4-5.貴女とは行かない
クァドラとシオの戦いは続いていた。
シオが踏み込めばクァドラが退き、クァドラが攻勢に出ればシオが守勢に回る。シオが風をまとい剣戟を見舞えば、クァドラもまた焔魔導に銃撃を混じえて一歩も引かない。
まさに一進一退。互いに浅い傷こそ負うものの、致命的な一撃を与えることができずにいた。
そしてそれはクァドラにとって望外なことであった。
「本当にすごいよ、シオ! 私と互角に戦えるなんて! あの日、あの時に直感したんだ! 君はすごい探索者になるって! 私の目に狂いはなかったね!」
「敵に褒められてもぉッ!」
クァドラはノエル同様に精霊と魂で融合している。精霊のレベルや融合度合いは不具合が起きないよう調整されており、ノエルほど精霊に近づいてはいないがそれでも人間を遥かに超越した存在となっている。
にもかかわらずシオはクァドラの動きについてきている。それどころかクァドラを押し込んでさえいる。ただの人間が、だ。
戦いながらクァドラは歓喜を覚えていた。元来、物事を教えるのが好きな性分であり、人が成長していくのを見るのが好きな「癖」がある。そんな彼女にしてみれば、現状はまさに原石だったダイヤが輝きを放つ瞬間を目撃している、そんな気持ちだった。
(届け、届け……!)
対するシオは、ひたすらに前だけを見ていた。ノエルを連れて行かれたくない。誰かの言いなりになんてさせたくない。その想いだけでクァドラに喰らいついていた。
そして想いは動きに昇華される。動きが加速し、剣速も一段と増す。互角だった二人の攻防はやがてシオへと傾き始めた。クァドラの顔からも余裕が消え、シオの成長を目の当たりにする喜びよりも、使命を果たせないかもしれない焦りの方が上回っていく。
「くぅ……この……!」
反撃の糸口を見つけようとするも見つけることはできない。苛烈なシオの攻撃に、前に出ることさえも難しくなっていた。しかもまだシオの速度は増していた。
(もっと速く、もっと速く……)
そうすれば届く。クァドラの首に剣が、そして、ノエルに手が。
クァドラが必死の思いで放った銃撃を避け、大きく一歩前に踏み出すことにシオは成功した。剣で銃口を払い除け、クァドラの首が無防備になる。防御は間に合わない。
その隙をシオは見逃さなかった。ショートソードを横へ薙ぎ、鋭い切っ先が彼女の首へと吸い込まれて――
「――え?」
――その直前にシオの膝から力が抜けた。
軌道が変わった剣先はクァドラの首の皮を浅く裂いただけに終わり、飛散する数滴の鮮血を挟んで互いに驚きの表情を浮かべた。
そして先に反応したのはクァドラだった。素早く脚を振り上げ、シオの胸を強かに蹴り飛ばす。背中から着地するとそのままシオは勢いよく地面を滑っていき、壁にぶつかったところでようやく止まった。
全身が痛む。自覚しながらもシオの戦意は衰えていない。クァドラをにらみ立ち上がろうとする。だが脚には力が入らず、無理に立ち上がろうとしたものの、そのまま前に倒れ込んでしまった。
「な、なんで……?」
「どうやら時間切れのようだね。君の中の魔素が枯渇したみたいだ。残念だ」
安堵と落胆が入り混じった顔で近づき、クァドラはしゃがんでシオの頭を撫でた。
「そして私も時間切れだ。もう行かなくては。君の成長をもっと見ていたかったけれど……もう見ることがないのが実に惜しい」
「僕を、殺す気ですか……?」
「そんなことはしないよ」
クァドラは苦笑した。殺気のないその笑みに、シオは本当に殺す気が無いのだと感じた。
ならばなぜ今生の別れのようなことを言うのか。そうシオが問うと、クァドラはますます困った笑みを浮かべた。
「簡単な話さ。世界が終わるからね。ここにいれば君は生き残れるかもしれないが、きっと私たちが再会することはないよ」
「それってどういう……?」
「じきに分かるよ。いずれにせよ、君にできることはもう無いんだ。だから少しの間何も考えずに休んでればいいよ」
それじゃあね。そう言ってクァドラは隅に座らせていたノエルへと踵を返した。だが右脚に抵抗を感じて振り返ると、シオが脚をつかんでいた。
「行かせ……ません」
「……君の願いを聞き入れてあげたいんだが、すまないね」
しゃがみこんだクァドラは眉尻を下げて申し訳無さそうにシオの肩に手を置いた。そして――その肩に激痛が走りシオが悲鳴を上げた。
「あああぁぁぁっっ!?」
「肩を外しただけだよ。大丈夫、はめ直せばすぐに動くようになる」
激痛に肩を押さえてうめくシオ。その頭を軽くポンッと叩いてクァドラは立ち上がった。
再びノエルに近づいていく。今度は誰からも邪魔されない。後ろからシオの呼びかけが届くがすでにクァドラが耳を傾けることはない。
