オトンの帰還
私がこの世界に召喚されて、半年経った。
聖女なんて役割が日本でぬくぬく育った中学2年生である私なんかに努まるか不安だったが、周りの人達の助けもあって何とかやってこれた。
私を召喚した人達はとても丁寧で、召喚したはいいが元の世界に返す方法が我々にはわからない。本当に申し訳ないと何度も何度も謝ってきた。
しかし、元からあっちの世界の生活に飽きていた私が、こんな美味しいシチュエーションに食いつかないわけがなかった。
聖女としてチヤホヤされる生活はとても楽しかった。みんなが私を尊敬して敬ってくれる。常に護衛の人がそばに居て私の事を気遣ってくれる。
それでも、このままこの世界でずっと過ごすのは不安があった。あっちの世界の家族のこと、友達のこと。
……帰りたいと思うことも、度々あった。
けれど私は聖女としてこの世界で一生を過ごさなければならない。この世界の人達の為に。
そう決意を新たに今日も私の為に宛てがわれた部屋で眠りについた。
夜中、真夜中と言っていい時刻。私は何者かの気配で目を覚ました。
枕元でゴソゴソと物音がする。
何者かが侵入している……?泥棒かな。それにしても部屋の中を漁っている気配はなかったし……まさか、狙いは私!?
その何者かが私の毛布をまくった瞬間……。
「わーっ!!!」
大声を出して飛び起き、即座に出入口に走る。ドアを開ければすぐそこに警備の衛兵さんがいるはずだ。だが……
「あっ、あかない!何で!?」
扉はそこまで重くもないただの引き戸だ。それなのに、押しても引いてもビクともしない。
「驚いた……君、なんで動けるんだ?」
そう言いながら侵入者が近寄ってくる気配がしたので、私は即座に能力を発動させる。
『神域!』
「あべしっ」
ばんっという音と共に、侵入者が神域……最強の結界にぶち当たる音がする。さすがの侵入者も、神域までは破れないようだ。
いくらか心に余裕が出来たので、振り返る。
神域の外には白いもこもことした羊のような可愛い子供が立っていた。え?と唖然としていると、子供が言う。
「まいったなあ……本当はサッと記憶を読み取って帰るつもりだったんだけど……」
どうやら本当にこの子が侵入者らしい。
「あ、あなたは誰ですか!何が目的で私を!?」
「んーとね、簡単に言うと君が召喚されたせいで私の父さんが世界から弾き出されちゃったから、ちょっとでも手がかりを掴むために君の記憶を読ませて欲しいんだ。お願いします。」
そう言って深々と頭を下げる子供。そういうことなら……とはいかない。何しろ目の前にいるのは深夜に侵入してきた怪しい子供だ。しかも、さっきのつぶやきからすると無断で私の記憶を読もうとしていたらしいし……。沈黙が流れる。
「うーん、どうすれば信用してくれるかな……。あ、私はシアリーン。龍の家来の一族の長男。」
龍の家来って事は、龍に使える者ってこと?え……すっげーかっこいいじゃん。子供――シアリーン、女が男か判別できなかったけど、男なんだ。
「あと、私は実は異世界……君と同じところからは分からないけど……から転生してきたんだ。」
情報量の濁流かな?転生者で、龍に使える一族。よし、何とかまとめられた。でも……。
「異世界から転生してきた証拠は何かあるの?」
「今なにかあったかな……」
背中の大きめの袋を下ろして座り込むシアリーン。
今なら逃げ出せるかと思ったが、まだ扉は開かない。ゴソゴソと袋を漁っていたシアリーンが何かを取りだした。瓶に入った茶色い粉と、ウイスキーボトルらしきものに入った焦げ茶の液体だ。
「このくらいしかない……よかったら、匂いだけでも嗅いでみて。」
そう言ってそれらを置き、窓際まで後ずさるシアリーン。神域をそれらが入る程度まで広げ、焦げ茶の液体の方を手に取って蓋を開ける……。
醤油?醤油だ!と、なるとこっちの茶色い粉は……カレー粉。
懐かしい匂いに涙がこぼれる。
「……君、危機感があるのかないのかどっちなんだ?もしそれが眠り薬とかだったらどうするの。」
「いや、私聖女補正?とかいうので状態異常系効かないので。」
