第9話 大学生の飲み会なんてこんなもん @3
長めです。
銀髪ちゃんへ話しかけるのに、緊張しなかったと言えば嘘になる。それほどまでに彼女は、冷え切った眼光を振り撒いていたのだ。
なにせ言葉を投げかけたとしても、軽く無視されてしまいそうな雰囲気である。返事をしてくれるのかどうか以前に、目を合わせてくれるのかすら怪しい。
横に座って間近に見る彼女は、それこそ氷の彫刻のように触れがたく、そして近寄りにくく思えた。
僕はチラチラと銀髪ちゃんの様子を伺うが、しかし大勢での飲み会という場で、一人の女の子ばかりを気にする訳にもいかない。
ある程度空気を読まねば、他の友人たちに白い目で見られてしまうからだ。
机に料理が並ぶのを見て、僕はその傍に置かれた菜箸を掴む。
「僕がサラダ取り分けますね。皆さん小皿貸して貰えますか?」
「おう、悪いな有路乃」
「相変わらず気が利くねー、有路乃くん」
「ありがと!」
そして自主的に、近くの席の人たちへと声をかけた。
中央の大皿に乗せられたサラダを、全員が食べやすいよう小分けに盛り付けるのだ。
飲み会において、僕のような陰キャが都合良く動き回るには、「便利な人間」である必要があった。
美男美女は参加するだけで歓迎されるが、残念なことに僕はそうじゃない。要所要所で陽キャ共のサポートをすることで、ある程度の立ち位置を許される。
隅で黙っていたら僕のような人間など、いつの間にかハブられてしまうだろう。そうなれば女の子と会話するチャンスも消えて、彼女を作るなど夢のまた夢。
「グラス空だけど飲み物頼む?」と「何か食べ物取ろうか?」は、陰キャが飲み会で存在感をアピールする為の必須ワードなのだ。
「食べれない野菜があれば言ってくださいね」
「あー俺トマト無理」
「おっけーです。逆にトマト好きな人います?」
「私好きー」
「了解。じゃあ僕の分と合わせて三倍盛りにしときますよ」
「さり気なく自分のまで押し付けんなw」
なんて軽く場を盛り上げつつ、僕は慣れた手つきでサラダを取り分けていった。
取り敢えずここまでやれば、厄介者扱いされることはない。あとは邪魔なイケメンが現れる前に、銀髪ちゃんの好感度を上げていくだけだ。
菜箸を置いた僕は、チラリと銀髪ちゃんの方を見る。
少しでも僕に興味を持ってくれていたらいいな、なんて思いながら様子を伺うと――
「…………もう帰りたい。飲み会嫌です。陽キャ怖いです」
――めちゃくちゃ帰りたがった。
物凄い小声だったので、隣に座る僕以外には聞こえていないし、その表情にも変化はなかったので、彼女に違和感を覚える人もいないだろう。
しかしその声に宿る意思は本物で、心の底から帰りたいのだと分かった。
「あー……大丈夫?」
「ッ!?……ご、ごめんなさい、大丈夫です」
僕が声を掛けると、銀髪ちゃんは先と同じように身体をビクリと震わせた。
人と話すのが余程苦手なのかもしれない。
「いや、こちらこそごめん……。驚かせるつもりは無かったんだけど。もしかして飲み会は初めて?」
「……はい。今日も本当は参加するつもり無かったんですが、知り合いに強く頼まれて仕方なく。……ボクは本当に、本っ当に嫌だったのですけど」
「そ、そっか」
銀髪ちゃんは死にそうな瞳で床を見る。
その知り合いとやらも、随分と無茶を言うものだ。ここまで嫌がる相手に無理強いするのも、かなり酷な話だなと思う。
「苦手なのは人混み?お酒?……それとも飲み会のノリとか?」
「……人、ですね。高校の頃から陽キャと呼ばれる人種が苦手で――」
「あぁ……そういう」
「――二足歩行されると鳥肌が立つんです」
「二足歩行!?」
それは陽キャというか、ありとあらゆる人類に当てはまるよ。というか猿とかのヒト科も粗方タブーじゃん。
「……ごめんね。二足歩行して本当にごめん」
