11話 お肉
てっきりいつも通り「ママ、すごぉい!」と、笑顔で迎えてくれると思ってたエリーシャだったが、その期待は虚しいことに外れて。
待っていたのは、メリィの背中で大泣きする娘の姿だった。
「メェ……」
メリィも非難するような目でエリーシャを見ている。
「ウ、ウルちゃんっ!? どうしたんだ!?」
泣きわめく娘の元に急いで近づくエリーシャだが、ウルティナは母の顔についた魔物の血飛沫を見て、さらに大声で泣くのだった。
「うわぁぁん、ママが、ママがこわいよぉっ、えぇ~んっ!」
「なッッ……!?」
"恐い" と言われて、この世の終わりかのようなショックを受けるエリーシャ。
昔からあらゆる種族に恐れられた彼女だったが、それを愛しの娘から言われるとは。
エリーシャはその場で膝をつき、前のめりに倒れそうになった。
かろうじて地面に両手をついて支えたが、これもいつまで持つか。
過去、この世界に跋扈していた古の化物達。
そいつらとの戦いでさえ、ここまで追い詰められたことがあっただろうか?
今のエリーシャはそれほどの衝撃を受けていた。
「な、なぜだ!? 何がいけなかったのか…………」
自らに問いかける。
が、少し考えて、すぐに答えは出た。
エリーシャは今まで、娘の前で生物を殺したことなどなかった。
家の周囲には結界が張ってある為、基本的には魔物は入ってこないし、それでなくとも彼女に牙を向けるような魔物は少ない。
ご飯を作ったりする時には、魔物の肉の切れ端を調理していたので、魔物の死骸を見ることもなかった。
ウルティナは今まで食べていたのが、魔物の肉だったことすら知らない。
言ってしまえば、今エリーシャが命を奪った魔物は、ウルティナにとってはずっと一緒に育ってきたメリィと大差ない生き物に映ったことだろう。
それを目の前でいきなり殺したのだ。
三才児にショックを与えるには、十分すぎる出来事だったに違いない。
(…………妾としたことが調子に乗ってしまった。ウルちゃんにいいとこを見せようとする気持ちが先行し過ぎた。流石にまだ早すぎたか……)
すぐにその考えに行き着いたエリーシャだが、もう遅かった。
その日は、ウルティナが泣き止まないので家に戻ることになってしまった。
※
「ウルちゃん、美味しいか?」
「うん」
今日狩った魔物の肉を、夕食時に並べる。
ウルティナはなんとか泣き止んだが、どこか元気がない。
だからエリーシャは、ちゃんと説明することにした。
「今ウルちゃんが食べてるそのお肉は、さっきの魔物なのだ」
説明しても理解できないかもしれないが、こういうことも教えるのが母親としての、この子を育てると決めた自分の役目だと。
「えっ?」
お肉を食べていたウルティナの手が止まり、目をまんまるに見開いている。
「今までウルちゃんが美味しいと言ってくれてた料理も、少なからず魔物の肉が入っている。妾やウルちゃんが生きてくには、必要なことなんだ」
黙ったまま、母の話を聞くウルティナ。
「もちろん無闇に命を奪っていいわけではない。妾達はその生き物に感謝して、それを食し生きてくのだ。――――――だから、その、妾を恐がったりしないでほしい……」
幼い娘に、自らの本音を吐露する。
まだ三才児のウルティナには早い話ではあるが、魔物を狩る所を見せてしまった以上、ちゃんと話しておかなければ。
「……そうなんだね」
ウルティナは少し考えるような素振りを見せたあとで、お肉を口に運んだ。
「おいしい! ウルもこれからは、まものさんにかんしゃしてたべるの!!」
ウルティナにいつも通りの笑顔が戻る。
完璧に理解して納得したわけではないだろうが、それは成長していくにつれてわかることだ。
今はわからなくてもいい。
一先ず、ホッと胸をなでおろすエリーシャだった。
「それと、さっきはこわいなんていってごめんなさい。ウルはママがだいすき!」
お肉を頬張りながら、無邪気に笑う。
「ウ、ウルちゃん…………妾も大好きだ!!」
もしかしたらこのまま、自分に笑いかけてくれることはないんじゃないか。
さっきはそんな考えが一瞬頭を過った為、また大好きと言ってくれたことが泣きそうな程に嬉しかった。
※
夜になり、ベッドで寝ながら思考に耽るエリーシャ。
横ではメリィを枕代わりにして、ウルティナがスヤスヤと寝息を立てている。
(明日からは、妾の魔法を少しずつ教えていくとしよう)
当初エリーシャは、ウルティナがこの世界で一人でも生きていけるように、色々と教える予定だった。
だがその中に魔法は含まれていなかった。
【人間族】のウルティナには魔力がないと考えていたからだ。
けれど嬉しいことに、ウルティナには豊富な魔力が宿っていることがわかった。
(三才であれ程の魔力があれば、将来が楽しみだ。妾の愛しい娘を【人間族】だからという理由で、下に見られて堪るものか)