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先祖返りの吸血鬼  作者: 秋初月
二章 赤い化け物
7/12

結界の外

暗い話ばっかりなので、細やかな癒しを

 



 二階へと上がり、鍵で扉を開けて部屋の中へと入ったシロはベッドに倒れ込み、「はぁ〜」と長い溜息を吐く。


 (今日はかなり疲れた。人を見ただけでも感情がざわつくのに、会話をするのはなおさらだ。少し人間と接触しただけでこの有様だ。とりあえず今日はゆっくりと休んで明日に備えることにしよう)


 そう思ったシロだが、休む前にルピナの身体を髪を拭がなければならないことを思い出し、ベッドから起き上がる。水を用意するために部屋の隅に置いてあった木桶を手に持って下に降りていく。


「ちょっと水を入れてくるからそこで待ってて」




 シロが部屋から出ていく背中を無言で見つめる。昨日と比べてシロの様子はなんだか変だった。

 シロの魔力は純粋で、近くにいると居心地が良い。だけど、周りにはそれを覆うように何か黒いものがある。その黒い何かは、普段は大人しいけどシロが人を見たり話したりすると侵食しようと蠢いていた。




 十数分後、「井戸なんて使ったの初めてよ」と愚痴を溢しながらシロはぐったりした様子でようやく戻ってきた。手に持った木桶の中には何も入っておらず、何故か空中には二つの氷の塊が浮いていた。その光景に、少しだけびっくりする。


「身体と髪洗うからそこに座って。それと服も脱いでね」


 シロが置いてある木椅子を指すので服を脱いでそこに座る。氷が突然水に戻り、木桶が水で満たされる。水に浸した布で身体を拭いてくれるが、さっきまで氷だったのでかなり冷たい。ぶるりと身体を震わせたルピナを見てシロが不思議そうな顔をする。


「寒いの?」


 シロからの問いかけに対して、ルピナは大きめに頷いた。

 身体を拭き終わり、一旦外に水を捨てたシロは、もう一つの氷の塊を水に戻して木桶に入れる。その冷水でルピナの髪を洗い始める。

 再び冷たい感覚がルピナを襲い、ぶるりと身体が震える。


「そう?たしかに冷たいとは思うけどそこまで?」


 ルピナが寒がるのに対して、シロは平気そうに冷水の中に手を突っ込んでいる。今が暖かい時期で良かったと本気で思った。冷たい水のせいで身体が震えているのは勿論だが、それよりもシロの手の方が冷たいのだ。

 本人は全く気づいていないようだが、手だけではなくシロの全身から常に冷気が発せられている。

 このままでは風邪を引いてしまいそうだなとルピナは思ったが、せっかくシロが洗ってくれているので、文句を言わずに大人しく洗われることにした。

 普段はぶっきらぼうで不愛想だけど、あんなに警戒していた私を見捨てずに助けてくれたシロ。本来は優しい性格なのだろう。


「何笑っているのよ」


「えへへ、何でもない」


「終わったわよ」


 そんなことを思い浮かべていたら、顔を出ていたみたいでシロが不思議そうな顔をしていた。

 シロは、髪を優しく絞って水気を取った後、乾いた布で長い髪を巻いてくれた。




 髪が乾いてきた頃合いを図って、シロはルピナを抱き上げて膝の上に乗せ、頭に巻いていた布を取る。

 指でルピナの髪を梳いていたシロは思い出したようにルピナに話しかけた。


「そうだ、髪が乾いたから下に行ってご飯を食べてくるといい」


「シロは一緒に行かないの?」


「私は食べる必要がないから」


 ルピナはシロと一緒に行きたかったけど断られてしまった。シロはいらないと言ったけど、どうしてお腹は減らないのだろうか。昨日の夜にも、シロは焼いたお肉に手を付けようとはしていなかった。あれからもうすぐ一日経つので、生き物ならば空腹にならないのはおかしいはずなのに。