「いえ。先輩は比較的マシな二足歩行ですよ」
「比較的マシな二足歩行って何?」
初めて言われたが、果たしてこれは褒められているのだろうか。
何はともあれ、銀髪ちゃんの人嫌いが相当なものだとは分かった。彼女作りに躍起な僕でも、嫌がる女の子にガツガツ行こうとは思わない。
「もしかして、僕もあまり話しかけない方が良かったりする?」
「あっ……いえ。先輩ならギリギリどうにか大丈夫そうです。その死んだ魚みたいな瞳とか、なんとなく親近感が湧きますし。……きっと彼女とか、出来たことないですよね?」
「正解だけど納得行かない。僕が彼女できない原因って、もしかしてこの死んだ目のせいなの?」
「いえ、オーラもボクと似てますよ。咄嗟に菜箸を握る先輩を見て、この人は陽キャに従属する側の存在だなって思いました」
「酷い言われようだ」
媚びてはいるけど、従属はしてねぇよ。
陰キャなりに頑張ってるだけだから。
「あまりにも手慣れたサラダ盛り付けの手腕に、正直泣きそうになりました。……先輩はずっとこうして生きてきたんだなって」
「や、やめろよ……。そういうのホントにやめろよ……」
「……そしたら未来の自分を見ている気持ちになって、物凄く帰りたくなっちゃって」
「最初のネガ発言僕を見てだったの!?流石に傷つくぞ!?」
励ます為に話しかけたのに、気づけば僕の方が大ダメージを負っている。なんだろうこの理不尽。
真司と会話していても大体こんな感じになるが、しかし銀髪ちゃんには悪意がないのだ。怒るに怒れないのでとてもリアクションに困る。
そういえば名前もまだ聞いていないな、と思い出した僕は話を変えることにした。
「……ところでだけど、そろそろ自己紹介してもいいかな?名前が分からないのも不便になってきた」
「え?あ、はい。……そっか、そうですよね。普通は最初に名前を名乗るんですよね。ごめんなさい、友達とか出来たことなくて。というかこんなだから友達も出来ないんですよね。……ははっ」
「い、いや責めてる訳じゃないから顔上げてよ……。自虐やめようよ……」
閑話休題。
「ボクは初霜 羽石です。好きなものはゲームとSNSで、嫌いなものは……お察しの通りです」
「陽キャ?」
「人類です」
「神様みたいなこと言うね」
昔居たよ、そんな敵。「ヒトを生み出したことが我が最大の失態なり」とか言い出す奴。ちゃんと倒したけど。
不意に過去の記憶が蘇るが、思い出して楽しいものでも無いので、さっさと頭を切り替えて初霜さんとの会話に戻る。
「初霜さんね、覚えた。僕は二年の有路乃 風弥。よろしく」
「はい、有路乃先輩ですね。よろしくお願いしま――ぐッ!?」
しかし、僕が名乗った瞬間。
初霜さんは咄嗟に左耳を手で押さえた。
「ど、どうしたの初霜さん。大丈夫?」
「……い、いえ。少しイヤホンの調子が悪いみたいで。気にしないでください」
見れば確かに、初霜さんの左耳にはワイヤレスイヤホンのようなものが取り付けられていた。
右耳には何も無いので、片耳だけで音楽を聞いていることになるのか。もしかすると、不意に大音量が流れたのかもしれない。
初霜さんは先程とは少し違う、緊張した雰囲気で僕を見る。
「……そ、そうですか。先輩が有路乃 風弥……」
そして驚いたように、小さく呟いた。
「?……僕のこと知ってるの?」
僕は初霜さんとは間違いなく初対面である。
こんなインパクト強めの陰キャと一度でも話したら、忘れるなんて有り得ない。
であれば一方的に知られる何かが僕にある、ということになるが、はて一体何なのか。考えてみる。
「……ふむ?」
もしかすると、「二年生にイケメンの先輩がいるらしいよ!」と一年女子の間で話題になっているとか?
僕の知らないところでキャーキャー言われてる可能性もあるのでは?
