4-2.戦える場所まで待ってただけ
シオが連れてこられたのは街外れの倉庫街だった。
かたわらには河が流れている。かつては海運の要所だったらしく、休日・平日問わず多くの労働者が働いていたらしかった。だが十数年前に別の場所に大きな運河が開通してからは貨物量がめっきり減ったようで、今は寂れて単なる荷物置き場になっているとのことだった。
そんな場所なので、当然ながら夕暮れも近い薄暗い時間帯にシオたち以外誰もいなかった。静かに強い風が巨大な倉庫の間を吹き抜けて金切り声を上げるばかりである。
そこに、風に乗って車の低いエンジン音が聞こえてきた。どこからともなく現れたのはやや大型の一般魔導車両だ。それがタイヤの摩擦音を響かせてピタリと眼の前で止まった。
扉が開き、合計で三人の黒い服を来た男が降りてくる。どうやら自分をこの街から連れ出そうとしているらしい、とシオは気づいた。この場で視認できるだけで五人、ドライバーや遠くで引き続き監視している人間を足せばもっといる。ノエルならともかく、自分一人を相手にするにはずいぶん大仰だ。
(でも……さすがにそれは困るなぁ)
この街に留まるならまだしも、他の街まで行ってしまうと戻ってくるのは骨だ。まだノエルの返事も聞いていないし、明日も店に行くと言ったのだ。このまま連れ去られて約束を破る真似はしたくない。
果たしてどう動くのが適切なのだろうか。道中にいろいろと考えていたが、迷っている暇はなさそうだ。シオはゆっくりと息を吐き出して覚悟を決めた。
「乗れ」
後ろからずっと拳銃を突きつけていた男がシオの背中を強く押した。だが、これまで言われるがまま動いていたシオの体がまるで地面に根を伸ばしたようにピクリとも動かなかった。
「ここまで来たんだ。いまさら逃げられん。無駄な抵抗は止めておけ。わざわざ痛い思いはしたくないだろう?」
「……黙ってついてきたのはその銃で撃たれるのが怖かったからじゃありません」
シオは拳を密かに握りしめた。いつも使っている武器は無い。あるのはせいぜいジャケットのポケットに入るくらいの小さなナイフだけ。
おまけに服装は張り切って準備したおしゃれな一張羅だ。当然激しく動くのに適した格好ではない。けれど、ここに至るまでの間にシオは敵の実力を概ね把握していた。
抵抗すれば、やれない相手ではない、と。
「全力で戦える場所まで待ってただけですよっ!」
「コイツっ……!」
男がシオめがけて引き金を引いた。だがシオの動きが勝った。
腕で男の手を払い除け、銃声だけを残して弾が明後日の方向へと飛んでいく。弾丸が頬を浅く切り裂いたがかすり傷だ。まずは最初の関門は突破した。シオは内心で喝采した。
そのまま男を投げて地面に叩きつけると、すぐに別の黒服へと走り出す。全員が銃を取り出してシオに向けるも、素早くステップを踏んで的を絞らせない。
くわえて、密集した状態だ。シオに銃口を向けても射線上に仲間の姿が目に入り、引き金を引くのをためらってしまった。
(チャンスっ……!)
「距離を取れっ! 接近戦は分が悪い!」
シオが投げ飛ばした、主導的な立場の男が顔をしかめながら叫ぶ。
だがシオはこの機を見逃さなかった。目標に定めた男へ肉薄。振るわれた男の拳を避けると、そのまま肩口から体当たりする。バランスを崩してたたらを踏んだ男の足を払って倒し、そのまま頭を蹴り飛ばすと男は動かなくなった。だが息をつく暇は無い。
警棒のような武器を背後から迫ってきた男が思い切り振り抜く。それを、シオはとっさに転がって回避した。さらに相手は追撃を仕掛けようとしてくるが、再度武器を振り下ろすよりも早くシオの足が顎を捉える。
手を地面について逆立ちの体勢になってつま先が振り抜かれ、男の体が宙に浮く。その一撃で意識を刈り取られ、膝から黒服が崩れ落ちた。
(これで二人、っ……!)
シオは横目で確認しながらも次の敵にターゲットを定めた。が、一歩を前に踏み出そうとして横へのステップを余儀なくされた。
「くっ……」
次々と銃弾が襲いかかってくる。どうやら敵も戦闘態勢を整え終えたらしく、より精度の上がった銃撃がシオの接近を許さない。
シオは後退しながらもなんとか銃撃を避けていく。近接戦へ持ち込むべく再度の接近を試みようとするが、未だ相手は五人以上だ。防具もなく、並の防御力しか持たないシオに強引な突破はできない。
どう突破していくか。足を止めず思考を繰り返していたシオだったが、不意に背筋に予感が走った。
直感に従い、一瞬足を止める。銃弾が足と背中をかすめていき、痛みが走った。だがその判断が誤りだったとは思えなかった。
なぜなら、目の前を不可視の何かが通り過ぎていったから。
「風魔導っ……!」
小さく舌打ちするような気配がしてそちらを見れば、黒服たちとは違って帽子を被った平服の男が手を前に突き出していた。たぶん、隠れて尾行していた男だとシオは気づき、地面を蹴った。
再び男から不可視の刃が放たれる。見えはしないが、軌道は予想できる。シオは男の手がまとう微かな光を頼りにタイミングを図ってかわすと、そのまま接近して男の手を掴み取った。
「っ……! このっ!」
空いている方の手で男が殴りかかる。シオはそれを首を捻るだけで避けると、敵の背後に回り込み腕ごとひねり上げる。そして男の腰ベルトを掴んだ。
「ふんっ!」
モンスターを前にすると非力の部類だが、それでもシオはB-1クラスの探索者だ。
力任せに男を抱えあげると、男を盾にして銃撃の嵐を駆け抜ける。さすがに黒服たちもシオに致命傷は負わせるつもりはないのか、足や腰に弾丸が集中しているが、それらが平服の男を貫いていって悲鳴が上がった。
弾幕を抜け、倉庫の影に飛び込むと抱えていた男を放り捨て、当て身を当てて意識を失わせる。足からは血が流れているが、応急手当までしてやるつもりはない。
それよりも。
銃撃が止み、男たちが近づいてくる気配を感じる。自身への包囲網が狭まっているのは確か。けれども、シオに悲観はなかった。
彼らにシオほどの戦闘能力はない。それは対峙してみて分かった。決して油断はできないが、何よりもこれまで幾度となく感じてきた「死」の香りがしなかった。
この程度の人数なら倒せる。確信に近い感覚を覚えると、シオは頭の中で魔法陣を思い描いた。
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