2-3.ウチを巻き込まないでもらえるかな?
軍服を着た一人の男が通路を進んでいた。
軍人らしい大柄な体躯で、冷徹で感情の読み取れない双眸を前にだけ向けている。歩くペースは一定で、歩幅も歩調も一切のブレがない。
彼がいるのはE/F帝国のミサイル発射基地だ。その地下階にある基地の中枢方向へ近づいていき、とある部屋の前に到着すると男は立ち止まった。
「ん? 誰だ、貴様は? 見慣れない顔だな」
そう言って扉の前で警備をしていた二人の兵士がそろって訝しげな視線を向けてくる。
それに対し男は苦笑いするでもなく低い声で告げた。
「アシフ・ウォーレン中尉だ。昨日より本基地に配属になった。おっと」彼はポケットから階級章を取り出して胸につけた。「階級章が届いたばかりで、つけるのを忘れていたよ」
「ご新任の中尉殿でしたか。失礼しました」
「なに、構わない」
敬礼する二人に鷹揚な態度でうなずく。その仕草に違和感はなく、兵士たちは納得した。
「それで中尉、こちらへはどういった御用で?」
「基地の構造を把握しておきたくてね。色々と見て回っているのだよ」
「そうですか。しかし中尉、申し訳有りませんがこちらの部屋は権限のある人間しか入ることができません」
「ああ、そうみたいだな」
片手は銃から決して離さない二人の兵士を順に見定め、中尉の男は一方の兵士の肩に手を置き、労うような仕草を見せた。
そして。
「だから――勝手に入らせてもらおう」
右腕が突如として変形して鋭利な刃物と化すと、彼は兵士の心臓を貫いた。
突然の凶行に隣の兵士も一瞬遅れて銃を構える。だがそれよりも早く男の変形した左腕の銃が兵士の頭を撃ち抜いた。
付近に響き渡る銃声。それを聞きつけた別の兵士がやってくるが、ためらいなくその兵士も一発で射殺すると、部屋のドアノブを男は回した。だがロックがかかっており開かない。ドアの脇を見れば電子ロック用のパネルがある。その入力カバーを力づくでこじ開け、内部の基盤を露わにした。
男の指先がパカリと開き、中から極細のケーブルが伸びていく。電子魔導回路にそのケーブルが干渉していき、やがてほんの数秒でピーという軽い電子音が鳴り響いた。
男は今度こそドアを開けようとした。が、動きを止めると数瞬何かを考え込み、そしてドアを勢いよく押し開けただけですぐに身を翻した。
「撃て! 絶対に中に入れるな!」
激しい銃撃が部屋の入口に殺到した。中にいた兵士と将校からおびただしい銃弾が放たれ、そこに風魔導による鋭利な刃が混じる。
だが男は冷静だ。ズボンの裾をめくりあげると、脚の一部がスライドしてそこからフラッシュバンを取り出し、身を隠したまま中に転がす。直後に部屋中が轟音とまばゆい閃光で包まれ、将校たちは悲鳴を上げた。
両腕を変形させ、男は部屋の中に乗り込むと銃を乱射していく。中には計五人の兵士・将校がいたが、全身を弾丸に貫かれ瞬く間に物言わぬ骸と化した。
部屋中が血まみれになっても男は眉一つ動かさなかった。一瞥さえすることなく、操作パネルに突っ伏して絶命している兵士を雑に放り捨て、その椅子に座って操作を始める。だがすぐにエラー音が出て操作を受け付けなくなった。
『不正な操作です。管理者にお問い合わせください。不正な操作です。管理者に――』
モニターにメッセージが表示される。どうやら先程の攻防の最中でロックを掛けたらしい。
男は立ち上がると今度はソードに腕を変形させた。そして死体の海から将校を探し出すと、その腕を切り落とした。
血の気の無くなった腕を、認証パネルに押し当てる。将校の魔導回路などが最新の技術で読み取られてロックが解除されると、男は猛烈な勢いで操作を始めた。
彼が操作しているのはミサイル発射制御装置だ。この基地近郊に設置されたミサイルを一括制御でき、それらの向きをすべて同じ方向に変更していく。
モニターに表示された、そのターゲットは――リヴォラント共和国だ。
『こちら整備部! ミサイルが動いているが何も連絡は受けていない! 状況の説明を求む! 繰り返す、こちら整備部! ミサイルが――』
現場から通信が入るも彼は無視して操作を続けた。程なく発射準備が完了し、最終確認のフェーズに入る。確認を了承し、発射ボタンを押せばミサイルはリヴォラント共和国の首都めがけて飛んでいくはず。彼は表示されたメッセージを承認しようとした。
が。
「悪いがウチを巻き込まないでもらえるかな?」
男の後頭部に銃口が押し付けられた。
いつの間にか立っていたのは金色の髪をオールバックになでつけた、ややタレ目の男――ハンネス・パルヴァだった。
「聖フォスタニアとE/Fのいろんな所で妨害工作を行っている連中がいるとは聞いてた。けど、まさか自分が出くわすとは思わなかったよ」
リヴォラント共和国のスパイである彼は、ノエル勧誘の任務から外れた後しばらくは本国で静かに業務を行っていた。しかしここ最近の不安定な情勢を鑑みて、再び現場復帰を果たしていた。
「さて、アンタの所属はどこだ? 素直に応えてくれるとありがたいんだが。余計な手間は掛けたくないんでね」
ハンネスが問いかけるも、男は無言で応じた。代わりに抵抗しない意を示すようにゆっくりと両手を上げていき――だが突如として振り返りハンネスへと襲いかかった。
