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軍の兵器だった最強の魔法機械少女、現在はSクラス探索者ですが迷宮内でひっそりカフェやってます  作者: しんとうさとる
エピソード7「カフェ・ノーラと恋の詩」

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4-1.礼を言うのはこちらだよ




「はぁ……」


 シオの口から思わずため息が漏れた。そして自らが走った道をそっと振り返る。

 ノエルといたカフェはすでに遠く離れている。だから彼女の姿が見えるはずもない。それは分かってはいるが、なんとなく後ろ髪を引かれるような気がして、つい振り返ってしまっていた。


「今日のノエルさん……いつも以上に可愛かったな」


 この場にノエルがいないためか、当人の前では言えないようなセリフが勝手にこぼれ出てくる。

 惚れているからというのもあるだろうが、シオにとって直視すらためらわれるくらい今日のノエルは美少女であった。普段はしない化粧と、見慣れたメイド服ではなくカジュアルな私服によって彼女の容姿が際立っていた。そのうえ見る角度のせいなのか、いつもどおり無表情ではあるのだがどことなく微笑んでいるようにも見えた。


「楽しんでくれたのなら良いけど……」


 なにせシオにとっても初めてのデートだ。当然女性をエスコートなどしたことはないし、おしゃれな店に入ったのだって片手の指で余るくらいしかない。アレニアに尻を叩かれ、指導を仰ぎながらデートプランを考えたが、不安しかなかった。

 それでも大きな失敗もなく、最後には無事に告白までこぎつけることができたのは僥倖だ。ノエルがとんでもない思い違いをしていると気づいた時は頭を抱えて叫びたくもなったが、最後にはしっかりと自分の想いを伝えられた……と思う。

 余すこと無く伝えられたか、と問われると首を横に振るしかないが、それでもあの場で言いたかったことはちゃんと言葉にできた気がする。そこまで考えてシオの口からもう一度大きなため息が漏れた。


「伝えられたはいいとして――」


 この先、どうなるのだろうか。寒々しい冬の風が彼の体を冷やしていく。けれど、家に帰る心地には到底なれなかった。

 賑やかだった街は、いつの間にか人通りが少なくなっていた。どうやら繁華街からは外れてしまったらしい。付近には落ち着いた雰囲気の店や住宅が並び、窓ガラス越しに店内で仲睦まじく話すカップルの姿が目に入り、二人の姿に先程までの自分たちの姿が重なった。

 うぬぼれかもしれないが、ノエルに嫌われてはいないはずだ。普段共に働いている様子からもそう感じるし、何より彼女は嘘をつかない。だが、彼女が口にしたとおり恋人としては別だ。


(もし……)


 断られたら。少し想像するだけで足元が崩壊するような感覚に襲われるが、十分ありえる話だ。それどころか、そちらの可能性の方が容易に想像できる。

 そうなった場合は、店にいることはできない。ノエルは気にしないかもしれないが、付き合う事もできない相手と同じ場所で働き続けることに、シオは耐えられそうになかった。叶うことのない想いを抱えてただ見ているだけは辛すぎる。きっとシオは、この街を出て別の場所で探索者として生きることになるだろう。

 でも、それでも構わないと思った。そこまで覚悟してノエルに想いを告白した。アレニアに焚きつけられる形ではあったが、彼女の言うとおり自分もノエルも明日があるかも分からない生き方をしているのだ。想いも伝えず死んでしまって後悔ばかりの人生なんて歩みたくはなかった。だから……告白がどういう結末になろうと、少なくとも後悔はない。フラレたらしばらく立ち直れない自信はあるが。


「はぁ……いまさら考えても仕方ないって分かっちゃいるけど、落ち着かないなぁ。これ、家に帰っても夜眠れないんじゃ――」


 独りごちながら街を何処ともなく徘徊し続けていたシオだったが、ふと違和感を覚えて立ち止まった。

 振り向き、自身が歩いてきた道を見る。夕暮れが近づいてきて、しかも空は曇天。少しずつ暗くなっている街だが、それ以外何も不審な点はない。シオは首をひねった。

 と、そこで。


「もし、そこのお兄さん」


 街灯の下にあるベンチ。そこに座っていた老紳士に柔らかい口調で声を掛けられて、シオは思わず足を止めた。


「すまないが、火は持ってるかね? マッチでも焔魔導でも良いのだが」


 そう言って紳士は読んでいた新聞を下ろし、丸メガネの奥で優しく微笑んでから口元のタバコを指さした。

 突然声かけされて一瞬面食らったが、すぐに気を取り直す。どうやら話しかけやすい雰囲気でも醸しているようで、シオは日頃からこういった声かけを受けることが珍しくなかった。


「ごめんなさい。タバコは吸わないので……」

「おや、そうかい。焔魔導もダメかい? 火種になるくらいでも良いんだがね。まあ、仕方ないか。そうだ、君。寒いだろう? 連れのためにそこの店でコーヒーを買ったんだがね、どうも来そうにないんだ。良かったらここで飲んで行かないかい?」

