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家族と友達の話

私が赤ん坊としてこの世界に生を受けて5年経った。幸運なことに、その間は特に大きな事件もなく平和な日々であった。

自分で自由に動けるようになって気がついたことは、この家は1部屋1部屋がデカくて天井が高い平屋だということ、家は山に囲まれた森の中に立っているが、傍には森を切り開いた大きな広場――運動場と呼んでいる――がある。家には使用人さんが10人居て、男7人女3人だ。

使用人さん達は『朝の雫団』とは違い、私達に対する純粋な尊敬からこの家で働いてくれているらしい。なんでも、私達一族が龍の力を抑えてくれていると勘違いしている一族の人達のようだ。

勘違いである旨を父さんが伝えたものの、それでも龍を相手してくれていることに変わりはないので、と言ってくれたとか。

もちろん給料もちゃんと払っているし、街まで行けるくらいの足の提供と休みもある。

この家に住んでいるのは、この使用人さん達と父、母、私、弟。

ばあちゃんは偶にお菓子とか届けにぶらりと来ることはあれど、それ以外は冒険者として後進の育成やモンスター狩りに勤しんでいる。

じいちゃんは2年前に北の山の上にある龍達の住んでいるバカでかい神殿に行ったきり帰って来ない。

リヒトさん曰く、「うちの親父とずっと飲んだくれてるよ」との事だった。

全部飲みきるのに5年かかると言われている『神々の水瓶』というえげつない大きさの樽に入った酒の飲み切り新記録をだそうと一日中飲んでるとか。

死なないのかな。歴代最高記録は3年3ヶ月らしい。

父さんは無表情で一見無愛想にみえるが、凄く愛情深い人だ。ただ、夜のことは本当にもうちょい抑えてくれと思う。弟をはぐらかすのが大変だ。

母さんは一言で言うとワイルドで豪快だ。元々ハンターだったらしく、こんがり肉の焼き加減は最高で美味しい。夜は可愛いとは父さんの記憶より。爆発しやがれ。

あと、割と2人ともひょいひょいどこかに行く。

数時間で帰ってくることもあれば、数ヶ月居なかったこともあった。

リヒトさん曰く、これでもだいぶマシになった方だそうだ。2人揃って数年の間帰ってこなかった時は夜逃げかと思ったらしい。

私の弟――ユーリは父さんと母さんの髪の色が混じったような明るい茶髪だ。

父さんは焦げ茶、母さんは金髪である。

私と同じエメラルドの大きくて真ん丸な瞳。

小さい手足――私と同じ大きさだが――をひょこひょこと一生懸命動かして私の後を着いてくる姿は、ひよこを連想させる。

私のような世間に揉まれた使い古しのバスタオルとは違い、純粋な新品の毛布のようで、これを汚すものには私が天誅を下してやる。

ぷにぷにもちもちで、私が触ると『何?』と首をこてんと傾げて見つめてくるのも愛らしい。

ユーリは思考を読み取る能力は持っていないようだが――完全記憶能力――超記憶症候群を持っている。

父さん曰く、私達の一族がこの能力を持つのは別に珍しいことでは無いらしい。思考を読み取る能力が自分だけに作用し、無意識にレベル3、当時の記憶を完全に読み取る、を自分に行使しているそうだ。

他人にもレベル3を行使できるのは一族多しと言えど歴代で3人くらいしかいないがな!と、またどこかで聞いたような話で締めくくり、どやぁ……お前の父さんは凄いだろ?という雰囲気を醸し出す父さん。

とりあえずよじ登って頭を撫でてやった。

自分で上手く能力を調節できるようになれば、普通の人間のように必要な記憶だけを取捨選択できるらしい。

早くそうなって欲しいものだ。思い出したくもない嫌なことを思い出して泣いてしまうユーリは見たくない。ユーリを守るためなら私はなんだってやってやる。クソガキをぶん殴るくらい朝飯前だ。

そう、先日初めてランスロットと対面した。

リヒトさんがうちに来ては毎回毎回愚痴を言うのだが、ゲームでは王道王子な感じだったし、そこまで言うか?だったんだけど……。リヒトさんが連れてきたランスロットは、まあクソガキだった。他人の家だというのにまるで自分が王様かのような振る舞い。

勝手に戸棚を開ける。私達の持ち物を貧相だと馬鹿にする。メイドさん達にイチャモンをつける。

菓子が食いたいと言うのでメイドさんが一生懸命作ったものを出したら、不味いと言って残す。

あまつさえ人間程度と同じ所に居られるか、である。

本当にこいつがあのランスロットなのか信じられなかった。それに唖然としていたのが良くなかった。あいつがやりやがった。

基本的にリヒトさん達はうちの家にいる間は人間の姿になってくれているが、本来の姿は龍である。

ランスロットも初めは人間の姿だったが、途中から龍になって家の中を徘徊し始めた。

幾ら家が他の家と比べて大めとはいえ、龍状態のランスロットはかなりデカい。大型トラックの横幅でかくなったバージョンかな?

