親父がチートだった
我々の一族は、かなりの昔からこの能力を持っていた。それは人族にとって有用であり、利用こそされたが感謝はされなかった……とは祖父の記憶である。この能力が発現した者に受け継がれる記憶らしい。
故に我々は人間としてでは無く、龍の家来として生きる道を選んだ。
龍の庇護を受ける代わりに、龍の話し相手になるのだ。記憶を読み取る?その程度龍ならば容易い。
摂理を捻じ曲げ、法則を捻じ曲げ、常識を破壊する存在。それが龍だ。数は少ないが間違いなく最強の生物。それ故に孤独だ。
同族はいるが、それだけではつまらない。
例えるなら、村8分のようなものだ。しかし、村8分の残り2分は困った時は助け合いだが、この例えにおける残りの2分は困った時だけ助けてください。だからな。そりゃあ嫌に決まってる。
龍は人間の話し相手を欲していた。また、それを通して人間と仲良くなりたいとも考えていた。
我々一族は感謝を欲していた。ありがとうの一言が欲しい。凄いね。と言って欲しい。褒めて欲しい。
シアリーンの言っていた私の褒められたい欲求はそこから来ているのかもしれない。
あいつの記憶には始めこそ動揺したが、よくよく考えてみれば恐ろしいまでに有用だ。
私は今まで色々な奴らの記憶を読んできた。
しかしながらそれらは全てこの世界で培ったものであり、ほとんど似ているものだった。
僅かな技術、考えの違いはあれど所詮は同じ世界の話。真に新しい考えというものはほぼなかった。
そこにシアリーンが現れた。
あいつの記憶はこの世の人間全ての記憶よりなお有用だ。全くとは言わないが、明らかに違う世界。
様々な魔術魔法の行使形態。色々な価値観。
その記憶は俺の脳が歓喜で陶酔するほど甘美だった。
私があいつに読ませた考えは全て本当だ。だがしかし、その中にあいつの記憶に対する執着がないと言ったら嘘になる。あの万金の価値を他のものに渡してなるものか。あの金剛石を磨かざるしてなるものか。
肉体的なものはもちろん精神的なものまで障害があるなら徹底的に排除し、この世界を、違う世界を生きたあいつなりの考えで見てほしいのだ。
あいつが俺の所に来たことには、きっと意味がある。それが何なのかは分からないが、あいつの為に俺ができる事があるのならなんだってするつもりだ。
そのためにまずは要注意団体『朝の雫団』を潰す。
シアリーンの記憶を見るに、どうも例の乙女ゲームの中で起こる事件の全ての黒幕は奴らのようだ。何かしらの形で関わっているのだろうなという伏線がちらほら見受けられる。
奴らは龍を崇拝しており、我々の一族のような立場になりたいと考えているようで、そのためには手段も厭わないような奴らだ。
ゲームの中のユーリはその能力を入手したいという奴らの思惑のために攫われ、散々体をいじくられた挙句衰弱死したようだ。
まあ、シアリーンにはお前達を守るためと言ったが、これは多少……どころじゃないかもな……私怨だ。
『朝の雫団』の存在は知っていた。その目的も危険性も承知の上で泳がせておくように言ったのは俺だ。
そうだ。ユーリを殺したのは俺だと言っても過言ではない。まだ起こっていないから大丈夫?そうじゃないんだよなあ……自分の所為でユーリの生を絶ってしまったという事実が重要なんだ。
思えば、今までの俺は甘すぎたんだろう。危険な奴は即刻排除するべきだ。
そんな事を考えながら歩いていると、誰かにぶつかった。
「すまない……なんだ、お前か」
「お前かとはなんだ!せっかく来てやった友人に向かってー!」
やれやれと大袈裟な仕草で肩をすくめる男は、俺の友である龍、リヒトだ。
つくづく切った方がいいと思うプラチナの長髪をポニーテールにし、いつもニコニコと笑みを絶やさない。悪い奴ではないのだが……なんというか、いつも間が悪い。
「何をしに来た?リヒト」
「えっ、なんで睨むんだ?もしかしてまた間が悪かったか?それならすまない……お前の子供を見に来たのだが。」
「ああ、そうか。感謝する。しかし、悪いが俺はやることがある。見るなら勝手に見てこい。」
「……なら、そうさせてもらう。お前が何をするつもりかは知らんが、頑張れよ。」
「ありがとう」
本当にありがたい友だ。たぶん大体察してる……いや、むしろ心を読んだか?まあいい。今は『朝の雫団』だ。
……どういうことだ。
少し見ない間に友人の心の色がだいぶ変わってやがる。別に龍は友人が思っているほど万能という訳では無い。故に触れないと詳しい心理状態はわからないが、まあ、なんとなくわかる。
だいぶ過激だ。それこそ何をするか分からない危うさに染まってる。
一体何があいつをそこまでさせたんだ。
野をこえ山こえ谷こえて走る、走る、走る。
馬などはかえって邪魔なだけだ。身体強化で走った方が遥かに効率がいい。
この魔法を開発した魔法使いは、魔力の消費が多すぎて普段使いには向いていない不良魔法だと言ったが、龍の家来になったおかげで世界中を流れる地脈から魔力の供給を得られる……MP自動回復と言ったらわかりやすいな。
そういう事で、俺が力尽きない限りは無限に走れる。スピードは大体馬を少し超えるくらいだが、燃費も悪く限界がある馬よりはこっちの方が何かといい。別にずきゅんどきゅんとは走っていない。
ここから奴らの本拠地までは大体1週間か……遠いな。
家からは大分離れたし、ここら辺でいいか。
シアリーンの記憶から読み取ったもの……ミサイルとかか。まさか実現出来るとは思わないが、やってみる価値はあるかな。他にも試したいものはいくつもある。
さてと、まずは核となる熱源を感知して追尾する光弾の塊に、人間が声を出した時と同じ振動に向かって突撃する仕組みを組み込んで……………………
ああああああああぁぁぁくそったれだ、最悪だ!
