壱
「今日の外はどうだったんだい?」
私が外から戻ってきて部屋に入るのを見るなり、小説家はそう聞いてきた。
いつものことである。
「そうなぁ……、あぁ、今日は面白い話を聞いたぞ」
私は今日の出来事を思い出しながら、畳の上に寝転がり、小説家に応じた。
「面白い話?」
興味深げに私を見る小説家。
「うむ。子供らが話しているのを聞いたのだがな、その内容が怪しい上に面白くてなあ」
「怪しい?」
訝しむ小説家に、私は頷く。
「どうやらその子らはな、どこかの空き家に遊びに入ったらしいのだが、その空き家の二階の窓から見えた人形がえらい怖かった、と何やらそんな話をしておった」
「人形?」
「うむ、なんでも、本物の人間にそっくりだったと言って気味悪がっておったわ」
「へぇ……なんだか気になるなぁ」
小説家は考えるようにして腕を組んだ。
「その空き家、どこにあるか分かるかい?」
「さぁてな、空き家なぞ至る所にあるからの」
「お前が散歩する範囲内にそれらしき空き家はないのかい?」
「あるにはあるが……心当たりが有り過ぎて分からぬ」
「昨今の空き家事情を実感する発言だね……」
「外を歩けばもっと実感出来るぞ」
私は笑いながら揶揄ってそう言ってやった。
この小説家、物書き以外の用件では、全くと言っていい程に外出をしない。書き上げた原稿を(何処へなのかは分からぬが)持って行く、万年筆の手入れ、原稿用紙と万年筆の墨壺の補充など、執筆に関わる些細な行動、それらの時しか部屋の出入りをしないのだ。他の用件で出入りをしている気配がない。しかし、それらもそうそうあることではないので、ほぼ、引きこもっていると言っても過言ではないだろう。
そういえば。
女子の気配も無い──
「……それじゃあ、外に出てみようかな」
小説家が言った。
その意外な発言に、私は眼を見開いた。
「なんだい、その顔は」
私の反応を見て小説家は言う。
「いや……今まで積極的にこの部屋から出ようとしなかった者の口から予想外の言葉が出てきたからの、少し驚いた」
「そうかな? そんなに引きこもっているつもりはないのだけれど」
「……用事が無ければこの部屋から一歩も動かぬ癖によく言うわ」
「うん? 勿論、用事があるから外に出るんだよ?」
「は?」
用事?
「その『人間に見える人形』とやら、とても気になるじゃないか」
笑顔を浮かべる小説家。
よもやまさかと思うが──こやつ。
「見てみたいね」
その言葉を聞いて、私は話したことを少しだけ後悔した。
「明日は外に出掛けてみよう。それらしき『空き家』を探してみようじゃないか」
大いに後悔した。
この言い方は確実に。
私を巻き込む気である。




