4-2.押し通らせてもらう
「その言い方……やっぱりクァドラさん、貴女は――」
「そう。この間は私の姉と妹がお世話になったね」
シオたち三人の警戒心が一段と上がったのが分かった。ここ五年ほどの記憶が無い私にとってはまったく何の話か分からないけれど、その中でも覚えていることもある。
「私に姉妹はいない。ゆえに貴女に姉と呼ばれる理由はない」
「確かに私たちに血の繋がりはないさ。けれど共に精霊と融合した魂を持ち、それが同じ人物の手によって成し遂げられたんだ。実質的な姉妹と呼んで差し支えないと思わないかい?」
「解釈は人に依る。貴女が私を姉と呼ぶのは勝手だけれど、私は貴女を妹とは思えないし、貴女の言う『お母様』を知らないから親とも思わない」
「大丈夫さ。会えばきっと思い出す。だから一緒に行こう?」
クァドラが笑みと一緒に手を差し出してくる。けれどそれを、差し出されたショートソードが邪魔をした。
「……行かせません」
シオが拒否する。クレアも同じ旨を告げ、アレニアは無言でクァドラに銃口を向けた。クレアたち三人に対する記憶はほとんど無いに等しいけれど、それでも魂に残る記憶の残滓だろうか、答えは一つだとそれが私にささやいた気がした。
「三人が拒絶した。ならば私はその判断を支持する。クァドラに付いていくのは不可」
「そうかい? ま、そうだろうね。だけど、すまないが君には来てもらわないと困るんだ」
クァドラが私に向かって手をかざした。私も腕を変形させ銃口を向けるけれど、彼女が何かを詠唱した途端に胸の辺りに熱を感じた。熱いというよりも温もりと表現するのが適切と思われるくらい仄かで、だけれどもそれが私という存在を蝕んでいく。
「ダ、メ……」
「ノエルさん?」
シオが私の異変を感じ取ってくれたみたいだけれど、もうすでに私に返事をする余裕はない。
私の意識が覆われていく。まるで靄がかかったみたいに不明瞭になっていく。状態異常に対する水魔導を展開してみるけれど、効果は見られない。
(シ、オ……)
もう何も見えないけれど力を振り絞って手を伸ばす。体の感覚さえ消え失せようとしている中で、それでも最後に手を握られたのが分かった。きっとそれはシオの温もりで、どうしてだろうか、ひどく心が落ち着いていくのを感じながら私の意識は完全に黒く塗りつぶされていった。
「ノエルさんっ! しっかりしてください!」
「ノエルっ! あほう、シャキッとせんかい!」
シオとクレアが呼びかけるも、シオの手からノエルの腕がだらりと力なく落ちた。
覗き込んだ瞳に生気はなく、焦点の合わないそれはクァドラだけを見ていた。とても正気な状態とは思えない。
「……何をしたんですか?」
「拒絶されると分かってたからね。元々ノエルの中に埋め込まれていた術式を使わせてもらっただけさ。大丈夫、身体的には問題ないから」
にらむシオの視線を軽くいなすと、クァドラはノエルに指先を向けてクィっと曲げた。
「さあ行こう、ノエル。お母様も会うのを楽しみにしてるよ」
フラフラとした足取りでノエルがクァドラに近づいていく。シオとクレアの後ろをスルリと通り抜けていき、しかしその途中で腕をつかまれて脚を止めた。
「……行かせないわ」
アレニアが銃口を震わせた。彼女の「鷹の目」には、クァドラの弱点らしい弱点が見当たらない。心臓さえ弱点とは示してはくれなかった。それはそれだけアレニアとクァドラの間に「格差」が存在していることに他ならない。
だからと言って彼女もまた引くわけにはいかなかった。アレニアにとってもノエルは大切な一人だ。ノエルがいたからこそクレアと出会ったし、シオも生き残れている。見捨てるなんてありえなかった。
彼女の横にシオとクレアも並び、武器を構える。全員、覚悟は決まっていた。
「……まあそうなるよな。私だって立場が逆ならそうする。なら――」
周囲を躍る焔がその数を増し、一つ一つの明るさも増していく。いくつもの魔法陣が浮かび上がり、その奥でクァドラは宣言した。
「――押し通らせてもらおう」
