7-2.勝てばすべてが正当化される
「おらおらおらァッ! 坊っちゃんのお通りだ! 邪魔すんじゃねぇ!!」
立ちはだかったモンスターを、アザートが斬り伏せる。両断されたモンスターから血が噴き出し、彼が剣の腹で払い除けると、モンスターがベシャリと壁に叩きつけられた。
剣に付着した血を振り払う。彼の後ろではアザートの仲間たちが同じようにモンスターを圧倒しており、五匹はいた敵があっという間に倒れ伏した。
「ご苦労ご苦労。さすがだね、アザート」
「この程度、苦労のうちには入りませんって」
そしてさらにその後ろには涼しい顔をしたユリアンがいた。周囲には彼の取り巻き学生たちが付き従うように立っていて、媚びた笑いを浮かべていた。
「あっちのパーティじゃなく、ユリアン様にお声掛け頂いて本当にラッキーでした。一生付いていきますよ」
「ハハハ! 嬉しいこと言ってくれるじゃないか。でも私は君らの実力を見込んで声を掛けたんだ」
ユリアンは気分良く生徒の世辞に応じた。見え透いてはいるが、世辞を言われて気分が悪いはずがない。世辞を言うということは、自分の力にひれ伏しているということの証左だ。たとえ家の力であっても、人の上に立つことの爽快感は何事にも代えがたい。
止まっていた脚がまた動き出す。ここまではかなり速いペースで進んできたが、少しゆっくり目に進んでもいいだろう。
(ロランは慎重に進む方針を選んだみたいだしね)
この程度の迷宮でも慎重に進まなければならない程度の実力しか無いのだから、当然か。入口で追い抜いたロランたちの事を思い出し、ユリアンは鼻で笑った。
「だけど……いいんでしょうか……?」
「彼らの事を心配しているのかい? 大丈夫、気にすることはないよ」
彼に付き従っていた生徒の一人が漏らした不安に、ユリアンは屈託なく笑った。
迷宮探索が始まった時、彼のパーティは生徒五人に探索者二人、教官一人の八人だったが、今は十一人の大所帯になっていた。
増えたのはアザートの探索者仲間たちだ。彼らは前日から迷宮内で待機していて、ユリアンたちがしばらく進んだところで合流していた。戦闘やトラップの解除もすべて彼らパーティが対応しており、ユリアンを始め生徒たちがすることはただ彼らの後ろについていくことだけ。せいぜい、モンスターが現れた時に邪魔にならないよう、一塊になってジッとしておくくらいだった。
「今日は他の探索者は入ってこないし、ロランたちのパーティはずっと後ろだ。バレやしないし、先生だって僕らの味方さ。ねぇ、先生?」
ユリアンが後ろに視線を向ける。すると、黒いローブをまとっていた魔導科の教員がフードを脱いでほくそ笑んだ。
「ええ、ユリアン様。ご安心を。貴方がたは今日、見事な腕前でモンスターを斬り伏せ、危なげなくトラップを突破してこの迷宮を踏破した。そう評価しておきますので」
「だ、そうだよ。だから菓子でも食べながら安心して彼らについていけば良いのさ」
万が一も無いよう本職の探索者を雇い、学院の教員も買収済み。ロランたちも過剰な訓練で鍛えているようだったが、それもしょせんムダな足掻き。どれだけ高評価を得ようと、こちらが負けるはずもない。ロランは不正を行うことなど頭の片隅にも無いようだったが、そういうところが甘いのだ。
「ルールを守るなんて馬鹿がすることさ。ルールそのものは必要だけど、それがバレなければルールを守ったのと何ら変わりはない」
「仰るとおりかと思います」
「勝てばすべてが正当化される。特にエスト・ファジールと聖フォスタニアの間なら、ね。それがあの甘ちゃんには分かってない」
それからもユリアンたちは順調に進んでいった。しょせんCランクの迷宮だ。アザートたちはB-2クラスの探索者であるし、事故など起こりようもない。
途中に細かな振動を感じたが、おそらくはモンスター同士争った余波だろう。弱くても図体だけはでかいモンスターはいるからな。アザートはそう考えて気に留めず、遭遇するすべての敵を簡単に片付けていく。
やがて彼らは最奥にまで到達した。
最奥部はかなり広い半球状の空間だった。壁には魔導具の照明が並べられていて、部屋全体が明るく照らされていた。結界も張られているようで、付近にモンスターの気配もまったく感じられない。
「坊っちゃん、あれがそうじゃないですかい?」
アザートが指し示す方にユリアンが目を向けると、部屋の中央に台座が置かれていた。その上には手のひら大の金属製カードが置かれており、照明の光を反射している。
「間違いない。これが到達の証だ」
手に取ったユリアンの言葉に生徒たちから安堵の声が漏れた。同時に、アザートたちからも同様にため息が漏れる。
