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ありすぎても無さすぎても良くない

「おげー、うべー、あべー、おべー、妖精王オベイロンー」

二日酔いだ。

朝っぱらから寮の食堂のテーブルに突っ伏している私を見て、父さんは呆れたというように肩をすくめる。

その手には優雅の代名詞と言える、ティーカップにはいったダージリンティー。

「お前、飲みすぎだぞ。今日の入学式大丈夫か?」

「わがりまぜん……ごべんなざいもう飲みまぜん飲みまぜん。」

恐るべきことに、飲み会は文字通り三日三晩続いた。積もる話が多すぎたのだ。

途中からは床に毛布と大量のクッションを置いて、菓子類を大皿にぶちまけて思い思いに摘み、これ以上無いほど身内同士の女子会といった様相を呈していた。

聖女様(笑)は流石に渋面をした白ローブ達に引っ張られて行きかけたが、どこにでも自由自在に大小様々な超強力結界を貼れる、異世界召喚特典のチート技『神域』を無駄に駆使して難を逃れた。

その後ランスロットから「お前の部屋の周りに、目が座ったやばい白ローブ達が沢山いて怖いんだが」と言う連絡が来たが、無視した。

その結果がこのザマである。

「いや、程々にしとけということだ。どうせこれからの入学式の後の夜会でも飲む機会が沢山あるだろうからな。」

ド正論でございまず……。

「兄さん、シロノウチ!大変だ!」

ユーリが大声と共に扉をぶち開けて入ってくる。

「ごめん。ちょっと頭に響くから声抑えて」

「わ、わかった……。それで、今さっきリヒトさんと母さん達が食料持ってやってきたんだけど量が多すぎて、ちょっと来て。」

壁に手をつきながら玄関先の広間に向かう。ユーリが背中をさすってくれる。優しい。

そして、廊下をぬけた先の光景を見て、絶句。大中小ありとあらゆるモンスターが積み重なり、外まで溢れ出ている。玄関ホールが血まみれだ。

遠巻きに見ているらしい野次馬のざわめきが聞こえる。

この世界ではモンスターは食べられる。毒があるやつとかももちろんいるが、ほとんど全部食べられる。と、いうよりもどうやったらそんな食べ方を思いつくんだっていう調理方法が確立してる。

一重にモンスターと言っても色々いる。例えばゴブリン、スライムなどの王道小型モンスター。でかいワイルドボアやでかいワイルドホーン等の食われるために生まれてきたような中型モンスター。そしてドラゴンやビックラブ(でかいカニ)等の大型モンスター。

まともに話が通じず、こちらに対して敵対的である非人型の生物は基本全部モンスターだ。

中には生物の脳を吸うやつだったり、実態がないやつとかの搦手系のモンスターも居る。

そして肝心の調理方法だが、スライムなら塩をまぶして水分を抜いた後に、タオルでそれらを拭き取り乾燥させる。そこそこ日持ちがして塩気の効いたいい保存食になる。お腹の中でワカメみたいに膨らむので腹持ちがよく、コリコリとした食感だ。

ゴブリンは、食べる種族と食べない種族がいる。食べる種族の代表としては獣人で、ゴブリンの頭をかち割って脳味噌を啜ったりする。猿みたいな扱いだ。

ワイルドボア、ワイルドホーン、ビックラブについては言わずもがな。焼いてよし煮てよし揚げてよしの万能モンスターだ。

1番訳分からんと思ったのは、チャゲランと言う発酵食品。手で触ると火傷のような水脹れと爛れを引き起こすキノコを、青く発光するキノコとワイルドホーンの肝と一緒にすりつぶす。

そしてそれをツボに入れて漬物石で蓋をし、地下室で3年ほど熟成させるとどんな料理にかけても割と合う珍味になる。

酸っぱ辛くて美味しい……風味の違うタバスコのような感じだ。

ただ、こんなものを初めに食べようと思ったやつ……どこの世界にも、無謀なバカはいるようだ。

例えどれほどの量があろうとも父さんのインベントリなら保存場所も取らないし、中の時間は止まってるから腐ることも無い……が。

「多すぎない?」

ようやく声を絞り出す。ユーリが壊れたかのように首を上下にカクカクと振る。

「いやー、申し訳ない」

ヘラヘラと笑いながら山の影から出てきたのは人間姿のリヒトさん。その後ろから苦笑いしながら母さんも顔を出す。

「食料……最初は中型10体くらいで十分だろって考えてたんだけどねぇ。あれもこれもって狩ってるうちにこの量になってしまったというわけよ。」

「ダンジョンも見つけちゃったから、潜るしかないだろ?」

頷き合う2人に父さんが言う。

「…………解体は手伝え。」

「「もちろん」」

父さんはやれやれといったように額を抑える。

モンスターを狩るという行為は、釣りもそうであるように狩ってる時は楽しいが、後の解体が大変だ。

とりあえずモンスター達は父さんのインベントリにしまわれた。

入学式は何故か夜にあるとはいえ、朝っぱらからこれでは先が思いやられる。

そもそも、当初の予定だと3日前には全員寮に着いているはずだったのだ。

基本的に食料は各々の種族でどうにかすることになっている。種族によっては食べられないものがあったりするし、その食料の格で種族としての強さを示すという狙いもあるらしい。

