感動とカオスは紙一重
「ただーいマンボ」
リヒトさんの取っておきのお酒でランスロットをぶん殴り、高級そうなお酒を適当に何本か抱えて帰ってきた私が見たものは……。
「それでシアリーンがメジェド様のコスプレして……」
「アッハッハッハッハッ」
何だこの空間。初対面の聖女と化け物が歓談してる……2人ともコミュ力お化けか。
ってちがうちがうそうじゃない。
「自分の黒歴史が晒されてるとか、ここは地獄か何かで?」
「え?黒歴史だったの?いいこと聞いたなー。」
墓穴だったか。
「それでなにかやったら許さないからな。」
最悪だ。白ローブは笑い転げる聖女様の姿を見た瞬間退室。解釈違いだったんだろう。
「ほら、お酒持ってきたからとっととその耳障りな話をやめな。」
「ここからがいいとこなのに……」
フェーリが口を尖らせる。
「フェーリさん?」
「はい」
姿勢を正してグラスの準備をするフェーリ。
まったく、もう……そして聖女(笑)はいつ笑うのを辞めるのだろうか。
ため息をつきながら私はお酒の栓を開けた……。
「だからなんで男なんだんべろわべろわへらぴあー!」
「落ち着け、シアリーン殿。言葉になってないで候。」
「アッハッハッハッハッ」
1度酒が入ってしまえばグダグダになるのは一瞬だった。最も、全員が似た境遇であるこのメンバーだからこそさらけ出せるのだが。
「毎朝毎朝自分が男になっちまったことを実感させられるんだぞ!可能なら女になりたかったよ!」
「私なんか朝から晩まで聖女としての振る舞いを強制されますー!地を出したら信者たちが解釈違いでぶっ倒れるし!めんど!」
「あはー!平民の私勝ち組!前世の武術でスローライフ無双……なわけないだろ!取ってきたモンスターは買い叩かれ!養うべき家族は多いし!農業頑張ってくれてるけど、毎年毎年冬を越すのがやっとだよ!正直この学園に入学する時の待遇がなけりゃジリ貧だったわ!」
女性(元女性も含む)メンバーが集まったらどうなるか。愚痴大会の開催だ。
「つか、フェーリ武術とかやってた……そういえば、なんか前世で話してたな。」
「10何年も前のことをよく覚えてたね。何でも由緒ある古流武術らしいけど、いわれとかはあんま覚えてないや。乗り物とかのの上に乗って奇襲をかける感じの武術だよ。」
覚えてた、というより前世の自分の記憶を読み直しただけなのだが。そういえば、伝えるのを忘れていた。
「言うの忘れてたけど私、人の記憶読む力があるから。」
「だから私が転生者って気づけたのかー。」
酒が入ってるからか、軽く受け流される。絶対知らないと思って満を持して言ったつもりだったのに……肩透かしをくらった気分だ。
「それで、まだ全部読み切ってないから追加で読ませてもらっていい?」
「全然いいよぉ」
フェーリの腕に触れ、記憶を一先ずざっと読む。後でじっくり検証しよう……読めば読むほど壮絶な人生だ。ドラマにできそう。
前世も今世もほぼ鍛錬漬けの人生じゃないか。
フェーリ……有富 藍。少なくとも鎌倉以前から伝わる有富流古武術の3人姉妹の長女。有富流古武術は代々性別関わらず、1番に生まれたものに家督を譲ることになっていたため、自動的に後継者に。
幼少期から体づくり、型の訓練。何よりも強さを求められ、プロテインがおやつの代わりだった。
自分は全てを武術につぎ込んでいるのに、それ以外のことが出来る妹たちに不満を持っていた。
そんな彼女の唯一の楽しみは、庭にある蔵にしまってあった古い少女漫画を読むこと。
ある日その姿を父親に見つかるも、婿養子である父は好きなことをできない彼女を気の毒に思っていた。
故に父親は彼女が望むもの……少女漫画、恋愛ゲームなどを許される範囲、時にはこっそり彼女に買い与えた。
しかし、そんな父親でも与えられないものがあった。友達である。
彼女の育ったところは近所の人全員顔見知りというようなド田舎だ。そして彼女の祖父は地主的な偉い立場に居た。
そりゃあ恐れられ、敬われこそすれど友達と呼べるものはできない。子供同士がそうであったとしても親がそれを許さない。
そうして地元の小・中学校で生活していた彼女は、排他的で架空の恋愛にしか興味を持たないような少女になってしまった。
ド田舎ゆえ高校はなく、彼女は実家から電車で通える1番近い学校(それでも乗り継ぎありで1時間ほどかかる)に進学することになった。
そこで彼女は、初めての友人と出会うことになる。
帰りの電車で少女漫画を読んでいた時に声をかけてきたその少女は、少年漫画が好きだと言った。
……なんか恥ずかしいし、少女漫画読んでる人に少年漫画好きとか言うの、今考えるとバカだなあ。
彼女の降りる2つ前の駅の近くに住んでいるという少女は、それからことある事に声をかけてきた。
少女が同じクラスにいるということもそれで初めて認識した。休み時間、体育の時間、帰り道……。
そこで彼女は友人といる事の楽しさを知ったのだ。
少女はなにか得意なことがある人間ではなかったが、自分の考えは絶対に曲げない子だった。
そして彼女は、その生き方に憧れたのだ。言いたいことが言えない自分よりも強い少女に。
彼女は初めて祖父達に自分の考えを言ってみた。
「もっと友達と遊ぶ時間が欲しい。」
彼女は道場に閉じ込められた。
そんな甘ったれた根性は叩き直してやる。お前はこの武術を継承するために生きていればいいのだと、昼夜問わず来る日も来る日も鍛錬鍛錬鍛錬……時間の感覚がなくなり始めた頃だった。突然少女がやってきた。
「あーちゃん!」
……あー、まって、ここら辺黒歴史すぎるからカット。
そこから色々あった。結果として彼女は軟禁から解放され、多少の自由時間も与えられた。
そして、少女は彼女にとってのヒーローになった。
……まじ?
