2-1.私も熱を持ち始めた気がする
「うしっ! これでシオちんもアレニアも文句あらへんやろ!」
クレアが私に帽子をかぶせて、満足そうに手を叩いた。彼女の隣ではロナも同じくうんうん、と何度もうなずいている。
「きっと二人も満足してくれるさ。元々の素材が良いのもあるけど、どこに出しても恥ずかしくない美少女の完成だと思うよ」
気分が上がったのかハイタッチをする二人から、ワードローブの鏡へと私は視線を移した。
私の金属質な義足は上から下まで厚い黒タイツに覆われ、足元は過去に買ったこともないおしゃれなブーツに包まれている。
膝より少しだけ短い丈のスカートはどうにも落ち着かないけれど、クレアとロナ曰く「それが、イイ」らしい。上半身は明るめのグレー色をしたチェック柄コートで、首元には真紅のマフラー。頭の上には黒いベレー帽が斜めに乗っていて、今にも落ちそうにも見えるけれど落ちないのが不思議だ。
「化粧もバッチリ、コーデも完璧! どや、ノエル? たまにはこうおしゃれするんも悪くないやろ?」
「良く、分からない」
二人に為されるがまま私はただ立ったり座ったりをしていただけで、果たしてこれが二人の言うとおり美少女の姿なのかは分からない。そもそも、私に美醜の判断基準が無いので評価はできないのだけれど、ただ一つ言えるのは美「少女」ではないということ。一応は成人しているのでその表現は適切ではない。
それはともかく。
「不思議な気分」
二人の着せ替え人形になっている間は特に何の感想も無かったのに、こうして着飾った自分の姿を鏡越しに見てみると妙な感覚に襲われる。まるで自分が自分でないようで、けれど確かに鏡に映っているのは私だ。ハッキリと表現するのは私にとって難しいけれど……悪くない気持ちなのは確かで、心持ち心臓の鼓動が早い。
「なら上等や。せっかくのめでたい日やからな。張り切った甲斐があったっちゅうもんや」
人生でおそらくは初めてとも言えるおめかし。それをしているのは今日という日がいわゆる――デートの日だからに他ならない。
一般的に男女が初めてのデートをする場合、どちらも見た目に気を遣うというのは知っているつもりだけれど、ここまで力を入れるとは思っていなかったので今まで感じたことのない疲労感は否定できない。それでも行動に支障が出るほどではなく、むしろ体が軽くさえあるかもしれない。これも精神的な高揚によるブースト効果なのかもしれない。
「せやで? おしゃれっちゅうのは何も相手に見せるためだけやない。自分のテンションを上げるためにも使えるんや」
「なるほど。勉強になった」
「よし! ンならノエルの準備もできたわけやし、ほな行こか? いくら美少女で相手がシオちんやいうても待たせるんはマナー違反やからな」
クレアとロナに促されて私室を、そして店を出ていく。入り組んだ迷宮通路を抜けて上階へと続く階段へと向かうのだけれど――
「私とシオのデート。二人がついてくる理由を尋ねたい」
どうしてか私の前後をクレアとロナが挟み込んでいた。
「理由なんて決まっとるやん。まさかノエル、アンタその格好で戦闘する気かいな?」
「支障はない」
「アホ、支障ありまくりや! せっかくおめかししたっちゅうのに、血とホコリ塗れでシオちんに会いに行くつもりかいな?」
「今日は私とクレアで護衛するよ。無事に地上に送り届けるから、ノエルは私たちに任されてくれないかな?」
ここらはCランクモンスターばかりなので戦闘はせずとも回避すればいい話ではあるのだけれど、多少とはいえ確かに汚れる恐れがある行動は避けるべきと思料する。もっとも、二人ともそれが口実であることは如何に私でも理解できる。その証拠に――
「ほらクレア、口元」
「おっと、スマンスマン。どうしても楽しみでつい、な」
――ロナはともかく、クレアは口元のニヤニヤを隠せていない。人のデートを眺めるのがそんなに楽しいのかは理解不能だけれど、どうせ何を言ってもこっそり観察するのだろうからここで咎めても合理的ではない。無視しておこうと思う。
それはさておいても、二人のおかげで確かに私はスムーズに地上へ出ることができた。途中の敵はあっさりと屠られ、私が脚を止めるまでもない。ただ、あまりにも場違いな格好を私がしているので、すれ違った探索者の人たちからは明らかな好奇と困惑の目で見られたけれど。
もっとも。
「普段メイド服で迷宮を歩き回っとるんもたいがいやで?」
言われてみればそのとおりなので、それ以上気にする事を放棄した。