だからリヒトさん達、龍陣営の精鋭たちが美味しくて強いモンスターを取ってくることになったのだが、こんな羽目になるなんて。遅くなりそうだと連絡はあったし、めちゃくちゃ急かしたんだけどね。入学式ギリギリに来てえげつない量の食料を持ってくるとか完全に想定外だ。

「とっとと体洗ってこい。そんな血と泥まみれで礼服を着るつもりか?」

父さんが珍しく凄い渋面で言う。確かにリヒトさんも母さんも血と砂埃でドロドロだ。

「わ、わかったから風呂場に案内してくれ。」

父さんから滲み出る「そのまま歩き回って汚したらたら許さんぞ」というような気迫を察知してか、降参だと両手を上げてリヒトさんは言った。

この世界にも風呂は存在する。その起源は、聖女が伝えたとか、とある英雄が温泉に落ちたら気持ちよかったからとか、色々言われているため定かではない。

もちろん大抵は男女分けられているが、種族の個体数が少ないためわざと混浴にしてる種族もあるとか。とはいえ、風呂が全種族共通の施設であることは確かである。

玄関から向かって右の廊下を真っ直ぐ。

突き当たりの壁に大きめの2つの扉が設けられている。

男と女と書かれており、そこを開けると脱衣場だ。

そして、肝心のお風呂は、大理石でできた非常に広々とした湯船が鎮座していて、縁の魔導石に魔力を流すと泡が出る。ジャグジーみたいな感じだ。

その泡が出るところにある切れ込みに特別な石鹸を入れて蓋をすると、いい匂いのするモコモコとした泡を発生させられる。誰でも1度は夢みて、湯船に石鹸をぶち込んでしこたま怒られた経験があるであろう夢の泡風呂が出来るのだ。

もちろん洗い場も広々としていて、龍の姿のリヒトさんを洗うとしても大丈夫だろう。

シャンプーリンスボディーソープ完備の至れり尽くせりなお風呂だ。

「ついでに俺達も入っておくか。シアリーン、調子はどうだ?」

「まだちょっと頭は痛いけど、概ねさっきよりはマシになったよ。」

回復魔法をじわじわとかけ続けたおかげだろうか。先程のような吐き気は治まってきた。

いざとなった時に父さんに頼りすぎるのは危険なので、練習してきた回復魔法が功を奏した。……使ったシチュエーションは微妙だが。

服を脱いで籠に入れる。母さんはもちろん女湯だ。

今のところこの寮に住んでるのは私、ユーリ、父さん、ランスロットの野郎4人組なので女湯なんているかと思ったが、こういう時に必要だ。

仮にも種族を代表する奴らの寮がそんなに過疎ってていいのかって?いいわけないが、そこは乙女ゲームパワーを信じるしかあるまい。

今のところ寮生を増やす当てもないし、大抵の事はこの4人が居れば何とかなるし、並のメンタルの使用人がランスロットに耐えられるわけが無い。

「しかし、やっぱり、なんというかその……シア坊は相変わらず色々と小さいな。」

「だまると、いいと思うよ。」

いくらリヒトさんとはいえ、言っていいことと悪いことがあるぞ。ま、まあ元々なかったし?前世でも小さいと言われることには慣れてましたし?

いや、でもやっぱりそういうこと言っちゃダメだろ。気にしてる人とかも!居るんだぞ!!私は全然気にしてないけどね!!!ばーか!

しかし本当に……皆さんしっかり筋肉が付いていて、男らしい体つきをしていらっしゃりますねえ。ついでに色々でかいですねえ。頭以外の体毛が薄いのはこの世界の人類の性質なのだろうか?

あれらと比べてはいかん。とはいえ、身長がフェーリより下だった私と比べられる男性が他にいるのか。

別に筋肉がないって訳じゃないんだ。一応ついてはいるんだろうけど自己主張してないだけなんだ。

もっと熱くなれよお!俺の筋肉!お前らならできる!できるって!もっと自己主張しろよお!そう、俺の筋肉は無限の可能性を秘めている!無限の彼方へ、さあ行くぞ!

……認めよう。私の体はびっくりするほど未成熟だ。これが……乙女ゲームのお約束の運命の強制力だと言うのだろうか。デフォルトのスキンから変えられないというのだろうか。だとしたらあんまりだ。

せっかく男に転生したのだから、ムキムキマッソーあるいは細マッチョメンの夢を見ても良いでは無いか。

クマと取っ組み合いしたかった!

悪い組織を壊滅させて爆発をバックに女の子を助け出したかった!

劇画のような作風で、ライバルとの熱い決闘、血と汗と涙と鍛え上げた筋肉がぶつかり合う激闘とかしてみたかった!

「おおんおんおんおんおんおんおんおん」

「シ、シア坊。済まない、私が悪かった!だから、その、泣き止んでくれ!」

脱衣場で全裸で号泣するショタと、その前で全裸で右往左往するいい大人。未だかつてここまでシュールな光景があっただろうか。

死んだ目をした父さんが、「行くぞ」という。

風呂場に入ってみるとユーリが既に体を洗っていた。

現実は非情である。

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