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先祖返りの吸血鬼  作者: 秋初月
二章 赤い化け物
9/12

視線

ちょいと気分転換に短編を土日中に書くつもりなので、よろしければご覧ください!

 


 一通り魔物を倒し終えて街へ戻ってくると、いつもの二人の門兵の姿が見えてくる。

 シロの姿を見つけた門兵の一人が、「お~い」と手を振りながら駆け寄って来くる。


「お嬢ちゃんたち無事かい?結界の外には出てないよな?」


「五月蠅い、話しかけないで」


 門兵の男はシロ達を心配して話しかけてくるが、話しかけられたシロは露骨に顔を歪め拒絶する。


「おいおい、そんな顔をするなよ。せっかく可愛い顔が台無しだぞ?俺はお嬢ちゃんたちを心配して――」


 シロの拒絶を冗談だと受け取った門兵はシロの小さな頭をポンポンと叩きながら話を続ける。


「ん、なんだ?急に周りが寒くなってきたな…」


 話の途中で周りの温度が低くなってきているのに気づいた門兵は、「なんだこれは…」と白い息を吐きながらこの異常の原因を見つけようと辺りを見渡す。


「ねぇ、聞こえなかったの?」


 門兵の耳にシロの怒りの籠った声が聞こえると同時に、頭に置いていた手が跳ねのけられる。視線をシロの方に戻した門兵が見た物は、片目が真っ赤に染まった少女だった。


「――!」


 (赤い瞳!こんな小さな少女が魔物だと!?いや、それよりもなぜ結界が反応しなかった!?)


 咄嗟に得物を抜いて少女から離れた門兵はどうするべきかを考える。


 (まずいな…魔物が結界の中に入ってしまっている。もう一人は…あの少女と一緒にいたんだ、同じ魔物だと思っていいだろう。)


 離れた場所にいるルピナを横目でチラリと確認した門兵は目の前にいるシロに向き直る。


(もう一体は…動く気配なしか。まぁいい、目の前の魔物は幼い少女のアンデットだ。俺のようなただの一兵卒でも倒せるはず…)


「少女を斬るのは良心が痛むが、魔物ならば放っておくことは出来ない。すまない!」


 せめて苦しくないように首を切断してあげようと得物を振り下ろした門兵の剣が突然、空中でピタリと止まる。


 (か、身体が動かない…剣を振り下ろせない!?)


 門兵は突如、得体の知れない何かに覆われる感覚に襲われる。それが腕に重く絡みつき、剣を振り下ろすことが出来ないでいる。


(目の前に魔物がいるのに…!)


 この剣を振り下ろすことが出来れば目の前の魔物を斬ることが出来るのにと歯噛みする門兵に更なる異常が襲い掛かる。


「くっ…」


 門兵は頭痛を堪えるように残った片手で頭を押さえる。だが、時間が経つにつれて頭痛は増し、門兵はたまらず得物から手を放して片膝をつき荒い呼吸を繰り返す。荒い呼吸を繰り返す門兵の身体からはだらだらと汗が吹き出し、足ががたがたと震え始める。


「聞こえなかったのなら、もう一度警告してあげる」


 ガタガタと震えている門兵との距離を、シロはゆっくりと詰め耳元へと口を近づけていく。あと数センチ近づけばお互いがくっ付いてしまうという距離まで近づいたシロの吐く冷たい息が門兵の耳にかかる。


(冷たい…)


 シロの吐く冷たい吐息が、痛みで熱の籠った頭が冷やされたのか少しだけ苦痛の表情を見せていた門兵の顔が緩む。


私に話しかけないで(・・・・・・・・・)、じゃないと次は――」 


 シロが脅すように更に魔力を放出させると、門兵は白目を剥いてその場にどさりと倒れこんでしまった。


「まだ何もしてないのに…。まぁ、いいや。忠告はしたけど、起きたらどうせ忘れてるし」


 シロが何事もなかったかのように街へ入ろうと門兵に背を向けたその時、仲間の異変に気が付いたもう一人の門兵が近づいてきた。


「おい、大丈夫か!返事をしろ、何があった!」


 仲間の門兵が身体を揺するが白目を剥いて返事はない。

 シロが気にせず歩き出そうとすると、背後から鋭い怒声が聞こえてくる。


「おい、待て貴様。俺の仲間に何をし――」


 その言葉は最後まで続かず、背後で何かが崩れた音を最後に途絶えた。

 ルピナが何を思ったのかは分からないが一言「ごめんね」と呟いた後、シロを追って街へと入っていった。










 

