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軍の兵器だった最強の魔法機械少女、現在はSクラス探索者ですが迷宮内でひっそりカフェやってます  作者: しんとうさとる
エピソード9(Final)「カフェ・ノーラと――」

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2-2.通信だけが必死に声を吐き出していた





「ふむ……それではこんなところでしょうかな?」


 キセルを吹かせながら白の混じる口ひげを撫で、男性は大儀そうに息をついた。表情には疲れが見えるも、その視線は依然として鋭く手元の書類に注がれている。祖国、愛すべきエスト・ファジールにとって不利益になる記載がないか、書類の文章を目が何度も行き来していた。


「ええ。細かい文言についてはもう少し調整は必要でしょうが、私どもも大枠はこの内容で合意可能と考えております」


 対する痩せぎすの男性もまた疲れた表情に笑みを浮かべ、眼鏡の位置を整えつつそう応じた。無意識に彼の手は、スーツの襟元に装着した聖フォスタニアの徽章を撫でていた。

 二人の男性が対峙しているのは、両国の国境線上に作られた建物の一室だ。長年対立してきた両国の中立地帯に建造された、外交交渉の場として用いるためのもので、内部の装飾は聖フォスタニア、エスト・ファジール双方の文化に配慮したものとなっており、建物内においても明確な国境線が引かれている。

 その建物に缶詰となってこの一週間、両国の代表は集中して非公式な会議を行っていた。

 議題は両国の軍縮について。両国の軍が肥大し続けた結果、緊張感は近年まれに見るほどに高まっており、かつてのような大戦にいつ結びついてしまうか分からない。

 加えて軍部の権力拡大や軍事費増による国家財政の悪化。現状の問題は山積しており、それを憂いた両国はこうして密かに軍縮合意を形成しようとしていた。


「……」

「……」


 全権を委任された両者がにらみ合う。だが、双方がフッと表情を緩めるとどちらともなく手が差し出され、固く握手が交わされた。


「お疲れ様でした。いや、細身によらず実に手強い戦いでした」

「いえいえ、こちらこそその鋭い視線にいつ貫かれるか……常に緊張を強いられましたよ」


 テーブル越しに身を乗り出し、肩を叩いて労い合う。そこには、武器を持たない戦いに本気で挑んだ二人にしか分からない空気があった。


「では一度休憩し、その間に清書させましょうか。文言の最終調整はその後で」


 聖フォスタニアの大使がそう伝えると、E/F(エスト・ファジール)の大使もまた大きくうなずいた。

 一度会議室を出て控室へと戻る。そして同行してきた秘書や副使たちに伝えてしばらく一人にさせてもらうと、聖フォスタニアの大使は椅子にその細い体を大きく沈ませた。

 分かってはいたことだが、実にタフな交渉だった。

 お互いに軍縮したいという思惑は一致していたものの、しかしどちらか一方だけが不利益を被ることは絶対にあってはならない。

 どこまで縮小するのか、この兵器は、この魔導具は……項目を上げ出せばキリがなく、表現一つとっても解釈に気を遣わなければならない。交渉は遅々とした牛歩の歩みで、胃の痛い時間が永遠に続くようでもあった。


(だがそれももうすぐ終わりだ……)


 残すは最終文書の調整。それさえ終わったら、さっさと首都に戻ってのんびりしてやる。大使は眼鏡を外して目元を揉みほぐしながらそう誓った。

 コーヒーでも一杯飲もうか。それも熱くて濃いやつを。そう思いたち、大使はベルを鳴らして給仕を呼んだ。だがしばらく待っても誰一人来ない。いつもならドアの近くで待機しているだろう秘書官にも声を掛けた。しかし彼からも返事が無かった。


「……」


 大使は神経を研ぎ澄ませた。

 何かが、起きている。ベルの故障やたまたま近くに誰もいなかっただけの可能性もあるが、ここまで培った「勘」が事態の異常を明確に告げていた。


「休憩でも気を抜くなという神の思し召しでしょうかね……?」


 先程までとは違った緊張が背筋に走る。大使は常にポケットに忍ばせていた護身用の魔導具を握りしめた。そして息と足音を殺してドアに近づき、その脇の壁に身を潜ませた。

 だが次の瞬間、大使はとっさにしゃがみこんだ。直後に壁が破壊され、頭があった場所へ鋭くも太い何かが突き出された。

 素早く転がり、起き上がる。そして顔を上げれば、強引に拡張されたドアから警察服を着た何者かが部屋へと入り込んでいた。

 身体上の特徴は女性。痩せぎすの大使よりもさらに痩身で背丈も頭半分は小さい。警官の服装をしていたことから、大使は一瞬自身を助けに来てくれたのかと錯覚したが、彼女の腕を見てそんなはずはないと自嘲した。

