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軍の兵器だった最強の魔法機械少女、現在はSクラス探索者ですが迷宮内でひっそりカフェやってます  作者: しんとうさとる
エピソード9(Final)「カフェ・ノーラと――」

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1-2.僕は……馬鹿だ





 シオは店の入口にある階段に座って呆けていた。

 じっと一点だけを見つめて、瞬きをする以外に動きはない。口は半開きのままで、比較的安全とはいえ、モンスターがいつ現れるか分からない迷宮内でさらして良い態度ではない。だが、頭では分かっていてもシオは立ち直ろうとする気力さえ湧かなかった。


「……なんや、ここに居たんかいな」


 店から出てきたクレアが声を掛けるも、シオからの反応はない。彼女は大きくため息を吐き出して迷宮の天井を見上げた。


「……こういう時に空が無いんは困りもんやな」


 ぼやきながらキセルをくわえて火を点ける。そしてシオの隣に座ると大きく吸い込んで、気を落ち着かせるようにゆっくりと煙を吐き出した。


「そないに落ち込まんでも、て言いたいとこやけど、無理ないわなぁ……」

「……ノエルさんは?」

「普通に仕事しようとするからな。今日一日部屋でのんびりするよう何とか言いくるめたとこや。今は時間が必要や。ウチにも、シオちんにも」

「……」

「こうなってもうたから言うてまうけど……前から兆候はあったんや」

「前って……」うつむいていた顔をシオは上げた。「いつからですか?」

「本格的に怪しい思い始めたんは、せやなぁ……ここ半年くらいやろか。

 元々あの娘は戦闘やら魔導やら昔の任務と関係することはバッチシなんやけど、それ以外は覚えるんが苦手でな? 色々と物忘れが多かったんや。だからちょいちょい物忘れしとることがあっても気にせぇへんかったんやけど、半年くらい前から食材の肉の種類が分からんくなったり、皿を戻す場所が分からんくなったりしててん……

 ほんでも普段会う人のことは忘れることは一度もなかったんや。体も元気やし、戦闘もこなせる。増えた物忘れ以外はなーんも変わらへん……けど、まさかここに来て一気に記憶障害の症状が出るとは思うてへんかったわ」


 シオも心当たりはあった。確かにキッチンの棚には皿の種類ごとにラベルが貼られてあったし、ノエル自身も「自分は記憶力が悪い」と度々口にしていた。

 彼女は迷宮内のモンスターの特徴はすべて把握しているし、そちらについて忘れたなどと口にしたことはない。だから記憶力が悪いと言われても何かの冗談としか思っていなくて軽く聞き流していた。シオはひどく後悔した。


(僕は……馬鹿だ)


 何が、守るだ。守るどころか、彼女に寄り添えてさえいないじゃないか。彼女が恋人と認めてくれただけで舞い上がって、なんて自分本意なんだろうか。シオは自分を絞め殺してしまいたかった。

 だがそんなことをしたところで事態が改善するわけでもなく、まして自分のことを思い出してもらえるわけでもない。胸が締め付けられる感覚に襲われながらもシオは大きく息を吐き出した。


「何が原因なんですか? どうすれば治ります? もしかして魔素不足とか……?」


 精霊と魂が融合しているせいで彼女は魔素の消費が激しい。だからそれが原因かとシオは思ったが、クレアは力なく首を横に振った。


「最初はウチもそう思うて血を飲ませる頻度を上げてみたんや」

「効果は……?」

「無しや。やから原因が分からんくて、ずっとモヤモヤしとってな。さすがにお手上げ思うて、実はこないだロナに相談してみたんや。アイツは神族やし、ウチらが知らんこともよう知っとるしな」

「ロナさんは、分かったんですか?」


 シオの問いに、クレアは少しためらいがちにうなずいた。その仕草に胸騒ぎを覚えた。


「ロナさんは何と仰ってたんですか……?」

「もう、魂の器がもたんのやって」

「え……?」


 シオは耳を疑った。魂の器、という単語は初めて聞く。それでも、ニュアンスは分かる。それが、もたない。

 意味するところが分からなかった。いや、理解を本能的に拒んでいるのかもしれない。シオが目に見えて動揺しているのをクレアも分かったが、大義そうに息を吐くしかできない。


「……どんな生物にも魂の器っちゅうもんがあるらしいんや。人間には人間の、モンスターにはモンスターの、そして精霊には精霊の。だいたいは種族ごとにそのサイズは決まっとるから、人間には人間より他の魂が入る余地はあらへんのよ」

「でもノエルさんは精霊と――」

「せや。あの娘は例外的に魂の器がでかいらしいねん。普通なら精霊と無理やり融合なんかさせたら魂の器が耐え切れんとぶっ壊れる。やけどノエルが今まで普通に生活できてたんは、人間にしては阿呆みたいに器がでかいからや。そうは言うても精霊と二つ分の魂がまるっと入る大きさはない。人間に比べたらとんでもなく精霊の魂の方がでかいからな。今までは何とかもっとったけど、もう……限界らしいんや。無理やり押し込んどるせいであちこちひび割れて、それが記憶障害として出てきとるっちゅうのがロナの見解や」

「……そ、そうだ! 一度、大きな病院で検査してもらいましょうよ! 魂の器、なんてロナさんが言ってるだけで、ほ、本当は何か他の病気のせいかもしれないですし! ルーヴェンの病院でダメなら王都にも行って……!」

「シオ」


 まくしたてていたシオだったが、あだ名ではなく名前で呼ばれて押し黙った。

 いつもどおりの態度を崩さないクレア。けれどシオの目には彼女が泣きそうなのを堪えているように映った。

 再びうなだれ、シオは唇を噛み締める。そんな彼の肩を抱き寄せると彼女はポンポンと優しく叩いた。


「シオちんの言うとおり、病院には連れて行ってみよか。ロナも間違える時もあるやろしな」

「はい……」

「幸い、記憶なくしても教えてやったらすぐに思い出したりすることもある。知っとるか? あの娘、シオちんの話振ると最近はいっちょ前に照れてたりしたんやで? あんだけ何事にも無感動やった子が、や。そんだけシオちんのことが大好きやったんや。やから後でもう一度シオちんのこと教えてやったら、全部やなくともちゃーんとシオちんのことも思い出すはずやって」

「ダメだったら……」

「そん時はもう一回思い出を作り直すんや。忘れても忘れても……何度でもな」


 それがどれだけ辛いことか。幸いクレア自身はまだ忘れられてないが、いつ自分もそうなるか分からない。その時が来た時、果たして自分にそんなことができるか。いや、そもそも思い出をもう一度作り直す時間が残されているのか。自問し、押し潰されそうな恐怖を押し隠して彼女はシオに言い聞かせた。


「止める手段は……その、魂の器を修復する方法はないんですか……?」

「精霊の力を使わんかったら、多少は抑えられるとはロナは言うてたけど……でも今のあの娘はもう、存在そのものがほぼ精霊と等しくなっとるらしいんや」

「それってつまり……」


 最後までシオは口にしなかった。言葉にすれば、すぐにでも現実になってしまいそうで、それが途方もなく恐ろしかった。

 互いに苦虫を噛み潰した表情を浮かべ、下唇を噛む。そして二人ともその場でうなだれる以外にできることが何も思い浮かばなかったのだった。






お読み頂き、誠にありがとうございました!


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