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軍の兵器だった最強の魔法機械少女、現在はSクラス探索者ですが迷宮内でひっそりカフェやってます  作者: しんとうさとる
エピソード8「カフェ・ノーラと王立学院」

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5-1.死んでも同じことが言えるのかい?




 あの後、何事かと慌てて禿頭の学科長が飛び出してきたのだけれど、破壊された外壁を目の当たりにした途端に泡を噴いて倒れてしまった。が、大事には至らず、現在は元気よく学部長室で二日連続のお説教をクラリスにしている。

 一方でクラリスもお説教こそされているが、懸念していた減給などの処分は無さそうだ。主犯は私であるし、そもそもが授業中の事故であり重大な過失があったわけでもない。なので学部長のとりなしもあって、どうやら学科長のお説教だけで終わりそうな雰囲気である。

 私とシオも事情聴取こそされたがお咎めはなく、今は一連の様子を横から眺めていた。クラリスが処分を受けそうだったら口添えしようと思っていたのだけれどそれも不要そうで、今は処分の結末を見届けるために残っている。

 すると隣に立っているシオが小声で声を掛けてきた。


「あの……あんなに魔導使って大丈夫なんですか?」


 私が魔導を使うと燃費が悪いことを知っているから心配してくれたのだろう。でも大丈夫、問題ない。


「冥魔導以外は極普通の消費量。燃費の悪い冥魔導も使用は最小限だった」

「そうですか、なら良かったです」


 優しく微笑んでくれるシオを見て私も胸が暖かくなり、思わず口元がほころんだ。それと同時に、真実を告げていないことに少し胸が痛んだ。

 嘘は言っていない。焔魔導とかの魔素消費は以前と変わってないし、冥魔導の魔素消費を抑えることができないのもこれまで通りだ。変わったのはただ一つ――魔素消費量を気にする必要が無くなったということだけだ。

 先日の、セイとトリーと名乗る二人と出会った日。あの時以来、私の体はどこにいても「世界から」魔素を吸収できるようになってしまった。

 どれだけ魔素を使っても、ただ呼吸をして生きている、それだけであっという間に回復する。クレアから血を貰わなくても大丈夫になったのは好ましいことだけれど、一方でまた一つ、私という存在は人間とは程遠い存在になってしまった。愛するシオとの距離も開いてしまったようで、それが少し寂しくて悲しい。

 そしてさらにもう一つ些細な、それでいて大きな変化があるのだけれど、それは言わないでおこう。彼を心配させてしまうから。


「どうしました?」

「シオの顔を見てるだけ。他意はない」


 そう言うとシオの顔が赤らんでいき、やがて嬉しそうに破顔した。学科長の怒鳴り声がBGMだけれど気にはならない。席からニコニコとこちらを見つめる学部長は気になるけれど。

 だけどそれを気にしている余裕は私にはない。

 私を好きだと伝えてくれた愛しい人。そして胸が暖かくなる人。その顔を忘れない、忘れたくない。唯一つ、それだけを願って私はシオの顔を頭に焼き付けた。






 三週間後に控えた迷宮探索研修に向け、翌日から本格的な訓練が開始された。

 学院敷地内の外れに設置された模擬迷宮に生徒たちが潜り、私たちは後方から彼らを見守っている。

 模擬迷宮とは言うものの、中はそれなりに本格的だ。サイズこそ然程大きくなく、走れば数分で踏破できてしまう程度。だけれど「地魔導を駆使して作り上げられた傑作」とクラリスが評するその中には、実際の迷宮で遭遇することの多い様々なギミックが網羅されている。

 例えばトラップ。特定の場所を踏み抜くと床が崩落するものから、魔導を使用するとそれを感知してモンスターが現れたりするものまで様々だ。


「ちょっ、ま……!」

「なんだこりゃ!?」

「ヒィッ!? 助けてくださぁいっ!」


 しかも中々にいやらしく、結構なベテランでないと気づかない程に巧妙に隠されている。もちろん生徒たちでも気付けるようヒントは隠されているのだけれど一見しただけで見抜くことは難しく、今も彼らは落とし穴にハマったり、糸で絡め取られたり、宙吊りにされたりと散々な目に遭っている。


「――つまり、こういうトラップの場合は壁や床に魔導的な仕掛けが備わってることが多いんだ。その分、魔素が濃いから魔晶石が密集してたりする。こんな風にね」


 シオがトラップに掛かった生徒たちへ説明しながら壁のある部分に触れると、天井からバシャッと水が無人の場所へ降ってきた。


「だから迷宮探索時はまず、細かなクズ魔晶石が不自然に密集しているところを探すといいよ。分かったかな?」

「はぁ~い……」

「ちっ……」


 トラップ系の説明はやはりシオが適任だと思う。私の場合、魔素を感知してしまうので普通の人間にとっては何の参考にもならない。

 また別の日の訓練で。


「おら! 死ねっ!!」


 迷宮内の探索者を救助する、という想定で敵を模した妨害物を壊しながら進んでいく。当然攻撃はしてこないのだけれど、トラップはあるので解除しながら慎重に歩いていく。

 彼らのペースは、実際の探索としては遅すぎる。けれども生き残ることが最優先であり、まだまだ罠にも慣れていないの練習なのだから今はこれで十分。だけれどロランは少し焦れているように見える。