どこか感じていた異質な感触。嫌な予感はしていたが、それを信じたくなかった。
実際に目にするまでまだどこか淡い希望を抱いていた。
だが、もうダメだ。長らくの間我々龍が仮想していた最悪がそこにいた。異世界の人間が私の友人と接触したとき、この世界の統治権は龍に無くなり、戦乱に包まれる……この最悪のシナリオが現実にならないように祈るしかない。
いや、祈るよりもやることがあるだろう。私は産まれたばかりのしわくちゃの起爆剤に触れる。
『んお!?なんだよいきなり!びびったー!』
なるほど。この状況においてもあまり動揺していないように思えるな。
『いや、動揺しまくりですけど。むしろ1周回って平然なうー?みたいな感じ。』
なら、話はできるか?私はお前の父の友のリヒトという。龍だ。
『えっ……龍ってあの強いやつ?やだー!何それ怖い!まあ、そんなこと言ったって動けない私は何も出来ないんですけどね。お話結構でございますわよええ、はい。』
単刀直入に言うが、お前の父は化け物だ。この世界が戦乱に包まれないよう、お前の力を貸して欲しい。
『あの、端折ると言っても限度があると思います。なんでそうなるんですか?』
そうだな。まず、お前の父だが、あれはまさにチーターだ。今のあれとやり合ったら私も重症を免れないだろう。
そうだな。読んだ記憶の中にある技術全てを完璧に扱えるようになる、と言えばわかるだろうか。
と、言うか……なんとなくこんな感じだとわかっていれば、物語の中の技でさえ扱えるようだな。その場合の必要な代償、効果などは変えられないようだが。
『えっ……もしかして、色々終わった……?
思い出してみると、異世界転生物ってやばい技を使うやつらがほとんどだし……』
……今はなんとも言えない。
私でさえあいつがお前の記憶から何を読み取って、新しい考えを得たあいつが何を考えているのかわからない。
それこそ、この世の中を変えたい!シアリーンの地球のようにしたい!と言うかもしれないし、奴隷を解放したい!と言うかもしれない。
今のあいつにはそれを可能にする力がある。
しかし、変革には戦乱が付き物だ。あいつの圧倒的な武力ならば我々龍以外の種族は大人しく従うかもしれんし、そうでないかも……あくまで推測に過ぎないが。
まあ、それであいつがこの世界を統治したとしよう。だが、その行為は『種族1色に染めることなかれ』という最強種たる龍の掟に背く事になる。
この掟は古の最高神の神託らしい。実際、ウン千年生きてるジジババ共になるほど掟に対して厳しい。
そんな訳で、あいつがこの世界を統治なんかしたら龍が牙を剥くというわけだ。
つまり、龍VSあいつという構図になるという訳だが、龍にはもうひとつ厄介な掟があってな。
『勝負は常にタイマンであれ。』
というものだ。正直、あいつとタイマンなら族長でさえ負ける可能性があるレベルだ。
それで、龍以外の種族はこう思う。あれ?龍って意外と倒せるんじゃね?と。
そっからはもう、地獄絵図だ。
『最悪の事態も考えろって事ですか?』
そうだ。この話をした時点でのあいつの反応はないない……って感じだったが、異世界のあり方を見て思い直さなかったとも限らない。
『たしかにそうですね……私も別の解釈見てあっ、そーすればこうなってもっと良くなるのか!って思うことあるから……。……こんな話を私にして、一体どうしろって言うんですか?』
一応聞くが、お前は争いを望んでいない。そうだな?
『もちろん!』
例え自分が巻き込まれなくても、誰かが傷つくことは嫌だな?
『当たり前じゃないんですか?』
ならばその考え方を保っているだけでいい。あいつの優先順位ナンバーワンは今のところお前だ。
そこら辺がハッキリしているからわかりやすい。
あいつは凄く極端だ。
後先考えずに行動する馬鹿ではないが、お前の考えを可能な限り尊重しようと……しそうだなーあー、めんどくせえ
『地がでてるけど大丈夫ですか?』
どこが終わりかわからねえ地雷原に放り出された気分だよくそったれ!これがめんどくさいと言わずしてなんとするのか。
『あの、考えたんですけど、なんでゲームの世界では私の弟が死んだのに『朝の雫団』を消さなかったんでしょうね。おかげであれが原因の騒動に、ゲームではよく巻き込まれましたよ。』
そりゃあゲームの世界じゃお前が転生者じゃなかったからだろ。
『じゃあ、ゲームの世界の場合のお父さんの優先順位はどうなっていたんでしょう』
お前の母さん、お前、弟なんじゃ…………まて。
あいつは自分と関係のあるものを傷つけられて怒らない人間では無い。ましてや血の繋がった息子なら尚更だ。
『なんでお父さんはそんな力があったのに『朝の雫団』を消さなかったんでしょうね。』
答えは出ているだろう。消さなかったんじゃない。できなかったんだ。
だとすると、もしかしなくてもあいつは……近いうちに何らかの原因で死ぬ、ということなのだろうか。