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大変ですよ!定時さん!?  作者: 文々アソート
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自分の環境は自分で変えていく物

 これはとある企業のお話です。

 私は今年からその企業に勤め始めた新人、名前を新名人和と言います。

 社会人としても一年目で全く右も左も分からない状態ですが、周りの人たちは優しくて助かっています。

 ただ、一つだけ気になることがあるとすれば社内にいるある人の話が毎日のように飛び込んでくることです。

 その人は会社の中で十年以上勤めているベテランさんなんですけど、一番の問題社員と言われているらしいです。


「新名ちゃん。これ、ごめんなんだけど他部署の時君のところに届けてくれない?」

 そう言って私の部署にいる部長さんが書類の入ったファイルを渡してくれました。


「時さん…ですか?」


「うん。時君に渡しておいて、多分その部署に言ったら一目でこの人だって分かると思うから、手間だけどお願いね」

 そう口にだけすると、部長さんは他社で会議があるそうで外へと向かっていきました。

 部長が去った後、私に先輩が声をかけてくれます。


「人和…どんまい。貧乏くじ引かされたね」

 その言葉に、どういう意味か分からない私は疑問符を浮かべながら質問をします。


「貧乏くじってどういうことですか、先輩。書類を渡しに行くだけですよね。もしかしてその部署って行くだけでそんなヤバイ部署なんですか?」

 恐る恐る私がそう聞くと、先輩は笑いながら否定します。


「いやいや、別に部署が悪いわけじゃなくてさ。その書類渡す相手がトキだってところが貧乏くじだなって話」


「ト、トキさんってそんなに怖い方なんですか…」

 私の中では今、時さんのイメージが任侠者の映画に出てきそうなパンチパーマに鋭い目つきの指が何本かなくなっていそうな男性になっていきます。


「あぁ、別に怖いってわけでもなくてさ。なんていうか、独特だから。っていうか、そろそろ昼休み始まるじゃん。早く行ったほうが良いよ」


「わ、分かりました。行ってきます」

 渡された書類を持って、エレベーターへと向かいました。

 言われていた部署は別の階にあり、昼休みも近いということで外食に向かおうとする人達とすれ違います。

 そして、私が書類を持っている状態で件の部署へと入っていくのを見ると同情するような目線を送ってきていたのです。

 ほ、本当に大丈夫なのでしょうか。

 時間は十一時五十分頃、早い人なら昼休みの休憩へと仕事を切り上げている時間。

 件の部署へと私は入りました。


「し、失礼します。時さんはいらっしゃいますか?」

 そう言って、自身の社員証を見せながら要件を入口近くの女性に話かける。


「えぇ、居ますよ。時さーん。新名さんという方がいらっしゃってます」

 女性はなぜかマイクに向かって声をかける。

 このフロアはそういう決まりなのだろうか。

 部署によって特色もあるから、そういう部署もあるのだろうと納得する。

 すると、黒髪になぜかヘッドホンを付けている男性が手をあげる。

 手は親指と人差し指で丸を作っている。


「良いみたいなので、どうぞ」


「え、あ。はい。ありがとうございます」

 困惑しながらも男性の元へと私は歩いていく。

 パーテーションで間切りされた区画を通り、男性の元に行くとその人は私の方を見向きもせずヘッドホンを付けたまま仕事に集中している。

