3-1.私はさぞ輝いてるだろうなって
観察を続けるクレアたち三人だったが、カフェという場所で早々何かが起きるはずもない。
すでにロナは店のコーヒーを堪能するのに忙しく、クレアもアレニアを膝に乗せた状態でゆったりとキセルをくゆらせていた。唯一アレニアだけは双眼鏡を覗き続けているが、変化の無い状況にさすがに飽きてきたのか、時折小さくあくびをしていた。それでも双眼鏡からは目を離さないのはさすがである。
会話が弾んでいるように見えるノエルたち――一方的にシオが喋っているだけだが――とは対象的に、クレアたちのテーブルは沈黙が多かった。が、ふとアレニアがカップへ手を伸ばしながらロナに声を掛けた。
「ん? なんだい?」
「ずっと聞いてみたかったんだけど、ロナって神族じゃない? 不思議だったのよ。精霊を止めて人間に近い不便な肉体で暮らす理由って何なのかなって……
やっぱ、人間って存在に興味を持ったからとか、そういうクチ?」
精霊は世界に遍く存在する、いわば形而上の神と呼ばれる存在に近い。一般的に七種の精霊に分類され、目には見えないものの無数に存在しており、それらのうち人間に近い肉体を作り上げ形而下の存在に変化したものが神族だ。
彼らが精霊という立場を捨てて神族となるのは、人間的な表現で言う「変わり者」で、その多くが人間に興味を持ち、人間社会の中で共に暮らしたいという欲求からその選択をしているというのが通説だ。とはいえ、人間界で暮らす神族はそう多くは無い。彼らも自分から進んで名乗ることも無いため、普通に生活していたら一生お目にかかれないか、そばにいても気づかずに過ごす場合がほとんどだ。
「あー、そういや前にちょいと聞いたことあったやんな? 確か、人探しやったっけ?」
「そう、人間界にいるはずの知人に用があってね。それがきっかけで私も人間界に来たのさ。とは言っても、今はアレニアくんが言うとおり人間という種と、彼らが織りなす社会自体に興味が湧いてね。カフェ・ノーラでのんびり過ごしながら、たまに外に出てそれらを観察しているという次第さ」
「ふーん、そうなんだ。その探し人ってのは見つかったの?」
「まあね。でも、それは別にしてもうこの世界から離れるなんて考えられないよ。特にコーヒーとケモミミ。あれはダメだね。人を惹きつけて止まない。精霊に戻ってアレらを堪能できなくなるなんてありえないよ」
――コーヒーはともかく、ケモミミはどうなんだろう?
そこはかとなくロナのこれからが心配になったアレニアだったが、気を取り直して尋ねた。
「も一個聞いていい? 神族って人間の才能を見抜ける、なんて噂を聞くんだけど、それって本当?」
探索者のみならず、人々の間ではアレニアの言う噂がまことしやかに流れていた。真偽は不明。だがその噂を信じて、特に富裕層では自分自身や我が子の才能を見抜いてもらおうと膨大な額を費やして神族を探し出そうとする者も後を絶たないらしい。
アレニアはあまり信じてはいなかったが、もし噂が本当なら知ってみたいと思っていた。自分の努力の方向は正しいのか。信じるに足る情報は誰だって欲しく、彼女もまた例外では無かった。
「はは、その噂は私も聞いたことがあるよ。けれどちょっと違うかな」
「違う?」
「うん、別に神族は人間の才能そのものを見抜けるわけじゃない。ただ、魂の輝きは見ることができるよ」
「……どういうことよ?」
「そのままの意味さ。人間が持つ魂の輝きを私たちは見ることができる。輝くにはいろんな要素があって、魔素の多寡や人生の充実度、信念の強さでも輝きは違ってくる。ま、才能ある人間は濃い魔素を持ってたり、自分の人生に満足して前向きだったりするから強い輝きを持ってることが多いけどね。それだって神族全員が見れるわけじゃない」
「魂の輝き、ねぇ……ね、神族全員が見れるわけじゃないって言ったけど、ロナは見えるんでしょ? 私とかシオってどうなの? 輝いてる?」
アレニアは双眼鏡から目を離してロナに尋ねた。だが、彼女は「どうだろうね」とはぐらかして微笑むばかりだった。
「もったいぶらないで教えてよ」
「ふふ、すまないね。けど私は教えないようにしてるんだ」
「どうしてよ?」
「人間は強くないからね」ロナはコーヒーカップを手にした。「輝き具合を教えてしまえばそれに囚われる。その人本来の生き方をどうしても歪めてしまうのさ。もっとも、私たち神族からすれば君らのそんな繊細さがたまらなく愛おしく、そして興味深く思えるのだけれどね」
「そうなんかもしれへんな。今の自分が間違っとるか、それとも正しいんか。指針があればどうしてもそれに頼りたくなるし、現実を見んと輝いとる時の生き方に縋りたくなるもんや。ウチかて武器が上手く作れへん時は上手くいった時がどうやったか、なんとか再現しようとしてまうしな。気温も腕力も魔素もその時々で状況が違うっちゅうのに」
クレアの言葉にロナはうなずき、それから「アレニアくんとシオくんの生き方を歪めたくないからね」と付け加えた。
「二人のことは私も友人として好きなんだ。だから、これからもあるがままの君たちを見せてほしい」
「ロナにそう言われたら何も言えないわね。了解。んじゃもうこれ以上聞かない」
アレニアとてしょせん興味本位で尋ねただけだ。ロナの言わんとするところも分からない話ではないし、そこまで知りたいことでもなかった。そもそも、魂の輝きが人生の充実度とかで左右されるのであれば、自分もシオも間違いなく輝いて見えていることだろう。アレニアは双眼鏡から目を離して自分を抱きしめているクレアを見つめた。
「どうしたんや?」
「別に。ただ、素敵な恋人がいる私はさぞ輝いてるだろうなって確信しただけ」
「おおきに。嬉しいこと言ってくれるやんか。そういう話なら間違いなくウチも輝いとるやろな」
「まぶしくて直視できないくらいね」
「そうや、ウチもアレニアに聞きたいねんけど」
膝に乗ったアレニアをギュッと抱きしめ軽くキスを交わして、クレアは尋ねた。
「あの奥ゆかしい弟分を、どうやって焚き付けてデートに誘わせたんや? だいぶ難儀したやろ?」
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