1-1.エナフ、そこが今日の職場
カフェ・ノーラはルーヴェン市の迷宮内にある、おそらくは世界で唯一の迷宮内カフェだと私は理解している。
薄暗く危険なモンスターが跋扈する迷宮において明かりが煌々とし、かつ、ゆっくりくつろげるカフェというのは非常に貴重。単純に付加価値だけで考えれば、地上だったら連日繁盛、満員御礼、ひっきりなしにお客様が訪れて行列ができているだろうと思う。客観的に考えて。
けれども――当店に客は来ない。
当然だ。看板も出してなければ宣伝もしていない。認知されなければ存在していないのと同じ。お客様が来るはずもない。もっとも、店を迷宮内に構えた主目的を考えれば、積極的に宣伝するわけにもいかないから構わないのだけれど。
とはいえ。
「お金は大事」
それと人間関係も。
人だろうが兵器だろうが生きていくにはお金はかかるし、人との繋がりを完全に絶って生きるのもまた難しい。
もちろん当分の蓄えはあるし、緊急時の金策も迷宮にいる限りは問題ない。が、お金を稼ぐ機会があって、かつ暇なのであればそれを見逃す合理的な理由は皆無。ましてそれが、迷宮内で店を開くにあたり世話になったギルド長からの依頼であればなおさら。
だから。
「……」
「……」
私は今、ギルドの受付窓口に座ってお客様と対峙していた。
私がいるのは、普段から利用しているルーヴェンのギルド――ではない。
ブリュワード王国の国境に近い迷宮都市ルーヴェン。そこから北へ鉄道で一時間ほど揺られた、山間の盆地にある町・エナフ。そこが今日の私の職場だ。
なぜそんな場所にいるのかと問われればランドルフから頼まれたからに他ならない。
エナフにもギルド長はいるものの統括管理するのはランドルフであり、そのエナフから人員のヘルプが来たとのこと。しかしながら、ルーヴェンのギルドもギリギリの人員で回している状況なので私にお鉢が回ってきたというわけだ。
「……ええっと、この依頼を受けたいんですが」
「畏まりました。少々お待ち下さい」
私が担当する窓口の前に並んでいたお兄さんが、明らかに困惑しながら依頼書を差し出してくる。ライセンス証も合わせて受け取り、問題が無いことを確認。手早く処理していく。そうしてお兄さんに受領書とライセンス証を返すと、まだどこか戸惑った様子を残しながら去っていった。
ギルド内を見回す。すると他の探索者たちもチラチラと私の方を横目で確認していた。
「ふふっ、大人気だね」
隣のカウンターで対応していた職員――シルヴィア・ロヴネルが小さく笑いながら声を掛けてきた。
シルヴィアは長く赤い髪をかきあげるとニコニコしながら、何故か嬉しそうに私の頭をなで始めた。別に構いはしないのだけれど、サーラといい、どうしてみんな私の頭を撫でるのか、疑問だ。
それはともかくとして、私が注目されるのはきっと見慣れない人間がいるからだと推定します。小さな町だから余所者が珍しいのでしょう。
先程の探索者の書類を書き上げながらそう応える。すると「……たぶん違うんじゃないかなぁ」という困惑の返事が戻ってきた。
違いますか。そうすると他には……ああ、私の見た目が幼いからですね。ルーヴェンのギルドでも同じような理由で注目されてました。
「まあそれも理由の半分くらいはあるんだろうけど……」
自覚が無いのって反則だわぁ、とシルヴィアにため息をつかれた。何故だろう。
私が一人首を傾げていると、シルヴィアが「ノエルちゃんはそのままでいてね?」ともう一度私の頭を撫でてからどこかへ席を立った。少なくともシルヴィアが生きている間はたぶん殆ど見た目が変わらないので安心して欲しい。もっとも、こんなことは口にしないけれど。
そんな事を考えながら彼女を見送り、次の受付待ち探索者を呼ぼうと顔を上げたその時だ。
「よう! Aクラス探索者のフィリップ様一行がやってきてやったぜ!」
ガヤガヤとした賑やかさとは違った毛色の大声がギルドに響き渡った。
そちらを見てみる。声の主は肩に剣を担ぎ、お供と思料する他の探索者に荷物を持たせ、しかも両隣に際どい格好の女性を侍らせている。
金髪で男性としては長い髪。背は高い方で、たぶん一八〇センチはあるだろうか。手甲のついた腕で女性の髪を撫でると、一通り建物の中を見渡して鼻で笑った。
「はっ! 相変わらず狭っ苦しい建物だよなぁ? こんなちっぽけなギルドに俺のようなAクラス様がいることに感謝しろよ?」