 死んだような目をしながら、黒髪にヘッドホン。

 しっかりとスーツを着てはいるものの、ふんぞり返ったような姿勢でキーボードとマウスを操作している。

 椅子の背中には張り紙がつけられており、『御用の方は目の前に手をかざしてください』と走り書きされている。

 戸惑いつつも私は意を決して手を男性の目の前へとかざすと、キーボードを触る手を止めヘッドホンのボタンを操作してこちらに向き直った。


「なんでしょう。ん?初めて見る人ですね。新人の方ですか?」

 ヘッドホンを取っていない男性に話しかけて良いものかと戸惑っていると男性は言葉を続けた。


「周りの音を拾って、ヘッドホン内に流しているので付けたままの方がよく聞こえます。でかい補聴器だと思ってください」

 無表情でそういった。


「そ、そうなんですか。私、今年から働くことになった新名人和と言います。今日は私の部署にいる部長から書類を渡すように言われていまして」

 そう言って手に持っていたファイルを見せると、時さんはとても嫌そうにその書類に目を細めます。


「書類、ですか。このご時世にどこに行くかも分からない紙媒体の書類をしかも手渡しで渡すとは…何を考えているんでしょうね。非効率的発想に他ならない」

 早口でそう悪態をつきます。


「す、すみません」


「あぁ…気にしないでください。貴方には言っていませんから、貴重な時間を割いてまで届けていただいてありがとうございます。貴方の部署の部長には非効率的な行動を改めるように言っておきます」

 トキさんはそう言って私の持っていたファイルを手に取ります。

 すると、ファイルを机の上に置き腕時計に目を見て呟きました。


「もう昼休憩の始まる時間です。貴方も早く戻った方が良いですよ。休憩時間は増えませんからね、苦々しいですが」

 そう言って時さんは席を立ち、私に帰るように促した。


「わ、分かりました。それでは失礼…何をやっているんですか、時さん?」

 席を立っていた時さんは机の下からなぜか簡易ベッドを取り出していました。


「見れば分かるでしょう。昼寝の準備です」


「え、え?昼寝って椅子に座りながら机に突っ伏して寝たりするものじゃないんですか?」

 その言葉にため息をつきながら説明を始めます。


「いいですか?睡眠と言うのは人間の三大欲求でもあり、作業をより効率的にするうえでも大事なものです。午睡と言うのは必要なプロセスになります。その午睡をより効率的にするためには環境を整えなければいけません。椅子に座りながら?机を枕にして寝る?こんな硬い枕があってたまりますか。しっかりと足を伸ばして、枕を使い、音や光と言ったストレスを排除したうえで睡眠を取ることが必要になるのです。だから、私のこの行動は作業効率を高めるためには必要なことなんです」


 話をしている最中にもかかわらず、時さんは昼寝の準備を止めようとしません。

 次第には、食事の準備を始めました。


「貴方も早く戻ったほうが良い。もう五分過ぎています。時間と言うのは持つことも保存することもできませんからね。いただきます」

 そう言って、ヘッドホンのボタンを付けると周りを全く気にしていないかのように食事を始めてしまいます。

 きっと本当に聞こえていないのでしょう。

 周りを見渡すと、まだ仕事をしている人や食事をせずに寝ている人がいる中、時さんだけはしっかりと食事を取り、ここが自宅だと言わんばかりにくつろいでいるのがすごく不自然に思えてきてしまいます。