「この街から出なくてもいいの?」


「どうして?」 


 街に戻って来たシロは、ルピナからの質問を受けていた。


「だって…」


 視線を後ろに向けるルピナを見て、何が言いたいのか分かった。


「ああ、それなら大丈夫。少しだけ記憶を飛ばしておいたから」


「そうなの?」


「うん。残りの一人も気絶させておいたから起きたら何も覚えてないと思う」


「…ん」


「どうしたの?」

 

「何でもない、いこ」


「そうね」


 入手した魔結晶を売るために、適当な店の中に入る。あんまり人が多い店には入りたくないシロは、無意識に街の路地にあるこじんまりとした店の中へと入っていった。

 魔結晶は色々な用途で使われているため、扱っている店が多い。

 例えば私たちが泊まっている宿の灯りや食材を炒めるために必要な炎を生み出すために使われている。これらは魔法ではなく魔術で描かれた陣によって動いている。魔術は呪文を口で紡ぐ代わりに、魔力で言葉を描いて発動させている。


 店に入れば、カランカランという音に気づいた店主の老人が「いらっしゃい」と声を掛けてくる。シロの姿を見た老人は、少しだけピクリと眉が動いた。


「これを売りたいのだけれど」


「鑑定をするから出してみなさい」


 魔結晶が詰まった袋をカウンターに乗せ中身を開いて見せる。中に入っている魔結晶は全てくすんだ灰色をしている。今日遭遇した魔物は全て同じ魔物だ。


「全部灰色狼(グレイウルフ)のものじゃな。これはお嬢ちゃんたちだけで?」


 今日遭遇したあの魔物は灰色狼(グレイウルフ)と言う名前らしい。鑑定を終えた老人が少し顔を上げて質問をしてくる。


「そうだとしたら何?」


 他に探りを入れるわけでもなく、「聞きたかっただけじゃよ」と視線を魔結晶へと戻した。


「…全部で銀貨3枚と銅貨30枚じゃな」


 数を数え終えた老人が売価を提示してくる。

 魔結晶は石の透明度が高いほど高価で、その魔力を内包していた魔物の強さが分かる。

 灰色狼の魔結晶は濁っているので大した値段にはならない。


 老人の提示した金額に頷き、お金を受け取ろうと手を伸ばした瞬間、服がクイッと引っ張られる。


「どうしたの?」


「それ、1つ欲しいんだけど…だめ?」


「魔結晶のこと?」


「うん」 


 魔物を倒せば手に入るので特に問題はない。あの程度の魔物ならすぐに倒せる。


「話は聞いてあったよ、ほれ」


 数を一つ返してもらおうと老人に話しかけようとすると、近くで話を聞いていた老人が魔結晶一つと、それを引いた分の銀貨3枚を渡してくる。

 少しの間はあったものの、シロは「ありがとう」と老人に礼をして店を出ていった。


「…まだ何か用かね?」


 シロが店を出た後も未だ店内に残っていたルピナがじっと見つめていたので、不思議に思った老人がそう尋ねる。


「おじいちゃん…人間?」


 ルピナの一言に、思わず老人は目を瞠目させる。その後、何が面白かったのか「ふぁっふぁふぁ」と突然笑い始めた。


「まさかこっちのお嬢ちゃんから聞かれるとはのぅ。確かに儂は人間ではない。この姿は魔法で変えておる仮の姿だからのぅ。先ほどまではあの方がいたから気づかなかったが、お嬢ちゃんも儂らに近いような存在の様じゃな」


「あの方って?シロのこと?」


「そうじゃ、お主と一緒におったシロ様のことじゃよ。」


「どうして様付け?」


「シロ様は気づいてはおらんが、儂らにとってシロ様は神様のような存在なのじゃよ」


「シロが、神様…?」


「だけど、まだまだ未熟じゃ。今はまだ生まれたばかりの赤ん坊のような存在じゃな。それに、何やら闇まで抱えておるようだしのぅ。その闇がシロ様の成長を妨げていると言っても過言ではない」