 女性の腕は金属でできており、先端は鋭く尖っている。先程とっさに屈んだ時に目にした、壁を破壊した武装だ。顔に張り付いているのは冷徹で無感情な表情。殺すことしか目的にない純粋なキリング・マシーンだな、と彼は思った。

 口には出さないその思いに呼応したかのように、女性は右腕を正面に掲げた。腕が変形し、そして現れたのは――銃身がいくつも連なるガトリングガンだった。


「嘘でしょう!?」


 銃口が火を吹く。凄まじい音と共に弾丸が連続して吐き出され、大使はとっさに身を投げ出した。

 自分が立っていた場所が瞬く間に蜂の巣よりも酷く孔だらけにされ、花瓶やグラスなどが木っ端微塵に砕かれていく。けたたましい銃声とガラスが割れる甲高い悲鳴が部屋中を埋め尽くす。それでも幸いと言っていいのか、大使自身は床を転がることで体に孔一つ開けることなく難を逃れることができた。

 が。


「ひぃっ!」


 転がった先は女性の目と鼻の先。無慈悲な視線を受け、大使は悲鳴を上げながらさらに床を転がった。

 鋭利な刃物と化した腕が大使の頭のあった場所をえぐり、破砕する。無惨になった床板と絨毯を目の当たりにして大使の肝はますます冷えていくが、息をついている暇など無い。

 状況は一方的。反撃などする余裕もありはしない。椅子を投げ飛ばして何とか逃げる隙を作ろうとするが、当たっても怯むどころか全く痛痒を感じた様子はない。


(この女は本当に機械人形か何かですか!)


 大使は後退り、転がり、机の脚や椅子などを盾にして逃げ回り、ギリギリのところで何とか生き延びていく。しかしこのままでは来る未来は必至。ここで死ぬわけにはいかない。何とかこの部屋を出て――


「がっ!?」


 自身の使命に強く思いを馳せつつ何とか逃げ惑っていた大使だったが、当然終わりは迎えた。銃撃を避けたと思ったが、その先にはすでに女性が先回りしており、その脇腹が強かに蹴り上げられた。

 ボールのように軽々と宙を舞って壁に叩きつけられ、息が詰まる。必死に酸素を吸おうとするも、そこに小柄な影が覆いかぶさる。

 女性が大使の首をつかみ、持ち上げる。そしてガトリングガンの銃口を大使の顔へと押し付けた。恐怖に大使の表情が歪み、ところが不意に笑みが浮かんだ。


「……良いことを思いつきました」

「……?」

「女性にこのように触れるのは紳士的ではありませんが――」


 大使は女性の胸をつかんだ。決して柔らかくもないそこから手を離すと、胸には薄い何かが貼り付いていた。

 不思議そうに見下ろす女性。大使は力を振り絞って、その魔導具の上から女性を蹴り飛ばした。

 足の裏からは、まるで鋼を蹴ったような感触が伝わってきた。当然細身の大使の力で女性を蹴り飛ばすことなど叶わない――はずなのだが、蹴った途端に魔導具に魔法陣が浮かび上がり、そして次の瞬間には大使だけは大きく反対方向へ弾き飛ばされていった。

 背中から窓ガラスを突き破り、大使の体が外へと弾き出される。窓から落ちていく最中、遠ざかる女性の姿を見送りながら大使はほくそ笑んで中指を立てた。


「――大使舐めんな、ベイベー」


 直後、凄まじい爆発が生じた。爆炎が女性を飲み込んでいき、やがて爆風は窓から飛び出して大使へも襲いかかり、その意識を飲み込んでいったのだった。




 意識を失っていたのは果たしてどのくらいか。

 庭の芝生から感じるくすぐったさに大使は目を覚ました。自身がいた部屋からは黙々と黒煙が吹き出し、壊れた窓枠は未だ前後にキィキィと揺れている。どうやら意識を失っていたのは数秒、長くても一、二分だと大使は目星をつけた。