 それでも周りは時さんのことを注意することはなく、それが日常なのだということを私に教えてくれました。

 そして、先輩の言っていたことやすれ違う人たちの視線を理解しました。

 これが、わが社の問題社員。

 時という人物なのだと言うことを。


 部署に帰ると、私のことを待っていてくれた先輩が労ってくれます。

 時間としては十分程度なのだと思うのですが、私は少し疲れて見えていたようです。


「お疲れ。その様子だと時さんはいつも通りだったみたいね」


「いつも通りって、いつもああいう感じなんですか?」


「うん。多分、その言ってることで間違いないと思う」


「ヘッドホン付けて、椅子に張り紙してて、昼になったらベッドで寝ようとする」


「あぁ、間違いないね。いつも通りだわ」

 疑問に思った私は、先輩に質問をします。


「その、皆さん気にしていない様子だったんですけど。良いんですか、あんなに自由にしてて」

 自分の鞄からお弁当を探しながら先輩は答えてくれました。


「まぁ、上層部からは毛嫌いされているけど同僚とか下の子たちには結構好かれてるんだよね。自分たちの言わないことを全部言ってくれるって評判でね」

 そういう先輩の表情に嘘ではないことを理解します。


「なんて言うかさ、自由に振舞ってはいるけど仕事はしっかりするし自分を含めた周りの福利厚生を一番考えているのは時君かなって思うし」

 あの死んだ魚みたいな目をしている傍若無人そうな人がそんな評価をされているとは入社したての私にはまったく想像がつきません。

 話をしてくれる先輩と共に、社内にある共有スペースに向かいます。

 実のところ、私はこの共有スペースの存在がすごく好きなんです。

 アメニティーが充実していて、その日に挽いたコーヒーや自分で取り寄せるには少しお高い紅茶。お味噌汁なんかの保存の効くインスタント食品がなんと無料で使えるのです。

 色々な人が使うことも考えて、共有スペースには喫煙所もありますが職場にまでその匂いを持ち込まないように清掃員の方が居て出る際には消臭などをしてくれる徹底ぶり。


「本当にここは凄いですよね。私、福利厚生の部分でこういうのがあるとこって少ないのを見てこの会社は違うなって感じたんですよ」

 目を輝かせながら私は試してみたかった少しお高いルイボスティーを淹れます。


「実はこの共有ルームも時君の発案なのよ」

 少し固まった私に先輩は笑いながらそう教えてくれました。


「驚いたでしょ。ちなみに、冷蔵庫の中にはエナジーバーとかの携帯食料も入ってて小腹が空いた人はそれを勝手に取って食べてたりするわ。社員証をかざさないと開かない冷蔵庫だから誰かが不必要に欲張ったりしても分かる仕組みよ」


「す、すごいです。本当に業者みたいな品ぞろえになってます!」

 私は先輩の言葉を確かめるように冷蔵庫に社員証をかざして扉を開けました。

 中には色々な会社のエナジーバーが取り揃えられていて、コンビニなどに言って買う必要は無さそうに感じるほどです。


「で、でもこういう設備は導入難しいんじゃないですか?テレビでも入れてる会社聞いたことないので、初めて見るものなのでビックリしました」


「そうね。でも、時君が昔こんなことを言ったらしくてね」

 そう言って先輩は食事をしながら、昔の話をしてくれた。


 ある日、会社の福利厚生費用の使い道に飲み会や旅行をしようと上層部で話が持ち上がったそうです。

 しかし、その話に対して時さんは一蹴して。


「誰が顔を突き合せたくもない人間と一緒に飲み会を行って楽しんですか?そんなことをするくらいなら共有スペースを充実化させていただく方が全社員が嬉しいと感じると思いますが、そんなことも分からずに上に立っているんですか?」

 そう直接言ったらしい。

 その言葉に上層部は彼を首にしろと言う人も居たらしい。

 しかし、その時の社長さん。現会長さんに当たるらしいんですが、直接言ってくるのは珍しい小さな市場調査だと思えば良いじゃないか。と待ったをかけたそうです。

 その結果、時さんが主軸で全社員にアンケートを取り、福利厚生費用の使い方について意見を募ってみた結果がこの共有スペースなのだそうです。


「その時に福利厚生費用の使い方を調べるだけで良かったのに、エアコンの温度から共有スペースの配置、果ては会社にあると便利だと思えるアメニティグッズの調査までしてプレゼンをしたらしいから凄いパワーよね」

 私にはできないわ。と言いながら食事を続ける先輩の言葉に私は手を止めて聞き入ってしまいました。


「見た目からは想像つきません」


「まぁ、癖が強いのは確かだけど。彼はなんだかんだ結果残してるから。上司には好かれてないから上には上がらないんだけどね」

 そう言って、先輩と話をしながら楽しい昼食の時間は過ぎていきました。


 私の会社にいる問題社員の時さんは誰かの言葉を代弁できるみんなのヒーロー的な存在なのかもしれないと、ひそかにそう思ってしまいました。


「おい、時。この書類明日までに頼むわ」


「先輩、もう定時になりますから追加の案件は受け付けておりません。給料分の働きはしていると愚考します。それでは、私は今日のところはこれで」

 ヒーロー…なのだと思います。


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