二話 通じるんかい
「ちょっと待って、叶多。オレたちは、ホラースポットに居て、壁に浮かんだ穴を見てた」
「うん」
「叶多が手をついて、オレも引っ張られた」
「うん」
「……何これ?」
「ね」
真っ黒な闇に飲まれたと思ったら、人に囲まれているのだ、流石に驚く。叶多と呼ばれた少女の方も、無表情に見えて実は非常に驚いている。
しかもここは日本ではないらしい。髪の色は濃さに差はあれど、大体が金色の髪を持っている。また、目鼻立ちがくっきりしていて、美人の部類に入る人が多い。
叶多と想良を見て、しばらく呆然としていた群衆だったが、一拍おいて歓声が響く。手を取り合って喜んでいたり、綺麗なハンカチで目元を押さえている人もいる。
しかし、その中心に立っている人たちは、何やら難しい顔で二人を見ていた。
そのうちの一人が立ち上がって、近付いてくる。
なんか、厳つい。一言で言うと、子供に泣かれそうなおじさま。その見た目には似合わず、丁重な言葉遣いで話す。
「よくぞいらっしゃいました。さぁ、こちらへ」
―――いや、言葉通じるんかい。
叶多は心の中でツッコんでしまう。
その男が手を差し伸べたのは、想良。困惑した表情で男を見上げている。
想良は立ち上がらされて、どこかに連れて行かれそうになっている。叶多〜、と自分の名前を呼ばれているにも関わらず、無視を決め込んだ。
―――面倒事は、全力回避。それ以外は、適当に。
これが叶多の生きる上での鉄則だ。
無に徹しているが、この状況だと少し困ることもある。
―――私はどうしろと?
興味の視線にさらされたまま、放っておかれた。
「えぇ〜…………」
戸惑いつつも周りを見回してみると、案の定みんな見ている。美形にこんな見られるって、なかなか無くない? とか少しは思ったが、いわゆる現実逃避である。
困ったあと、いきなりばっ、と立ち上がって、走り出す。部屋、というか広間みたいな場所で、とにかく出口を目指して走る。
―――ここ、どう考えても異世界ってやつだし、なんか城だよね。
夢であれ、と思いながら走り出すも、願いは儚く散る。腕をがっしりと掴まれた。なんて怖いおにーさん。ここではあまり見ない黒髪の青年だった。細くても筋肉がついていると分かる体つきをしていて、いっぱしの少女である叶多としては怖い。
なんか目つき鋭いし、眉間に皺よっちゃってるし、腕掴む力の調節出来てないし。
「……ごめんなさい」
素直に謝って、逃してもらおう。さぁ、頼む! と祈ったものの、無理だった。そうだと思っていたけれど。
「……こっちだ」
腕を掴んだまま、歩き出してしまう。
なんだか豪華な廊下だった。よくテレビで見る赤い絨毯とか敷いちゃって。
レッドカーペット人生初体験の叶多だが、そんなに周りを見る余裕などない。
死刑になるのだろうか。ボッコボコにされるのだろうか。嫌な想像を膨らませながらついて行く。
「入れ」
無愛想すぎるおにーさんは、苦い顔をして叶多を部屋に招き入れた。一応の礼儀はある叶多は、軽く礼をしてから部屋に入った。
質素な部屋で、さっきの廊下とはイメージが全く違う。少しだけ周りを見てから気持ちを落ち着かせ、口を開く。
「……あの、なんですか?」
やっと疑問が口からこぼれ出る。
その言葉に、男はさらに眉間を寄せて、目元をもみほぐした。
「ここがどこか知っているか?」
「知りませんよ」
だっていつの間にか来てたんだもん、と言おうかと思ったが、一応言わないでおいた。
「レミシャールは知っているか?」
「だから、知りませんって。何その厨二みたいな名前」
ついつい本音が口に出る。それが前島叶多である。
あ、ヤベ、と思ったが、幸いなことに男は意味を分かっていない。チューニ? とぼそぼそ呟いているが、プライドの高そうなこの男は、何も聞かないだろう。
「で? なんですか、そのエイチャーン」
「……レミシャールだ。我が国の名前」