私は未熟な乳幼児
パパスの友だと言う龍のリヒトさんと話してたところ、最悪の想像に行き着いてしまった。
あのパパスが息子を殺されてなんの報復にも出ないはずがない。だが、実際ゲーム内では殺した犯人である『朝の雫団』が元気に活動している。
と、なるとゲームではパパスは報復できない状態になってしまっていると言うことだ。
ゲーム内の設定ではユーリが『朝の雫団』に拉致られて殺されるのは……たしか……そうだ!自分の記憶を読んでみれば!
『ユーリが12歳の時だな。おっと、すまない余計なお世話だったか?』
いや、そんなことはないんですけど。この推測が正しければパパスはあと12年以内に死ぬ、又は行動不能になるって事ですよね
『そうなるな……え?どうやったら死ぬんだあいつ。むしろそっちが気になるんだが。』
たしかに、ありとあらゆるチート技を使えるパパスが……って、そうじゃないんですよ。
パパスが死んだらあなた方の懸念は無くなるでしょうが、私は2度も家族を失いたくないですよ。1度目は私が先立っちゃいましたがね。はっはっは。
『お前も大概大変だよな……こんなことになってしまってすまないな。あと、パパスという呼び方はどうにかした方がいい。なんか本当に死にそうな気がする。』
デスヨネー。というか、あの人の名前ってなんなんですか?
『ああ、あいつの本名はシロノウチ・バーテンだ。なんでも東方の使者が来た時に名付け親になってもらったらしくてな。』
や、やべぇぇぇぇ私のさっきの呼び方もなかなかだったけど、シロノウチはやばいぞシロノウチは!
具体的には次回予告で死刑宣告されそう。
しかし、呼び方どうしよう……シロたん……はいろんな所からぶっ飛ばされそうだから辞めとくとして、無難に父さんで。
『なんじゃおにたろう』
やめろよ、思考を読んで合わせてくるのは腹筋が壊れる。
『茶番は終わりだ。』
なんか中ボスっぽいこと言ってるー!
『いや本当に。どうする?』
えー、父さんの設定なんてゲームでも明かされなかったし、そもそも存在すら語られてなかったし……。それにさっきの発言と矛盾してるようですが、あの父さんでどうにか出来ないんなら私達にどうにか出来ることではないのでは?
『うーん、まあそりゃそうなんだろうが……。
とりあえず、ゲームの大まかな流れを整理するか。』
たしかに、色々ごちゃごちゃしてますもんね。
えーっと、舞台は人間の国にある王立大魔導学院。
種族間の溝をできるだけ浅くしようという意見が前々から持ち上がっていた事もあり、知能のある全種族が各々の代表生徒をそこに通わせよう。という事になった。
当然の事ながら、各種族は自分達が他の種族より優れていると思わせたいため、それぞれの優秀な生徒たちを通わせる。
何故か全員男なのはお約束です。
そして、少しでも才能のある人材を欲しがった人間の国はこう、シンデレラみたいな事をする。
全国民に魔力を測らせて、高かったものは高待遇で迎え入れて教育して学院に通わせようって感じ。
人間という種族の見栄がかかってるから多少の身分の違いなど関係ないって言ってたような?
その魔力測定でぶっちぎりの魔力を叩き出したのがヒロイン。王都に住むごくごく普通(笑)の少女。幼い頃から病弱で、プレイした感想としては守ってあげたい系ヒロインだな。
その魔力適性は、光魔法だったはず。学院全体を覆う結界を貼るっていうストーリーもあったなー。
それで、学院で巻き起こる様々な事件をヒーロー達と一緒に解決していくっていう感じだった気がします。
『私の息子のランスロットは……なるほど。これは確かにアツイ展開……。ただ、いささかヘタレ過ぎるな。好きならグイグイいってなんぼだろ。』
私もそう思います。
『そうだな。でも、お前の操る主人公はまーじで貞操感覚バルスしてるからもうちょい控えめになれよ』
地球語を使いこなしていらっしゃるようで何よりです。
『思ったんだが、ランスロットはちゃんと男前だろ?シアリーン……お前、タマついてんのか?女みたいで小さい……お前、ちょっと見切れてるシーンもあるじゃねえか!』
そうです、シアリーンさんはおとこの娘なのです。
ゲーム内では中性的な美貌で背が低めの――守ってあげたい系ヒーロー扱いされているが、どう見てもふわふわした柔らかそうなロリだ。そのくせ中身はヤンデレというもりもりキャラ設定のおとこの娘だ。シアリーンルートは攻略難易度が最高で、全シナリオすべからくえげつないので攻略サイト見るだけに留めていたのだが。
『シアリーンルートでシアリーン以外の好感度が8割以上だと、そいつVSシアリーンの構図が勃発するのか。9割以上だとそいつはシアリーンにぶっ殺されて、種族大戦勃発。他のルートでもシアリーンの好感度が高ければ高いほど邪魔してくる……完全に当て馬じゃないのか?……ヒロインはボクのものだよ!誰にも渡さない……!ヒロインの事が好きな奴はボクだけでいい……!ちょっと何言ってんのかわからないんだが?』