調度品をばかばか落としていくし、中には壊れてしまった物もあった。

ランスロットが何をしでかすか心配だったし、私はランスロットの後を追いかけて行った。ユーリも私の後を着いてきていた。

そして、あいつの体が当たったことで壁にかかっていた絵がぐらつき、落ちてユーリの頭にぶつかった。

絵は額縁にも立派な装飾が施されたもので、かなり重い。しかもよりによって額縁の角がぶつかったのだ。

そりゃあ痛くない訳が無いし、下手したら死ぬかもしれない。ガンッと音がして後ろを振り向いてからユーリが倒れるまでが、スローモーションに見えた。

すぐさま駆け寄り、回復魔法を唱える。やはりランスロットの事が心配で、近くで立ち話をする振りをしてちらちらとこちらの様子を見ていた父さんとリヒトさんも走ってきて、ユーリの容態の確認と、回復魔法を施した。

幸いにも素早い処置で一命を取り留めたユーリだったが、頭蓋が陥没骨折しており、かなり危ない状態だった。

父さんがえげつない量の魔法を展開し、ユーリの体を隅々まで見ていく。

「もう大丈夫だろう。」

そう父さんが言った瞬間、私は駆け出した。

にっくきあのクソガキは、既に廊下の角を曲がってどこかに消えている。後ろの騒ぎが聞こえていただろうに、振り返りもしなかった。あとから聞いた話では、この時点でユーリと同じ色だった私の髪は、真っ白になっていたそうだ。


父さんは言っていた。家臣は主が間違った行動をしていれば、ぶん殴ってでも矯正しろ、と。

そのためにも家臣は正しいマナーを身につけるべきだと。能力の練習も兼ねて父さんの記憶を読み、この世界のマナーはあらかた学んだが、ランスロットの行動は明らかに間違っている。

ならば、ぶん殴って矯正するしかないだろう。こんこんと言い聞かせて矯正する、という手もあるが、生憎私はそこまで忍耐強くなかった。

廊下の隅っこに掃除用具の入った倉庫がある。

扉を開け1番近くにあった箒を掴んで跨り、飛ぶ。

父さんの記憶から魔法の使い方のコツを学んでいたので、あとはイメージだけで比較的スムーズに使えるようになった。

例えるなら、体を動かすような感じである。

コツを掴めるようになるまでは大変だが、掴んでからはイメージするだけでその動きが出来るようになる。

箒で飛びつつ、空気中の魔力を通じてクソガキの居場所を探る。――運動場で呑気にお昼寝しているようだ。速度を落とさないよう10個先の窓を風魔法で開け、そこから外に飛び出す。さながらブーメランのような放物線をイメージし、一旦運動場より離れた山々の上まで飛び上がる。