「さあ行こうか、ノエル」
ひざまずき、手を引っ張ってノエルを立ち上がらせる。幼子のようにおぼつかない足取りで、クァドラに引かれるがままについていく。
だが――不意にその手が震えるとクァドラから離れた。
どうしたのか、と彼女が振り返る。するとそこにあったのは――十四.五ミリの大きな銃口だった。
「私は、貴女とは行かない」
「私は、貴女とは行かない」
鈍色の右腕をクァドラに向けて私は告げた。普通の人間とは違う証拠であるこの右腕を煩わしく感じることもあったけれど、今はなんだか力を与えてくれる、頼れる相棒であるように感じる。
「ノエル……? 急にどうしたんだい」
「シオは私の大切な人。クレアもアレニアもそう。クァドラ、三人を置いてここを離れることはあり得ない」
「君、もしかして記憶が――」
言い終わる前に十四.五ミリ弾を彼女の脳天へと放つ。大音量の銃声が轟いて飛び出した銃弾は、クァドラに届く前に彼女のまとう焔に焼かれ弾かれるけれど特に問題はない。
今のは、宣戦布告の一撃。
足元から大量の魔素を吸い上げ、黒い影が地面に、壁にと広がっていく。背中からは真っ黒な翼が伸び、それを羽ばたかせて私は上空へと舞い上がった。
「三人を傷つけたこと、許さない」
黒い矢を大量に展開し、放つ。同時に地面の黒い水面でも魔法陣が輝き、クァドラへと覆い被さっていく。
クァドラも、まとう焔の輝きが一層強めた。見ているだけで目が焼けてしまいそうなくらい白熱した焔が私の影を照らし、ぶつかり合う。黒と色づいた白が一瞬拮抗するけれど、少し込める魔素を増してやればあっさり私の影が焔を塗りつぶした。
「くっ……!」
影が飲み込む直前にクァドラが後退し、そこに黒い矢の雨を降らせていく。隙はほとんどなかったけれど、それでも巧みな体術で私の攻撃をかわしていくのはさすがはAクラスの探索者。戦闘を見るのは初めてだけれど、精霊の力に単純に頼り切りではないのが動きからよく分かる。
でも。
「っ……!?」
「後ろががら空き」
四方八方からの攻撃をかわすのに必死で、クァドラの意識が私自身から外れたところで影の中に入り込み、彼女の背後から現れる。そこに強かに蹴りを御見舞すれば、彼女の体は簡単に吹っ飛んでいった。そしてそのまま迷宮の壁に激突し、轟音と共に砕けた瓦礫が散らばっていく。
以前から精霊のおかげで人並みはずれた力があったけれど、ここまででは無かった気がする。体の調子もすこぶる良好。精霊との融合が深化した結果なのだろうけれど、力が必要な今となっては都合が良い。
「くぅ……このっ……!」
瓦礫の中から起き上がったクァドラを取り巻く焔がさらに白くなる。離れた私でもジリジリとした熱を感じた。
その焔が私に迫ってくる。先程の私同様に全方位から焔が生き物のようにうねりながら襲いかかってくる。蛇が鎌首をもたげて飲み込む姿を想像させる。けれど。
「残念ながら力不足」
焔の白では私の黒を塗りつぶすには足りない。球状に黒い影のドームを展開させ、それに衝突したクァドラの焔を次々に飲み込んでいって私には届かない。
そのドームをゲート代わりにして影の中に入り込み、再びクァドラの背後をつく。彼女自身の認識がなくとも攻撃するよう設定されてるのだろう。私が姿を現した途端に焔が襲いかかってくるけれど、それを黒い影をまとわせた腕で振り払い、そのまま振り向こうとしていたクァドラを殴り飛ばした。
さっきの焼き増しのように彼女の体が壁に叩きつけられ、激しく咳き込む。内臓にもダメージが入ったようで、吐き出した唾が真っ赤に染まっていた。精霊と融合したならこれくらいの傷、すぐに回復するだろうけど。
「これ以上の戦闘は無意味。クァドラでは私に勝てない」
「……だろうね。記憶を失っていた時の君ならともかく、今の君では私とは格が違いすぎる。それに、記憶を取り戻してしまった時点で私の役目が失敗なのは明白だしね」
どうやら彼女もこれ以上戦闘する気はないらしい。腹を押さえながらも大きく跳躍して出口の方へと向かっていくのを見て私は銃口を下ろし、浮かべていた魔法陣を解除した。
けれど、隘路になっている通路へ脚を踏み入れたところでこちらへ振り向いた。悔しげな、でも同時にどこかホッとした表情を浮かべると、彼女は穏やかな声で未来を告げた。
「私の役割は果たせなかった。けれどノエル、君は私たちのところへ来ざるを得ない。シオ君やクレアさんたちとこれからも共に過ごしたいと思うのなら、なおさらね」
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