 安堵して立ち上がる。全身が痛いのは、爆発の衝撃を多少なりとも受けたためと、普段絶対にすることのない動きをしたからだろうか。


「……まったく、常日頃から運動はしておくべきですね」


 彼は生粋の文官だ。若い頃はそれなりに鍛えたりもしていたが、最近は忙しさにかまけて軽い運動すらできていない。職業柄、誘拐など危険な目に遭うことも想定されるため様々なケースで逃げるための講習やトレーニングは受けさせられていたが、それがまさに功を奏した形だ。

 歩けば肋骨と腕が痛む。痛む箇所を押さえれば、スーツ越しに薄っすらと血がついた。どうやらそれなりに重傷ではあるらしい。大使はすぐにでもこの場を立ち去りたかったが、再び窓をよじ登って部屋へと戻っていった。


(逃げれば生き残れるのかもしれませんが……)


 もし自分だけが生き残ってしまえば良からぬ誤解が生じてしまうだろう。この襲撃が反対派のものか、それとも第三極の仕業かは分からないが、我々聖フォスタニアが罠にハメてE/F側大使を暗殺したと解釈されるに違いない。そうでなくても、この襲撃が実行された時点で和平への道は相当な崖っぷちだ。だから、なんともしてもE/Fの連中を助け出して共に事件への非難メッセージを発しなければならない。

 大使は気を配りながら部屋から廊下へと出ていった。爆発の衝撃で、女性の腕や脚らしいものが金属面を露出させて転がっている。血生臭さはない。その様を横目で見ながら大使は歩を進めた。

 次第に血の臭いが濃くなっていき、途中で秘書官が血溜まりに倒れているのを見つけた。変わり果てたその姿は痛ましく、彼は悲痛に顔を歪ませるとその場で祈りの言葉をつぶやき背を向けた。


(この様子だと……)


 もう、ダメかもしれませんね。大使は覚悟した。

 すでに銃声や争うような物音はどこからも聞こえてこない。E/F側には手を出さなかった、あるいは先に脱出したのであれば問題ない。今回の襲撃を手引したのが軍縮反対派だったならば問題はあるが、対処できる。しかしすでに皆がやられてしまっているのであれば最悪だ。

 建物内に引かれた国境線を超え、E/Fの軍服を着た兵士たちの死体のそばを進む。今のところ生きている人間には一人も遭遇していない。

 果たして、大使は無事に目的の部屋へとたどり着いた。つい先程まで神経を削り合っていた相手の大使控室。その扉をそっと押し開くと、何やら通信の音声が聞こえてくる。平時ならば大問題になるが今は非常時。中を覗き込めば、椅子に座っているE/F大使の後ろ姿がすぐに見えた。


「大使……! 良かった……」


 彼は破顔して足早に近づいていった。そして椅子に座るその肩を軽く叩き――その瞬間、E/F大使の体が机に向かって崩れ落ちた。


「っ……!」


 息を飲む。E/F大使の首元は鋭利な刃物ですっぱりと切り裂かれていて、とっくの昔に事切れてしまっていた。

 ああ、と大使は無慈悲な現実に嘆き崩れ落ちそうになるのを、椅子を支えにして何とか堪えた。

 だが現実は更に無慈悲だ。


「……は?」


 大使の口から思わず声が漏れた。そして遅れて脳が現実を理解する。

 腹から、何かが伸びていた。表面が赤くて、ぬらぬらと光を反射している。それが自身の血で染まった刃物だと分かったのは、床に崩れ落ちた後だった。

 新しい血溜まりに倒れ、意識が遠ざかっていく。まだ死ねない、と必死にもがき、その中で自身を貫いた犯人を見た。

 背後に立っていたのは男性だった。だが先程の女性と同じく冷酷で感情の伴わない、人間味の無い視線で見下ろしていた。

 男は、ためらいなく刃物に変形した腕を突き出す。大使の喉を貫いてとどめを刺し、首を機械的に動かして誰もいないことを確認すると、部屋を出ていく。後には、応答する者がいない部屋の中で、E/F本国から届く通信だけが必死に声を吐き出し続けていた。


「聖フォスタニアとの北方国境線で武力衝突が発生した旨の報告有り。死傷者多数。大使、至急応答されたし! 繰り返します、聖フォスタニアとの……」










お読み頂き、誠にありがとうございました!


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何卒宜しくお願い致します<(_ _)>

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