無駄に凝ってるモンスター
……この世界には、昼間は透明、夜は青白く発光するモンスターがいる。
その秘密は、モンスターの細胞内で共生しているバクテリア。透明とは言ってもカメレオンのように周囲の色と体を同化させているだけなのだが、そのクオリティは桁違いだ。大半の種族が肉眼では存在を認識できないほどである。
また、音を立てにくい蹄、空気の流れを自然にそらす大きな牙など、隠密に特化した性質を持っている。
月明かり以外では発光せず、夜間は岩陰などに隠れているため、ほとんど透明なまま一生を過ごす。
臓器も言わずもがな透明。
夜、薄暗い月明かりの中で解体を行わなければならず、周囲の僅かな灯りであっても透明になるため、街から離れた開けた草原などで行わなければ到底できたものでは無い。
しかし、そんな所まで解体用具を運ぶのは重労働で、更にはモンスターも出てくる恐れまである。
そのせいで解体が難しく、生態もあまり解明されていない。
リヒトさん達がそのモンスターを狩ってきたので、それかわざわざ夜にフェーリを呼んだ理由……という建前をフェーリに話しつつ解体の準備をする。
寮に着くまでは記憶の読み直しで忙しかったが、だいぶ落ち着いた。
これで彼らに対しての対策が立てられるはず。
彼らの目的がわからない以上、思い込みで喧嘩をふっかけることは不利益にしかならない。
しかし、いざ事が起こった時に何も出来ないようではいけない。あくまで最悪の事態が起きた時のためのものだ。
血が着いた時のために濃い赤のツナギを着る。
奥から同じツナギを着た父さんが台車に乗せたくだんの中型モンスター……ブタコーを運んでくる。
とはいえ、傍から見れば空の台車を押しているようにしか見えないが。
寮の明かりを全て消したことでようやくその姿がぼんやりと見え始める。けれど本当に薄らぼんやりだ。果たして解体できるのだろうかと、不安が首をもたげる。
味はあっさりしていて、しゃぶしゃぶにすると非常に美味らしい。特製のタレで煮込んだニブタコーも素晴らしい味らしい。
しかしブタコーが美味とは言っても、その特性を研究したいもの、珍しい物好きの貴族が高値で買い取っていく。
個体数もさほど多くなく、国によっては狩猟が禁止されているところもあるため、市場に出回る量は高額かつ少ない。
ましてやわざわざ食べる者など皆無だ。
「よし、こっちの準備はOKだ。」
充分な大きさの寄せ木の解体台の上にブタコーをセットしてそう言う父さん。
「こっちも大丈夫だよ。」
内蔵とかを入れるための大量の容器を積んで、骨切り機、大小様々の刃物を寄せ木の上に並べる。
「それじゃあ……始めるか。」
父さんの音頭と共に、先ずはブタコーの頸動脈に突き立てた魔剣、ブラッディドレインを引き抜く。これは血吸いの魔剣と呼ばれており、その名の通り刺した生物の血を吸い取る機能を持った魔剣である。
首もしくは心臓に指すことで数時間のうちにほぼ全ての血液を吸い取ることが可能で、吸い取った血液は柄の魔石に蓄えられ、魔力を流すことで何時でも取り出すことが出来る。
また、魔石を変えることで再利用でき、刃が欠けてしまった場合でも研げば問題なく使える。
そのお手軽さ、再利用が可能という点から、商会などでも量産され普通に販売されているほど、ハンター御用達の便利アイテムだ。
……お値段はちょっとお高めのようだが。
「それ、ブラッディドレインじゃん!いいなあ!それがあればもっと楽に解体出来てたんだろうなあ。」
フェーリが寄せ木の上に置いたブラッディドレインを見ながら言う。
レベリング&金策時代には解体料を浮かせるために、かなりの数のモンスターを狩っては解体していたようだ。
「お前はどれくらい大きさのモンスターを解体したことがある?中型くらいか?」
「いえ、1度ワイバーンを解体したことがあります。」
ワイバーン……竜の中では比較的鳥に近い、亜竜種に分類されるモンスター……だったっけ?
「あれって確か結構大きかったよね。解体、どうやったの?」
「うーん、だいぶ慣れた頃だったから、こう、光魔法でパパっと切り落として。」
そう言ってフェーリが手を動かすと、一瞬強く発光した部分から次々と切り落とされていく。
「これは、月の光を圧縮してレーザーみたいにしてるの?」
「そう……かもしれない。原理はよく分からないけど、今は夜だから月の光、星の明かりを使ってやるの。日中だったら太陽の光を使えるからもっと早いよ。」
レーザーでも、光を使ってるなら熱も出るはずだけど……肉が焼けた様子はない。謎だ。
それはさておき、光魔法は夜には力が弱くなり、昼には力が強くなる。闇魔法はその逆だ。
故に、真夜中でも易々とモンスターの四肢を切り落とせるほどの威力をもつフェーリの光魔法は強力すぎる。そりゃあ聖女のような能力を持っていると考えられてもおかしくは無い……光魔法との親和性が最高って、その部類に入るのかな。
「これ、魔力とか大丈夫なの?こんなに威力あるなら相当消費しそうだけど。」
「うーん、よくわかんないんだけど全然消費しないみたいなんだよね。光魔法ならほぼ無制限に使えることになるんじゃないのかな。」
チートかな?
