3-2.きっと後悔なんて言葉じゃ表現しきれない
クレアが見る限り基本的にシオはヘタレだ。特に恋愛ごとに関しては。こうと決めたら行動力はあるものの、決断するまではズルズルと引き伸ばし、なにかと理由を探しては現状維持に甘んじようとする。
そんな彼をこうして自らデートに誘うように差し向けたのだ。クレアにしろロナにしろこうして出歯亀するくらいに喝采ものではあるが、この自称姉貴分たる彼女はいかにしてシオを煽ったのだろうか。
「別に。たいしたことしてないわよ?」双眼鏡を覗き込みながらアレニアが答えた。「ちょっと危機感を刺激してあげただけ」
「危機感?」
「そ。『探索者の間でノエル人気が高まってる』だとか『誰から見てもノエルは可愛いんだから、呑気にしてたらいつの間にか他の男に取られる』だとか、ありきたりな文句を耳元で囁いてやっただけよ」
「なんやそれ。地上のことはよう知らんけど、実際ノエルはそないなことになっとるんか?」
「ンなわけないでしょ。まあ可愛いのは確かだし、前に比べたら人気が上がってるってのも事実ではあるんだけど、あの無表情に気後れして遠巻きに見てるだけだったのが、少し気安く話しかけられるようになってきたってくらいなもんね。ま、それでもシオには効果てきめんだったわけだけど」
「単純やしなぁ、シオちんは」
それくらいでこうしてデートに誘う勇気を出せるのならもっと早くに勇気出してろ、と言いたくもあったが、その言葉はクレアも飲み込んだ。シオにとってそう簡単じゃなかったことは、デート開始時の様子を見ていれば十分すぎるほど伝わっている。
「しかし」ロナの置いたカップがカチリ、と音を鳴らした。「私から見てもシオくんとノエルの関係はそう悪いものじゃなかった。時間はかかっても、このままいけば少しずつ仲も深まっていったようにも思えるんだけど、敢えて彼を焚き付けたのはどうしてだい?」
一瞬双眼鏡から目を離したが、アレニアはすぐに視線をロナからノエルたちへ戻した。
「……それもたいした理由があったわけじゃないわ。ただ、いつまで経っても前に進まないアイツにしびれを切らしただけよ」
アレニアは無意識に体をクレアに預けた。背中越しに温もりだけでなく、確かな彼女の存在を感じて、安心感がアレニアを包んだ。
「こないだのクレアの事件で分かったのよ。大切な人は、いつだってそこに居続けるとは限らないって」
「アレニア……」
「まして私たちは探索者なんて仕事をしてる。今日元気でも明日も同じ様に笑ってられるとは限らない。アイツのノエルに対する気持ちには憧れもかなり含まれてるからさ、近くにいたくて、だけど少し距離を置いていたいって気持ちは分かるの。近すぎず遠すぎずの方が居心地はいいから……でもそうしてたってダメ。距離を取って眺めてるだけじゃ――」
アレニアは、自身のお腹に回されているクレアの手に触れた。職人らしい、女性としてはかなりゴツゴツとした感じのある感触。それが、愛おしい。
「――こうして触れ合うことはできない。そのままどっちかが死んで会えなくなってしまったら、温もりを感じられなくなってしまったら……きっと後悔なんて言葉じゃ表現しきれないくらい悔やむわ。
そうならないよう、今の状態はもう終わりにしなさいってね。だからこのデートの中でアイツには告白するようにも言ってるわ」
「それはまた……思い切ったね」
「ノエルが次またデートに応じてくれるかなんて分かんないでしょ? シオの気持ちは確かなんだから、もう行くしか無いわ」
「そりゃそうやな。シオの気持ちなんぞあの娘はまったく見当違いな方向に推測しとるやろし、二回目デートを引き受ける姿は想像できへんな」
「でしょ?」
クレアもアレニアの言うことには同意だ。シオとノエルの関係をニヤニヤしながらキセルを吹かすのもそれはそれで趣があるが、終わりはいつだって唐突である。当人たちが意図しない形で訪れることもない話ではない。なら後悔しないよう、一歩勇気を持って踏み込むのはきっと素晴らしい決断だ。
だが。
「アレニアくんの話は理解できる。けれど」
珍しくロナは苦い顔をしてカップに視線を落とした。話を聞いているうちに冷めきってしまったコーヒーを一気に流し込むと、小さく白い息を吐いた。
「シオくんの告白が……残酷な結末を生むかもしれない。それでも良いのかい?」
「そうなったらその時よ。どうせ叶わない恋に執着し続けることになるくらいなら、新しい一歩を踏み出す時だったんだってポジティブに捉えるだけの話。もちろんシオは引きずるだろうけど、その時は私が慰めてケツを蹴飛ばしてやるだけよ」
ここまでお節介焼いたんだから最後まで弟分の面倒くらい見るわ。そう言い残してアレニアは意識をノエルたちの方へと集中させた。
(まったく、この娘は……)
せっかちというか、半端を嫌うというか。苦笑しながらクレアはアレニアの頭を撫でた。アレニアはくすぐったそうに身をよじったが、為されるがまま受け入れている。
姉貴分だとしても相当にお節介だとは思う。けれどこれがアレニアという、自分が愛している女性だ。なので彼女の性分を否定しないし、それにシオにとってはこれくらい周りがお節介を焼かないと前に進めないとは思う。ヘタレだし。
(どないな結果になるかは分からんけど――)
仮に告白が失敗したとしても、その時はアレニアの言うとおり新しいシオの一歩を応援してあげようと思う。店からは去ることになるだろうから寂しくはあるが、人生には出会いと別れがつきものだ。運命論は好きではないが、そういう運命だったのだと受け入れるしかない。
さて、どんな結末になるか。キセルの煙を吐き出した。二人の重要な分岐点になるはずだが、身を乗り出して眺めなくとも何かあれば膝の上から声が掛かるだろう。それまでクレアはのんびりと構えることにした。
退屈やし、何かつまむものでも頼もうか。クレアがメニューを見ようとテーブルに視線を落とすと、ふとロナの姿が目に入った。
てっきりロナも、いつもの彼女らしく穏やかな表情でノエルたちの様子を眺めているものと思っていた。だが、クレアの目に入ったその顔は厳しく、どこか悲しげだ。
(ロナ……?)
二人が破局する可能性がそんなにも嫌なのだろうか。そうも思ったが、何か違うものを見ている。そんな気がした。
クレアの視線に気づくと、ロナは取り繕うようにすぐにいつもどおりの微笑みを浮かべた。そしてそのままノエルたちへ向き直り、先程の物憂げな表情を浮かべることは無い。
ロナは何を気にしているのか。彼女の真意を聞き出そうとクレアは息を吸ったところで、膝の上から「クレア、ロナ!」と楽しげな声が遮った。
「シオが動いたわっ! いよいよアイツ、告白する気よ!」
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