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軍の兵器だった最強の魔法機械少女、現在はSクラス探索者ですが迷宮内でひっそりカフェやってます  作者: しんとうさとる
エピソード7「カフェ・ノーラと恋の詩」

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6-1.ここで開くのかよ?




 トリーが脚を振り抜くと、百キロを超えるノエルの体がいとも簡単に飛んでいった。

 ボールのように何度もコンクリートの地面を跳ね、やがて止まる。義手、義足ともに壊れ、痛々しい姿を晒したままノエルは動かなかった。

 しばらくの間トリーはじっとノエルが動き出すのを待っていた。だが反応がないのを見て大きくため息をつき満足気な顔を覗かせると、セイが呆れを含んだ声色で話しかけた。


「気が済みました? お姉さま」

「ああ、クソッタレをボコってスッキリしたぜ」

「まったく……やり過ぎですわ。いくら最初にいいようにされてたからって」


 無抵抗の相手をいたずらに傷つけるなんてことはセイの美学には反するのだが、トリーの方は何の呵責も感じないらしい。「また小言が始まった」とでも言いたげに耳をかきながら明後日の方向を眺めていて、今度はセイがため息をついた。

 やっていることが小者っぽくてイライラするが、これ以上咎めたところで面倒くさいことになるだけだと分かっているので、あれこれ嫌味を言いたくなるのをグッと堪える。


「……まあ、殺してしまわないよう手加減はちゃんとしてたみたいですので良いですけれども」

「なら問題ねぇじゃねぇか」


 反論したくなる衝動も堪え、セイはノエルに近づいてかがみ込む。そしてボロボロになった服を引きちぎり腹部を露出させるとそこにそっと手を当てた。


「ここで『(ゲート)』を開くのかよ? 連れて帰ってからにすりゃいいのに」


 そもそも、連れて帰ってきちんと管理された状況でやった方がいいのは当たり前だ。それをこんな状況にした張本人がどの口でほざくのか。セイはノエルだけでなく自分の胃も押さえたくなった。


「意識がない方が抵抗がなく楽なんですの。連れて帰っている途中で目を覚まさないとも限りませんし、それに、『門』が体に馴染むにも時間がかかりますの。だからここで開いてしまうのが一番合理的なんですわ」

「へぇ、そうかい。んじゃ、ま。パパっと終わらせて帰ろうぜ」


 自分のストレス発散が終わったからか、すでにノエルに興味を失ってしまったらしく、トリーはあぐらをかいて大きくあくびをした。

 セイは姉に期待するのを諦めた。そも、彼女の役割は不測の戦闘になってしまった時に対応することであり、その役割はすでに終わっている。後は邪魔さえしなければ十分だ。大きく息を吐いて気持ちを整え、セイは自分の仕事に集中を始めた。

 彼女の手のひらがほのかな青い光に包まれた。その手がノエルの腹部に触れる。何かを探るような手付きで下腹部から肩口まで動かしていたが、やがてその手が心臓のやや下辺りで止まった。


(ここ……らへんですわね)


 セイが小声で何かを唱える。すると彼女の手のひらとノエルの体の僅かな隙間に小さな魔法陣が描き出された。

 自身の腕を魔法陣へと押し込む。その途端、彼女の腕が水泡のように溶けていった。光が彼女の体を、そして横たわるノエルの体を薄く包み込む。だが彼女の顔に苦痛の色は無い。

 彼女は深く集中していた。頭の中には、ノエルの体内を巡る魔素が描き出されていた。この流れを辿っていけば、ノエルの中で閉じている「門」があるはず。この門を開いてこそ、彼女らの「母」が渇望する「扉」を開くための新たな「鍵」となる。

 慎重に彼女の意識はノエルの内を辿っていき、すぐに目的の場所にたどり着いた。そこにあるのは極小サイズの魔法陣だ。


(……間違いないですわ。お母さまから教えていただいたのと同じ魔導式)


 刻まれていたのは複雑な術式。精霊と融合した魂が十二分に馴染むまで開かないよう厳重に封された第一の「門」。それを開くのがセイの役割だ。

 「母」に教えられた解術式(キー)を思い描きながら、ノエルの中に刻まれたその魔導式を慎重に解呪していく。やがて刻まれた魔法陣が光を失い、セイは深く息を吐き出した。

 大仕事を終え、彼女の役割は完遂された。はずだった。しかし彼女は違和感を覚えた。息を整えもう一度彼女の中を探ると、解呪した「門」の奥底に、もう一つ魔法陣があった。


(何ですの……?)


