表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
軍の兵器だった最強の魔法機械少女、現在はSクラス探索者ですが迷宮内でひっそりカフェやってます  作者: しんとうさとる
エピソード2.5「隣町ギルドの面倒な事情」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/177

3-2.依頼内容を鑑みると足りないけれど、十分すぎる額



 アルトが言うには、彼らツヴァイク親子がこの町にやってきたのは、戦争が終わってからしばらく経った頃。元々他の町で商売をしていてそれなりに大きな商会になっていたらしいのだが三年ほど前、本格的にこの町に拠点を移した頃に急成長し、そして徐々にその本性を現し始めた。


「最初は大人しくしてたんだけど、段々とこの町の商店を買収していって、今じゃ町の半分以上がアイツらの店になっちまった」


 時に多額の金を積み、時に脅迫まがいのことをしてこの町を実質的な支配下に収めた。フィリップからの申し立てで私をあっさりクビにした事や、彼自身が見せた傍若無人な態度からしても、本来中立であるべきギルドもすでに彼らに支配されていると言って間違いない。


「九ヶ月くらい前だったっけな? この店にもとうとう奴らの部下が来て、親父と母ちゃんに店を譲るよう迫ったんだ」

「だけど断った?」


 アルトはうなずいて、店の中を見回した。

 断った後、店の経営は一気に傾いていった。いつも忙しそうに制作していた魔導具の注文は減り、汎用品を買いに来る客も目に見えて減っていった。


「親父も母ちゃんも、ずっと理由が分からなかったんだ。親父の腕は落ちてないし、町にいる探索者も特別減ったってことも無い。ツヴァイク商会が町の反対側に魔導具屋を出してたけど、物は親父には遠く及ばないし値段だってそんなに変わんない」


 それでも父親は懸命に理由を探り続けた。何か商品に不具合があったのではないかと、販売した客に赴いてヒヤリングを行い、もっと性能が良くなるようにと試行錯誤を続ける。けれど、客は一向に戻ってこず、生活が苦しい日が続いた。

 そうした中で、アルトはある噂を聞いたのだとか。


「親父の商品が欠陥品だって、他所の町で噂になってたんだ」


 他所からの注文がなくなったのはその噂が原因だったようで、実際にアルトたちもその商品を見せてもらうと、確かに見かけこそまともだが、使ってみるとすぐに壊れて使い物にならなくなる粗悪品だった。

 けれど。


「……あれは親父が作ったやつじゃなかった。見た目だけ似せた紛いもんだったんだ」

「それは確か?」

「当たり前だ! ウチの商品には絶対に親父オリジナルの印が付いてる。だけど、その紛いもんには無かったんだ」


 とはいえ、偽物だと分かったところで一度ついた悪評は拭いきることができなかったのだという。そして先日、とうとうこの店を畳んでしまったらしい。後に残ったのは、店を開く時の借金だけ。

 ――のはずだった。


「本当なら、この店まるごと売りに出されるはずだったんだ。けど……借金取りの奴ら、姉ちゃんを渡したら店の借金はチャラにするって言ってきやがった」


 もちろんアルトたちはその要求を突っぱねた。だが、アルトの姉であるアンネ・ミュルデルもまたアルトと同じく父親の仕事を誇りに思っていたらしく、彼女はその申し出を了承した。

 家族に内緒で。そのことを家族が知った時には、すでにどうしようもなかった。


「それ以来、姉ちゃんを買い戻す金を作るために親父は探索者に戻って毎日迷宮に潜って、母ちゃんはショックで体を壊して寝込んじまった」

「疑問がある」私は口を挟んだ。「借金の差押え対象を人とすることは人身売買に当たるとして禁止されてるはず」

「そんなの、建前だけに決まってるだろ。こっちは借金がある限りどうしようもないんだ。嫌だったら何とかして金を作って、早く借金を返すしか方法は無いんだ」


 人身売買は法律でどの国でも禁止されている。けれども、戦時中はそうした事は普通に行われていたと記憶している。

 戦争で焼け出された孤児を人さらいが売払う。そして記憶にはないが、おそらくは私もそうだった。でなければこうした体にはされていない。戦争が終わったとは言っても、アルトの言うとおり名目を変えて実質的な売買慣習は残っていても不思議ではない。


「事情は理解した。だが、それなら私に助けを要求する理由が未だ不明瞭」

「……俺もちょっと前までは、さっき言ったように地道に金を返すしかねぇと思ってたんだ。だけど――話を聞いちまったんだ」


 床を磨くアルトの手が止まった。彼の方を見れば、モップを持つ手が震えていた。


「親父のフリをした紛いもんをこっそり作って売りさばいてたのは……ツヴァイク商会系列の店だったんだ。それだけじゃない。店の噂を流してたのも奴らだったし、姉ちゃんが連れてかれたのもフィリップの屋敷だったんだ」


 つまり。


「この店を潰すために?」

「ああ、そうさ。ツヴァイク商会の近くを通った時に、連中が雇ったゴロツキたちが話してたのをたまたま聞いたんだ。

 親父たちと同じように反発する人たちへの対策が必要で、それプラスでフィリップの奴が姉ちゃんのことを気に入ったんだと。だからウチを潰して見せしめにしつつ、元々の金貸しから借用書まで買い取ってそれをダシに姉ちゃんをそそのかして自分の所に連れてきたんだ」