 この老人にもシロの中に潜む黒く蠢くものが見えているようだ。


「どうしたら取り除けるの?」


「儂にはどうにもできぬ。シロ様自身の問題だからのぅ」


 シロの力になれないと言われたルピナは落ち込んだ顔を見せる。


「そっか、教えてくれてありがとうお爺ちゃん」


「構わん構わん。寧ろ礼を言いたいのは儂の方じゃ。またいつでも寄るといい」


「ん。じゃ、またね」




「あのお嬢ちゃんが、シロ様にとっての安らぎとなるのか。それとも……」


 ルピナが出ていった後、そうポツリと呟いた老人の言葉が店の中に木霊した。










「ねぇ、その魔結晶どうするの?」


 宿に戻ったシロは、どうしてルピナか魔結晶を欲しがったのか尋ねる。

 あの魔物から取れた魔結晶の色はくすんだ灰色で見た目がいいわけではないのでわざわざ欲しがるとは思えない。

 シロから渡された魔結晶をしばらく見つめていたルピナは急に半分ほど魔結晶を口に含み、ガリっとかじり始めた。

 まさか食べるとは思っていなかったシロは「え?」と間抜けな顔を曝す。

 魔結晶を半分口に含んだルピナはゴロゴロと口の中で転がして味を確かめた後、がりがりとかみ砕いた後飲み込んでしまった。


「ん、やっぱり」


「何がやっぱりなのよ」


 展開についていけないシロが説明を求めると、ルピナは食べ物をいくら食べても満腹にはならなかったということを話す。そして、この魔結晶を食べたら満たされなかったお腹が満たされたことも。


「じゃあ、あの夜の時もあんだけ食べたのにお腹いっぱいじゃなかったの?」


 その問いに、ルピナは頷いて返す。


「シロも食べる?」


 ルピナが残った半分を差し出すと、シロは少し引きつった笑みを浮かべて「いらない」と口にする。

 いらないとは言ったけど、少しだけ気になったシロはルピナに味の感想を聞いてみた。


「ん~、味は微妙」


 味が良ければ少しだけ食べてみようかという気があったシロだったが、「なら、いいわ」と返した。残った半分の魔結晶は、ルピナがガリガリとかみ砕いて食べた。


「一応聞いておくけど、夕食はいるの?」


 普通の食べ物をいくら食べてもお腹いっぱいにならないのなら意味がない。魔結晶を食べることでお腹一杯になるのなら普通の食事は必要ない。


「いらない。…でも、あんまり美味しくなかった」


「そう。なら時々普通の食事を食べなさい」


「ん」








 あらから一週間が経ったが、特に変わったことは起きてはいない。ただ、一つ変わったことと言えば、数日前からある視線を感じるようになった。殺気は感じない。ルピナならばそんなことはしないので、視線の正体は人間だと分かっている。が、話しかけてくることも姿を現すこともしていないので今は放置している。

 シロは、昨日と同じように身体を洗うために、水を汲みに桶を持って下へと降りていく。

 井戸についてるポンプを押し、桶の中に水を入れ、満杯になったらその水を凍らせて空中へと浮かばせる。

 初日に一度だけ水の入った桶をもって部屋に戻ろうとしたのだが、せいぜい持ち上げるのが精いっぱいでとても部屋まで運ぶことが出来なかった。

 同じ作業を数回繰り返していたシロは、突然作業を止めて立ち上がる。


(またあの視線…流石に何も害がないとは言え、何度も人間にジロジロと見られるのは癇に触る…)


 後ろは振り返らずに、魔力だけを身体に巡らせる。そのまま魔力を地面へと流し、視線の元へと操作する。あともう少しで到達するといったところで、シロの耳にこの宿の女将の大声が聞こえてくる。


「お~い、エンリ!そろそろご飯の時間だから戻って来な!」


 その声に気を捕らわれていたシロが注意を戻すと、いつのまにか視線の正体はその場からいなくなっていた。


「……」


 シロが魔力の操作を止めると、地面に流した魔力は地中に霧散して消えていった。二階に戻ったシロは、自分とルピナの身体を洗い終えると、いつもと同じようにルピナと一緒の布団へと入り目を閉じる。


「…シロ」


 まだ眠りについていなかったルピナはシロに話しかける。


「どうしたの?」


「今日のこと、やっぱり抑えれない?」


 シロが目を開けてルピナの方に顔を向けると、ルピナは少しだけ悲し気な表情のままシロを見つめていた。思わずその視線に耐えきれなくなったシロは首を反対側に向ける。


「……無理よ」


「あの人たち、悪いことしてない。ううん、寧ろシロのこと心配してた。ここのおばさんも」


「シロが無理って言うならもうルピナも何も言わない。どうしてシロが人間を恨んでるのかは知らないけど、人間にも良い人はいるよ?」


「……」


 ルピナに背を向け無言のまま時間だけが過ぎてゆく。なんて返そうかシロが必死で考えていると、後ろから穏やかな寝息が聞こえてきた。

 言うだけ言って落ちていったルピナに毒気の抜かれたシロは、一足先に寝息を立てているルピナの髪を梳きながらアードルスおじさんに言われたことを思い出す。アードルスおじさんもルピナと同じような言葉を残して死んでいった。

 

(良い人はいる…ね。全ての人間がそうだったら私はこうはならなかった…。それに、例え今が善人だったとしてもその後、その人がずっと善人だとは限らない。私のおじい様…いや、国王の様に)


 




 


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