8-5.心配は不要。私のランクは――
「ど、ドラゴンっ!? なんでこんなところに!?」
「ここってCランクの迷宮じゃなかったのかよっ!?」
眼の前の敵を見たらロランがそう言いたくなる気持ちは分かる。本物の竜種ならば、こんなランクの迷宮にいていい存在ではない。ルーヴェンの迷宮でも極大深部にいかなければお目にかかれないくらいレアで強烈な存在だ。
とはいえ。
「これはいわゆる竜種ではない。ナノドラゴン」
鱗の特徴や全体のシルエット、相貌などから判断するにナノドラゴンであることに間違いはないと思料する。もっとも、その体躯は本来のナノドラゴンからは程遠いくらい大きく、鋭い牙と顎からは如何なるものも容易く噛み砕きそうな力強さが感じられる。
先程まで現れていた敵も本来のランクからかけ離れた強さを持っていたけれど、その中でも特に異常発達した存在と考えればいいだろうか。
「これがナノドラゴン……冗談としか思えません」
「冗談に思えても現実。たぶんAランクくらいの強さはある」
「Aランク……はは、確かにこのヤバさは本当にそうかも」
「下手に動けば死ぬ。貴方たちはジッとしていて」
異常発達の要因はおそらく……迷宮全体からあふれ出る魔素の量。まだ空腹感を満たすには至らないけれど、私もどんどん吸収していっているこれのせいだろうと思う。
気づけば、ヴェネトリアと白い髪の女性はいなくなっていた。彼女は、今の状況を作り出したのは自分だと言った。副作用とも言っていたけれど、せめてこの状況の後始末くらいはしてほしいと思う。
「……先生、どうするんですか?」
「倒す。それだけ」
マリアが震える声で問う。巨大なナノドラゴンが唸りながら品定めするように私たちを見下ろしていた。苦情を言う相手はもういないので私が相手をするしかない。
「倒すったって……さっき先生も言ったじゃんか! Aランクくらい強いって! そんなの……勝てるわけないじゃん」
そういえばロランたちに私のランクを伝えてなかった。なので巨大ナノドラゴンを見上げながら私のライセンス証を取り出すと、彼らの目が丸くなる。
「心配は不要。私のランクは――S」
「■■■ォォ■■■■ッッッ――」
その直後、巨大ナノドラゴンが雄叫びを響かせた。耳が痛くなるほど大きな音が反響し、そして発達した顎を私たちめがけ振り下ろしてくる。
破砕される地面。単なる物理攻撃だけれど、凄まじい威力。とはいえ当たらなければ無意味。私はロランたちの手を引いてかわすと、そのまま抱き寄せてバーニアを噴射した。
「ッ……先生後ろ!」
長く伸びた尻尾が背後から迫る。バーニアを更に噴射することで方向転換して回避し、私は精霊の翼を広げた。
背中から伸びる黒い翼。それを羽ばたかせ一気に加速して上っていく。足元から轟音がするので見下ろせば、巨大ナノドラゴンが壁を破壊しながらよじ登ってきていた。器用に手足と尻尾を駆使して体を支え、私たちから目を離そうとしない。よっぽど私たちを逃したくないらしい。
「貴方は来なくていい」
空中に魔法陣が浮かび上がり、冥魔導の矢を放つ。当然ナノドラゴンに回避する術はなく、まともに喰らってまた奈落の底へと落下していった。
ズン……という地の底から低い音が響き、それと同時に私たちは落下前の第二階層に戻ってきた。マリアたちを下ろして通路の先を見れば、諸々の衝撃のおかげだろうか、道を塞いでしまっていた瓦礫の一部が崩れ、人一人が通れるくらいの孔ができていた。
「行って。ここを抜ければもうすぐ一階層。貴方たちは助かる」
「先生は?」
孔の底から雄叫びがまた聞こえ、それから壁をよじ登っているだろう音が響く。
「あのドラゴンもどきを倒してから行く。心配不要。すぐに追いかける」
「……本当ですよね?」
「嘘はつかない」
二人を促し、半ば強引に孔へと押し込む。孔を抜けても何度も私を振り返っていたけれど、もう一度「早く」と促すと走り始め、すぐに二人の姿は見えなくなった。
これで一安心。あとは――
「■■■■ッッ――!!」
――この敵を喰らうだけ。
孔から這い上がってきた巨大ナノドラゴンが、歓喜の声を上げながら襲いかかってくる。魔素を大量に含有する私はさぞ素晴らしいエサに見えているのだと思われる。が、Aランク相当にまで進化したと言っても所詮はCランクモンスター。危機察知能力までは進化しなかったらしい。
大きく口を開けて私を喰らおうとするけれど、最小限の動きで回避。そして眼前に突っ込んできた鼻っ柱に左拳を叩きつける。
ナノドラゴンの体が簡単に吹き飛んでいく。這い上がってきた孔の上を通過し、反対側の通路へ落下してなお地面を削りながら滑っていった。
軽く跳躍して私も同じく反対側へ着地する。体を起こしたナノドラゴンが私の姿を捉え、唸り声に怒りをにじませて立ち上がろうとする。
けれど、それは叶わない。
「■■■、ァ■■ァァッッ……!!」
ドラゴンの脚はすでにない。膝から下は影が引きちぎって私の中へと取り込んだ。
彼の下には黒い影。そこに脚から流れ出した赤い血が広がっていくけれど、それも地面に染み込むように影に飲み込まれていく。
結末はすでに決まっている。けれど、これだけ大きいと消化するまで少し時間がかかるかもしれない。拷問でも無い限り生きたまま苦痛を与え続けるというのは、私の望むところではない。
その獰猛さに似合わないつぶらな瞳が私と交差した。簡単な祈りの言葉を口ずさむ。
「さよなら」
直後、弾丸が瞳を貫いた。
轟音が響き、赤い血が私の頬を濡らした。ナノドラゴンはビクリと体を震わせ、やがて鼓動が聞こえなくなる。
死体を影が覆い尽くし、咀嚼する。肉を消化するその度に、不足していた栄養が私を潤していくような感覚が巡る。大きな体はすぐに骨まで消化され、だけれどもまだ足りない。
万全にはもっと、栄養が必要。どうしたものかと考えていたけれど、遠くから魔素の気配を感じ取る。
視線を向ければ、通路の奥に大量の赤い瞳。徐々に露わになったのは、通路全体を埋め尽くすほどにたくさんのモンスターたち。いずれもBランク以上で、並の探索者のみならずAクラス探索者でも立ち竦んでしまうだろう圧力を伴っている。
なのに、私には――エサがやってきたとしか思えなかった。
影がシミのように足元から広がっていく。地面だけでなく横壁も、そして崩れそうな天井も黒く染まる。取り付けられていた魔導照明まで影に喰われて光を失い、赤い瞳だけが覗く漆黒の世界になって、それでもなお私には大量のモンスターの姿がはっきり見えた。
「好きなだけ、食べて構わない」
明確に存在が感じられるようになった精霊にそう伝えると、影がうごめいた。
そして赤い瞳が消えていく。次々に黒い影に覆い尽くされ、姿が消えていく。その度に私の中へ栄養が染み渡っていくのだけれど、まだ全然足りない。でも問題ない。
「まだ、こんなにたくさんいる」
これだけいれば、きっと精霊も私もお腹いっぱいになれる。私はそのまま影を奥へと伸ばしていったのだった。
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