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「──こちらにある『人形』は『死体』ですね」

 小説家は静かにではあるけれど確信を以て核心を突くようなことを言った。前置き前振り前座など無い、抜き身のまま懐に忍ばせていた刃で斬りかかるような、そんな単刀直入さである。

 しかし店主は──そんな小説家の物の言い方に何の感情も表さず、ただ、ゆっくりと頷いただけだった。

 小説家の推測したとおり。

 あの『人形』は本物の『死体』で正解のようだ。

 …………。

 しかし……なんだろうか。

 この、華奢な店主にある違和感は。

 そうして私が店主の持つ雰囲気に心中で首を傾げているにも関わらず小説家は。

「しかも、普通の『死体』ではなく──『屍蠟』だと思われるのですが」

 如何ですか──と、などと続ける。

 すると、店主の呼吸一つが、す、と私の耳に大きく聞こえた。

「……はい……、その通りで御座います……」

 店主は再び頷いて、今度は言葉で肯定した。

「やはりそうですか」

 そこで小説家は湯飲みに口を付けた。

 そうして喉を潤してから再び。

「貴方にはお姉さんが居たそうですが……三年ほど前からその姿が見えないと、近隣で噂があるようですね。もしかして、という推測ですが……あの『人形』は──貴方のお姉さんではありませんか?」

 ここでようやく、店主に顕著な反応が見られた。

 ぐ、と身体に力を入れるような反応だった。

 何かに耐えるように。

 そうして数秒の沈黙の後。

「……貴方に会えて良かった……」

 店主は顔を上げて小説家を見、儚げな微かな笑みを浮かべた。

 そんな店主に小説家はにこやかに応じた。

「僕の解答は全て合っているようですね。それでは答え合わせはここまでにして──お話を窺ってもいいですか? 貴方と貴方のお姉さんが──現在に至るまでの経緯を」

 小説家が言った言葉に、店主は笑みを収めてゆっくりと頷く。そうして、そこで初めて自分の前に置いた湯飲みに口をつけた。

 この店主は何を語るのだろう。

 私は店主を見つめながら、話し出すのを待った。

「……三年前……私は姉からあるお願いをされていました……」

 ──お願いがあるの。

 ──自分が死んだらその死体を。

 ──焼かずに埋めずに『屍蠟』にして欲しいの。

「その理由を訊きましたか?」

 小説家の問いに、店主は頷いて答える。

「訊きました。すると姉は、両親が残したこの家にずっと居たいから、と答えました。その時の私はそれを半分冗談のつもりで聞いていたのですが……それから実際に姉は──自らの命を絶ちました。庭にある井戸に、身を投げて」

「……投身自殺、ですか」

 小説家が確認するように言うと、店主は少し思案するようにしてから、小さく首を左右に振った。

「いいえ、投身……ではありません。身を投げるとは言いましたが、姉は井戸の中へ自ら降りていって、そこで命を絶つような形をとりました」

「井戸の中に降りて……ですか。しかし、井戸の中に降りるだけでは……」

 そう言葉を挟む小説家に対して店主は小さく頷く。

「はい……それだけでは『屍蠟』に適した死に方は出来ません。姉は全てを計算していました。命を絶つ時期の見当や道具の準備、行動の計画……それら全てを計算してから実行した……。……そうでなければあんなに綺麗に死ねる筈はないのですから」

「では、お姉さんは計画的に?」

「えぇ……姉は本当に全てを考え抜いていました。自殺を行動に移した……時期は十二月半ばの、この地域が最低気温を記録した日、その夜でした。私が寝たのを見計らって、一人でこっそりと行動を始めた。井戸の縁にロープを引っかけて降り、井戸水に浸かった自身を透明な袋に包んでそれから──睡眠薬を飲んだのです」

 つまりは眠るように死んだということか。

 眠ってしまえば、井戸の中の恐怖や水の冷たさも気にすること無く──命を手放せる。

「なるほど。確かにそれならば無傷で命を手放せますね。ところで、気になることがあるのですが……貴方はその一部始終を見てはいないんですか?」

「見ていません。実行当日、姉は私に睡眠薬を盛ったようで……」

 弟──店主を眠らせてから行動したのか。

「そうですか。……ふむ。では、どのようにしてお姉さんのご遺体を?」

 姉の行動を見ていないのならば見つけようが無い。

 どうやって見つけることが出来たのだろうか。

「……姉から手紙が届いたんです。それは配達日が指定されているものでした。その手紙に、自殺を実行する──した日付と……その後、私がするべきことが書かれていて」

 『屍蠟』の制作方法。

 『屍蠟』の保管方法。

 『屍蠟』の展示方法。

「展示というよりは配置ですが──それらの全てが書かれていました。私はその姉の指示の全てに従ったのです」

 店主はそこまで話してから、一息吐いた。

「因みに……警察への連絡は考えなかったんですか?」

「考えました。けれど、警察へ連絡するということは姉の遺志を無下に潰すことになります。それは姉の思いを無視することになる。……そんなことは出来なかった。私にそんなこと出来るはずがないんです。姉は──私の、たった一人の家族ですから」

 言って、目を伏せる店主。

 たった一人の家族。

 血の繋がった家族の、その希望する死や死後は叶えてやりたい。

 そういうことだろうか。

 …………。

「しかし、貴方は矛盾を抱えていますね」

 小説家が言う。

 矛盾?

 なんだ?

「お姉さんの遺志を守りたい一方で貴方は、解放されたいとも思っている。違いますか?」

 小説家の言うことに、店主はこくりと頷いた。

「そうなのです……『人形』が仕上がったとき、姉の希望を叶えることが出来たと、その達成感と充足感で感動すらしました。しかし、その『人形』を毎日見ている内にだんだんと辛くなってきたのです。今では辛さを通り越して──」

 怖さすら感じるのです。

 と、店主は告白した。

「まぁ、そうなって(しか)り、ですね」

 小説家が淡々と言う。

 そして続けて、


 それが、人間ってもんですよ。


 と。

 なんだか物書きらしい言葉を言った。

「さて、ではそろそろ──」

 そう言って、小説家は居住まいを正した。

「──『人形』を……お姉さんを見させて貰ってもよろしいですか?」

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