これにてめでたしめでたし……といったところで事件は起こった。下校中の悲劇。
目の前で倒れ伏す少女の姿を見て、彼女がどれほど自分の無力さを悔いたか分からない。担架に乗せられ運ばれていく少女。朦朧とした意識の中で、それが彼女の見た前世の最後の景色だった。
転生した後、彼女は鍛錬し続けた。きっと少女は助かったと信じていたが、もうあのような思いはしたくなかったのだ。力及ばず失う恐怖を二度と味わいたくなかった。
その上で彼女はこの世界を楽しむと決めた。ゲームの悲劇あり、感動ありの波乱万丈な学園生活ではない。平穏無事な楽しい学園生活。それを目指して彼女は頑張ってきた。
そして、その先で彼女はもう一度少女に会った。
それは決して彼女の望む出会いではなかったが、彼女はよりいっそう強くなろうと思った。前世で守れなかったものを、今度こそ守るために。
………………なんというか、はっっっっずかしい。このこそばゆさ。自分が英雄視されて慕われてるって感じの心境だ。私はそんなにできた人間じゃないよ!って叫び出したい。
やばいよ、顔が熱いよ。あと、頬も熱いよ。この塩化ナトリウム水溶液はきっとお酒のせいなんだよ。
決してこんな私の事をそこまで思ってくれててありがとう、この世界でもう一度生きててくれてありがとうの涙なわけじゃないんだよ。
感情が整理できなくてどうにもならなくなった私は、とりあえずフェーリを抱きしめる。ありったけの感謝と、これからもずっと友達だよ、の意志を込めて。
「ありがとう、フェーリ。」
フェーリが私を抱き締め返してくる。彼女も泣いていた。
「ありがとう、シアリーン……えっちゃん。もう一度ありがとうって言わせてくれてくれてありがとう。」
「ひゅーひゅー!おふたりさん、お熱いですなー!」
「空気読めエセ聖女(笑)」
いい雰囲気をすっかり出来上がったオヤジ魂全開のエセ聖女がぶち壊した。
「ふふふっ」
フェーリを見ると、泣き笑いしていた。
「ははは……」
つられて私も笑ってしまう。
「ヒャーッハッハッハッハッ」
仰け反ってゲラゲラ笑う聖女。お前はいい加減にしろ。
あと、フェーリさん、抱き締める力強くないですか?そろそろ内臓とび出そう。
「ぐえー」
「あ!大丈夫!?シアリーン!」
「ぶはっ!ギャッハッハッハッハ!」
そりゃ信者共も解釈違いになるわ。聖女の中身がこんな笑い上戸オヤジじゃ。
「はあ、やれやれ……じゃあもう一度飲み直しましょー!」
「「おー!!!」」
「……それなんだけど。」
唐突に扉の方から声がする。
そこには重厚な扉を開け放し、色とりどりの料理を乗せたカートを押したランスロットが居た。白ローブは耳を塞いで壁の方を向いてうずくまっている。
「……おつまみ、持ってきたよ。」
苦笑いしながら言うランスロットに向けて私達は合唱する。
「「「いるなら先に言え!!!」」」
「空気読んだんだよ!」
「ありがとよ!とっととおつまみ置いて立ち去りな!」
「理不尽!」
などと言いながらちゃんとカートを置いて退出してくれるランスロット。気の利き方がどっかの聖女とは大違いだ。
「今私の悪口思ったでしょ。」
お前まで記憶を読めるようになったのか。
料理を机に並べて、お酒を注ぎ直す。
音頭を取るのはフェーリ。
「それでは改めて……私達の出会いとこれからにカンパーイ!!!」
「「カンパーイ!!!」」