8-2.マジな話かいな?
「ひじょーに聞きづらいんですけど……」
「なんやねん、改まって?」
「その……いつから二人はそ、そういう関係に?」
店にいる誰もが気になっていた疑問だったけれど、シオがとうとう口火を切った。
先日の事件以来、クレアとアレニアは誰はばかることなくベタベタし始めた。今もアレニアが来店するやいなや、どちらからともなく近づいて濃厚なキスをかわしている。むしろあれから何度も目撃しては黙って目をそらし続けていたシオはよく我慢したと思う。
「いつから……いつからやろな?」
「もう結構経つと思うけど……三ヶ月前くらいじゃない?」
シオの口から「そんな前?」と思わずつぶやきが漏れた。その感想には私も同意だ。みんながいる前だとそんな素振りは見せてなくて、まったく気づかなかった。
「どっちから告白したんだい?」
「あら、ロナも興味があるの? 意外ね。こういうことには首突っ込まないかと思ってたんだけど」
「秘め事なら黙ってるけど、今更そういう話でもないだろう? 特に人の心理は興味深いからぜひ聞きたいな」
「ま、別に良いけどね」
アレニアがカウンター席に戻り、クレア特製の特大パフェを一口食べる。そして天井を見上げ、次いでクレアを見ながら「どうだったかしら?」と首を傾げた。
「どっちから、って感じでも無かったわよね?」
「せやな。お互い気ぃあるんは気づいとって、いつの間にか自然と付き合うようになったって感じやんな?」
「へぇ、そんなものですか」
二人の話に感心しつつシオが私の方をチラリと見た。意図が読めない。何を言いたいのだろう?
しかしながら渦中の二人……というよりも私以外の全員がシオの胸中を的確に読み取ったらしい。アレニアがニヤニヤしながらシオを肘でつついた。
「まったく……行動力はあるくせに奥手なんだから。アンタも早く次の一歩踏み出しなさいよ」
「そ、そうは言うけどさ」
「もういっそのこと欲望に任せて押し倒してしまうってのはどうだい?」
「いや、シオにそれは無理やろ?」
「二重の意味で無理ね。ヘタレだし」
話の中身はよく理解できないが、なんとなくシオにも二人と同じ関係になりたい相手がいるらしいことは分かった。
なので。
「協力する」
「え?」
「店での生殖行為は黙認する。シオの恋愛感情が成就するのであれば、それくらいは許容範囲」
そういうと、全員が一斉にため息をついて頭を抱えた。どうやら私は何かおかしなことを言ってしまったらしい。
「……やっぱり強引さが必要じゃないかい?」
「そうかも。相当に手強そうだわ。ごめん、シオ。頑張って。失敗したら骨くらいは拾ってあげるから」
けれどもなぜか私ではなくシオが慰められていた。私としては首を傾げるばかりだが、顔を赤くしたシオが「それはそうと!」と大声を上げて話題を強引に転換した。
「アレニアは何か用事があって来たんじゃないの?」
「ああ、そういえばそうだったわ」シオに言われて、アレニアは腰のポーチに手を突っ込んだ。「支部長から手紙?を渡されたのよ」
封筒を取り出し書類を広げ、それから「読み上げていい?」と尋ねてきたのでうなずいた。
「えーっと……ああ、クレアを誘拐したあのクソ野郎に関しての報告みたいね」
「アルブレヒトんことかいな?」
「そ。アイツなんだけど――え?」
読み進めていたアレニアの口から驚きを多分に含んだ声が漏れた。
「どないしたんや?」
「アルブレヒト――死んだらしいわ」
彼女が告げた事実に、私を含め全員が一瞬息を飲んだ。ヒュイに殴られたあの後、アレニアとシオが外の病院に運び、治療を受けて一命を取り留めていたはず。そのまま病院のベッドで磔刑状態になっていた彼だけど、その間に彼が迷宮内やここに来る前に行った数々の犯罪と非人道的実験の数々が白日の下に晒されていた。
多くの人間が金で買われたり誘拐されたりして彼の施設に連れてこられて研究の犠牲になったらしく、その数は両手どころか足の指を使っても数え切れないくらいらしい。前回状況を聞いた時は事件から三週間が経っても未だ犠牲者が増え続けていて、引き続き調査を進めていると言っていたけれど、まさか死んだとは思っていなかった。
「マジな話かいな?」
「信じがたいけど……さすがにこんな書類で支部長が嘘や冗談は書かないでしょ」
アルブレヒトも結構な重傷だったので、人道的配慮から病院で回復を待って逮捕される予定になっていた。退院の日程も決まってたとのことだけれど、決定したその翌日にベッドの上で死体で見つかったらしい。
「死因は?」
「射殺だって。頭に一発、心臓に一発」
「警備の人がいたんじゃないの?」
「かなり厳重に警備されてたらしいわよ? 病室の中も外も二十四時間、トイレ中まで監視されてたくらいだし。もっとも、朝になって全員昏倒された状態で発見されたみたいだけど」
「聞く限りだとプロの犯行だろうね」
それも単なるプロじゃない、極めて優秀な暗殺者の仕業だと私は思料する。狙撃というわけではなさそうであるし、騒ぎにもならずに何人も、それも警備のプロを殺さずに倒してから対象だけを暗殺する。並大抵の腕でできることではない。
「アルブレヒトがルーヴェンの迷宮にやってきた経緯と言い、今回の事件はギルド内の政治的な要素をガシガシ感じるわ。逮捕されてクソ野郎にペラペラ喋られると困る人間の仕業なんじゃない?」
「せやろなぁ。なら真相は闇の中、ちゅうことやな」
「そうなるわね……ああ、それでも入院中の証言とかクソ野郎の研究設備建設に口を利いたことで本部上層部の人間が何人か、首が飛んでったって書いてるわ」
「でも……その後でアルブレヒトさんが殺されたんだよね? ってことは――」
「まだ彼の話してなかった人間が他にいる。そういうことになるね」
そしてその人間が誰か、というのはきっと明るみになることはない。自身に迫ることを許さない自信があるからこそ、入院中のアルブレヒト暗殺という強硬手段を取ったと考えていいと思う。実際、戦争中もそういった人間はいたし、私とお兄さんもそんな彼らへ近づく手がかりを得ることはほとんど無かった。
だから。
「ま、これで事件の幕引きはされるんやろな」
アルブレヒト暗殺犯は捕まえることはできず、彼が引き起こした多くの犯罪も彼の死亡と一部の偉い人の地位剥奪によって終わったこととなるだろう。犠牲は多いし、生き残っても傷ついた人が多いと思料する。けれど、そうしてまた日常に戻っていくのが世界だ。
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