「え……えっぐ。なるほど、だから睡眠魔法がちゃんと効かなかったのか……。結界魔法持ちで状態異常無効とかチートすぎるでしょ。」
「いやいや、シアリーンの記憶を読む能力も大概でしょ」
「確かに」
目を丸くするシアリーン。あの口調……そして醤油とカレー粉……どちらもこの国には無いものだ。もちろん、完全にシアリーンを信頼した訳では無い。
記憶を読む、と言っていたからには他の異世界人の記憶を読んでそれを利用しているのかもしれない。
だが、それでもなんとなく信頼に値する人間なのかもしれないと思った。
神域を解除し、シアリーンの前へと歩み寄る。
「どうぞ。私の記憶を読んでいいよ。」
シアリーンは心底嬉しそうな顔で、「ありがとう」と言った。表情がくるくると変わる子だ。隠し事などできそうにない。
「そういえば、言ってなかった。私の名前は竹中 和葉」
「いい名前だね。ありがとう、和葉さん!」
シアリーンはにっこり笑って私の手を握った。
ある所に、馬鹿みたいに重くてデカいファイルの入ったパソコンがありました。
ファイルの詳しい内容はよく分かりませんでしたが、なんか大事なもののような気がして放置していました。
そのファイルのせいでパソコンが大変なことになったので、修正プログラムをダウンロードすることにしました。でも、容量に空きがありません。どうしよう……?
そりゃあその原因のファイルを消すよね。この場合クソデカファイルが父さんで、パソコンが世界。修正プログラムが聖女ってところだ。
それで、いつ父さんが世界から弾き出されたかを調べる為に聖女――和葉さんとコンタクト。
その結果半年前……夏の月の5日、18時くらいに召喚されていたことが判明したので、その範囲に絞ってリヒトさん達に探査してもらった。
1ヶ月にわたる念入りな探査により、夏の月の5日18時38分54秒に家の極めて近くの森でロストしていたことがわかった。多分帰ってくる途中だったんだろう。
父さんの消えた所に行ってみたところ、以外なことに全ての持ち物が残っていた。父さんだけがぽっかりと消えていた。
服も、鞄も、多分お土産だったであろう土まみれのお菓子箱も残っていたのに、父さんだけがいなかった。
「シアリーン、どうするんだい?」
着いてきていた母さんが聞いてくる。リヒトさんとランスロットも不安そうにこっちを見てくる。
ユーリはお留守番だ。
「……父さんを召喚する。」
この1ヶ月、私なりにいろいろ調べた。
和葉さんの記憶から聖女召喚の魔法陣を実際に書き出してみて、わからない公式や文字があったので許可を取って一部の龍の記憶も覗かせてもらった。
そこから召喚に必要な神代文字や神代語を学んだ。
父さんの持ち物、そして私達の記憶に父さんが残っているということは、父さんの存在は完全に抹消された訳では無い。履歴が残っている状態だ。
ならば履歴からファイルを復元してしまえばいい。
削除された日時わかる、履歴も消えてないなら復元は可能なはず。バックアップされてるかどうかは賭けだけど。
と、いうことで用意したのは聖女召喚の魔法陣を少し変えた形の魔法陣。聖女召喚が『このファイルをダウンロードして欲しい』って意味を込めてるならば『このファイルを復元して欲しい』みたいな意味合いの魔法陣だ。
つまりは世界の外……パソコンを操作できる者にメッセージを伝えるためのメールみたいな感じだ。
この魔法陣によって父さんが帰ってきたとして、世界のバランスがどうなるのかは分からないし、それによってどんな影響がでるのかも分からない。
やらない方がいいのは重々承知だが、父さんが居なくなるなんて嫌だ。これは私のわがままだ。
父さんがロストしたこの場所同じ時刻に書き始めたなら最もわかりやすく伝わるはず。
あらかじめ書いてきた魔法陣の紙を広げ、杖で魔力を練りこみながらゆっくりと書いていく。
とろりとした黄金の魔力が地脈から引き出されて土に染み付き、光を放つ。幻想的な光景だ。
途中地脈からの魔力の供給が足りず、倒れかけた体をリヒトさんが支えてくれ、魔力を私に流してくれた。
