第1次最強決定戦
シロノウチが財布を忘れてるのに気がついたのは荷物を整理していた時だった。
兄さんはあいつの事を父さんと呼んでいるけれど僕はあいつの事を父さんとは呼べない。
無駄な意地かもしれないけど、あいつの事を父さんと読んでしまったらもう元の父さんが帰って来ない気がするから。
兄さんとランスロットに荷物の整理を任せて財布を持って昼食を買いに行ったシロノウチを追いかける。おそらく食堂か城下町だろう。そうあたりをつけ、僕は駆け出した。
…………いない!
既にどちらもあらかた回ってめぼしい食べ物は手に入れた。入れ違いになったのだろうか。
とりあえず寮に帰ろうと思って歩いていると、何やら話し声が聞こえてきた。
「おい、新1年生達が早速決闘するらしいぞ。」
「は?血の気多すぎるだろ。やっぱ異種族同士の決闘か?」
「いや、どっちも人間らしいが、なんと!龍陣営の奴と人間陣営の奴が戦うらしいぞ!」
「げ、人族の裏切り者か?それはそれは……お手並み拝見といこうじゃないか。」
龍陣営……なんだか、嫌な予感がする。見に行ってみよう。
口の字になっている学園のど真ん中。
中庭の中央に円形の闘技場が鎮座しているという表現がわかりやすいか。
その気になれば校舎の中からでも決闘を観戦できる。一昨年に改築が終わったこの学院がいかにバカでかいかがわかるだろう。
なんでわざわざこんな所に闘技場を作ったかと聞けば、衆人環視の元ならイカサマも起こりにくいとか、怪我しても直ぐに手当できるのが理由だそうだ。
回復魔法を使える先生が常駐していると聞いた。
その闘技場の中央にはっきりと目立つ赤マントが立っていた。やっぱりシロノウチだ。
対する子は……可愛い女の子だ。人間陣営の証明たるオレンジのマントを羽織っている。
「男対女か?なんかフェアじゃないな」
おそらくそれが全員の総意だろう。兄さんみたいに記憶が読めなくてもわかる。
常駐の先生が双方に決闘用の木刀を渡し、2人が初めの位置につき、被害が周りに及ばないように結界が貼られて決闘開始の合図がなされた瞬間だった。
全身に鳥肌が立つ。これは、不味い。
この程度の結界など紙切れだ。一見構えたまま動かない2人だが、おぞましい量の強化魔法を自分にかけまくっている。
もう今から逃げたところでどうにもならない。2人が1合でもうち会った瞬間、この学園は更地に変わるだろう。
2人が1歩を踏み出そうとした瞬間声が響く。
「『神域』!」
結界の上から更なる結界が貼られる。
紙結界とは違う、超強力な金剛石の結界だ。
パァン!
おおよそ人間が出しては行けない音と共に大地が蹴られる。土魔法さながらの威力で結界を打つ砂に悲鳴が上がる。
ゴギャ!
木刀からはどう考えても出ないはずの音を出して打ち合った2人。元々あった結界は踏み出しの時点で砕け散った。木刀にも強化がしてあるのか折れた様子はない。
たしか、素手で戦ってはダメだったはずだからな。それがありだったらあんな木刀とっとと捨てていただろう。
2枚目の結界を貼ったのが誰なのか確認する間もなく目の前の戦況は刻々と移り変わっていく。
平らにならされていた闘技場の大地はバキバキに割れ、結界の中は衝撃波で竜巻が発生しているレベルだ。
結界が過剰な音をカットしてくれているようだが、それでも相当えげつない音がする。
天変地異VS天変地異。
結界すらも足場にして上から横から縦横無尽に襲いかかる少女と、その全てを受け流していくシロノウチ。こう見るとシロノウチの方が優勢か。
見たことも無いハイレベルかつ派手な攻防に次第に観客側の熱気も高まっていく。
自分に害がないならこの戦いは最高のエンターテインメントだ。
すっかり観戦モードになっていた僕の肩が、白いローブを着た人間に叩かれた。
「……おい、聖女様からのご命令だ。耳の穴をかっぽじってよく聞け。」
は?
……なんでこうなったんだろう?
