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軍の兵器だった最強の魔法機械少女、現在はSクラス探索者ですが迷宮内でひっそりカフェやってます  作者: しんとうさとる
エピソード8「カフェ・ノーラと王立学院」

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4-2.減給だけで済むと良いなぁ





 言葉そのものに特に敵意はない。だけど彼がロランに向けているのは――嘲笑だ。笑みを湛えてはいるけれど、少なくとも友好的な様子はない。

 ユリアンと呼ばれた生徒は一度喉を鳴らしてから私とシオへ顔を向ける。すると今度こそ「ハッ!」と堪えきれない笑い声を上げた。


「今年は指導教官が可愛いレディと駆け出しだって聞いてはいたけどヨォ、本当だったみたいだな。良いのかい、ロラン? こんな子供から教わるなんてジョークだろ?」

「う、うるせぇ! 俺だってもっとマシな教官に習いたかったけど、学院が準備してんだから仕方ねぇだろ! そもそもお前のチームはどうなんだ!? 似たようなもんじゃねぇのかよ!?」

「おいおい、相変わらずの甘ちゃんだナァ?」

「なに?」

「大切な迷宮研修なんだぜ? 危険な訓練なのに、まさか見ず知らずの探索者サマに命預けるってワケか? 僕は僕でちゃーんと腕の立つ探索者を準備してるに決まってるじゃあないか」


 中等部の割りに大人びた彼が皮肉っぽく笑いながら後ろを指差した。

 彼が指し示した先には、学院指定の服とは違ってそれなりに立派な装備をした男性がいた。髪を短く刈り込んだ金髪で、顔にはいくつかの傷跡がある。おそらくは彼がユリアンの連れてきた探索者で、話どおりならそれなりの実力者らしい。


「アザート・ハザロフ。エスト・ファジールでもそこそこ名の通った、正真正銘の探索者さ。彼なら迷宮探索が何たるものか、キチンと僕たちに教えてくれるはずだ。君らの教官とは違ってね」

「教官を自分で連れてくるなんてありかよ!? ルール違反だろ!?」

「いやいや、人聞きが悪いナァ? ちゃーんと許可は取ったさ」


 ユリアンが少し離れたところにいるクラリスへ目配せすると、彼女は苦虫を噛み潰した顔をしてロランに「ごめん」と口を動かした。なるほど、彼女の意思ではなく、もっと上の方の政治的な結果なのだろう。


「この様子じゃもう勝負は決まったようなもんだな。ま、せいぜい本番まであがいてくれよ、我がライバル(・・・・)のロラン・ターナーくん?」


 悔しそうに歯を食いしばるロランの肩を軽く叩き、優越感を露骨に示しながらユリアンはこの場を去っていった。


「えっとぉ……ごめん、今のは誰かな?」

「……あの人はユリアン・ヴェルニコフ」シオの質問に、シェリルが答えた。「エスト・ファジール帝国の上級指導者のご子息で、ターナー家とは昔から交流があるの。交流、とは言っても聖フォスタニアと帝国だから、好意的な関係というよりは長らくあらゆる面で競い合ってて……ロランも子供の頃からヴェルニコフにだけは負けるなって伯爵から教育されてるの」


 なるほど、理解した。それで「勝負」とロランが表現したのか。

 聖フォスタニアとエスト・ファジール帝国。今の世界における二大国はずっと覇権争いをしている。そんな二国だから全面戦争を回避するために指導者階級同士で交流を持つというのは当然で、今の二人は、というよりも両家の間で歴史的な競い合いが続いているのだろう。

 それは家を継いでいない子供であっても同じで、敗北は家門にとって屈辱。ゆえにロランもユリアン・ヴェルニコフに嫌悪を懐き、勝敗にこだわるものと推察。たとえそれが、勝敗のない授業の一環だとしても。


「この研修自体には勝ちも負けもないけど……相手がいる方がやる気も上がるだろうし、競い合うのは別に良いんじゃないですかね?」

「同意」


 シオにうなずく。競争は実力向上に大いに貢献する。危険がない範囲であれば切磋琢磨するのが好ましい。

 ロランはしばらくユリアンをにらみつけていたけれど、急にこちらへ振り向くと私とシオを見て舌打ちをしてからクラリスへと噛み付いた。


「クラリス先生、あんなのありかよ!? 学校が手配するっていうから俺だって教官を連れてこなかったんだぜ!」

「それは本当にごめんなさい。学院としては禁止してるつもりだったんだけど、明確に禁止する文言がどこにもなくて……今までもずっと学院が探索者の方を手配してきて問題も起きなかったみたいだし」


 どうやら明文化されてない部分をユリアンは突いたらしい。それでも学院が一度拒否したうえで押し切るあたり、彼の家もかなり影響力が強いようだ。


「なら俺らの教官も変えてくれよ!」

「ちょっと、ロラン! それはあんまりにも失礼よ!」

「だってそうじゃんか! こんな子供に何を教われってんだよ!?」


 ロランが拳を強く握りしめた。口元はきつく結ばれて悔しさがにじみ出ている。彼の中では、私たちはユリアンの連れてきた探索者に負けていることは確定しているらしい。なおシオは隣で「見た目もやっぱ大事なんだなぁ」とのんびりつぶやいていた。