「がんばれ、シアリーン。私もあいつも、こんな終わり方は望んでいなかった。」
「父様の言う通りです。」
ランスロットも私の肩に手を乗せる。魔力が溢れていくのがわかった。
「私も君達がこんな目にあっていいはずがないと思う。もしも父様がこんな訳の分からないことが原因でいなくなったとしたら、それはすごく……嫌な事だ。それに、私はシアリーンに救われた。君を助けたいと思うのは至極当然だ。」
「あたしゃなんも出来ないけどね。」
母さんが言う。その手には研ぎ終わり、元の煌めききを宿した父さんの大剣があった。
「あんたらの垂れ流す魔力目当てに集まってきた害獣共を駆除することくらいはできるさ。」
そう言って大剣を振り抜く母さん。オレンジに染まった木漏れ日に照らされた銀色の軌跡が光る。遠くの方にうっすらとモンスターの黒い体が見えた。
何も考えるな。魔法陣を書くだけのロボットになれ。リヒトさんとランスロットの協力で書くスピードが格段に上がった。どんどん書き連ねていく。
母さんは大丈夫。人生の半分をモンスターの狩猟に捧げた人だから。
最後の円を書き終わり、ぐるりと周りを1周してそれらを囲む。通常の人間なら魔力回復の時間を含めて複数人でやっても半年かかるこの魔法陣を私は6時間で書きあげた。
もう既に時刻は深夜0時。
金色に光るその傍らに膝まづき、召喚の為の呪文……神代語で『私の父さんを返してください。この場所、この時間にこの世界から消えてしまった私の父さんを返してください。父さんの名前はシロノウチと言います。消えた時にはこの服を着ていました。消えた時にはこの靴を履いていました。必ずどこかにいます。私では世界の外に干渉することができません。お願いします。お願いします。』
という旨のことを延々唱え、父さんの持ち物を魔法陣を消さないようにそっと置いていった。
そのうちに金色に光っていた魔法陣にだんだん他の色が混じり始めた。青、赤、黄、白……最終的には虹色になり、光り輝く魔法陣。
そしてその輝きが爆散……という表現が正しいか。一瞬で光を増し、弾けて拡散してきえた。
魔法陣があった所には……何故か、私と同じくらいの少年が立っていた。
「は?」
思わず声が出る。
「「「は???」」」
それはほかの三人も同じだった。
いつの間にか大型モンスターを解体している母さん。
父さんの荷物をまとめていたリヒトさん。
私の作業をじっと見ていたランスロット。
全員が目を丸くして少年を見つめた。
その少年はこちらを見回して言った。
「あんたらだれだよ?」
「いや、それはこっちのセリフだ。人に名前を聞くならまず自分から名乗るべきだろう。」
リヒトさんが絞り出すように言う。
「確かにそうだな。俺はシロノウチ・バーテンだ。」
まさか、まさかと予想してはいたがやはり驚きの展開に顎が外れるほど口を開け、絶叫する。
「「「「ええええええええええええ!?」」」」
「なんだ。俺が名乗ったんだからそっちも名乗るべきだろう。そんなにこの名前がおかしいか?」
ちがう、そこじゃない。重要なのは――。
「驚くと思うが、聴いてくれ。私はリヒトだ。」
「は?いやいや、リヒトは俺と同じくらいで……」
「私はリヒトの息子で」
「あたしゃあんたの妻で」
「私は君の息子だよ」
「は???ええええええええええええ」
頭を抱える父さん(?)私達も同じ気持ちだ。
「そ、そうだ!お前が本当にリヒトだって言うなら、記憶を読ませろ!」
「ああ。」
リヒトさんの頭に触れた父さん(?)が硬直する。
「嘘だろ……」
どういうこと?そのままじゃ流石にファイルとして重過ぎたからデータ……記憶をごそっと削除したら、見た目が記憶と合わなくなったから見た目を若くして寄越したのか?
ええ……力技すぎない?
「じゃあ、本当にお前はリヒトで、こっちは俺の妻と息子なのか?それで、んなもん急に信じられるかよ……。ちょっと待て、考えさせてくれ。」
そりゃそうだ。父さんとしてはいきなり未来に来たような感覚だろうから。
……とりあえず、父さんを1人にするため、私達は家に帰ることにした。一体これから……どうなっちゃうのー!?