目的を達したのならここに用はない。金で雇われたからここに来たものの、弱いモンスターしかいないこの迷宮はアザートたちにとって何の旨味もないのだ。
「なら後は帰るだけだな。さっさと行きましょう……坊っちゃん?」
アザートは踵を返した。だが、ユリアンだけはその場に残って何かを思案しているようだった。
「確か……到達の証は二つ準備されていたはずだね?」
ユリアンの誰ともなしに尋ねた声に、生徒たちが銘々にうなずく。
この迷宮は比較的序盤に枝分かれしており、到達点が被らないようそれぞれのパーティが進む方向は予め指示されていた。最終的な到達点は二箇所あり、それぞれに到達の証が設置されている。
「もう一方の最奥部は、直線距離だとこの部屋と近い。それは間違いないかい?」
「へぇ。マップどおりですと、そのはずですぜ」
「ふふ、なら――我々がもう一方の到達の証も頂いていくというのも面白そうだとは思わないかい?」
ユリアンは不敵に口端を歪めた。アザートたちはその提案に首を傾げるも、その意図を察して同じように口元を嘲笑に歪めた。
「なるほど、完全勝利を目論んでるってわけですか」
「そういうことさ。到達の証は試験そのものに必須ではないけれど、高評価の材料にはなる。ロランたちにその実力があるとも思えないけれど、万が一もあるからね。その可能性も奪ってしまえば、アイツにより屈辱を与えられるだろう?」
幸いこちらもそこまで戦闘は多くなかったうえに、序盤以外も早めの行軍速度で進んできた。ロランたちの進行速度を考えれば、まだまだ相当にリードを保っているはずだ。
「なるほど、さすがユリアン様です! ですけど……さすがに今から入口近くまで戻って、もう一方に行くのは難しいのでは?」
「大丈夫その心配は要らないよ。わざわざ最初まで引き返す必要はないからね」
疑問を呈した生徒の肩をポンと叩くと、ユリアンは目でアザートたちに合図を送り、彼らもうなずいて来た道を引き返していく。
そうして戻ること三十分程度だろうか。途中、振動に脚を取られる場面もあったが、特にモンスターに遭遇することなく目的の場所へとやってきた。
そこは何の変哲もない場所だ。単なる通路で、特に何かがあるわけでもないが、ユリアンが顎でしゃくる仕草をすると、アザートの仲間の一人が巨大なハンマーを振り上げた。
「やれやれ……最初に指示を受けた時は何のことやらと思っちゃいたが、こういうことも想定してたとはね。まったく――恐れ入るぜ!」
激しくハンマーを壁に叩きつけると激しく揺れて表面の土が崩れていく。だが諦める素振りも見せずに二度、三度と繰り返していると段々とハンマーに伝わる感触が鈍くなってきた。
「これで終いだってよぉっ!!」
思い切りハンマーを振り抜く。すると当人の言葉通り壁が一気に崩れてぽっかりと大きな穴ができ、隣を走る別の通路と新たな道が繋がった。
「これで良いですかい?」
「ああ、見事な仕事っぷりだよ」
ユリアンは満足そうに男を労うと、戸惑う他の生徒たちを促して自身も穴をくぐっていった。
「もしかして……ここはもう一方の最奥に続く道ですか?」
「ご名答。ここらの壁が薄くなってるのは彼らに調べてもらって分かってたからね。サァ、行こうか。さすがに途中でロランたちに遭遇すると面倒だからね」
小さく肩を竦めると、彼らは歩き始めた。幸運にも穴を開けた場所から最奥までの道中では一切モンスターに遭遇することはなく、やがて彼らは目的の部屋へと到着した。と、同時に一際大きな振動が部屋を揺さぶった。
「おおっと、今のは結構な揺れだったね」
「ここにゃCランクを超えるモンスターはいないはずなんですがね。ひょっとしたら大型のワームみたいなのが発生したのかもしれやせん」
「ふむ、なら長居は無用だね」
部屋では、ユリアンたちが最初に手に入れたものとは色違いの到達の証が輝いていた。鈍色に反射するそれを手に取ると、ユリアンはニィと醜悪に顔を歪めた。
「ふふ、どうやらロランたちのことは杞憂だったみたいだね。ここに到着した時にロランがどんな顔をするか見られないのが残念だけど、それは迷宮の外で拝ませてもらうことにしよう。
さ、みんな! これで目的は達成した。ここにもう用はない。さっさと戻って祝杯をあげようじゃないか」
「そりゃいいな! ユリアン坊っちゃんの奢りなら心置きなく飲ませてもらうぜ!」
迷宮内とは思えない緩んだ雰囲気を醸しながら、彼らは最奥の部屋を出ていった。
雑談を交わしながら、生徒たちもまるで遠足のような気分で辿ってきた道を戻っていき、しかし程なくして先頭を早足で進んでいた斥候役が「あれ?」と声を上げた。
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