 不当な手段で父親の腕を貶められて店を潰され、しかも大好きな姉を失い自分は何もできなかった。それが悔しいのだとアルトはモップを握りしめながら泣いていた。


「親父も母ちゃんも頑張って夢を叶えたってのに……姉ちゃんもそれを分かってるから黙って自分を差し出したってのに、そんな理由で家族がメチャクチャにされていいわけないじゃんか……!」


 絞り出すようにそう言うと、アルトは鼻をすすって目を拭った。


「……もう今さら店はどうしようもねぇ。だけど親父には諦めてほしくない。親父の腕は一流なんだ。俺の自慢の親父なんだ。だから連中の息がかかってない場所や噂の届いてない所ならもう一度やり直せるはず」

「その話、家族にはした?」

「親父にはしたよ。でも、当たり前だけど姉ちゃんを置いていくわけにはいかねぇって。だからなんとかして姉ちゃんをフィリップの屋敷から連れ出したいんだけど、あそこは常に警備されてるし、アイツが雇った探索者がたむろしてる。俺が行ったってすぐつまみ出されて終わりだ」

「だから私に依頼した」


 アルトはまた床を磨きながらうなずいた。


「町の連中は頼れねぇ。逆らったら町で生きていけなくなっちまうからさ。ギルドだってアイツの言いなりだから探索者の人もアテにならない。そもそもフィリップたちの目をかい潜れるか、ぶちのめせるくらいの腕利きじゃないとダメだ。アイツが町で一番の探索者だから、アイツより強い奴なんていないし、だから正直……諦めかけてたんだ。

 でも、そんな時にさっきのやり取りを見たんだ。ノエルさんならフィリップをあっさり倒せるくらい強いし、しかも、その……」

「しかも私はこの町の人間じゃない。なのでフィリップたちに逆らっても問題は少ない。そう考えた。間違ってる?」

「……」


 アルトが言い淀んだ言葉を私が繋げると、彼はきまり悪そうに目を逸らした。

 別にそれで私が気分を害することはない。むしろ合理的な考えができる少年だと称賛に値する。

 しかしそれはそれとして、だ。


「貴方の姉を連れ出した後、私は糾弾される。また途中でフィリップたちと遭遇した場合はツヴァイク邸での戦闘が想定され、その場合私はこの町の有力者の家に押し入った犯罪者として逮捕の上、探索者資格の剥奪が予想される。それは困る」


 別に逃げ切ることは不可能ではない。でもその場合、クレアにも迷惑が掛かる上に指名手配として私の存在が他国にも知れ渡ってしまう。そうなると私を探している面倒な「招かれざる客」を招き入れてしまうことになるので避けるべきだろう。


「それらを回避するためにも最低限フィリップ親子の不正に関する証拠が必要」

「それはさっき言ったとおり、アイツらが話してるのを聞いて――」

「客観性が無い」


 アルトにとっては真実でも、噂話だけで信じる人間はいない。

 くわえて。


「私は警察組織の人間では無い。なので業務妨害や不正な身柄売買に対する捜査権も持たない。よって捜査のために邸宅に押し入るという名目も立たない」

「じゃあ!」アルトが湿った声を荒らげた。「じゃあどうすりゃいいんだよ! やっぱ……やっぱ諦めるしかねぇじゃんか……」


 涙を流しアルトはうつむいた。

 述べたとおり、フィリップ親子が行ったアルトたち家族への行為について私は糾弾する立場にはない。

 だけれども、彼は私に助けを求めた。そして事情がすべて真実であると仮定すると、助けを求めてしかるべき状況にあり、かつ私が私であるために助けるべき相手であると判断する。きっと、エドヴァルドお兄さんが助けたいと言っていた「理不尽に抗って生きている人」とはアルトみたいな人たちの事を言うのだろう。

 なら、私も最善を尽くす。


「……ゴメン。無茶苦茶言ってるよな。ノエルさんはそもそも関係ねぇ話なのに。やっぱり俺だけで何とかしてみるから忘れて――」

「ただし」


 アルトが顔を上げた。


「探索者であればギルドの管轄。探索者が不正を行っていれば、その捜査はギルドに権利がある。そして幸いにも私はギルド職員としても雇用関係がある」

「……何か、方法があるのかよ?」

「上手くいくかは不明。だけれども、分は悪くないと思料する」


 どうするか、とアルトに尋ねる。

 彼は大きくうなずき、それから頭を下げて私の手を握った。


「お願いします! これ……依頼料には全然足りないって分かってるけど、ギルドの仕事とかして俺なりにかき集めたんだ。だから受け取ってください」


 私の手に乗っていたのはお札が数枚と硬貨がたくさん。私が両手で受け止めなければ落ちてしまうくらいの量だ。

 今回の依頼内容を鑑みると客観的に判断して到底足りない。けれど、十分すぎる額。


「承知した」


 そう告げて、私はそのお金を握りしめたのだった。






お読み頂き、誠にありがとうございました!


本作を「面白い」「続きが気になる」などと感じて頂けましたらぜひブックマークと、下部の「☆☆☆☆☆」よりご評価頂ければ励みになります!

何卒宜しくお願い致します<(_ _)>

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