四話 上司との不仲説
自分の予想が当たってしまう。夢の見すぎというか、夢のような気がしてくる。
「そうだ。そして、何故か二人来てしまったから、お前は放っておかれたわけだ。聖女よりも、英雄の方が言い伝えに忠実だからな」
若干不本意ではあるが、英雄とやらは面倒そうなので、女に生まれて良かったと思った。
「あの……、想良って、どうなります? 死んだら後味悪いんですけど」
「ん? 死ぬことは無いな。大切な英雄様だから」
英雄様、というのが馬鹿にしたような響きを含ませていて、叶多は少し不思議だった。
こんなこと聞くのもな、とは思ったが、好奇心で聞いてみる。
「バル、さんは、英雄嫌いなんですか?」
叶多が返した絵本を読んでいたバルは動きを止めて、叶多を見た。目を少し丸くして、ウロウロと挙動不審になる。
「嫌い、とは言ってないだろう。ただ……、英雄とか、聖女っていうのは…………」
そこで言葉を濁して、また絵本に目を戻した。
叶多も小さく頷いて、もう何も言わない。問い詰める気もないからだ。
しばらく沈黙が落ちたところで、部屋の扉が叩かれた。絵本を閉じて書棚にしまうと、扉を開ける。外には茶に近い金髪の青年が立っている。バルと似たような体格をしているが、身長は青年の方が高い。
「団長。少しよろしいでしょうか」
バルは小さく頷いて、ソファに座っている叶多を見た。
「トージス、この少女を見ておけ」
俺の部屋で勝手なことをするなよ、と叶多に念をおしてから部屋を出ていった。
トージス、と呼ばれた青年は、部屋に入ってくると、ソファに座り込んだ。
叶多の真っ黒な瞳を覗き込んで、ニコリと微笑む。
「君がソラ様と一緒にきた娘?」
「はい」
「僕はねー、トージス・ガネラン。騎士団副団長やってる。トージとでも呼んで」
人懐っこい笑顔を浮かべて、ペラペラと喋る。
そこで、声を少し潜めて叶多に話しかけてきた。
「あの、バルって怖くない? しかめっ面でさぁ」
悪口大会か。叶多はこういうものが苦手である。曖昧に頷いてみた。
「あの人ね、僕の上司で、騎士団団長なんだけど、みんな怖がってるのよ」
ヒソヒソと話していた声はだんだん大きくなってきた。叶多の頷きも適当になってくる。
部屋の扉が、ガンッ! と殴られた。叶多は身体をビクリ、と跳ねさせて、扉を見た。
開けられた扉からは例の仏頂面のバルが入ってくる。
死んだな、と思った。上司の悪口を言うって結構ヤバいんだろうな、というのは社会経験のない叶多にでも分かる。あの扉をぶん殴った勢いで、叶多とトージも殴られるのかと思うと結構怖い。
「おい、聞こえてるぞ、トージ」
「えー、ヤベ。聞こえなかったことにしてよ」
おや、和やかではないか。叶多は首を傾げる。
バルは叶多に顔を向けて謝った。
「すまんな、こいつのつまらない話に付き合わせて」
「酷いな、バル。仏頂面の男とふたりきりで、怖くない女の子なんていないでしょ」
トージが頬を膨らませて抗議する。
さっき、バルは上司だと言っていなかったか。首をさらに傾げる叶多に、バルは説明する。
「こいつは小さい頃からの腐れ縁でな。俺が上司だというのに、態度が悪い」
呆れたようにいうバルだが、それはトージを信頼しきった言い方だった。気のおけない友人とはこのことか、と叶多は一人で納得していた。
「あぁ、さっき、ソラに会ってきた。お前に会いたそうにしていたが、なかなか叶わんだろうな。しかし元気だったから、安心しろ」
叶多は小さく頷いた。
それと、とバルは付け足す。
「お前は騎士団で面倒をみることになった」