婚約破棄を叩きつけられた私。悲しい顔を浮かべなければならないのに、思わず笑みが零れてしまいます。
「クリスティアン・シャロン! いまここに婚約破棄を宣言する!」
ヴェイル国の王太子である私の婚約者が突然、誕生日会にて宣言した。
その言葉は会場の建物内に響き渡り、会場にいる家族や友人、全員が真っ青な顔になって言葉を失った。
が、私はというと……
キタキタキタぁ! 遂に千載一遇の大チャンスッ! 婚約破棄イベントキター!
と心の中で叫んでいたのであった。
遂にこれで自分語りしかできない退屈な王太子から逃げられる、といまにも喜びの舞を踊り散らかしそうな勢いだったのだ。
だが、ここでその心の内をみせてはいけない。
喜んでいるとバレていたら色々と厄介なことになる。
落ち着け、私。悲しそうにみせるのよ。
「……うっうっ。王太子様…………なぜ私を……婚約破棄など…………」
めそめそ泣き、必死に肌をつねりながら目頭に涙を浮かべる。
すると、彼は言った。
「決まっているだろうが。貴様は俺の大切な幼馴染である次期王国銀行総裁の地位を確約されているリリアーネを虐め、さらには身近な男と関係をもっていただろうが! それなのに、認めないその態度。いったいどういつもりだ!」
ちょちょちょ、ちょっと待ちなさいよ。
リリアーネを虐める? 私が男と関係を持っている?
そんなの身に覚えないんですけど!
悲しそうな表情を浮かべることを忘れ、私は思わず本音を口から零す。
「何言ってるのよ、アンタ」
「き、貴様……! しらばっくれおって! いいだろう、ここに本人がいるから聞いてみようじゃないか。リリアーネ、お前はこの魔女みたいなクリスティアンの野郎に何をされたんだ?」
「部屋に……監禁されて、怒鳴られて……」
彼の背中にしがみつく頭に大きなリボンをつけた綿菓子のような少女が私のことを責め立ててきた。
私は思わず反論の言葉を口にする。
「はぁ? 監禁って……アンタの父親に勉強を教えてやってくれって言われたから教えてあげていたのに、すぐにサボるわ泣きじゃくるわ。そんなんじゃ、ダメだからちょこっと部屋からこっそり抜け出さないように鍵をつけただけでしょうが!」
「で、でも……」
「おい、クリスティアン。てめえ、リリアーネを泣かしたら容赦しねえぞ」
全く意味不明な二人だが、感情に支配されていた私にようやく理性が戻って来た。
いまここで無理やり反論するより素直にこの罪を認めたほうが得策のような気がしてきたのだ。
恐らく、婚約破棄の話は両者の親は認めないだろう。私たちの婚約はいわば政略結婚のようなものだったのだ。そう簡単に親が認めてくれる筈がない。
だが、もし私に非があったら?
婚約破棄の話がスムーズに進むかも!
「……ごめんなさい。私が悪かったわ」
私は素直に謝った。
「ふん。分かればいいんだ」
「こんな酷い私で申し訳ありません。なので先程の婚約破棄の話、辛いですがお受けすることにします。こんな私じゃ貴方のような方に身分不相応なので残念ですが仕方がありません」
よし、完璧! これで遂に婚約破棄が成立する!
そう私は思った。
だが、彼は想定外のことを口走ったのだ。
「まあ、そこまでいうのなら許してやろうか。俺に跪きながら『すいません。私を素敵な貴方のお嫁さんにしてください』といえば、婚約破棄の件はなかったことにしてやろう」
「は?」
声が漏れた。
だってそうじゃない! 遂に婚約破棄の話が成立したと思ったのになかったことになるとか無理よ無理。
「お、王太子様。こんな私の事など捨てて貰って構わないのですよ? 他にもっといい人もいるでしょう?」
「今更、新しい女を見つけるのも面倒だしな。父上と母上を説得するのも面倒だ。さ、早く言うのだ。俺に跪き『この哀れな私をお嫁さんにしてください』と」
その言葉を聞き、私の中で何かが切れた。
私はずんずんと彼の前に歩いて攻め立てた。
「アンタねぇ、ずーっと黙って聞いていたらいい気になって、悪いけどアンタの嫁になんかなりたくないの! 話すことと言えば過去の自分のどうでもいいどうでもいい武勇伝。もう飽き飽きなの。何回アンタの自分語りを聞かなくちゃいけないのよ! こっちも暇じゃないんだから話される側の気持ちにもなってみなさい!」
そこまでいってはっと気づいた。
あー、やっちゃったな、と。
会場中の皆が私たちのことを注目していたのだ。
王太子は呆然とした顔で私の事を見つめていた。
私は思わずパーティー会場から飛び出した。冷たい風が私の頬に吹き付ける。
家に帰ったら、何と説明しようか。
私は頭を悩ませた。
本当はもっと穏便に婚約破棄を済ませたかったんだけど……まあ、こんなのも悪くないかな。
私は思った。
おそらくこのままいけば婚約破棄は成立するだろう。あんな大勢の前で『アンタの嫁になんかなりたくない』発言をしてしまったのだ。無理もない。
最初の方こそ両親には怒られるだろうが、仕方がない。大きなリターンを得られたわけだからそれなりのリスクはついてしかるべきなのだから。
私は開き直ることにして、るんるんと鼻歌を口ずさみながら帰路についたのだった。
その後の話をしようか。
私たちの婚約破棄は無事成立した。両親にはこっぴどく怒られたが、まあ特段家族関係にヒビが入るほどだったわけではない。
いまは、古文書の研究に精を出している。もう男は懲り懲りなのだ。
いつか良い人が現れるその時まで、私はこの人生を限りなく楽しむつもりだ。
この人生を限りなく――
-完-
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