「え、ええ……?」


 老紳士の提案にシオは戸惑うしかなかった。さすがに見知らぬ人から飲み物をもらう気にはなれない。だが老紳士はニコニコとしてコーヒーを差し出してきて「さあ、どうぞ」と促してくる。

 どうやって断れば失礼が無いだろうか、などと思考を巡らせて、その時点で断るタイミングを逸してしまっていることに気づく。やむなくシオは紳士の隣に座ろうとしたが、そこで紳士が立ち上がった。


「申し出をしておいてすまないが、どうやら連れが来てしまったようだ。そのコーヒーは差し上げるからゆっくり飲むと良い」

「え? あ、ありがとうございます……?」

「なに、礼を言うのはこちらだよ――無事に私も仕事を果たせたのだからね」


 老紳士の言葉に違和感を覚えると、後頭部に硬いものが軽くぶつかった。


「動くなよ?」


 小さく、けれど確かに低い声をシオは聞いた。瞬間、彼の体が緊張で強張った。


「そうだ、いい子だ。抵抗は考えない方が懸命だぞ?」


 落ち着け。背後の男の声を聞きながらシオは自分に言い聞かせた。

 目だけを動かして隣にいた老紳士の方を見る。だがいつの間にか、まるで幻のように老紳士の姿は消えてしまっていて、シオの隣には寒々しい風が吹き抜けるばかりだ。

 シオは歯噛みした。正直、痛恨の極みだ。老紳士は後ろにいる男とグルで、ここでシオの注意を引く役割だったのか。ノエルならばきっとあっさり看破していただろうとシオは想像する。自身を顧みて恥じ入るばかりだった。


(だけど――)


 まだできることはあるはず。それに、迷宮内で何度も死にかけた事を考えれば、まだ怪我もしていない現状は相当にマシな部類だ。だから、冷静になれ。シオは頭の中でそう繰り返しながら周囲の情報を集めていく。

 後頭部に突きつけられているのは、おそらくは拳銃。背後には男が二人。注意を払ってみれば、離れたところに他数人の気配を感じる。先の老紳士含め、組織だった動きと策略から何処かの諜報組織と考えられた。かつて、ノエルが遭遇した連中のような。

 どうして自分がターゲットなのか。思考を巡らせれば、やはり最終目的はノエルだろう。自分が何処かから狙われる程の大物になったなどと自惚れるほど自信家でもない。自分をこうして脅して何をさせたいのかはまだ分からないが、まずは落ち着いて動こう。シオはつばを飲み込みながら、口を開いた。


「聖フォスタニアの人たちですか?」

「さあ、どうだろうな?」


 何かしら反応から情報が得られないだろうか、と話しかけてみたものの、シオには男の口調や動きから緊張などの変化は読み取れなかった。ノエルのように図抜けた感覚を持っているわけでも、諜報員を相手に対峙した経験もないシオにはハードルが高かったようで、自身の至らなさに小さくため息が漏れた。


「僕に……何の御用ですか?」

「それはここでは言えない。だが知りたければ我々に付いてきて欲しい。もちろん拒否権は君にはない」

「……僕じゃなくて、本当は別の人に用があるんじゃ?」

「ここで返答する理由はない」


 つべこべ言わず、黙って指示に従え。そうした感情が、突きつけられた拳銃から伝わってくるようだった。

 とはいえ、まだ彼らはシオを殺すつもりはないようだった。ずっと迷宮内で殺気まみれの生活を送っているシオだ。さすがにそれくらいは分かる。

 少し無茶をしてみるか。そんな考えが頭を過り、シオは走り抜けるルートを探して視線を辺りへ忙しなく動かしていった。


「さっきも言ったが、下手な抵抗はしない方が良い」

「……」

「人混みに逃げ込めばなんとかなると思っているかもしれないが、こちらは無差別に発砲しても構わない。たとえば、目の前の店で服を物色している女とかな」


 視線を前に向ければ、男の言うとおりブティックの中で女性が服を探していた。他にも、通りにはそれなりの人数が往来している。彼の言うとおり無差別に銃を撃ちまくられれば少なくない犠牲者が出るのは容易に想像ができた。


「そんな事したら騒ぎが大きくなって大目玉なんじゃないですか?」

「目的はあくまで君を連れてくることだ。スマートではないと認めるが、君を取り逃がすより減点は少ない。それに」

「それに?」

「周りを巻き込んでしまう方が、君にとっては嫌だろう?」


 なるほど、彼らは自分の事をよく調べているらしい。自分なんかのためにさぞご苦労なことだ。

 シオは内心で悪態をつくと一際大きくため息を吐いた。この場でアクションを起こすのは得策ではない。そう判断し、シオは無言で男たちに囲まれながらベンチから離れていったのだった。








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