 門の奥にさらに魔法陣が刻まれているとは「母」からは聞かされていない。果たしてアレは何なのか。

 そしてもう一つおかしなことに気づいた。「門」が開かれた様子がないのだ。封じていた魔法陣が効力を失っているのは確かで、なのに「門」となる力がノエルの肉体を巡っている様子がない。

 ひょっとして、あの魔法陣が悪さをしているのだろうか。


(このままだと、お母さまの――)


 願いを果たせなくなってしまう。セイは逡巡したものの、そのもう一つの魔法陣も解呪することに決めた。魔導式は複雑だが、解けなくも無い。何故かまったく関連の無さそうな魔導式もあるが、そちらも特別難解では無いので深く考えずに解いていく。

 そうして程なく残っていたすべての魔導式が解呪され、今度こそ「門」の力が湧き出てきた。役目を果たせ、セイは安堵の息を大きく吐き出した。

 しかし。


「――……っ!?」


 猛烈な怖気を覚え、セイは腕を引き抜いた。意識が現実世界へと引き戻されると、特に異変は無く、目を閉じる前同様にノエルの体はほのかな光に包まれたままだ。


「どうしたんだよ、六番? ひどい顔色だぞ? ひょっとして……失敗しちまったか?」


 からかいを含んだ口調でトリーが肩を叩くが、いつものように軽口で応じる余裕など今のセイに有りはしなかった。

 彼女が感じた異変は、それほどまでに強烈だった。まるで強大な生物に丸呑みされるような、そんな予感。腕を見れば、小さく震えていた。


「……おいおい。マジで失敗したのかよ?」

「いいえ……『門』の魔法陣を解くのは成功しましたわ。ただ、同じ場所にもう一つ別の魔法陣が――」


 セイが事情を説明しようとしたその時だ。新たな異変を感じて二人はほぼ同時にその場を飛び退いた。

 距離を取りながら確認すると、二人がいた場所で何か黒いものがうごめいていた。それは触手のようなもので、ノエルを確認すると彼女を包んでいた青い光が完全に消えてしまっていた。

 代わりに真っ黒なものが彼女の体からにじみ出ていた。どんな色も黒く染めてしまいそうな程に色は深く黒く、触れれば飲み込まれてしまうかのような深淵がそこに存在していた。


「何だよ、ありゃ……!」

「分かりませんわ! けど……」


 このままではまずい。セイは決意すると、自身に水の膜をまとわせてもう一度ノエルに近づいていった。

 黒い靄の上を走り、手を伸ばして再びノエルの内側へと潜り込む。頭の中に描き出されるのは先程と同じ場所。しかし景色は一変していた。

 「門」があった場所から絶え間なく黒い影があふれ出していた。「門」の力も巡ってはいるが、それ以上にどす黒く、そしておぞましさと根源的な恐怖を煽る魔素の塊のようなものが縦横無尽に駆け巡っていた。

 先程解いた、もう一つの魔法陣。あれこそが、この正体不明の何かを封じ込めていたのだとセイは思った。


(しかたないですわ……!)


 このままでは「門」の力どころではない。やむなくセイはもう一度「門」を閉じ込めようと試みた。

 だが。


(閉まら……ない……!)


 何度も封印の魔導式を刻もうとする。しかしあふれ出る黒い影によってそれらがどんどん食い破られていく。

 やがて。


「六番っ!」


 体が引っ張られ、セイの意識が戻る。気づけばトリーが彼女を抱えて空を飛んでいた。

 足元を見れば、ノエルの周囲で黒い影がうごめいていた。その様は、まるで獲物を取り逃したのを悔しがっているようにも見えた。おそらくは、セイを取り込もうとしてトリーに妨害されたのだろう。


「ありがとうございます! 助かりましたわ!」

「礼はいい! それより……どうする?」


 空中に浮かびながらセイはノエルの様子を窺った。残念ながら今できることはなく、様子を見ながら状況が落ち着くのを待つしかない。

 これまで多くの姉妹が持つ「門」を解き放ってきた彼女だが、このような事態に遭遇したことはない。ノエルが「オリジナル」であるが故に何か他の姉妹と手順が違っていたのだろうか。思考を巡らすが、すぐに答えは出ない。

 推移を見守っていると、黒い沼の中心でノエルが身を起こした。失っていた意識を取り戻したのだろう。良かった、彼女が目覚めたならこの明らかに異常な事態は落ち着くはずだ。

 果たして、セイの期待通り黒い影で荒れ狂っていた周囲は落ち着きを取り戻していった。セイは胸を撫で下ろし、けれど、はたとノエルと目が合った瞬間、ゾクリと戦慄を覚えたのだった。







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