 するとその時、奥の方から人の声のようなものが響いてきた。


「よっしゃ、こっちだ!」

「あ、ロラン! 待って――」


 ちょうど道が枝分かれしていて、声がした方向にロランが足早に進み出す。多少は罠を気にしている様子だけれど明らかに彼だけが突出した状態になった。

 と、そこで「カチッ」という音が響いた。


「やべっ!」


 慌ててロランがその場を飛び退くと、彼がいた場所を先を丸めた剣が突き出してきた。素晴らしい反応速度でダメージこそ逃れた……のだけれど。


「ロ~ラ~ン~っ……」

「この匂いは、げほっ、つ、辛いものがあるな……」


 回避した先にも設置されていたトラップ。それをロランが発動させてしまい、酷く悪臭のする流体が噴出されてシェリルやマリアたちが涙目になっていた。少し離れた位置にいる私にもそれが漂ってきて……正直辛い。

 トラップはそれで終わりではない。シェリルたちの怨嗟の声に気を取られたロランの背後。そこに迫る影があった。


「ロランッ! 後ろだ!」


 グレッグが警告を発するけれど、すでに遅い。ロランが振り返った時にはすでに影が腕を振り下ろしていて、彼は防御する間もなくその一撃を受けるしか無かった。


「って!?」

「はい、残念」


 ポコン、と間の抜けた音と、紙を丸めただけの棒を握ったシオの声が響いた。マリアたちから軽い失望のため息が届き、ロランはバツの悪そうな顔で頭を掻いた。


「早く助けたい気持ちは分かるけど、そう言う時こそ慎重にね? 今みたいに、人間の声を真似して探索者をおびき寄せるモンスターもいるから。本物なら死んでたよ、ロランくん?」

「う、うるせーな! 今のはちょっと油断しただけだって! それにあんなジリジリした速度で探索なんてしてられるかよっ!」


 ロランが口答えをして、それを見たシェリルが頭を押さえる。訓練が始まってからすでに見慣れた光景だ。

 ロラン彼自身の能力は申し分ない。身体能力、魔導の知識、剣の腕。いずれも自信家であることを肯定できる才能は示している。これもユリアンとの競争で磨かれたのだろうと推測され、彼との競争自体は悪いことではない。

 ただ忍耐と冷静な判断という点で今のところ彼は落第点だ。生来の性格に加えて、ユリアンに負けられないとの思いが判断を曇らせているのだと思料する。この点は研修までに改善しなければならない点だ。


「油断はどんな人にでも起きるし、僕だって大きな声で注意できる人間じゃないからそこは問題にはしないよ? ただ、慎重さについては現役の探索者として何度だって口を酸っぱくして伝えなきゃいけないと思ってる。

 ロランくんが焦れる気持ちは理解できるよ? だけどパーティで進んでるのに、一人だけ突出したのは頂けないと思う」

「う……だ、だけどさ! あんなの遅すぎて合わせるの無理だって!」

「――シェリルさんやジョシュアくんが死んでも同じことが言えるのかい?」シオが厳しい口調で咎めた。「さっきのガスが非致死性の模擬ガスだから臭いだけで済んでるけど、あれがもし魔導の攻撃だったら? ロランくんを残して全滅だよ? それを想像してもなお、君は同じことが言えるのかな?」

「……」


 そういえばシオも昔、仲間の探索者を亡くしてるんだった。初めてアレニアがカフェ・ノーラに駆け込んできた時だっただろうか。あの時はシオだけはかろうじて助けられたけれど、他の探索者たちはみんなモンスターに食い殺されてしまった。その経験があるから、なおさらシオは仲間を危険に晒す行動をしてしまうロランを注意するのだろう。

 押し黙ったロランを厳しい眼差しでシオは見つめる。だけれどすぐにフッと表情を緩めると、彼の頭に軽く手をやった。


「確かに遅いのは気になるだろうけど、今はまだトラップや探索自体に慣れる時期なんだ。まずはトラップや構造に慣れてしまって、確実に生き残ること。探索速度を早めるのはその後で良いからね? 大丈夫、もう一週間くらいすれば焦れることのない速度で進めるはずだよ」

「……分かったよ」


 口を尖らせて、まだ不満そうながらも他のメンバーの方へと戻っていく。まだ彼が完全に納得しきれてないのは明白だけど、良いのだろうか?


「仕方ないですよ」シオが苦笑いしながら私の隣にやってくる。「このパーティができてまだ一週間も経ってないですし。それに」

「それに?」

「強くなりたい。負けたくない。なのに自分の思うようにならない。焦る気持ちは僕も分かりますから」


 戻ったロランがシェリルに叩かれ、反論しながらもグレッグやマリアたちに謝っている。その姿をシオが優しく見守っている。私なら彼の体に厳しく教え込むところだけれど、シオはそんなつもりはないらしい。


「ここは失敗が許される場所ですから。力で押さえつけるのは簡単ですけど、きちんと理解してもらった方が後々彼らのためになると思うんです。もちろん本番までに治らなければ研修に参加させないようクラリス先生に伝えますけど」

「なるほど」


 シオが言うとおり、失敗してもいい場所。私が学んだ場所とは根本的に異なる。失敗から学ぶことが多いという言説もあるし、ここがそういう場所であるなら軍のようにやたらと懲罰を与えることは望ましくないのだろう。

 ロランも謝罪できているし、本心では申し訳ないという気持ちもあるのかもしれない。それに彼らもまだ少年少女。なので、少し彼らの境遇を羨ましいと思いながら、私もシオの言うとおり、少し長い目で見ることにした。








お読み頂き、誠にありがとうございました!


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