6-3.本当に私は欲張りだ
(本当に私は――)
欲張りだ。幻聴が聞けて満足だと思ったけれど、そんなものじゃ全然足りない。もう一度だけでも私は……シオと会いたい。
落下していく体を起こす。私を貫こうとするヴェネトリアの剣に右手を突き出した。そしてなけなしの魔素をありったけ集中させる。
「そんなものっ!」
当然、ヴェネトリアの攻撃を受け止めるには足りない。一瞬の抵抗だけであっさりと冥魔導の盾を貫き、私の義手を破壊していった。
でも――それで十分。
「っ……!」
「これなら外さない」
義手を犠牲にしたことで逸れた剣は、私の右脇を浅く斬り裂いた。
そして、右手が壊されたことで露わになったのは銃口。十四.五ミリ弾用の大きな口径を、そのまま彼女の目に押し付けた。
「――スイッチ」
銃声が静寂の中で響いた。血しぶきがほとばしり、彼女の体が私から弾き飛ばされていく。落下していく彼女を見届けると、私も今度こそ全身から力が抜けていくのを感じた。
為すすべもなくヴェネトリア、そして私と地面に叩きつけられる。衝撃が全身を襲ってバラバラになってしまったような痛みを刹那だけ覚えるけれど、どうやら一応は無事らしい。精霊と融合したことで生まれた頑丈な体に感謝するばかりだ。
「……」
それでも魂の器は壊れたまま。もうすぐ器の中身は空っぽになってしまう。だけど、それでもまだかろうじて耐えられている。体を引きずりながら私はヴェネトリアへと近寄っていった。
彼女を見下ろす。虚になった瞳は横を向いて、頭の後ろには血溜まりができていた。胸は動いていない。呼吸音も、心臓の鼓動も聞こえてこない。精霊と融合した頑丈な体でも、さすがに目や口の中は、十四.五ミリ弾を弾けるほどに固くはない。
終わった。いや、まだ終わってない。漏らしかけたため息を飲み込んで頭上を見上げると、妹たちの放つ光が太陽と見間違うくらいにまばゆくなっていた。最後に、あれを止めて終わりだ。
バーニアの推進剤を確認。器の中身と同様にほとんど空だけれど、彼女らの儀式を止めるくらいまではなんとか保ちそうな気がする。
すでにポンコツな体に鞭を打って飛び上がろうとしたその瞬間――ヴェネトリアが私の背中に組み付いた。
「っ……!?」
「油断したねぇ……!」
左目があった部分から血をダラダラと垂らしながら、彼女が囁いた。おかしい、確かに呼吸音も鼓動音も聞こえなかったはずなのに、と考えて気づいた。
音、そのものが聞こえなくなっていた。ヴェネトリアの声はうるさいくらいに聞こえるはずなのに囁き声にしか思えなくて、風による草木のさえずりも、海辺の波打ち音も、私が普段煩わしいとさえ思っていた世界の賑やかさが完全に失われていた。異常な程に聞こえていた聴覚が、どうやらこのタイミングで消え去ってしまったらしかった。
ヴェネトリアを振りほどこうともがいてみる。だけど立っているだけでもやっとの私にそんな力は残っていなかった。
「――さあ、一緒に行きましょう」
胸に衝撃。彼女が手にしている剣が根本まで私を、彼女を共に貫いていた。
痛みと苦しさ、それとどうしてだか抱きしめられているような心地よい温もりを感じる。私とヴェネトリアは一つの光に包まれ、ゆっくりと上空へと昇っていった。
思考が緩やかになっていく。全ての苦しみから解放されるような心地よさに勝手に身を委ねてしまう。そのまま妹たちが描き出す複雑な魔法陣の中心の、ポッカリと空いた場所に私たちは収まっていった。
そして――始まった。
光が奔流となって、世界全てを照らし出さんばかりに輝く。ひたすらに白に押しつぶされ、それは私の意識そのものも白く塗りつぶしていって。
「――ッ!?」
気づけば、私は懐かしい戦場にいた。
「ここは……」
見覚えがある。まだヴォルイーニ帝国が健在だった時に戦っていた最前線の戦場だ。人の命が簡単に消し飛ぶ、血と硝煙と魔素の匂いが立ち込める場所だ。客観的に見ればおぞましく恐ろしいという感想を抱くのだろうけれど、私は幾ばくかの懐かしさを覚えた。
