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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ちくわで尺八というのは実際できるらしい

作者: 卅日 丰

「ジェイちゃん、お昼食べいこー?」


 午前の授業の終わりのチャイムが鳴った瞬間、後ろの席から甘めの囁き声が聞こえてくる。

 チャイムが鳴っただけであり、教師はまだ前に立って最後の説明を締めようとしているところだというのに、この娘は本当に自由だな……

 私はとりあえず手をかざして軽く答えつつ、一応真面目ぶって板書をしつつ教師の話を聞く姿勢を保つ。


 起立、礼を終え、机の上を片付け振り返ると、後ろの席は既に空席だ。

 あちらから誘ってきたにもかかわらず勝手なものだが、行先もわかっているし、そういう娘だということは既に知っている私としては別に腹も立たない。

 お昼休みの教室ではいくつかのグループが席を固めてお弁当を広げ始める。

 私もまた仲の良いグループに誘われてしまうが、先約があると言って断り教室を抜け出す。

 人の行き来する廊下を歩き、階段を上り、渡り廊下を行き、人気のない廊下を進んでようやく空き教室に辿り着く。

 中から聞こえてくる、いつもはない綺麗な楽器の音に首を傾げながら中に入ると、


 後ろの席の娘がちくわを口に当ててオーラリーを奏でていた。


「……舞香、何やってんの?」


 いや、本当に何をやっているの。


「んー…… 尺八クワ?」

「しゃくはちくわってなに…… なんでちくわでそんな綺麗な音が出るの……」


 よく見ればちくわの側面には等間隔で穴が開いていて、指で塞ぐ数を帰ることで音階を変えている。

 仕組みはまさに尺八そのものといったところだが、まさかそんな綺麗な音が出るとは……

 本当にこの娘は唐突に何をやりだすのか全く読めなくて困る。


 因みにジェイというのは舞香が付けた渾名で、本名は愛生と書いてあおと読む。

 それが何でジェイなのかというと、私も何でそうなったのかよくわかってない。

 いや、流れは知ってるんだ。

 舞香がしょっちゅう呼び名を変えるのがそもそもの原因だが本当になんでそうなったんだと聞きたくなる。

 あおがみどりになって、どりに縮んで、いむになって(多分ドリームから)、ゆめになって、ゆうきがきて、あいになったら、ジェイになった(Iの次はJだよねって言ってた)。

 ……原型はいずこ。本当、突飛な変化したな。


「ほら、ここの直角に切り落としたところに口当てて息吹くんだよ」


 こっちの疑問に答えるつもりなのか知らないけど、舞香は実演してみせた。

 ……多分流行りの曲。音数がとても多い感じの。指がめっちゃ動いてる。とても巧いのが腹立つ。


「ね? ジェイちゃんもやってみる?」

「いや、吹かないけど」


 吹ける気もしないし。あんな超絶技巧見た後でやる気にはならない。

 私が拒絶の姿勢を見せると舞香は露骨に不服そうな顔をする。


「えー…… ジェイちゃんと関節キッスしたかったー」


 そしてぼそっと不服のワケを口に出す。それはそれは。


「余計やりたくなくなったわ」


 なに企んでるんだか。肩をすくめてしまう。

 やれやれしている私をしばし見つめていた舞香は突然何かを思いついたように上目遣いになり、


「じゃー、ちゅーしよ。ちゅー」


 要求してきおった。間接を拒否したら直接ってか。


「やーよ。女同士でするもんでもないでしょ」


 当然のようにすげなく断る。舞香とは仲は良いと思っているが私にそっち系の趣味はない。

 そういうと舞香はわかってない相手に滔々と諭すように言う。


「ジェイちゃん、今時同性愛も認められてるんだよ」

「知ってるけど、それとこれとは別でしょ。異性を愛する権利もあるわけだし」


 LGBTとか話を大きくしたって騙されない。

私の冷静な返しに、舞香は何故か息を呑み愕然とした顔になる。


「なっ! ジェイちゃんにはもういい相手が!?」


 どうやら私が異性愛について話したから勘違いしたらしい。

 いや、いないけど。好い人いないかなあ……

 私は残念な気持ちを隠さないまま正直に否定し、溜息を吐く。

 逆に舞香の方は安心したようにほっと息を吐いた。


「じゃあ、あたしにもまだチャンスはあるってことだよね。よし、絶対落としてやる」

「はいはい、頑張ってねー」

「うわ、すっごい投げやり」

「いや、だって…… ねえ?」


 自覚的に異性愛者な私は、舞香がいくら可愛くても……


「むぅ。ロマンチックさが必要ってこと?」


 私が答えあぐねている間に何やら自己完結したらしい舞香は弁当箱を開ける。

 入っているのは、ちくわ。今度は尺八に加工されていない、丸々一本のちくわ。


「てれれてっててー。万華鏡ちくわー」


 それをまるでネコ型ロボットが出すような効果音と共に掲げて見せる。


「はい、ジェイちゃん。これはまだ口付けてないよ」


 そして私に渡してくる。


「万華鏡って…… ちくわで出来るもんなの?」


 受け取ったちくわをよく見れば、横に半分に切られていて上下が別に動くようだ。確かに万華鏡みたいな構造をしている。

 尺八があんなに綺麗な音を出せるならば、万華鏡も作れちゃったりするのだろうか?

 半信半疑でちくわと舞香を見比べても、舞香は私が覗くのを待っているだけだ。


 ……意を決してちくわを覗く。


 万華鏡の所以たる花の模様は、見えなかった。ただ向こうの景色が見えるだけ。

 かしょり、と横から機械音が聞こえた。

 慌てて振り返ったら、舞香が携帯のカメラをこちらに向けているのが見えた。


 ……騙された!


 急激に顔に熱が集まってきて口をパクパクさせてしまう。


「ジェイちゃん、ぐっじょぶ。いい写真撮れたよー」


「なっ! ま、舞香!! あんた!!!」

「ご馳走さま。ジェイちゃん可愛い」


 舞香はニヨニヨと笑う。やられた。


「え、じゃ、じゃあ、この凝ったギミックはなんなの……?」


 この、上下別々に回るちくわは。


「中に筒入ってるだけだよ? ほんとに騙されるとは思わなかった」


 舞香は私から取り返した万華鏡ちくわから細い紙筒を抜き出し、本当に半分になっただけのちくわを食べ始める。


「あ……あんたって娘は、もう!」

「~♪」

「尺八吹くな!!」


 ……もう、全く、全くだよ!

 騙されたけど、ここまで色々遊ぶために全力出されると憎み切れなくて、肩が落ちてしまう。


 恋愛的に落ちる日は、多分まだ来ない。

「で、舞香、他にお弁当ある?」

「……え? ……あ。ちくわ二本しかないや」

「しょうがない娘。ほら、私のお弁当分けたげる」

「マジで? やったね。ご馳走様。愛してる」

「……」


……まだ、ね

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