィリップの顔写真と、探索者になってからこれまでの経歴と認定試験の内容が書かれていた。
Aクラス探索者に共通して言えることだけれど、探索者登録から昇格までのスパンが非常に短い。身体能力、魔素の扱い、或いはスキル。いずれにしてもそもそも生まれ持った資質が優れているのだから当然だ。地道な成長曲線をAクラスまで描く探索者の方が珍しい。
そしてフィリップも例に漏れず、Aクラスまではわずか数年で達していた。そこは不可解ではない。でもやはり、妙な点があった。
「どうしたの?」
「クラス認定試験に関する記載が乏しい」
過去に、ルーヴェンのギルドで行われた認定試験の書類を目にしたことがある。その時は試験で潜った時の階層の深さからどういったルートを通ったか、そして目的の階層に到達してどんなモンスターと戦闘し、その戦闘の流れ、危機に陥った時にどういった対応を取ったかなど詳細に記載されていた。
だけれどフィリップの書類に書かれていたのは至って簡素。どの階層でどのモンスターと戦って勝利したか程度しか書かれていない。他の探索者もそうなのかと思ってページを捲ってみるけれど、他の探索者はキチンと詳細に書かれていたので、彼の分だけが簡略化、言い換えれば手抜きされていた。
「……本当だ」
「しかも内容の正確性にも疑問。ユハナ、昨日彼が持ってきた素材の状態を覚えてる?」
「え? うん、覚えてるよ。酷かったよね。素材は血でびちゃびちゃだったし、皮の剥ぎ取りも適当で、いくらなんでもこれは酷いって私も思ったけど……それが?」
「ここを見て」
認定試験の評価には素材の剥ぎ取り・処置に関する項目も含まれる。昨日見たとおり、彼の剥いだ素材はまるで素人が初めてやったようなもの。仮に昨日が失敗だったとしても、元々腕前があればあそこまで劣悪で悲惨なことになることはない。
だというのに、認定試験の結果は最高評価が付けられていた。非の打ち所がないとのコメントもつけられていて、到底昨日彼が持ってきた素材の質とは結びつかない。
ユハナもいよいよおかしいと思ったようで、私に顔を引っ付けるようにして書類を覗き込み始めた。
「どういうこと……? いくらなんでも変だよ。だって昨日はあんな出来だったのに」
「もう一つ私が理解できない点がある」
それは認定試験に立ち会った人数だ。ギルド規則にはその点が定められていて、最低でもギルドの認定審査官が二人と、認定対象クラス相当の探索者――この場合はAクラス――が一人は立ち会わなければならないとされている。なのにフィリップの時は認定審査官一人のサインしかなくて、しかもそれで受理されている。これは明らかなギルド規則違反。
そして。
「ユハナ。エナフのギルドに、認定試験官の資格取得者は何人いる?」
「え? えっと、ウチは小さなギルドだから一人しかいなくて、確か資格を持ってるのは――」
ユハナがハッとして、そのサインを覗き込んだ。そしてその名前を見て、青ざめた様子で口元を押さえた。
「うそ……え、だって、だってあの人、仕事も真面目だし……」
信じられないといった様子だけど、これは事実。私は書類をファイルから取り外し立ち上がった。
「……どこに行くの?」
「彼女のところへ」
未だ書類を見つめているユハナを置いて私は倉庫を出た。そしてそのまま一人で外に出るとバーニアを噴かせて夜空へと舞い上がっていったのだった。
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