さて。地上に出たところでクレアとロナが離れて私一人になり、シオとの待ち合わせ場所へ向かう。ちなみに最初は、どうせシオが店で働いているので一緒に地上に出ればいいと提案したのだけれど、口にした途端にアレニアを含めた女性三人に「分かってない!」とひどく叱られ、閉口せざるを得なかった。
迷宮入り口の建物を出て鉄道駅の方へ。ギルド周辺は探索者が多いので街の雰囲気もどこか無骨さが強かった。けれど、駅に近づいていくとそれも段々と和らいで華やかなものになっていくのが観察していて分かる。
街のショーウインドウにはデザイン性を重視した衣服が並び、普段こちらの方へ来る機会はないので衣服の豊富な種類に少し驚きを感じながら進むと、待ち合わせスポットとして利用されているらしい大きな銅像の前でシオが待っていた。
普段はラフなシャツか探索者の装備をした姿しか見ていないけれど、今日に至ってはシオもずいぶんと違った装いをしていた。上下をチェック柄のスーツで揃え、同系統の色合いのハンチング帽を被っている。
「やっほー、クレア」
「アレニア、お疲れさん。あれはアレニアのコーデかいな?」
「そそ。ったく、大変だったわよ。アイツに選ばせたら普段着とそう変わらない地味ーな服ばっかり選ぶうえに『大丈夫かな? 大丈夫かな?』なんて連呼するんだから」
クレアたちもアレニアと合流してようで、陰で交わす三人の会話を私の聴覚が捉えた。なるほど、シオの服装はアレニアが選んだのか。
見慣れない彼の姿に少し私も戸惑いを覚える。私自身を鏡で観察した時も別人のようで不思議な感覚だったけれど、シオを見ても似た感覚を覚えた。
それはシオも同じようなものらしく、そわそわと落ち着かない様子で体を揺らしていた彼も私の姿を認めると小動物のような目を丸くして固まった。
「待たせた」
「……え? あ、あ、い、いえ! だ、大丈夫です、僕も今来たところですから」
「なら良かった」
声を掛けるとシオが錆びた機械を想起させるぎこちない動きを開始する。心臓もずいぶんと早鐘を打っていて、緊張が窺える。
年長者として、ここは一つ気の利くセリフの一つでも言って緊張を解して上げるべきなのだと推測できる。クレアもそんなような事を言っていた気がする。しかし困った。戦闘時における緊迫はともかく、こうした日常面における緊張を解すと言っても、私自身緊張したことがないのでどうすれば解れるのか、皆目見当もつかない。
なにかいい手段は無いだろうか。そう思案しているとシオがモジモジしながら私を見下ろしていることに気づいた。
「なにか?」
「い、いえ! そ、その……えっと、きょ、今日のノエルさん、か、か、可愛いですね……あ! べ、別にいつもは可愛くないと言ってるわけじゃなくて! ええっと、いつも以上にと言いますか、普段も目を奪われるくらい可愛いんですけど……って、す、すみません、何言ってるんでしょうね?」
「……感謝する」
クレアたちも私を美少女と評してくれるけれど、正直分からないし、別段の感想も無かった。けれどシオに可愛いと言われた瞬間少し変な気持ちがして、アタフタする彼にそんな一言だけしか返すことができず、つい顔を逸らしてしまった。
「……えっと、とりあえず行きましょうか」
シオの申し出にうなずく。どうしたのだろう、彼の緊張が私に移ってしまったのだろうか。なんだか単にうなずくという動作一つにも違和感を覚えてぎこちないような気がする。
「い、一応自分の方でデートコースは考えてきたんですけど、どうします? ノエルさんが行きたい場所があるならそっちを優先しますけど」
「よく……分からない。任せる」
「わ、分かりました。なら――」手をシオが私の前に差し出した。「今日はぼ、僕の申し出を受けて頂いてあ、ありがとうございましゅ……精一杯エスコートさせて頂きますので、お、お楽しみくだしゃいませ、お、お姫様」
顔を熟れたリンゴよりも赤くして、いわゆるキザったらしいセリフをシオが述べてきた。後ろの方から「そこで噛むな!」とか「よし、よく言った!」とか聞こえてくるけど、きっと今のもアレニアの差し金だと思われる。
だとしても、シオの赤い顔を眺めていると私の頬もなんだか熱を持ち始めたような気がする。その顔を見られるのが嫌でまたしてもつい顔をそむけてしまったが、それでもシオの手を握ることはできた。
「……それじゃこっちです」
握ったシオの手は震えていて、ひどく冷たくなっていた。たぶんこの場所で長い時間待っていたのだろうと推察する。
それでも冷たいのは表面だけで、彼の手をしっかりと握るとじんわりと温かいものが私の生身の左手に伝わってきて、それが私は嬉しく思えた。
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