8-3.何一つ救われない話だね
「釈然としないのは残りますけどね……」
「気持ちは分かるけど、しゃあない。ウチら庶民にできることはあらへん。みんな生き残ったわけやし、それで良しとするしかないやろな」
「そう、ですね……」
「アレニア」
アレニアに声をかける。いつの間にか、パフェのタワーをほぼ空にしていた。この量が彼女の体のどこに入っているのか、まったく謎だ。
それはともかく。
「サーラから、何か聞いてない?」
「ああ、ヒュイの件ね。聞いてるわ。一緒の封筒に書類が入ってるけど、こっちも私が読み上げてもいい?」
彼女の問いかけにうなずく。
戦いの最中に、正気を失う寸前で私に伝えられた彼からのメッセージ。その本意を探るために、彼が元々拠点としていた王都のギルドから情報収集することをサーラにお願いしていた。
「えーっとまずは……王都・リジュエでのヒュイの評判だけど……良くも悪くもないってところね」
「どういうことや? Aクラスなんやし、なんかしら良し悪しはあるやろ?」
「うーん、と……王都でも有数の実力を持ってるし、性格は誠実で真面目。暴力沙汰なんてこともないし、任務達成率も良好」
「それだけ聞くと、すごい立派な人に聞こえるんだけどさ」
「そう。人格者で実力もあって非の打ち所のないAクラス探索者。だけどそれに見合った評価は受けてなかったそうよ」
「理由はなんだい?」
「彼が、高額な報酬の仕事しか受けなかったからみたいね。どんな過酷で危険な依頼でも見合った報酬さえ払えば全力で完遂する。逆に彼が少しでも割安だと感じた依頼は、どんなに説得しても絶対に受けなかったらしいわ」
「……ひょっとして、ギルドからの指名依頼も拒否ってたんかいな?」
アレニアがうなずく。
ギルドからの指名依頼は緊急性が高かったり、公共性の高い依頼が多い。探索者にとって受けることは半ば義務に近いのだけれど、それさえも断っていたのならギルドの評価が低いのにも納得だ。
「それだけじゃなくて法外な報酬さえ払えば犯罪ギリギリ、時には犯罪行為そのものにも手を染めてたみたい。最終的には証拠不十分で犯罪とは認定されてはないみたいなんだけど。まあ、そんな感じの人物よ」
なるほど。なら今回の件も倫理はどうあれ、流れとしては納得がいく。アルブレヒトは金払いが良かったようなので、ヒュイも相当な額を受け取っていたのだろう。
「意外やな。ウチが捕まっとる時も、どっちかというと紳士的な対応やったんやけどなぁ」
「でも、そこまでお金にこだわって、何に使ってたんでしょうね?」
「ああ、そこもサーラが調べてくれたみたいよ?」
そこは気になるところなのでありがたい。
「ギルドは個人の生活に首を突っ込むことはないはずなんだけど、ヒュイも実行犯の一人なわけだから、事件の全容解明のためにって名目で情報屋に調べさせたんだって」
「へえ、さすがサーラやな。んで?」
「ヒュイの生い立ちの話になるんだけど、どうやら彼、孤児らしいの。探索者になるまでずっと孤児院で生活してて、稼いだお金の大半はそこに寄付していたみたいよ。実際に一年くらい前までは度々その孤児院を訪れてる姿も目撃されてたんだって」
「いい話じゃないか。孤児院の運営はお金がかかると聞くし、ずいぶんと助かってたんじゃないかな?」
「それでヒュイさんは高額な依頼ばかり選んでたんですね」
悪いことや私欲のためではなかったとのことで、シオもどことなくホッとしたように見える。
それに、これで分かった。彼が口にしていた「子どもたちを頼む」というメッセージ。つまり、孤児院のことを私に託したということなのだろう。
金銭的な援助は厳しい。でも、今回の事件で唯一受け取った故人の遺志でもある。できる限りのことはしたいと思う。
――と思ったのだけれど、先を読み進めていたアレニアの表情が晴れない。
「どないしたんや?」
「うん、えっと……その孤児院についても、この報告書に触れてるんだけどね――情報屋が調べた時には誰一人として、残って無かったんだって」
「……どういうこと?」
「……一年前くらいにどこかのお金持ちが買い取ったらしくて、それからだんだん人がいなくなっていったらしいの。大人子ども問わず。で、その買い取ったお金持ちなんだけど、名義がどうも偽名らしくって調べたら本名が――」
「ちょい待てや、アレニア。まさか――」
アレニアは苦渋に満ちた顔でうなずいた。
「そう、アルブレヒト・ゴルトベルガー。あのクソ野郎なのよ」
つまり。
それが意味するところを理解した瞬間、全身から血の気が引くような感覚が襲った。
彼が人生を掛けて守り通し、最後に私に託したそこはとっくの昔にアルブレヒトの手に落ちていて。
アルブレヒトは、多くの人間を実験に使用していた。なら、そのいなくなった子どもたちがどうなったかは――想像に難くない。そしてそれを……それをヒュイは知らずにいた。
「……なんてこと」
「あんの、クソ馬鹿は……!」
シオとクレアも怒りに震え、アレニアは口元を押さえてずいぶんと顔色も悪くなっていた。
「大丈夫かい、アレニア君? 少し奥で休んだ方が良さそうだ」
「そう、ね……ちょっと横にならせてもらうわ」
「ならウチが」
クレアが彼女を支えて奥のベッドへ連れて行く。寄り添う二人の姿が人と人のあるべき姿なのだろうと思うけれど、想像できるアルブレヒトの行為はあまりにそれとかけ離れている。
「結局……今回の事件は何一つ救われない話だね」
二人を見送ったロナがポツリとつぶやくのが聞こえた。
多くの人が研究の犠牲になり、主犯格も殺された。私たち側に残ったものは何一つない。強いて挙げるなら、こうして生きているという事実。それだけだ。達成感も満足感も、金銭的なメリットもない。
それに。
「あの……大丈夫ですか、ノエルさん」
「大丈夫。問題ない」
肩に置かれたシオの手。少し冷たくなったそれにもっと冷たい私の手が重なり、彼を傷つけないようゆっくりどかす。
孤児院の子どもたちが犠牲になったと知った時、私は衝撃こそ受けたものの、それ以上の感情は湧き上がってこなかった。
怒りも、悲しみも。まっとうな人間であればあってはならないだろう喜びの感情でさえ湧かなかった。
それは、もっと酷い状況だった戦争を知っているからかもしれない。もしくは、もう記憶さえ曖昧だけど私がこの体になった研究所で酷い扱いを受けたからかもしれない。それか、もっとたくさんの人間を私が殺し回ってきたからかもしれない。
いずれにしろ、もっと私が最低だと思うのは。
「ノエルさん?」
「大丈夫……大丈夫」
こんな話を聞いても子どもたちやヒュイの事でもなく――醜い自分を嫌悪する事、それにしか考えが及んでいないことだった。
エピソード6「カフェ・ノーラと深層の研究所」 完
お読み頂き、誠にありがとうございました!
これにてエピソード6は完結。2~3週間後くらいにエピソード7を開始します。
今しばらくお待ちくださいませ<(_ _)>
本作を「面白い」「続きが気になる」などと感じて頂けましたらぜひブックマークと、下部の「☆☆☆☆☆」よりご評価頂ければ励みになります!
何卒宜しくお願い致します<(_ _)>