マジかよモテ期の到来か。
来たのか僕のエンペラータイム。
僕はさらりと髪を掻き上げて、ふっと息を吐きキメ顔を作る。気分は乙ゲーの清楚系イケメン。
「大丈夫だよ、初霜さん。慌てなくても僕は何処にも行かないからさ☆」
「日ごとに別の美女を連れ回す100股野郎と聞きました」
「――What happened?」
慌て過ぎて英語出たわ。童貞について回る噂ではないだろそれ。
だが僕は我が身を振り返り、一瞬でその原因に気づく。
ヒロインだ。ヒロインに絡まれる姿を見られているのだ、と。
僕の不思議体質を知っている連中はともかく、何も知らない一年生の目にそう映るのは仕方の無い話である。
誤解以外の何物でもないが。
「嘘だろ……?じゃあ今年の一年生と付き合える可能性消えたじゃん……」
「でもボクは先輩と直接話して、ただの噂だったんだなと理解しました」
「うん、ありがと――……いやバカにされてんのか?遠回しにモテなそうって言ってるよね」
複雑。
「……ちなみにその噂、どのくらい広まってる?」
「さぁ?ボク友達居ませんので分かりません」
「……?じゃあどこでその噂聞いたの?」
「トイレでお弁当食べてるときに、偶然聞こえてきました」
「トイレ!?な、なんでそんなところで。大学なら食べる場所なんて幾らでもあるでしょ」
「トイレの個室が一番落ち着くんですよ。ボクだけの世界って感じがして」
「本物だ……」
好き好んで便所で飯を食べるとは只者ではない。
何にせよこれからの僕は、より慎重にナンパ相手を選ぶ必要がありそうだ。好感度マイナススタートの女の子が大学にワラワラ居るって考えると、純粋に死にたくなるな。
僕は目の前に置かれた大皿から、唐揚げを一つ拾い上げて自分の小皿に移す。
認めたくない事実から現実逃避するには、熱々の唐揚げが必要だったのだ。
「初霜さんも食べる?この店の唐揚げ、結構美味しいんだ」
「いえ、ボクに唐揚げなんて勿体ないですよ。搾り終わったレモンで十分です」
「君は鳥類か何かなの?」
よく分からないけど涙が込み上げてくる。
一体どんな高校生活を送れば、そこまで卑屈になれるというのか。もう僕の唐揚げも食べていいぞ初霜さん。
僕は初霜さんの抵抗を無視して、強引にその小皿に唐揚げを乗せた。
「……すみません、ありがとうございます」
「他にも食べたいのある?何でも取ってあげるよ?飲み物も頼もうか?」
「い、いえ。本当に大丈夫ですから。取り敢えずそんな目でボクを見るのやめてください」
本気で嫌そうだったので、僕は大人しく菜箸を手放すことにする。
取り敢えず僕と初霜さんの両方の小皿に十分な食べ物は揃ったので、一度落ち着いての食事タイムと相成った。
「二億年ぶりに肉を食べた気分です。美味すぎて死にそう」
「オタク特有の過剰表現出てるよ」
「……失礼しました」
どうやら自らSNSが好きと名乗るだけのことはあるらしい。味の感想がたまにタイムラインで流れてくるソレっぽかった。
そして僕らは並んで食欲を満たしていく訳だが、そんな中――
「……はい?」
――ふと初霜さんが、驚いたように疑問符を洩らす。
何か特別起きた訳でもないが、その声は唐突に僕の耳に届いたのだった。
「え……何?何かあった?」
「あ、いえ。ポテトの美味さに打ち震えただけです」
「そんなに美味しいっけ、ここのポテト……」
唐揚げの味については有名だが、ポテトがそこまでとは初めて聞く。
とりあえず試しに、僕もポテトを摘んでみた。
「……?確かに美味しいけど」
しかし普通のポテトの範疇は超えていないような。
初霜さんが唸るほどとは思えない。
僕は首を傾げながらポテトに手を伸ばし、もしゃもしゃと口に放り込みながら、「僕と初霜さんじゃ味の好みも違うのかもな」と答えを出した。
ポテトに満足した僕は、皿から顔を持ち上げる。
そして初霜さんの方へと目を向けて――
「……有路乃先輩。あーん」
――差し出されたポテトに、呆然とした。
「???」
いきなり何が起きたのだろう。
目の前の光景をただ事実のみで語るなら、初霜さんの白魚のように細く白い指が一本のポテトを摘み、そして僕に向けられている。
彼女に照れている様子はなく、ただ粛々と淡々と僕の返事を待っているように見えた。
「……どしたの。まだ初霜さんのことよく知らないけど、そういうタイプだっけ?」
「いえ。実はボクも初めてやりました」
「尚更何があったん」
「ほら、やっぱりボクにもリア充への憧れはあるんですよ。こういうのも、一回くらい試してみたいじゃないですか」
「……あー。なるほど?」
と、取り敢えず答えたものの、正直あまり「なるほど」ではない。脳の八割くらいはクエスチョンが満たしている。