運動場への折り返しに入ったところで、箒をめいいっぱい振り下ろす形に構えて、それを芯に氷の大剣を形作る。ランスロットは火属性だから、1番効果があるはずだ。

加速は十分。向きから考えて家には当たらない。

ものすごい勢いで下降していく先に、体を丸めてすよすよと眠るランスロットが見える。

その赤い体に、渾身の一撃を振り抜いた。凄まじい轟音と共のインパクト。周りの地面が凹んだ。

鱗の下の筋肉に阻まれた感触はあったが、翼の皮膜を破り、胴体の鱗を砕き、浅いが傷も追わせられたので上出来のファーストコンタクトといえるだろう。

『痛い!痛い!痛い!』バックステップで離れるまでの一瞬、ほんの少し触れただけでもクソガキの混乱が伝わってくる。

「どうだ!痛みの味は!」

こちらを向いたクソガキが、全てを察した咆哮をあげる。そして、その巨体で突進をかましてきた。

「臣下を傷つけるやつが、王になれると思うなよ!」

雷を纏い、すれ違う形でクソガキの横っ面を切り裂く。鱗が1、2枚弾け飛んだ程度か。

俊敏な動きで反転し、こちらに向けて火柱を吐くクソガキ。

「その程度でいきがってんじゃ、ねえよ!」

氷剣を中心に盾を形成、火柱の軌道を逸らして回避する。馬鹿の一つ覚えで火柱を吐き続けているが、逸らしながらじわじわと距離を詰めて行く。

3分の1ほどまで進んだところで盾を上に投げて自分も跳躍。ほぼノーモーションで5メートル程飛べるなんて、身体強化がなければ出来ない動きだ。

空中で盾を掴み、元の2倍の大きさの大剣にしてぐるりと1回宙返り。そしてその大剣をクソガキの脳天にぶちおろした。

クソガキの頭を覆う鱗にヒビが入る。もちろん火柱も打ち止めだ。

そこからは足をクソガキの頭に吸着させて、ヒビのはいった箇所を打つべし、打つべし。

狂ったように暴れるが、知ったことではない。脳天を地面に擦りつけようとするので一旦退避する。

「どうしてこんなことをされるのかわからねえって考えてるだろ!」

切られた箇所からボトボトと血を流しながら、クソガキが初めて咆哮以外のことを喋る。

「……そうだ。何故だ!俺は龍だぞ!」

「それがどうした!」

「お前らは龍の家来なんだろ!なんで俺にこんなことするんだ!」

「お前が私の弟を傷つけたからだ!私達はお前の道具じゃねえ!確かに家臣だが、限りなく友人に近い立場だ!」

「なんだよ、なんだよ!俺は龍だぞ!」

同じことばかり繰り返すクソガキ。やはり5歳児か。

「なんで龍だから偉いと思ってんだ?」

「龍がこの世界で1番強い生き物だからだ!」

「はーあ?んなわけあるか!てめえが龍だろうと、私は今すぐお前を殺すことが出来る。見とけクソガキ。」

私は後ろを向いて、目を細める。狙うは視線の先の森の木だ。パチンと指を鳴らすと、私の隣に木の上半分だけが出現する。上半分を失った残りはそのまま残っている。

「それがどうした。木を切っただけじゃないか!」

「最強種の龍様の癖にわからねえのか?これは転移の応用だ。転移できるものならどんなもんでも自由にバラせる。木の中だけをくり抜くこともできるし、これだって……」

そう言って私は、さっきひっぺがしたクソガキの鱗を手に取って、同じように上と下に分けて転移させる。

「ほら、てめえの鱗も真っ二つだ。」

投げて渡してやると、受け取ったクソガキの顔が青ざめる。

「これでわかったか?クソガキ。私はいつでもてめえを殺せるぞ。今からでも頭だけになったてめえをリヒトさんに突きつけることも出来るからな。」

無言になるクソガキ。流石にショックがでかかったようだ。

「……龍、最強って、ばあちゃん、言ってたのに、人間にも、負ける、のか……」

ひっくひっくとしゃくり上げるクソガキ。

漫画の主人公が死んでしまった時レベルのショック受けてんだろなー。ざまぁだコラ。

つーかババア……考えが古い。まあ、ウン100年生きてやがるみたいだし、しゃーねー老害だな。

転移は魔力の消費がでかいから連発が出来ないってのと、そもそも魔法対策されたら終わりっつーのは秘密だ。

「とりあえず、自分の立場が分かったならとっとと私の弟に謝罪してこい。自分の何が悪かったのかわかんねえなら、同期度100%で私の記憶覗いて私の人生体験してこいやクソガキ。」

龍は全知全能じゃないが、私の一族におけるレベル3くらいの記憶読み取りは簡単にできる。

恐る恐る私に触れてくるクソガキ。

自分の無知をちゃんと把握してんのはいいが、やっぱ倫理観が欠如してんだろな。

クソババアには今度道徳の教科書送り付けてやろうか。

一瞬後、ずっと龍の姿だったクソガキがすっと人間の姿になり、崩れ落ちて泣き出した。

「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!うああああああああん!!!」

あの一瞬で私の人生体験出来たのか……父さんでも1分くらいかかるのに。やっぱ龍って種族チートだな。

「倫理観ちゃんと学んできたか?」

こくこくと泣きながら頷くガキ。

「じゃあ、何をするべきか分かるだろ?」

ガキ――ランスロットが立ち上がり、泣きながら走り出す。

はあ……私も氷で物理的に、ランスロットの涙で精神的に頭が冷えた事だし、戻るか……。

クソガキバージョンのランスロットをぶん殴った事は後悔してないから謝らないけどな。


その後の話。超超超激レアアイテム倫理観をゲットしたランスロットはユーリに謝罪し、自分が可能な限りぶち壊した調度品を修理し、家の中の片付けを行った。

リヒトさんはランスロットのあまりの変貌ぶりに、初めからシアリーンの記憶を読ませて矯正しときゃよかった……と呟いた。私もそう思う。

ランスロットがうちん家に来て、やばい奴だとわかった時点で倫理観をあいつの脳にぶち込んでおくべきだった。

そうしたらユーリが傷つくこともなかったんだ。

ユーリは無事だったが、今でもあの死にかけた記憶を思い出して泣いてしまう事がある。本当に申し訳ない。

だからか、ユーリはランスロットが苦手なようだ。

すっかり丸く、まともになったランスロットは、しょうがないよね……と少し寂しそうに笑っていた。

今ではランスロットはよく遊びに来る良い友だが、今度また馬鹿になったら私がまたぶん殴ってやらないと、と思う。

「ところで、あの転移って対策できるらしいね。次は負けないよ、シアリーン?」

やべえ。

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