さらに見覚えのある顔の兵士が近づいてくる。何度か一緒に戦ったことのある男性だ。どんな過酷な戦場でも何故か生き残っているので、他の兵士たちから冗談交じりに守り神のような扱いを受けていたのを覚えている。そんな彼も、確かこの戦場で死んだ。
懐かしさに引き寄せられ、彼に手を伸ばす。だけれど私の手は彼の体を通り抜けて触れることなかった。
また景色が変わる。今度はよく知っているカフェ・ノーラだった。店の中でクレアとシオの二人がのんびりと掃除をしている。私は二人の目の前にいるのだけれど、私には気づく様子もなく談笑しながら拭き掃除をしていた。
これは、幻だろうか。何を見せられているのだろうか。私の疑問を他所に、私はその後も色々な場所を巡っていった。
ルーヴェンの街中だったり、エナフのギルドだったり。かと思えば何の変哲もない、行ったこともない山間の村だったり、汚れた子どもたちが転がっている薄暗い部屋の中だったり。世界中の色んな場所がでたらめに映し出されているように思える。
どれくらい目の前の世界が切り替わったのだろうか。一つ一つは長くて数十秒、短くて数秒で切り替わっていたのだけれど、やがてある景色に切り替わってからその変化が急に止まった。
「家の中……?」
どこにでもありそうな家の二階に私はいた。壁全体が汚れていて古びた雰囲気はあるけれど、それでも作り自体はしっかりしていそう。どことなく見覚えがある気がするけれど、あまり馴染みがある家ではない。
果たしてここはどこだろうか。振り返ってみると、そこに人がいた。
いたのは子どもだ。年齢は、たぶん五、六歳。男の子で、彼は床にペタンと座って何かで遊んでいた。近づいて覗き込んでみると、男の子が触っているのは歯車やクランクといった機械部品で、傍らにおいたレンチやドライバーで何かを組み立てているようだった。
まだ幼いというのに随分と工具の扱いに慣れていて迷いがない。感心して見ていると家のドアが打ち鳴らされて、外から子どもたちの呼ぶ声が聞こえてきた。
「おーい、ベネディット! 遊ぼうぜ!」
「分かったー! 今行くー!」
ベネディットと呼ばれた機械部品で遊んでいた男の子が二階の窓から返事をすると、散らかしていた部品や工具を片付けて階段を駆け下りていく。
私は彼を追いかけた。彼を含めて総勢六人ほどの子どもたちはみんな町を駆け抜けていって、町の人たちも穏やかにそんな姿を眺めていた。
「怪我にだけは気をつけんだぞー!」
「分かってるー!」
町の人が掛けた声に銘々に手を上げて応じて、やがて子どもたちは町の外に出ていった。そのまま十分もすれば里山のような木や草が生い茂る、自然のアスレティック設備がたくさんある場所にたどり着く。なるほど、子どもたちには格好の遊び場だ。
木陰の手頃な石に座って彼らの様子を眺める。時々言い争いをしたり、転んだ女の子が泣き出したりするけれど、総じて大きな問題もなくみんな楽しそうに遊んでいた。
その中で気づいたのは、ベネディットという少年は一人だけ飛び抜けて成熟しているということだ。もちろん少年の範疇ではあるのだけれど、口喧嘩が起これば冷静に仲裁に入り、転んだ子のところには真っ先に駆けつけて慰めてあげていた。
「なー、ベネディット! これって何ー?」
「えーっと、それはね――」
他の子どもたちも彼を頼りにしていた。気になることがあれば何でも尋ねてきて、そしてベネディット少年も嫌な顔一つせず返答している。間違いなく彼は子どもたちの中心にいた。
聡い子どもだ、と思いながら子どもたちの様子をそのまま眺め続ける。どうせここでは私は観察する以外に何もできないし、子どもたちを見ているのは思いの外興味深かった。
そのまましばらく穏やかな時間が流れる。すると、いつの間にか私の隣に誰かが座っていた。長く白い髪が視界の隅で揺れている。
見上げれば、ヴェネトリアがさめざめと涙を流していた。
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