だがまぁ恐らく多分きっとで推測するなら、僕という程良く話しやすい陰キャを見つけたので、やれるリア充活動は今のうちにやってしまおうと考えた、のかもしれない。分からんけど。
「ん。まぁそういうことなら」
僕は動揺しつつも、初霜さんの差し出すポテトを咥えた。彼女の綺麗な指が、僕の唇のすぐ側まで一瞬近づき、そして離れる。
こういう行為をヒロインの女の子に強要されたことはあるが、しかしそれはそれとしてドキドキとさせられた。
いやはや、こんな些細なイベントだけで「脈アリか?」とつい考えてしまうのは、全世界の男に共通する悪い癖である。
「……。先輩もこういうの初めてですか?」
「いや、何度かある」
「うっわ、なんか言い方ムカつきますね。内心ボクのこと笑ってません?」
「笑ってないわ。被害妄想が酷い」
特に目の前の少女に関しては、らしい行動と恋愛を簡単に結びつけるべきではなさそうだなと思う。人との距離感を測るの滅茶苦茶下手そうだし。
とはいえ普通に会話出来る程度の仲にはなったので、初霜さんがどのくらい僕に心を許してくれているのかは気になるところだ。
男としての魅力を感じるとまでは行かずとも、友人になれる程度の好感度は稼げているかもしれない。
「……ふむ」
どうにかして初霜さんの仕草から、僕への好意を測れないのだろうか。せめて嫌われていないと確信を持てれば、もう少しグイグイ行けるのだが。
――よし、ググッてみるか。
僕はさり気なくスマホを取り出し、「女の子 好意 調べ方」で検索してみることにした。
するとそれらしいサイトがズラリと並んだので、取り敢えず【「好意のある男性に見せる女性の仕草10選!」by 恋愛マスターS.S】と銘打たれたそれをタップ。
何かのヒントを得られるかもしれない。
「……えっと」
初霜さんに見られないよう気をつけながら、僕は画面に視線を走らせる。
『やぁこんにちは!恋する男の子の味方――S.Sさんの恋愛指南へようこそ!このサイトを開いた男性諸君、「あれ、この女の子……もしかして俺のこと好き?」なんて考えたことありませんか!?ありますよね!?あるからこそ私のサイトに行き着いたのでしょう!?』
おお、まさに今の僕じゃないか。
そうだよ、そういうの探してたんだよ。
『ここは押すべき?それとも引くべき?恋愛って難しいですよねぇ。悩みますよねぇ。はい、そんな貴方に答えを与えましょう。そう、「ただひたすらに押せ」……と』
マジかよ。恋愛は駆け引きだという僕の考えはもう古いのか。押せばいいのね、了解。
『とはいえ何も考えずに押せばいいという訳ではなぁい!力加減は重要です!』
ほう、力加減。
『そして丁度良い力で押すには、相手の女の子がどのくらい好意を抱いてくれているのかを、しっかりと把握する必要があるのです。なので今回は、適切な押し方を判断するために必要な情報収集――「女の子の好感度チェック」に焦点を当てていきたいと思います!』
おいおい、頼りになり過ぎるぞこのサイト。
僕は画面をスクロールし、チェック項目の一覧に目を向けた。
『チェックその一!「その女の子は、貴方に質問をしてきますか?」』
質問、ですと?
『女の子が何気ないことを問うてくる――、それは「貴方に興味がある」という深層心理の現れなのです。女の子はどうでもいい男に対して質問なんてしない!だって興味無いし!お前の好きな食べ物とか知らねぇわってなるもん!』
なるほど。確かにそれは一理ある。
『特に、「彼女欲しいですか?」なんて質問が来たら大チャンス!もうそんなの「貴方の彼女になりたい」の婉曲表現でしかないから!確定演出!一気に押しまくれ!』
確定演出!?……い、いやしかしその通りかもしれない。だって興味のない相手に彼氏彼女事情なんて聞かないもんな。
たとえば真司が女の子に、「俺、彼女居ないんだ」とか言い出したら鼻で笑うし。どうでも良すぎて殴り掛かっちゃうわ。
うぐぐ、考えれば考えるほどにこのサイトの信憑性は高まっていく。
「(……とはいえ、初霜さん相手にこの情報はあんまり意味無いよなぁ)」
なにせ今日会ったばかりの初霜さんが、僕に「彼女欲しいですか?」なんて聞いてくる訳がない。なんたって僕と初霜さんの関係はまだ最低値で、お友達として認められるかすらも怪しいのだから。
故に僕は、初霜さんに「彼氏欲しいですか?」なんて聞かれる可能性は、一ミクロンとして存在しないと判断し――
「有路乃先輩って、彼女欲しいとか思います?」
「ぶふぅ!?」
――僕のジントニックが霧になった。
え、脈アリ?行けんの?これ押していいの?
