三話 英雄
「……レミシャールだ。我が国の名前」
「ふーん……」
としか言いようがない。それがどうしたというのだ。
「お前は、どこから来た?」
こんな今時世に中世ヨーロッパのような服を着ている不審者おにーさんに、出身地を伝えて良いものか。叶多は少し躊躇って、黒髪の青年の顔を見た。
じっと叶多の答えを待っている。
「……人のこと聞くときは、自分のことを先に言うのが礼儀なんですよ」
そうでなければ信用できない。おあいこにしなくては。
叶多の顔を無表情で見て、納得したように、こくりと頷いた。
「そうか…………。バルナルデ・グノウズ。レミシャール出身」
「前島叶多。日本出身」
「やっぱりか」
と、男は呟いたが、叶多としては厨二心をくすぐる名前に興味を唆られていた。
長ったらしい名前で、一度聞いただけでは覚えられない。
「すみません、名前もっかい言ってください」
叶多が言うと、苦い顔をする。
「バル、とだけ覚えておけばいい」
なんだかいい感じに誤魔化された気もするが、叶多はここで引いておいた。もちろん、人の名前を聞くことに労力を割く叶多ではない。
叶多は、この部屋でソファに座らされたのだが、ふっかふかである。座ると深く沈み込んで、気持ちいい。
テーブルを挟んで向かい側に座るバルという男は、脚を組んで座っている。
「状況を説明した方がいいか?」
「それはもちろんそうですね」
叶多が素直に頷くと、部屋の書棚から地図を取り出してきた。テーブルに、広げた地図を置いて、ある一点を指差す。
叶多は密かに、細くて綺麗な手だな、と思って見たが、口に出したら冷たい目で見られそうなので黙っておいた。
「ここがレミシャール。大国に囲まれた小国だ」
「小さい、ですね」
叶多が頷いて、バルはレミシャールの領地をぐるりと辿る。
「緑が多いだろう。森には魔物が棲み着いている」
その地図とバルの苦い顔を見て、叶多はこの人が言わんとしていることを理解した。
「周りの大国に攻められ、魔物にも襲われ、小国のレミシャールは大変だー、っていうことですか」
バルは地図に向けていた顔を、目だけ上に上げる。上目遣いで叶多を見ると、ふむ、と頷いた。
叶多は首を傾げる。叶多の顔を見たまま、地図を畳むと、立ち上がってまた書棚に戻す。
書棚を探りながら、叶多に聞く。
「で、この続きは分かるか?」
叶多は小さく首を横に振った。なんとなく想像はついてしまうが、夢の見すぎだろう。
書棚から出した、一冊の薄い絵本を叶多に差し出して、またソファに座りなおした。
読め、ということか。お生憎、言葉は同じでも文字は違うらしい。
「文字が、分かりません」
「絵だけでもいい。絵で辿れ」
バルにそう言われて、ようやく表紙を捲った。新しく、綺麗に見えたが紙の抵抗は無くて、しっかりと読まれた本なのだと分かる。
日本で読んでいた絵本よりも、若干紙がかたい。絵本の縁を指でなぞりながら紙を捲っていく。
「英雄物語ですか」
「あぁ……。ここまでくれば分かるな?」
「想良が、異世界からきた英雄」