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軍の兵器だった最強の魔法機械少女、現在はSクラス探索者ですが迷宮内でひっそりカフェやってます  作者: しんとうさとる
エピソード9(Final)「カフェ・ノーラと――」

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5-1.いってきます





 シオにクレアたちを任せて、私はカフェ・ノーラを飛び出した。

 世界は危機を迎えていようとも、それを知らなければ日常は変わらない。いつもどおりに迷宮に潜る人たちが猛スピードで逆走する私へ訝しげな視線を向けてくるけれど、それを振り切ってあっという間に地上階へたどり着いた。

 迷宮の壁が、次第に人工物へと代わっていく。やがて迷宮の中と外を区別するゲートが見えると、私はバーニアの噴射を止めた。

 ライセンス証をタッチしてゲートが開く。もう何百回とくぐったそれを同じように通過すると、入り口の警備をしているヘルナーさんがいつもと変わらず笑いかけてきた。


「やあ、ノエルちゃん。今日は荷物を持ってないけど、どこかにおでかけかい?」


 ゲートをくぐる時はほぼ百パーセント私の背には山のような巨大リュックがある。それが今日は無いのでヘルナーさんも疑問に思ったのだろう。


「肯定。少し街の外へ出かける予定」

「そうかい。なら目一杯楽しんでおいで」


 そう言ってヘルナーさんが送り出してくれたけれど、建物の扉を出ようとしたところで呼び止められた。振り向くと、ヘルナーさんも何故か困惑していた。思わず私に声を掛けてしまったらしい。


「あ、いや、なんだ……特に用事は無いんだけど……その……」彼は後頭部を掻きながら言葉を絞り出した。「帰ってくるのを、待ってるよ。だから気をつけて」


 苦笑いを浮かべてそんな言葉を掛けてくれた。もしかしたら私の姿を見て何か感じ取ったのだろうか。

 ここには帰ってくるつもり。だけど、その保証はない。最悪の事態も覚悟したうえで出ていこうとしてたけれど、ヘルナーさんからもそんな風に言われたら帰ってこなければならないと思う。

 だから私はヘルナーさんに笑いかけ、こう応じた。


「――いってきます」




 迷宮の管理棟から外に出ると私はすかさず跳躍した。

 バーニアで加速して上空へ。さらに黒い翼を大きく広げていく。突然現れた私の姿に足元からのざわめきが一層大きくなるけれど、そも、ざわめきの元凶は私ではなく前方にある。

 遥か前に見えるクァドラの紅い焔の翼。そしてその先には、大きな光の塊が明滅していた。

 直線距離にしてまだ百キロはありそうだけれど、それでも鮮烈で巨大な光はハッキリと見える。地上を見下ろせば光の線があちこちに走っていて、上空からならその模様も一部だけど認識できる。そこから推察するに、超々巨大魔法陣が地上に刻まれているのだと思料する。

 そしてその効果も、肌で感じて分かる。この魔法陣は世界中から魔素を吸い上げているようで、吸い上げたものが漏れ出てるのだろうか、幾分大気中の魔素も濃いような気がする。

 地上を観察しながらクァドラを追いかけること数十分。多くの島々が浮かぶ海を超えて大陸方面へ南下していき、やがて一塊だった発光体の全容が目視できるようになってきた。

 一つの塊に見えていたけれど、近づいてみるとそれは幾つもの光の球の集合体だった。

 中心に一際強くて大きな光球があって、それを取り囲むように六個の光球が縦長に配置されていた。彼女らの戦闘フォーメーションだろうか。そのどれにも中心には人がいて、その中には見覚えのある――確か、セイとトリーと名乗っただろうか、彼女らの姿もあった。

 フォーメーション自体は不自然な欠損があったけれど、左上のその欠損部分にクァドラが加わる。それで完全な形状になったと一瞬思ったけれど、どうにもまだ一箇所、中心部分に空白がある気がする。おそらく、そこに私を据えるつもりなのだろう。

 全体を見上げ、ふと思う。ここにいるのはもしかして、全員が私の「妹」なのだろうか。


「待っていたわ、ノエル」


 そう考えながら観察していると、声が響いた。中心から光が離れて私へと近づいてきて、次第に光が収まり中にいた人物が見えてくる。いたのは、声から予想したとおりヴェネトリア・トリステメーアだった。