「お腹空かないの?」


「全く空いてないわ」


「どうして?」


「何故お腹が減らないのは私にもわからない。甘いお菓子ならともかく、食欲がないわけじゃないけどお腹が減ってないのに食べる必要性がないわ」


「むぅ」 


 甘いお菓子と言うのが何なのかルピナには理解出来なかったが、一緒に行けないと分かり明らかな落胆を見せる。

 ルピナが寂しそうな眼を向けると、シロはその視線から逃げるように顔を横に逸らす。ついてきてはくれなさそうな様子のシロを見て諦める。

 街に入った時もそうだが、シロは明らかに人を避けているのが分かる。話している時も、シロの魔力を覆っている黒い何かが揺れ動いているのが見える。


「分かった。一人で食べてくる」


 シロの膝の上から下りて部屋を出てドアを閉めたルピナの耳に、小さく呟いたであろうシロの声を拾い上げた。


「――ルピナには悪いけど人間と一緒の空間で仲良く食事だなんて私には耐えられない…」


「……」


 シロが人に対して好意的じゃないのは今日の行動を見ていてなんとなく分かっている。

 一階に下りると、先ほどの女将が受付に立っていた。

 話しかけて来た門兵も、この女性も、シロに対して何かをしたわけではない。寧ろ好意的に話しかけてくれている。どうしてシロは人間を嫌悪しているんだろうか。

 階段を降りた先で考えごとをしていたルピナに気づいた女将が話しかけて来たことによって、ルピナの意識が戻る。


「あら、何か用かい?」


「ご飯食べに来た」


「銀髪の娘は一緒じゃないのかい?」


「お腹空いてないからいらないって」


「あら、そうかい。あの扉の奥に行けば食べれるよ」


「ん。ありがと」


 カウンターの横にある扉を開けると、すぐに食べ物のいい匂いがルピナの鼻を刺激する。


「あ、いらっしゃい。今ちょっと手が離せないから、待っててね」


 何をすればいいのかわからないので、とりあえず空いてるテーブルの椅子に座っていると、両手に料理を抱えて運んでいた少年がルピナに気づいて声を掛けてくる。


「お待たせ…って何してるの?」


 テーブルに置いてあった四角い紙を持って回転させてみたりしていると、先ほどの少年がやってきた。

 難しい顔をして四角い紙を凝視しているルピナを見て首を傾げる。 


「ああ、そっか文字が読めないのか。これはメニューと言って、料理の名前が書いてあるんだよ。何が食べたいのか言って見てよ」


「お肉が食べたい」


「それならこれがおすすめだよ」


「ん、じゃあそれにする」


「わかった、今作るから待っててね」


 オーダーを受けた少年は、厨房の方へと消えていく。


「はい、出来たよ。召し上がれ」


 十分くらいが経過し、おいしそうな匂いを漂わせながら運ばれてきた。厚めに焼かれた肉の塊は、食べやすいように一口サイズに切られてある。そのまま食べようとすると、少年に止められた。


「あ、待って待って。このたれをつけて食べるんだよ」


 別の容器に入った茶色っぽい液体を指さすので、言われた通りに付けて食べてみる。


「おいしい…」


「でしょ?」


 昨日食べたお肉は、焼いただけでも塩気が効いていて十分美味しかったが、このたれにつけて食べるとより美味しく感じる。

 お腹もかなり減っていたので、ボリュームのあったお肉はあっと言う間にお腹の中に納まった。


「中々の食べっぷりだったよ!また来てね~」


 少年は食器を持って厨房の方へと戻って行った。少年が厨房の奥へと消えていくのを見届けたルピナは席を立つ。


「おいしかったかい?」


「おいしかった」


「それは良かった。明日の朝食もあそこだから覚えておくんだよ」


「ん。ありがとう」


 女将にお礼を述べて、シロの待つ二階へと上がって行く。


(まだ足りない…)