時折風切り音やモンスターの咆哮が響くが、迷宮内は基本的に静かだ。それはカフェ・ノーラがある第十階層も例外ではなく、まして店は奥まったところにあるため、なおさら主回廊を徘徊するモンスターの声が届くことはない。
普段どおりの佇まいを見せるカフェ・ノーラ。だがその入口が突如として吹き飛んだ。
ドアは木っ端微塵に砕け、屋根やひさしも半壊。空いた孔から一瞬真っ赤な焔が噴き上がり、もうもうと煙が舞い上がる。その煙をたなびいて、中からクァドラが飛び出してきた。腕にはノエルを抱きかかえており、正気のない瞳でクァドラを見上げていた。
遅れてシオ、クレアそしてアレニアが店から飛び出し、追いかけてきた。その姿を認めたクァドラが再び魔法陣を展開し、焔の矢が彼らに降り注いでいく。
「私は君たちを傷つけたくはないんだけどね!」
「ならノエルさんを置いて帰ってください!」
「せや! 今なら出禁にせんと店の修理代だけで許したるで!」
焔の精霊と融合したクァドラの放った矢の一本一本は、単純な魔導ながらも並の武器なら容易に溶かすほどの高熱を保っている。だがクレアも焔精霊に愛された人間だ。前に出てハンマーを振り回し、次々と矢を弾き返していく。いくつかは打ち漏らすが、彼女自身の焔魔導に対する高い防御のため、たいしたダメージには至らない。
その後ろからシオが低い姿勢で飛び出す。風魔導で速度を強化し、着地したクァドラとの距離を一気に詰めていく。さらにその後ろからはクレア特製の銃を手にしたアレニアの銃撃が飛来した。
「残念ながらそれはできない相談だ! 私も出禁くらいは覚悟で出向いてるからね!」
店内での先制攻撃の際に隙を見て奪取したノエルを背後に隠し、クァドラもまた銃でアレニアの銃弾を撃ち落としていく。同時に焔魔導でシオを牽制することも忘れない。
「っ……!」
クァドラの言葉に嘘は無いのだろう。攻撃こそしてくるが積極的にシオを傷つけようという意思は感じられない。それでも焔は生き物のようにシオを押し留めようとしてくるし、迫りくるそれをかいくぐる度に皮膚を焦がさんとする激しい熱をシオは感じ取っていった。
それでも怯むわけにはいかない。なぜなら――
「ノエルさんを……また戦争の道具にさせるわけにはいかないんです!」
うねる焔をかき分け、シオはクァドラに肉薄した。ショートソードを下段から振り上げ、かわされると素早く振り下ろしに切り替える。
筋肉がきしみ、風が唸る。今のシオが出せる限界の速度で剣を振るい、同時に風魔導を展開してクァドラを押し込む。ノエルを抱えたままのクァドラは距離を取ろうと退き続けるものの、シオがピッタリと距離を詰めて自由にさせない。
「シオ、君は勘違いしているよ!」
「何がですかっ!?」
「私たちにとって戦争など、些末なことさ! そんなもののためにノエルを連れて行くつもりはない!」
避けながらクァドラは笑った。彼女の言葉に、シオの頭に疑問符が浮かぶ。が、すぐにそれを振り払った。
(耳を傾けるな……!)
シオの集中を削ぐための戯言に過ぎない。彼女の言葉など関係が無いのだ。今、自分がすることはただ一つ。ノエルを彼女から引き離すことだ。
一瞬鈍った動きが再び加速する。剣速が増し、矢継ぎ早に切っ先がクァドラを攻め立てた。
そこに、さらにクレアとアレニアのコンビによる攻防が加わるのだ。逃げるにしても、クァドラを出口側から遠ざけるように三人はうまく立ち位置を調整している。精霊と融合しているクァドラだが、クレア自身も焔精霊との相性が良いからか生半可な攻撃では効果は薄く、シオたちを遠ざけようとしても前に出たクレアが弾き飛ばしてしまう。
「困ったな」
クァドラはつぶやいた。彼女はやりにくさを感じていた。ノエルを抱えたままでは、シオ一人ならまだしも三人を同時に対処するのは難しい。
ならば。
「――一人ずつ対処するようにしようか」
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