「私は待っていない」


 静かにいつもどおりの日常を送れれば良かったのに、と十四.五ミリ弾で返答をしてみるが弾丸は不可視の壁に遮られて明後日の方へと飛んでいった。


「ふふ、ごめんなさいね。でも優しい貴女はちゃんと来てくれた。おかげで儀式が完璧になるわ」

「儀式?」

「そう。私の長年の願いを叶えるための儀式。これが成功すれば、どんな願いだって叶うの」


 そんな夢のような話、あるはずがない。私はそう思うのだけれど、ヴェネトリアは信じて疑っていないように柔らかく微笑んだ。


「信じられないのも当然。けれど、本当よ? 少なくとも否定に足る合理的な理由はどこにもないわ。もっとも、歴史上何度も試みては失敗してるようではあるのだけれどね」

「なら今回も失敗する可能性が高い」

「かもしれない。それでも可能性を極力高める手は打ってきたし、なにより貴女がここにいる。それが大きいわ」


 なるほど、理由は分からないけれど私が重要なピースらしい。なら帰らせてもらおう。


「それは残念。だけど、貴女がいなくても儀式は続行するつもりよ」

「儀式を行えばどうなる?」

「成功すれば私と」トリーたちの方へ彼女は視線を向けた「この子たちの願いが叶い、そして、世界は消失して何も残らなくなるはずよ。少なくとも人間社会は消える。私も、この子たちの中にも世界の消滅を願ってる子がいるから」

「儀式が失敗した場合は?」

「そうね……少なくとも、ここから見える範囲はすべて消し飛ぶんじゃないかしら?」


 つまり規模が違えど世界には甚大な被害が出るらしい。であるなら止めるしかない。


「どうして貴女が止める必要があるの、ノエル? 貴女にとって――世界はそんなにも素晴らしいものかしら?」

「……」

「理不尽にも真面目で誠実で優しい人から死んでいき、愚かな人間ばかり跋扈する。世界は事あるごとに争ってばかりで、優秀な人間は愚者に使い潰されるだけ。貴女が懸命になる価値は無いと思うのだけれど?」

「似た問いをシオからもされた。私にとって世界の趨勢は興味はない。だけど私の大切な人にとって世界が大事であるなら、私は守りたい。それが望み」

「儀式が成功したら、貴女の願いも叶うと言っても?」

「世界を犠牲にしてまで叶えたい願いは、私にはない」

「本当かしら? 貴女の大好きなお兄さん、エドヴァルド・カーサロッソ。彼に生きていてほしいと思わない?」

「……」


 お兄さんの名前が突然出てきて、私は自分の心が揺れたことを自覚した。ヴェネトリアはほくそ笑むでもなく、優しい微笑みを私へと向けた。


「貴女の気持ちは分かるわ。大事な人と突然別れる苦しみ、悲しみはよく分かる……貴女が協力してくれれば儀式の成功確率はぐっと上がる。

 大好きなお兄さんに伝えたいことがあるんじゃない? 会いたいんじゃない? 貴女が願えば、お兄さんに伝えたかったことを、今の貴女自身の言葉で伝えられる。ううん、それどころかここではない、戦争のない優しい世界で彼と一緒に生きていくことだってできるはずよ」


 だから私たちと一緒に行きましょう。ヴェネトリアが柔らかい声がスルリと私の胸の内へと入り込んでくる。

 私は目を閉じ、私自身に問いかけ――首を横に振った。


「どうして? 貴女にとっても相当に魅力的だと思うけれど」

「否定はしない」


 そんな世界が実現するなら、彼女の言うとおりとても魅力的だと思う。

 お兄さんにまた会いたいという気持ちはある。お兄さんが以前に語ってくれた、たくさんのお話。それを隣で聞きたいし、お兄さんとの思い出をたくさん作りたいとも思う。

 でも。


「お兄さんは、もう死んだ」


 それは紛れもない事実。そこは覆らない。そして、死んだからこそ積み上げてきた思い出もある。


「言いたいことはたくさんある。でもお兄さんはいない。だから私はこれからも生きていく――この世界にいる人たちと一緒に」


 だからヴェネトリア、貴女とは一緒に歩けない。

 ハッキリとそう伝えると、彼女は目を見開いた。それから天を仰いで口を真一文字に結び、最後に大きくため息を漏らしてから微笑みを向けてきた。だけど私には、それが泣き顔に見えた。


「そう……ノエル、貴女は強いのね」

「よく、分からない」

「いえ、貴女は強いわ。でも……誰しもが貴女のようにはなれない。それは私もそう。だから――交渉は決裂ね」


 ヴェネトリアから表情が消えた。彼女の背から真っ白な翼が広がっていく。黒い私の翼とはまったくの対称形だ。

 その彼女がすっと左腕を上げる。すると背後にいた「妹」たちが一斉にどこからか大きな剣を取り出した。その剣からは凄まじい魔素を感じる。少なくとも、単なる剣ではなく相当な業物だ。クァドラたち数人とは戦ったけれど、全員が同程度の強さなら相手にするのはかなり厳しい。けれどやるしかない。

 そう覚悟を決めたものの、彼女らが私へと向かってくることは無かった。

 妹たちがみんな剣を掲げて目を閉じる。そして次の瞬間――自分たちの胸へと切先を突き刺したのだった。







お読み頂き、誠にありがとうございました!


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