8-1.到達の証ってのがねぇんだけど?
グレッグたちの探索は、私の期待以上に順調に進んだ。
そもそもがB-3ランク以上の迷宮を想定して訓練したので妥当と言えば妥当な結果なのかも知れない。しかし、訓練で学んだことを実践で発揮できるかは別問題。そこには一つ壁があると思料する。だけれどグレッグたち高等部組も、ロランとシェリルの中等部組もキチンと学んだ内容を発揮できていた。
トラップには丁寧に対処し、現れたモンスターも冷静に対応。グレッグとマリアが前線で敵の攻撃を受け止め、背後からジョシュアとシェリルの魔導士組が攻撃し、ロランがとどめを刺す。初めてモンスターと遭遇した時こそ多少のぎこちなさはあったものの、次戦以降はスムーズに連携して危なげなくモンスターたちを倒していった。
「今、何階層だっけ?」
「たぶん……四階層だったと思う」
「ならあと少しだ。頑張ろう、みんな」
順調とはいえ、長時間の緊張は着実に体力を奪う。マリアが額の汗を拭いながらメンバーを励ましたものの、その彼女の顔にも濃い疲労が見て取れる。
やがて緩やかな坂を下り終え、いよいよ目的の場所まで後少しとなった頃合いだった。
濃い血の匂いが漂ってきた。
「みんな、止まってくれ」
私やシオのみならず、グレッグもまたその匂いに気づいたようで、メンバーに制止を呼びかけた。武器を各々構えて一層慎重に進んでいくと、地面に何か落ちている。壁にもたれかかるように置かれていたそれを確認しようとグレッグがにじり寄っていく。
「……!」
不意にグレッグが息を飲んだ。その正体に気づいた他のメンバーから聞こえる心臓の音も一気に大きく、早く変化した。
転がっていたのは遺体だった。さすがにこれを生徒たちに対処させるのは酷だと判断。学科長の同意を得てグレッグを下がらせ、私が代わりに対応に当たる。
目を半開きにしたまま息絶えているそれは、当然ながら見知らぬ探索者だ。モンスターに襲われて致命傷を負ってしまったのだろう。腹の肉をえぐり取られ、腹部が真っ赤に染まっている。
さらに少し離れた場所に、もう一人の遺体を発見した。と言ってもこちらは肘から先の腕が一本と頭だけ。それ以外は防具と骨しか残っていない。モンスターに食べられてしまったものと推測する。
「Cクラスダンジョンでもこういったことは起こりうる。だから油断はできない」
顔色を悪くした生徒たちにそう告げると、全員が口や鼻を押さえながらうなずいた。
「しかし妙ですな……」学科長が首を捻った。「本日の準備のために、数日前から一般の探索者は入れないはずなのだが」
「学院が雇った探索者ではないんですか?」
「違いますな。確かに学院で準備のために探索者を雇いはしましたが、この方では無いですし、死傷者が出たとの報告も受けておりませんぞ」
「なら、封鎖されていることを知らない探索者が勝手に入り込んだんでしょうか……」
「可能性はありますな。常時監視しているわけではないので、目を掻い潜って入ってしまったのかもしれません」
シオが学科長と議論を交わしているけれど、妙なのは他にもある。
血の匂いが濃すぎる。この遺体は比較的新しいけれど、それでも明らかに一日以上時間が経っている。にもかかわらず鼻が感じ取る匂いは濃密で、それはつまり、他にも重症者、あるいは死亡者がいることを示している……はず。
「おかしい」
だけれども、その匂いの元が分からない。新鮮な血液の痕跡はどこにもなく、まるで匂いの立ち込めた空間だけがここに移動してきたみたいに思える。
ともあれ、痕跡が無いのなら探しようがない。ひとまず死体と散らばった遺品を一箇所に集めておく。帰りに回収しよう。
「……ノエル先生はいつもそうやって死体を?」
「肯定。回収可能な場合はそうしている」
シェリルが尋ねてきた。迷宮内では死体さえ残らないことも珍しくない。なら、せめて死体が残っているケースは回収して、遺族に渡してあげたいと思う。
「やっぱり先生って優しいよね」
「そんなことはない」
これは私のエゴに過ぎない。気遣いとは無縁で、私は遺族を通して彼ら亡くなった人の人生を、生きていた時間を垣間見たいだけ。
私のことよりも今は先に進むべき。そう言ってシェリルたちを促し、再び前に進み始めた彼らの後ろに私も付き従っていく。