ヤンデレとはそういうものなんですよ……あ、私はもちろんそんなことないので、ゲームのようなシナリオにはならないと思う。
『ヤンデレこえーな。ランスロットはちゃんとまともな性格してるようで安心したよ。』
看板ヒーローですからね。
『んで、ここの景色が気になったんだが。』
ランスロットルートの最後……ヒロインがランスロットの嫁に迎えられて結婚式をあげる所のアニメーションですね。
『そう、んで、ここの地平線なんだが、何にも無いだろ?今の世界じゃここからはっきりとダンジョンが立ってるのが見えるんだよな。デカい塔で……こんな龍とか生息してる敵の強さ馬鹿なクソ辺境にあるダンジョンだからまあ、めちゃくちゃ強いわな。あいつとあのダンジョンが相打ちになったとしたらありえる……か?』
たしかに、それならありそうだけど……ダンジョン攻略は異世界チートにありがちだから、あんなお約束チート塗れの父さんなら攻略して帰って来るかもしれない。
『あ、ありえるな……。とりあえず、今日の所はこれで解散するか?お前も大分眠そうだし。』
そうですね。つーか、言われてみれば確かに私まだ産まれたばかりの乳幼児なんですよねー。
『全くそんな感じはしなかったな……つい忘れて長話してしまった。すまないな。』
いえいえー、それでは。
『ああ、また来る』
それを最後に、リヒトさんは帰って行った。
さて、私も幼児らしく寝ることにしますか。
私の目がはっきりと見えるようになり、首が座って寝返りも打てるようになった時、私と話したあれ以来どこかに行って帰ってこなかった父さんが、帰って来た。ズタボロで。
初めて見た父さんは返り血でどす黒く染まり、目の下にベットリと黒い隈を拵えたやべぇ蛮族ルックだったが、凄く芯が強そうな人だなと思った。
その背中をリヒトさんが泣き笑いしながらバンバンと叩いてるのを見て、本当に仲がいいんだなと思ったり。
その日の夜、リヒトさんが来た。頭を抱えている。
『あいつ、本当に攻略してきやがった。』
え?ぇぇえええええ!
『この前お前と話し合った可能性の事を言ったら、「俺もその可能性は考えていた。だから、先に潰してきた。」だってさ。』
父さんまじパネェっす。
『しかも話を聞いてみたらあのダンジョンだけでなくほんっっっっとうに全脅威を排除してきたと言っても過言じゃないレベルだったんだ。』
『朝の雫団』とかですか?
『それは当然の事ながら、世界にはこいつらはマジでヤバいっていう要注意団体と、龍でもタイマンだったら負けるくね?っていうモンスターが数十存在してたんだが、それら全部潰してきたらしい。』
どうやったら3ヶ月でそんなことができるんだ……。
『モンスターも、団体も、アホ射程の魔術でぶっぱしたらしいぞ。あそこのダンジョンだけは自分で攻略しなければならなかったらしいがな。』
ええ……生態系とか軋轢とか大丈夫なんですか?
『生態系は、そもそもあのモンスター共が破壊してたから問題ない。むしろこれからじわじわとあるべき形に戻るだろうな。要注意団体は裏社会自体を引っ掻き回して、どさくさに紛れて潰しあったように潰したらしい。』
力技すぎるでしょ……
『本当にな。今は裏社会と繋がってた表社会の奴らもてんやわんやだからまだわからないだろうが、落ち着いたらどうなる事か……。だが、こんなアホみたいな事件を1個人が引き起こしたとは考えない……考えたくないだろうな。しばらくざわざわした後、あいつが用意した犯人……謎の団体に落ち着くんじゃないだろうか。』
本当にチートだー。確かに、そんなレベルの力を持った個人が居るとか考えたくないけどさー。
でも、これで大丈夫なはずは無いですよね。
『そうだな。ユーリは確かに助かったのかもしれないが、あいつは……例えるなら、地球の御伽噺の眠り姫に置ける、国中の糸車を全部焼いた状態だ。どこからか思わぬ伏兵が現れないとも限らない。』
そうですね。乙女ゲーム系のお約束として運命の強制力とか言うのもありますからね。
『そんなもの要らないがな。今日あいつがボロボロになって帰って来ただろ?あれを見て、あいつの事を過大評価していたのは間違いだったと思った。
あいつは確かにチートだが、無敵ではないんだ。だから、私が友として、例え龍の掟を破ろうとも助けてやりたいと思う。』
ヘエ……
『なにか今邪な事を考えただろ』
ソンナコトアリマセンゴザイマセンデスヨ、ハイ
『言っておくが、あいつはお前の母親――レイナさんに首ったけだからな。あいつが居ない間はさぞよく眠れただろうが、これから……今晩からは覚悟しておけよ?』
うーわ、なんか嫌だー。
脱線したけど、そうだよなー。天才だって万能ではないわけだし、父さんだって無敵では無いよなー。
私もなにか出来ることを増やさないと。
父さんに守られなくても1人で生きていけるくらいには。