「俺は、俺は……絶対アイツにだけは負けられねぇんだ……」

「ロラン……」

「だから、頼むよ! クラリス先生!!」

「――私も同意見です」


 すると別方向からも声が上がった。マリア・ライトだった。

 彼女はチラリと私の方を一瞥し、それからクラリスの方へ一歩進み出ると、彼女に真っ直ぐ向き合った。


「失礼なのは重々承知ではありますが、私たちと同年齢の教官というのは承知しかねます。これでも日々研鑽を重ねてきました。私が誰より優れている、などとおこがましい事は申しません。ですが、教わるにふさわしい探索者でなければ納得できません」

「マリアさん、あなたまで……困ったなぁ」


 クラリスが頭を抱えてどうしようか思案しているけれど、私からすれば答えは簡単だ。

 ロラン・ターナーもマリア・ライトも、要は私に実力を示せと言っている。ならば言葉どおり実力を示して、私が彼女らの要求に適う事を見せればいい。


「良いんですか? 当学院の問題ではあるのですが……」

「構わない。そうする方が話は単純明快」


 強いものに従う。それは人間でも動物でも同じだ。場所が学び舎でも戦場でも示威行為の重要性は変わらない。

 後は具体的にどうやって私の実力を示すか、ということだが幸いにしてここは屋外訓練場。標的には事欠かない。


「問う。あの標的は壊しても大丈夫?」

「あの標的って……もしかしてあそこの端っこにある的のこと? まさかあれを狙うの!? ここから!?」


 クラリスが尋ね返してきたので首肯した。

 私が示したのは、私たちからちょうど対角上に位置する、魔導練習用と思われる的だ。的の直径は約一メートル。だが百メートル以上離れているここからだと、豆粒並みに小さく見える。

 クラリスは私に「本当にあれを狙うの?」と確認してきたが、私の目を見ると嘘や冗談の類ではないと確信したようで、少し表情を緩めてうなずいた。


「うん、万が一壊しても大丈夫。そもそも、壊れないようキチンと保護魔導が掛けられてるから、ちょっとやそっとじゃ壊れないはず。後ろの外壁にも同じく結界魔導と保護魔導掛けられてるし、だから遠慮なくやっちゃって!」

「承知した。遠慮なくやらせてもらう」

「えっと……ノエルさん? 程々にしてくださいよ?」


 クラリスからもお墨付きをもらったので心置きなくできると思ったのだけれど、シオに釘を刺された。むぅ、こういうのは少し大げさに見せつけるくらいがちょうどいいのに。しかたない。

 さて、そうなると何を使うのが良いだろうか。白魔導と水魔導こそ苦手だけれど、私はそれ以外は一通り使える。多くの属性魔導を使用できること自体が珍しいので全部見せてしまえば実力を認めてもらえるだろうか。それとも「そこそこ」の威力のものを見せるのが適切だろうか。中々悩ましい。


「おい、早く見せてみろよ! 出来もしないことやろうとして、今さら頭抱えてんのかよ?」

「やめなさいって、ロラン!」


 私に辞めてほしいロランが煽ってくる。あまり待たせるのも得策ではないし、考えるのも面倒になってきた。

 なので――深く考えず分かりやすくいこうと思う。


「……え?」


 焔魔導、冥魔導、風魔導、樹魔導、地魔導。あらゆる属性の魔法陣がびっしりと私の頭上に浮かび上がる。

 誰かが息を飲んだ。どうやらインパクトを与えることには成功したらしい。けれど見掛け倒しだと思われれるのも不本意。なので威力も示すことにする。

 まず焔魔導と冥魔導の魔法陣から矢を大量に発射。それが遠方の的に次々と命中して、的自体を削り取っていく。続いて樹魔導によって地面から伸びた草が絡みつき、土台から支柱をねじ切る。それを地面から伸びた地魔導の拳が殴りつけ、的が高々と空へ舞い上がっていった。

 空中に浮かんだ的を風魔導が切り刻む。それこそみじん切りになった食材並みに細かく。よし、最後の仕上げ。私は少しだけ(・・・・)多めに魔素を込めて魔法陣を展開した。


「ちょ、ノエルさん! ちゃんと手加減を――」


 立ち込めた空気感に嫌な予感でも覚えたのだろうか。シオが注意してきたけれど――遅かった。

 私が放った火球は「ちょっとだけ」大きすぎて、切り刻まれた的を飲み込んで消し炭にした上、背後にあった外壁に激突。大爆発が起きて、その爆煙が収まった後には――壁に巨大な穴が開いていた。

 ……ちょっと魔素を込めすぎた。意識はしていなかったけれど生徒たちに良いところを見せようと張り切りすぎてしまったのかもしれない。


「……」


 とはいえ、生徒たちにとって効果はあったらしい。爆音の余韻が未だ響き渡る中、振り返ってみれば全員口を開けて的が「あった」場所を呆然と眺めていた。


「これで、いい?」


 生徒たちが一斉にうなずいた。唯一、ロランだけはハッとするとそっぽを向いて舌打ちをした。けれど、否定の言葉は出てこなかったので実力については納得してくれたらしい。ならきっと、明日からの本格的な訓練でも問題なく進められるだろう。

 ただ一つ、問題があるとすれば。


「……減給だけで済むと良いなぁ」


 崩れ落ちた外壁を遠い目で見つめて、泣き笑いをしているクラリス。その肩を私は軽く叩いて慰めてあげたのだった。





お読み頂き、誠にありがとうございました!


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