3-1.お得意の料理、頼むで
「ま、これでホンマに落ち着いたってことで――どや、なんか注文する? 料理も準備はできるで」
「そうだな……」
奥から戻ってきたクレアが促すと、スキンヘッドのお客様が顎を撫でる。するとちょうど誰かからかグゥ、とお腹の鳴る音が響いた。
緊張が解けて体が空腹を認識したものと思料する。私がそう言うとお客様たちは顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
「それじゃおまかせで軽くメシをもらおう。それと、せっかくだしビールを三つ」
「オーケー、了解や。んならノエル。お得意の料理頼むで」
クレアのその言い方に私は少しムッとした。大丈夫、今日はうまくいく。そんな気がする。
「嬢ちゃんが料理するのか」
「楽しみにしてるし」
任せてほしい。左腕で力こぶを作ってみせると、なぜかロナまで苦笑いした。見ててほしい。私も成長するのだ。
口を尖らせそうになるのを我慢しつつ、私はホールから厨房の方へ向かう。そして冷蔵庫からいくつか適当な食材を取り出し、包丁でカットしながらホールでの会話に耳を傾けた。
「しかし、まさかあの嬢ちゃんがキュクロベアーを一撃で倒しちまうとはな。人は見た目によらないとは言うが……」
「びっくりやろ? 見た目ちびっこやけど、あの子怒らせん方がええで」
「最初に一発かまされた時点でそんな気は起きねぇよ」
私が怒ることはめったに無いから安心してほしい。いわゆる沸点はかなり高い方だという自負はあるし、戦争中含め最後に怒ったのがいつかはまったく思い出せないくらい。
そもそも、私という存在は感情とは無縁であることをずっと要求されていた。
私は如何なる時も冷徹な「兵器」として存在していた。感情は不要。どんな困難な任務でも確実に遂行する。そのために精霊と融合させられ、作り上げられた兵器だ。だから、任務の遂行の妨げになる感情はとっくにどこかへ置いてきてしまって、未だ取り戻せないし戻ってくることも期待していない。
「だが義体、か……」
「おっちゃんは義体が嫌いか?」
「まさか。今どき義体の人間に偏見なんかねぇよ。ただ……あんなお嬢ちゃんが義体に武装を仕込んでるなんて、と思ってな。やっぱ、戦争のせいなのか?」
「せやな。五年前に、ヴォルイーニ帝国が滅亡したやろ? ウチらはそのヴォルイーニの出身やねん。んであの子は従軍しとったんや」
「あんなお嬢ちゃんまで駆り出されたのか……かわいそうなもんだ」
クレアから渡されたビールを飲みながら、スキンヘッドの男性――マイヤーさんがため息を付いた。
たぶん私に聞こえてるとは思って無い。だから私から声を上げて反論することはないけれど、私は私を「かわいそう」だとは思っていない。
きっと、一般的には不幸な境遇なのだろうと推測はする。が、そもそもそう感じるだけの機能が私には残されてない。感じなければ、それは不幸でないのと同じ。
それに、今はこうしてクレアと一緒に生きている。そこに何の不満もない。それはきっと、お兄さんが望んでいた「幸せ」なんだと思う。だから私は今、たぶん幸せだ。
「お待たせしました」
そんなことを考えながらも料理をする手は止まらない。程なく三人の料理を作り終えてお客様の前に並べていく。
「おぉ……」
「うまそうだし」
剣士姿のジルさん、それから魔導服を着たエルプさんがそろって声を上げた。
私が作ったのは肉と野菜を炒めてソースと絡めたもの、それとスープだ。当然どれもまだ湯気が上がっていて、良い匂いが店内に充満していく。
「へぇ……正直、迷宮の中だからそこまで凝ったのは期待してなかったんだが、立派な料理が出てきたな。頂くよ、お嬢ちゃん」
ありがとうございます。どうぞ、ごゆっくり召し上がりくださいませ。
「さて、んじゃ早速」
「いただきます」
いかにもワクワクした表情を浮かべて、三人が私の料理を口に運んだ。
「……んぶほぁっっっっ!?」
そして同時に吐き出した。
「ぐおおおおぉぉぉぉぉぉ……口が、口の中がただれる……!」
「ま、まっずぅ……!」
「げほっ、げほっ! み、みず! 水が欲しいしっ!」
「ほい、どうぞ」
結末を予測してたらしいクレアがコップを手渡すと、悶え苦しんでいた三人ともひったくって一気に飲み干していく。残念ながら今日「も」私は失敗したらしい。
「な、なんなんだ……これ……!」
「なあ嬢ちゃん、これ何の肉なんだ……?」
「火吹きコドモドラゴン」
「超高級食材じゃねぇかっ……!」
火吹きコドモドラゴンは討伐ランクA-3に位置づけられているモンスターだ。迷宮の深部に生息してるうえにすぐ逃げてしまうので中々捕まえられないけれど、腹のお肉が絶品だと世間では評判らしい。この間、幸運にも遭遇したから捕まえて捌いておいたものを今回使用してみた。
「あの高級食材をよくもここまで台無しにできるなんて……!」
「見た目も香りも超絶美味そうやのに、味とのギャップがおもろいやろ? あの子、実は味覚死んでんねん」
「ふふっ、いつ見ても不思議だよね」
むぅ、おかしい。絶対うまくできたと思ったのに。
ケラケラとカウンターを叩いて笑ってるクレアとクスクス笑うロナをにらみながら、私も味見してみる。
うん……やっぱり。こんなにも美味しいのに。どうして他の人には伝わらないのだろう?
「食べますか?」
「い、いや……悪いが遠慮しとく」
残念。もったいないので三人の前から皿を回収して一人で黙々と食べていく。
「……化け物だし」
「いったいどんな舌と胃袋してんだ……?」
手足は義体化されているけれど、内臓は弄られてはいない。だから普通の人間と同じはずだけれど、もしかしたら精霊によって強化されてるかもしれない。もしくは味覚も精霊寄りになっているのかも。
「断言してあげよう、ノエル。精霊もその料理は受け付けない」
神族であるロナにも断言されてしまった。
ともあれ、私の料理を食せるのは私しかこの場にはいないようだ。
三人から戦慄の眼差しで見られつつ、自分で作った料理を結局全部私で食べてしまったのだった。
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