銃口を払いのけようと腕を振るう。だがその行動を予想していたハンネスは銃を引っ込めると引き金をためらわず引いた。
銃弾が男の頭蓋を弾き飛ばした。衝撃に頭がパネルに叩きつけられ、動かなくなる。それを見たハンネスは大きくため息を吐くと頭を掻いた。身を守るためとはいえ人を殺すのは、何度やっても慣れない。表面上は飄々とした態度を崩していないが、背中にはびっしりと汗をかいていた。
銃をポケットにしまうと、男の体をまさぐるために近づく。男の正体を知る何かしらヒントになりそうなものがあれば良いのだが、と考えを巡らせつつ男に手を伸ばし――
「っ……!」
だが次の瞬間、ハンネスは男の腕に首を絞められていた。
「どう、してっ……」
男の頭には確かに孔が空いていた。だがそこから血が流れてはいない。いったいどういうことだ、と酸素の足りない頭に疑問が過る。が、それよりも今はこいつが先だ。再び銃を引き抜いて首に打ち込んだ。
首に孔が穿たれ、何かが散らばる。男の手はハンネスから離れ、しかしたたらを踏んだだけで再び二人はにらみ合った。
ハンネスは銃を仕舞い、ナイフを両手に構える。同時に風魔導を展開し、待機状態にしておく。少しずつ互いに場所を移動しながら対峙していたが、やがて男の方が先に動いた。
腕をソードに変形させ、大上段に振り下ろす。その仕草そのものはハンネスの目から見ても洗練されてはいない。それでも攻撃は鋭く、重い。ハンネスは受け流しに専念しつつ、冷静に反撃の機会を伺った。
しばらく剣戟の音とハンネスの息遣いだけが響く。だが部屋の外から近づいてくる足音に双方が気づいた。振り向けば、基地の兵士たちが銃を構えていた。
「殺せ! 絶対に逃がすなっ!」
彼らにしてみれば、この部屋に入り込んでいる以上男もハンネスも等しく敵である。ハンネスは男との対峙を止めて身を隠したが、男の方は身を翻して兵士たちへと銃口を向けた。
兵士の銃弾が男の体を貫き、焔魔導が炙る。しかし一切の痛痒を感じていないようで、表情一つ変えることなく兵士たちを撃ち抜いていった。
新たな血溜まりが床を濡らし、死体が増える。それが打ち止めになる頃になって、ハンネスは物陰から飛び出した。
男も素早く反応し、振り返りざまに銃を放つ。ハンネスは、待機状態にしていた風魔導で銃弾の軌道を逸らすと、小さくつぶやくように言った。
「――一撃必殺」
彼が自身のスキルを口にした瞬間、姿が陽炎のようにかき消えた。そして次の瞬間には男の背後にナイフを振り抜いた姿勢で立っており、ズルリと男の首が転がった。
バタリと体が倒れ、首の切断面から赤黒い何かが流れ出ていく。ハンネスはスキル使用後特有の硬直から開放されると、男の誰何を調べるために近づいた。
直後。
「なぁっ……!?」
首を失った男の体だけがハンネスに飛びついた。とっさにハンネスはナイフを振り上げ、その切っ先が男の肩口に突き刺さるも金属質な感触が伝わってくるだけで切り落とすまでは至らない。
絡みついた首無し死体を振りほどこうともがく中で、彼は規則的な電子音が鳴り響いてくるのを聞いた。そしてそれが意味するものを直感し、突き刺さったナイフをてこにして押し開いた。
バキ、とナイフが折れる音と一緒に男の肩が外れる。それによって抱きつく力が弱まり、ハンネスは思い切り男の体を蹴り飛ばした。
男が部屋の外へと転がり、それと同時にハンネスも横っ飛びに体を投げ出す。
直後に凄まじい爆発が基地を襲った。
爆風が通路や部屋を駆け巡り、熱風が壁や天井を燃やしていく。ハンネスも背中や後頭部を焼かれるも、かろうじて熱風が軽く炙るだけに留まったおかげで助かった。
「……痛いなぁ、もう」
余波が収まり、一転して静寂が訪れてハンネスは体を起こした。部屋の中は相変わらず血生臭いが、通路にあった大量の死体はすべて爆発が吹き飛ばしてしまっており、男の姿もない。当然だ。首を落とされても動いてきた時は驚きのあまり腰を抜かしそうだったが、これでまた背後から現れたら間違いなく気絶する自信がある。
そんなことを一人でうそぶいていると、何かを蹴飛ばした。壁に当たったそれを拾い上げると、親指ほどの大きさの金属塊だった。それからは細いケーブルが何本も伸びていて、他にも歯車や金属板が多数埋め込まれている。
さらに見回すと、同じような部品がいくつも転がっていて、そのウチの一つは焦げた軍服をまとっている。先程自爆した男の一部であることは明白だった。
「人間じゃ……ない?」
半信半疑ながら浮かんだ考えを口にしてみる。なるほど、そう考えれば首を落としても動き、痛みもまったく感じていなかった様子も納得できる。しかしだ。
「機械が、独自の意思を持って思考してたってことだろ……?」
義体ではなく、自立し自律する、いわゆるロボット。ハンネスも職業柄、表に裏にとあらゆる情報に精通している自信があるが、そんな存在はかけらも耳にしたことがない。
「いったい……世界で何が起きてるっていうんだ……?」
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