偉そうにしながらAクラスと自称するフィリップがお供と一緒にカウンターの方へと近づいてくる。そして並んでいた他の探索者の前に割り込みをすると、「邪魔だ、どきな」とその探索者を押しのけた。
「いっつ……! テメェ、何しやがる!?」
「邪魔だからどけって言ったんだよ。Aクラスが田舎町にいてやるんだ。テメェみたいな低級より優遇されんのは当然だろう?」
「ふざけんなっ! ンなわけあるか!」
理不尽な物言いに、押しのけられた探索者が激昂して殴りかかった。探索者は気性の荒い人が多いのだけれど、これは怒って然るべきと思料する。
しかしフィリップの右隣にいた男が殴りかかってきた男の拳を受け止め、続いて左隣の男が地面に投げ飛ばす。
床に転がった探索者もすぐに起き上がろうとするけれど、それより早くフィリップが男の体を踏みつけて、剣先をその喉元に突きつけた。
「っ……」
「良いのかぁ、俺に逆らって? 別に構わねぇぜ? こんな風になっていいんなら――なぁっ!!」
そう凄むとフィリップは、近くにあったテーブルに剣を叩きつけた。
途端、テーブルが砕ける。乗っていた花瓶が宙に舞って床に落ち、ガラスが割れるけたたましい音が響いた。
「おっと、つい壊しちまったな。まあいいか。これまで散々貢献してやってんだ。これくらい大目に見てくれるよなぁ?」
けれどフィリップに悪びれる様子はない。それどころか半笑いで周囲を睨めつけ、転がった探索者にさらに暴力を振るい始めた。
一応ギルドでは武器を抜くのも禁止だし暴れるのもダメ。他の探索者に暴力を奮うのも当然アウトで彼がやっているのは器物損壊も含めて禁止事項に触れることだらけだけれど、ギルド内にいる誰も注意する素振りはなかった。
いったいどういうことなのだろうか。探索者の中には勘違いした、こういう傍若無人な態度を取る人間もいるが、そういう時は真っ先に職員が注意に行くものだけれど。
事情の説明を求めたい。シルヴィアがいた席とは反対側を見ると、別の職員――ユハナと目が合った。決して私は責めるつもりは無かったのだけれど、彼女は身をかがませてキョロキョロと見回すとバツが悪そうに私に耳打ちしてきた。
「えっとぉ、実はね――」
彼女がこっそりと手短に語ってくれたところによると、フィリップはこの町の名士の息子で商売で成功した彼の家は、町やギルドに多大な寄付をしているらしい。
それだけでも頭が上がらないのにくわえて、フィリップ自身も町唯一のAランク探索者として度々高価な素材や質の良い魔晶石を卸してくれているとのことだ。
改めて彼を観察してみる。
肉体はそれなりに鍛えてはいるようだけれど、さっきの剣の振り方や体の動きを思い返してみても、Aクラスに相当するほど強いとは思えない。
「お金はあるから装備にすっごくお金掛けてるんじゃない? それに、隣にいる二人の探索者も凄腕で、他所の街でスカウトしたって噂なの」
なるほど。とは言え、装備の力だけでAクラスになれるわけもないから、ひょっとすると何かスキルを持っているのかもしれない。
とりあえず事情は理解した。彼ら親子からの金銭的恩恵に加え、Aクラス探索者だから誰も口出しできない、と。しかしながらギルド職員として、彼のやりたい放題を見逃しておくのは秩序維持の観点から容認できない。
「分かってはいるんだけど、みんな関わりたくなくって。ギルド長からも大目に見るよう言われてるから強く出られないっていうのもあるんだけど……その、ほら。彼って顔は悪くないんだけど、手が早くて」
手が早い。すぐに暴力に訴えかけるということか。確かに彼の言動は粗野で乱暴だと評価せざるを得ない。しかし顔とどういう因果関係があるのだろうか。
「あー、いや、それだけじゃないんだけど……ううん、やっぱり忘れて」
どうやら私はまた的外れなことを言ってしまったらしい。正しい意味を教えてほしいとお願いしたのだけれど、ユハナには「ノエルちゃんはそのままのノエルちゃんでいてね?」と先程のシルヴィアと同じようなことを言われ、彼女は他の探索者の対応を始めてしまった。
しかたない。今の私はギルド職員。このままフィリップの暴力行為を見逃すわけにはいかない。私であれば別にクビになってもさしたる問題はない。ランドルフの顔に泥を塗ることになるかもしれないが、ギルドの規則は守られなければならない。
立ち上がった私は、ユハナが制止するのを気に留めず未だ笑いながら暴力を振るい続けているフィリップのところへと向かった。
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