白の女王の覚醒
この話はプロローグのみ投稿短編です。
プロローグしかないですからね!
言いましたからね!
――暗黒時代、人類の砦ヴァルゴより東に500km、高度1000m付近
その夜、夜闇は閃光に切り裂かれ、安寧は轟音に破られた。
飛行機雲をたなびかせて不規則な軌道で空を駆けるは銀の人影。それを追うように空を駆けるは複数の黒の人影。
否、人であるはずはない。たとえ魔術を使ったとて、人はこのような速度で空を駆けぬ。
全身より無数の武装を、魔術を展開して飛翔し、空駆ける彼ら。その身体は鋼でできていた。
自律起動型戦略兵器、『チェス駒』。
魔族に抗するため、人類の英知が結集して作られた白と黒の戦士。
先を飛ぶ銀の機体、それは翼の生えた女性のようなシルエットをした機体であった。それが声を放つ。
「全機呼出、こちら『白の女王』応答せよ」
――返答なし。
チャフを播き、敵の攻撃を回避しつつ、突出していた敵機、『黒の司教』に反撃の魔術弾を叩き込み、もう一度声を放つ。
「全機呼出、こちらWQ応答せよ」
――返答なし。
魔力を使い果たした魔力結晶が排出され、地上へと落ちていく。残弾は僅か。
これが舌打ちしたい気分というものか。女王の脳に人類の如き思考が浮かぶ。
完全な奇襲を受けた。
本来、ライバルでありながらも魔族を倒すという目的を共に掲げる我らである。演習でもなく、全力で奇襲を受けることになるとは考えていなかった。
瞬く間に『兵士』の半数が食われ、しかも奇襲時こちらの『王』は不在だった。
不慣れな指揮を執りつつ、数的優位も高度優位も大きく取られたところからの開戦である。
奇跡的にか相手の慢心か、それとも戦術か。『黒の女王』は撃破し、包囲を食い破ったものの後は単純な消耗戦。
こちらが3機撃墜する間に、こちらの2機が撃墜されるペースと善戦するも、そもそも最初に数的優位を取られている。
いつの間にか白の機体は彼女一機となっていた。
待ち伏せしていたのだろう。夜闇の中、漆黒の巨体が彼女に立ちふさがる。鈍重な重装甲、拠点防衛用にして砲撃用の機体『城塞』だ。
「我が前を塞ぐ不遜……、どけっ!」
彼女の右手の錫杖が先端より蒼白き光刃を放ち、薙刀のようにBRへと襲い掛かる。
楯を構えられるが、この出力なら貫ける。光刃は楯を溶かしてBRを……。
「てやぁぁぁっ!」
――警告:地上より砲撃
バカな。敵機全ての位置は把握して……!
視界に映るは撃破したはずの敵機。BQの姿も見える。簡易な修理を受けて、戦場に復帰。地上より固定砲台のように運用されていた。
「誰が修理を……?」
光を曳き迫る砲撃。回避行動を取ろうとするも、BRは身体を半ばまで断たれながら彼女の身体を拘束した。
さらにBRの背後からは『黒の騎士』。音速を超えた衝撃波を身に纏う騎士は、彼女の腹に漆黒の馬上槍を突き刺した。
墜ちていく。腹を漆黒の槍で貫かれ、空を駆ける翼は砲撃で爆砕させられた。
ここまでか。我の脳に諦観がよぎる。否!
下がり続ける高度、風を切る音。遠ざかる星々、近づく大地。我は背中を下に、右手を天に掲げた。
「ああぁぁぁっっ!」
――トリスメギストス・ドライブ、超過駆動。実行しますか?
「肯定!」
――実行します。
「魔力拡大!」
魔力蓄積機の魔力が全て右腕の魔術回路に集まり、視界に無数の照準線が走る。
「終末の光よ!!」
我の右腕に無数の魔術文字が輝き魔法円が幾重にも展開する。そこから放たれるは滅びの光。残された全魔力を、生存に必要な魔力すらも絞り切った攻撃。
我の視界を焼き、夜を白く染め上げて全ての黒き機体に迫る。
……だがそれは空中でその威力を急激に減衰させた。敵機に当たり、その体を吹き飛ばし損傷を与えるも、消滅・破壊には至らぬ。
それを為したのは空に浮かぶ小さな人影。突如、虚空に転移門が開かれ、そこから現れた少女が我の超過駆動した最大魔術を減衰せしめたのだ。
「なぜそちらに加担するのだ!“魔術師”よ!“世界”よ!」
答えはない。
「我らが悪だというのか!答えよ!」
貴女の顔は、西暦時代の美術家、ミュシャのデザイン。
ラ・ナチュールをもとにして作ったの。
わたしのお気に入り。
かつてかけられた言葉がなぜか記憶に浮かび上がって消える。
衝突。衝撃。轟音。暗転。
「はっ」
我が意識を取り戻したとき、どうやら地面の下に埋もれているようだった。
ぶつかった大地の下に空洞があったのか。地面を大きく陥没させ、身体の大半を地盤の下に。顔のあたりだけほんの僅かな空洞の中にあるのか、そこの感覚器官のみ空気が当たるのを感じられた。
地下深くで我は呟く。
「チェック、トリスメギストス・ドライブ」
――第一……稼働率0%
――第二……稼働率0%
――第三……稼働率7.2%
「チェック、魔力蓄積機」
――残存魔力0.03%
「チェック、外部武装」
――大破。詳細を表示しますか?
「否定。自己再生プログラム稼働」
――了解、プログラム稼働
「目標復旧時間計測」
――3000年
「……くそったれ」
――システム、シャットダウンします
………………。
…………。
……。
……。
…………。
………………。
――人類の接触を確認
――第三ドライブ稼働確認……正常
――セーフモードにてWQを起動します
身体の奥底。ドライブから魔力が脳へと供給され、外部知覚端末も起動。
触覚に反応。外皮、顔の頬にあたる部分を幾度も触られる感触。
視覚を起動。瞼を上げ、目を開ける。
原始的なランプによる光源。
そしてそれに照らされているのは一人の人類の男……少年と言ってよいであろう姿。我の頬に手を触れ、琥珀色の瞳で我を覗き込んでいる。
「……!わぁっ!」
我と目が合うと、少年は驚いて声を上げて後方へと飛びずさり、尻餅をついた。
座り込んだ体勢で少年が呟く。
「……女神、様?」
「……Hello World.
否定。我は神ではない、機械である。汝に問いたい、今はいつだ?」