いや待て落ち着け有路乃風弥、焦りは禁物だ。急いては事を仕損じる。焦って魔物に殺されかけたことを忘れたのか。
「……どうかしましたか?」
「い、いや別に何でもないですけど?」
ほらよく見ろ、初霜さんは平静だ。慌てているのは僕だけだ。きっと彼女に他意なんてものはない。
僕は心を落ち着かせるように、もう一度スマホの画面に目を落とした。
『さて次へ行きましょう。……チェックその二!「女の子からのボディタッチはどのくらい?」。恋する女の子は、好きな男性との距離がついつい近くなりがちなのです!肩がぶつかったり、手を握られたり……そんな経験はありませんか?』
「……肩?手?」
今のところ、初霜さんからのボディタッチは皆無。……つまりは僕の勘違いだったということか?
焦ったー、マジで焦った。ホント余計なことしなくて良かったぜ。調子に乗って嫌われるところだった。
これだからモテない男子はいつまで経ってもモテねぇんだよな。恥を知れ。
僕は安堵の息を吐きながら、初霜さんに目を向け――
「先輩顔赤いですよ。体調悪いんですか?熱とか無いですよね?」←(手のひらを額に当てられる)
「あばばばばばば」
――近い近い近い。
ダメだよ初霜さん、そんなのハレンチだ。
身体接触が激しすぎるよ初霜さん。
初霜さん落ち着くんだ初霜さん。
「初霜さんッ!女の子が身体を安売りしちゃいけない……ッ!」
「売ってませんが」
僕は初霜さんから必死に距離を取りながら、その行動の真意を全力で読み取ろうとする。
恋愛マスターS.Sの挙げていたチェック項目を、なんと二つ満たしてしまったのだ。慌てずにはいられない。
――もしかして、この子となら上手く行くのでは?
長年の夢……「彼女を作る」。
これ、今日果たせてしまうんじゃね?
「……ところでさ。初霜さんって、彼氏いるの?」
「彼、氏?……友達すら居ないボクに、そんなこと聞きます?」
おいおいおい、これイケる?
世紀の大チャンスなんじゃないのこれ。
僕はゴクリと唾を呑み、緊張を隠す。
「――――っ?」
が、そのとき。
何故かふと、栞さんの姿を思い出した。
もし彼女に今の僕の姿を見られたら、どんな目に遭わされるのだろう、と考えてしまったのだ。
僕は栞さんと付き合ってないので理屈上は何の問題もないが、しかし理屈に問題が無くとも、命に危険が及ぶのは明白だろう。
なんたって僕は既に初霜さんと「あーん」を済ませ、しかも額に手を当てられてしまったのだ。
あの恐ろしく嫉妬体質な吸血鬼が、どんな反応を見せるのかなど想像したくもなかった。
ぶるりと身体に寒気が走る。
と、同時に。
「あ、店員さん。梅酒のロックを一つお願いします」
――僕の右側から、聞き覚えのある声がした。
つい先程まで、そこには誰も居なかったはずだ。
その席の主である男は、飲み会が始まってからほんの数分で、別の場所へ移動したと記憶している。
僕は恐る恐る首を回す。
そこに座るのが誰なのか、確認しなければならないと本能が叫んだのだ。
そして、僕の目に映ったのは――
「あれ、奇遇ですね風弥さん。こんなところで何をしているのですか?浮気ですか?」
「……じゃあ僕そろそろ終電なんで帰ります」
「まだ8時ですけど」
――笑顔で僕を見る、栞さんだった。
ブクマ評価お待ちしております!!モチベがとても上がりますのでぜひ!!