シロノウチに斬りかかりながら私は考える。
平穏無事な学園生活をゲットするため、強すぎるヤツに探りを入れようと龍族の寮に向かっていたところ直ぐにシロノウチとエンカウント。
向こうも私を探していたようで、色々話した結果お前の主張はわかったが、お前が良い奴かわからないからお前も強いんなら剣を交えてみようぜって事になったんだ。
うーん、まるきり前世の友達が好きだった少年漫画の世界じゃないか。おかしいなあ、ここ乙女ゲームの世界だよね?
それにしてもやっぱりこのシロノウチって野郎化け物じみてる。
前世で培わされた武術をフルに活用して、強化魔法とかいうチート技を使ってなおシロノウチの方が強い。
まあ、強化魔法はシロノウチも使ってるようだけど必殺コンボを全部受け流された時は驚いた。
しかもだんだん私の動きに順応してきてる。最初は急いで合わせて受け流してる感じだったのに、今はもうカウンターを入れてきそうな勢いだ。
まずいなこのままじゃジリ貧だ。
うーん、あれを使うか?最悪死ぬかもしれないけど、シロノウチなら多分大丈夫でしょ。
大抵の魔法は無詠唱でもいけるが、高位となればやはり多少のキーワードは必要だ。
一旦結界に背中をつけ、呪文を唱える一瞬の隙にかかってこられても大丈夫なように構え、唱える。
「『プリズム、シャイン』」
結界内に無数の、ゆっくり回転するガラスのような三角形が出現。それぞれ色とりどりのビームを放つ。
しかしそれだけでは終わらない。別の三角形がそのビームを受け取り、屈折させ……当たれば一撃のビームの網の完成だ。
私は光魔法との親和性が最高なので光魔法ではダメージを受けない。
これでシロノウチは死んだ……そんなわけがなかった。
「なるほど。光魔法か。」
無数のビームに貫かれながらも平然としているシロノウチ。私のように光魔法との親和性が最高……?いや、そんなはずがない。ゲームの設定上この特性を持つのは私だけのはず。なら、なぜ……。
「『暗夜衣』」
その言葉で全てが氷解する。光魔法の対極にある闇魔法の最上級防御魔法、暗夜衣。それならばたしかに光魔法のビームを防ぐことが出来るだろう……。
「あー、私の負けです!」
シロノウチは完全に私の上をいっていた。
天才、そんな言葉が頭をよぎる。前世で天才ともてはやされてきた私でも敵わない、本当の天才だ。
でも……。
「でも、私はまだあなたの攻撃を受けていません。
最初に動いたのも私から……全部受け流していただけだった。そもそもこの戦いの目的は剣を交えて互いの人間性を推し量る、だったでしょう?
だったら、最後にシロノウチさんの方から私が打ち込んできてください。じゃないとこの戦いの意味がなくなってしまいます。」
シロノウチは暫く考えた素振りを見せたあと、
「いいだろう。」と言った。
そして木刀を下段に構える……あ、これやばい。完全に殺しにかかってきてる。
挑発した私が悪い……?
いや、これはさっき勝つためにシロノウチを殺す事を選択した私への報いか。相手を殺そうとするならば自分も殺される覚悟をしろと言うことだろう。あくまでお仕置……だよね?