「なら、月明かりをもう少し強くすることは出来るか?幾ら発光しているとはいえ、この程度だと凹凸も分かりにくい。」
「そうですね。スポットライトみたいにしましょうか。」
……無制限だとわかった途端に遠慮のない父さんである。
モンスターの真上が異常な程に明るくなり、かなりハッキリと全体の形が見えるようになった。
ブタコーは豚とイノシシを足して2で割ったような見た目をしていた。若干の輪郭しかわからなかった先程より格段に見やすくなった。
その四肢が綺麗に胴体から切断されていることが分かる。
「……。」
父さんがいきなり無言でブタコーの胴体に近寄り、それを思いっきりぶん殴る。
「えっ!何を!?」
フェーリが驚いた声を上げる。それはそうだろう。私も初めて見た時にはそう思った。
ビリビリと空気が振動した後ブタコーの胴体から、内蔵が、肉が、皮が、するんと落ちる。そのまま残っているのは骨のみだ。
口を開けて、ポカンとするフェーリ。
「急ごう。早く容器に詰めないと悪くなっちゃう。」
「う、うん!」
種類ごとにバラバラになった内蔵を容器につめていく。フェーリは肉をレーザーでバラバラにして詰め込んでいるようだ。
「さっき何が起こったの?」
「んーと、父さんが気……振動、衝撃波?みたいなのを叩き込んだの。それで各部位の間を振動させて分離した、みたいな感じだと思う。」
「そんな感じだな。気を叩き込んだけだから魔力ももちろん消費していないぞ。」
皮に保存魔法をかけながら父さんが答える。後で鞣すか売るかするつもりだ。
もしかして、対抗意識燃やしてる?
「と、いうか、これ刃物要りましたか?私とシロノウチさんだけでほとんどの作業は出来そうなんですが。」
「まさか光魔法のレーザーがあんなに強力だとは思わなかったからな。夜だし。」
「私の仕事がなくて助かるよ。」
「お前の仕事は解体した後の容器詰めだ。」
「それはなかなか大変なのでは?」
他愛のない話をしながら作業を進めること小一時間……バカみたいな速さでブタコーは容器に収まってしまった。
「……これからどうする?」
そう問いかけた途端、フェーリのお腹が盛大になった。
「すまんな、こんな遅くに飯も食わせずに働かせて。今から料理をするのもなんだし、街にでも繰り出すか。もちろん奢りだ。リヒトの。」
「「賛成!」」
フェーリを速やかに寮に連れてこなければならなかったとはいえ、その事で頭がいっぱいでご飯のことを忘れてしまっていた。申し訳ない。
そしてちゃっかりリヒトさんの奢りになっているが、かなり溜め込んでいるらしいし、この位のことは許してもらおう。
何か忘れているような気がするけど、まあいっか?
「それじゃあ、とっとと片付けて街に行こっか!」
「おー!」
手早く道具を片付けて身支度をする。
せいぜい夜の9時くらいだし、やっている店もあるだろう。父さんの案を名案だと信じて疑わなかった。
……リヒトさんからの言いつけも忘れて。
「よお。」
「うわっ!いきなり話しかけないでくださいよ。」
「ははっ、わりぃ。しっかし、イルルエのはなんでこんな所にいるんだ?夜会の会場はあっちだぞ?」
「そちらこそ何故、わざわざこんな庭園の端っこまでいらっしゃったんです?」
「俺はめんどくさかったから、酔ったとか適当な理由つけて逃げてきた。」
「……私は本当に酔ったので頭を冷やしてるんですよ。」
「そうなのか?赤くなってるようには見えねえが。」
「顔色に出ていないだけですよ。」
「へえ……。どうせだし、話しとくか?例の件、何か思いついたか?」
「今の段階じゃあ圧倒的に情報が足りませんよ。
あの少女、フェーリの方はそれなりに活動してきたみたいですし、情報は集まってます。けれども……」
「龍の従者の人間族が、か。」
「そもそもオープンにされてなかったですからね。今まで眉唾、噂とかき捨てられて来てましたし。」
「どっちみち情報を集めなきゃ、何をするにしても裏目に出る可能性が高いかー。」
「そうですね。特に今日の接触で相当警戒されてしまったようですし。より一層の慎重さが求められますよ。」
「うーん、待つだけって言うのは性にあわねえんだがなあ。ん?なんだ、あれ。」
「どうしたんで……うわ、めっちゃ光ってますね。龍の寮がある方だ。」
「そんだけじゃねえな。月の光がちょっとずつだが集められてんのを感じる。あいつら、一体何をするつもりなんだ?」
「……ちょっと見に行って見ましょうか。」
「おいおい、夜会はどうするんだよ?」
「もとより戻るつもりなどないですよ。あなたもそうでしょう?」
「はん!それじゃあ、不良少年2人、除き見と洒落込むか!」
「くれぐれも憲兵に捕まらないように気を付けてくださいね。」
「そっちこそな。」