時折謎の振動を足元から感じ地鳴りのような音を聞きつつも、特にモンスターと遭遇したりすることはなかった。やがて三十分程度進むと、広い空間に到着した。
「おめでとう!」途端に学科長が手を叩いた。「ここがこの迷宮の最奥部です。ここまで辿り着けない生徒も多いですが、諸君らのここまでの道中は見事でした」
称賛の言葉にグレッグたちが顔をほころばせ、シオも嬉しそうだ。
「ノエルさんも同じような顔してますよ」
そう? そう、この気持ちはそういうこと……私も彼らが褒められて嬉しいのね。他人が褒められて私が嬉しくなるというのは初めてだ。なんだかこそばゆい。
「さ、到達の証を手に取りなさい。あそこの台座に設置されてあるから」
「なあロラン、お前が取ってこいよ」
「え? 何言ってんだよ。グレッグ、お前がリーダーだろ? ならお前が最初に取れよ」
「単に年齢で俺がリーダーっぽい役をしてたってだけさ。ここに来るのに全員頑張ったんだし、誰が一番とかそういうのじゃないけど、お前は自分の気持ち押し殺して俺たちに合わせてくれたからな。それに、貴族社会とか俺は分からねぇけど、こういうのって自慢できるんじゃないか?」
ロランがメンバーを見渡すけれど、全員彼に誉れを譲ることに異論はないみたいだ。彼は「そ、そこまで言うなら仕方ねぇなぁ!」とぶっきらぼうを装うけれど、顔の喜びは隠しきれていない。それを見るシェリルのニヤニヤした表情が印象的だ。
「んじゃ俺が……って、学科長?」
「ん? どうかしたかね?」
「……到達の証ってのがねぇんだけど?」
困惑したロランの声に、全員で台座に近づく。確かに台座の上は空っぽ。何も置かれていない。
「……これもおかしいですねぇ。二つの部屋のいずれにも設置してきたと報告を受けていますが」
「モンスターが持っていっちゃったとか?」
「可能性は否定できませんな。とはいえ、ここには魔導具で結界が張られていますので、モンスターは入ってこれないはずですが……」
と、その時一際大きな振動が襲ってきた。とっさに身構えるけれど、ワームのようなモンスターが這い寄ってくるような音や気配はない。少し前から断続的にこういった振動が続いているけれど、一体何なのだろう? 不可解なことが起きている時は、念のため早く脱出しておきたい。
「僕も同意です。他の迷宮を知りませんけど、少なくともルーヴェンの迷宮でこういうことはありませんでした」
「そうですな。長居は無用でしょう」
「あの……到達の証がない場合はどうなるのでしょう?」
「心配はいりませんよ、マリア・ライト君。君たちがここまで到達したのは他ならぬ私が確認しています。予備が学院にありますので、戻ったらちゃんと到達の証を差し上げましょう」
学科長の話を聞いて私も安心した。やはり努力と成果は正しく評価されるべきだと思う。
現状は少し締まらない結果だけれど、ともかくもこれで往路は完了。復路も同様に気を引き締めていくべきで、そこはグレッグたちも分かっている様子。自発的に声を掛け合って緩んだ緊張を再び引き締めて歩き出した。
そして程なく。
「む? もしかして、あれって……?」
グレッグに変わって先頭に立っていたマリアが何かに気づいた模様。彼らの後ろから覗き見れば、道の途中で金属質の物が仄かな光に反射していた。
マリアが警戒しながらそれを拾い上げ、生徒たちと覗き込む。私からはよく見えないが、鈍色に光るそれはどうやら目的の物らしかった。
「おお、おめでとう! それが到達の証ですよ。いや、良かった。まさかこんなところに転がっているとは……」
「これが到達の証……」
生徒たちが順繰りに手に取っていく。やはり嬉しいようでそれぞれ顔がほころんだ。なぜこんな中途半端なところに落ちていたのかは不明だけれど、目的の物を入手できたのは喜ばしいことだ。とはいえ、じっくり鑑賞するのは外に出てからが望ましい。
「そうだな。よし、みんな! まずはさっさとここを出て行くぞ! 後で食堂で祝勝会だ!」
グレッグの言葉に歓声が上がり、ロランが証を仕舞うと行軍を再開する。登り坂を進む脚にも力が入っているようで、いくぶん進みも加速した気がする。
復路も順調――のはずだ。なのに、それに水を差すような違和感を私は覚えていた。
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