「ああ。安心しろ、殺しはしない。死ぬほど痛いがな。」
私の心を読んだかのように言うシロノウチ。ならば私も安心して全力で潔く受けて立とう。そう思って木刀を中段に構えた瞬間だった。
周りを覆っていた強力な結界が一瞬消え、舞い降りてくる紅い龍から白い人間が落ちてきた。
「ばかやろー!!!」
怒号とともにシロノウチの頭に振り下ろされたのは魔法で作られた氷の大剣。
シロノウチはそれを避ける素振りも見せずに受け入れた。
ゴギャッ
やばい音がしたが、シロノウチは無事なようだ。
「まだまだ甘いなシアリーン。」
「んな事言ってる場合じゃねーだろばーーーか!!!皆さん、ほんっっっっっとうにお騒がせしました!!!」
その小さな身体のどこからあんなにでかい声が出るんだと言うほど叫び、シアリーンと呼ばれた少女は頭を下げる。
「あんたも下げろ!昼ごはんを買いに行ったと思ったらこんな騒ぎ起こしやがって!ユーリが知らせに来てくれてなかったらどうなってた事か!絶対あの女の子をボッコボコにしてただろあほんだら!人様の子供になんてことしてんだ!」
怒涛の勢いでシロノウチに説教する少女。
「はい、はい……いや、本当にすまなかった。」
「誰に謝ってんだボケナス!他に謝るべき奴がいるだろうが!」
「……こんな騒ぎを起こして、すみませんでした。」
少女の隣で頭を下げるシロノウチ。
ドン引いている。みんなドン引いている。少女の剣幕に観客も、私も、龍でさえもドン引いている。
多分みんな同じ物を想像しているだろう……。
正論と暴力でぶん殴ってくるオカン。誰もシロノウチのことを笑う者はいない。オカンの怒りの矛先が自分に向いてはたまらないからだ。
ユーリが寮に飛び込んできてからのシアリーンの行動は迅速だった。ユーリと荷物整理の役目を交代。ずた袋から杖を取りだして未だ人間状態の私に飛び乗り、闘技場の上空に空間転移するように指示。
本当にギリギリのタイミングだった。後1秒でも遅れていたらシロノウチがいたいけな美少女をボッコボコにして、他種族の龍陣営に対するやばいやつらの評価は不動のものになっていた。
だがしかし、かつて同じように叱り飛ばされた身としてはシロノウチに同情する。できれば止めてやりたいのだが……シアリーンの怒りの矛先がこっちに向くのはいやだな……あいつ怖いもん。
「ま、まあまあ、シアリーン、さん?え、シアリーンって……あー、え?こんなキャラだったっけ?」
止めようとした相手の少女が突然何かを考え始める。未だシアリーンは説教の真っ最中だ。
このままではどうしようもないので人型になりこっそり少女に聞いてみる。
「どうしたんだい?何か気になることでも?」
「あ、えー、えーっと、なんというか、シアリーン、さん?に抱いていたイメージが随分違ったのでちょっとびっくりしてました。」
「それは、シアリーンが女じゃないのに気づいたってことか?」
「あ、ええ、そうです。」
平然と答える少女。なるほど。それなら困惑するのも頷ける。
「まて」
低い声が聞こえて恐る恐る後ろを振り返る。そこにはシロノウチに怒っていた時と同じ顔をしたシアリーンが立っていた。その後ろではシロノウチが、助かったというような顔をしていた。
「お前今なんつった?」
それがどちらに向けられた問いか分からないでいると、
「おい、ランスロット。」
「はい」
思わず背筋が伸びてしまう。寮で荷物整理しているユーリが羨ましい。変わりたい。
「今まで龍族以外で、私が男だと教えられないで私の性別を当てられた奴がいたか?」
「居ませんでした。」
実際寮に行くまでに教員に何度か、女なのに何故男の服を着ているのかと聞かれていた。
「何故お前は私が男だとわかった?握手しよう。」
シアリーンが手袋を取り、素肌を見せる。傍から見たら意味不明な流れだが、シアリーンの記憶を読む能力を知っている者からすれば怪しいヤツに対する最大級の警戒だ。
「え?え……はい」
少女も手を差し出し、2人は固く握手をする。次の瞬間だった。
「えええええええええええええ!あ、あなた、あーちゃん!?」
シアリーンが叫ぶ。もはやさっきのような怒りの要素は消え去っていた。いつものシアリーンだ。
「え?誰?」
「私、私……えっちゃんだよ!」
「え、えっちゃん!?えー!」
握手を超えて両手を繋いでぴょんぴょんと飛び跳ねる2人。
訳が分からないでいると台風がすぎたことを察した審判兼回復魔法使いの先生が来て、咳払いをした。
「あのー、闘技場の片付けをしなければなりませんので、出ていってください。」
言われて周りを見回してみると、闘技場の地面はひび割れ巻き上げられ私の着地によって大きなクレーターができていた。
闘技場は1週間使用禁止だそうだ。
「仲が良さそうで羨ましいです。私も混ぜては頂けないでしょうか?」
声のした方を振り向くと聖女教の生ける御神体、数人の教徒によって厳重に警護された聖女、竹中和葉が立っていた。