 食べるには食べたが、やはり満腹感がない。シロが焼いたお肉を食べた時にも感じていた。いくら食べても満腹感が得られない

 。




「食べたの?」


「うん。美味しかった」


「そう」


 部屋に戻ると、シロはベッドの上で寛いでいた。食べたのかシロに聞かれたので、味の感想だけ言った。ルピナは満腹にならないということは伝えなかった。

 ルピナが戻って来てしばらく経過した後、シロが明日の予定について話を切り出してくる。


「明日は街の外に出て魔物を狩るつもりだから、ルピナはここで待ってて」


「いや、ルピナも一緒にいく」


「駄目。危ない」


「ルピナの為にお金稼ぐんでしょ?それならルピナもやるべき」


(…ばれてる)


 服と宿代で盗賊たちから奪ったお金はもうないので稼がなければならない。シロの住んでいた屋敷に戻ればシロの両親が残した蓄えがあるが、そこへ戻るにも数日かかる。私はご飯も宿もなくても生きていけるが、ルピナには必要ある。


「…」


 考えるシロをじっと見つめるルピナ。

 ルピナがやる気なのは嬉しいが、やはり危険だから連れて行きたくない。それに、魔物と戦うのは初めてだ。一度魔物と出会ったことはあるが、戦ったことはない。何故あの時襲われなかったのかは分からないが、全ての魔物がそうだとは限らない。


「いざとなったときルピナを守れるのかわからない」


「シロの足は引っ張らない」 


「…」


 ルピナはシロの目をじっと見つめてくる。ルピナのあの目は少し苦手だ。あの目をされたら断るに断れない。

 梃子でも頷かなさそうなルピナに、シロはため息を吐く。


「……はぁ、わかった。明日はルピナも一緒に行く」


「ん!」 


 連れて行くことを許可すると、ルピナは嬉しそうに顔を綻ばせる。

 身体能力ならば圧倒的にルピナの方が高い。危険になったらルピナだけでも逃げることが出来るはず。


「今日はもう寝るよ。ルピナはこのベッドで寝なさい」


「シロは?」


 シロは懐から何かを取り出して、床に転がす。すると、転がした物体が膨張し、一人用の氷のベッドに変化する。


「なにそれ」


「これは私の魔力を圧縮した氷の塊よ。予め氷で出来ている服に魔力を流して貯めて、必要になった時に溜めた魔力を使用できるの。だから、私は氷で作ったベッドで寝――」


 そのまま氷で出来たベッドで寝ようとするシロの手を、ルピナが掴んで止める。


「シロも一緒の布団で寝よ?」


「…私と一緒に寝たら狭くなるよ」


「ん、平気。シロと一緒がいい」 




「そう。なら一緒に寝ようか」


「ん」


 折角氷のベッドを作ったのだが、もう使わなくなったので解除する。


「シロひんやりしてる」


 部屋の灯りを落として布団の中へ入ると、ルピナが私寄り添ってくる。自分の体温なんてわからないが、ひんやりしてるらしい。

 ルピナの頭を優しくなでてあげると、穏やかな寝息が聞こえ始めた。


「お休み」










「ん、昨日のお嬢ちゃん達か。遊びに行くのかい?」


 街の外に出ようとすると、二人の門兵のうち、シロを引き止めた方に話しかけられる。


「…」


「え、何か俺無視されるようなことしたっけ?」


「俺が知るかよ」


「思春期ってのはどうもわからねぇな〜」


 シロは何か傷付いた様子を見せる門兵をチラりと見る。あの門兵は何もしていない。ただ、私が人間を嫌いだから必要最低限以外は話さないようにしているだけだ。


「遊び行くのはいいけど、あんまり街の周りから外れんじゃないぞ!離れ過ぎると結界の外に出ちまうからな!」


 そのまま歩き去ろうとしたシロの耳に聞きなれない言葉が届き、足が止まる。


「…結界?」


「嬢ちゃんも知ってるだろ。精々街から1km程度だが、街が魔物に襲われないように領主様が、街全体を“魔除けの結界”で覆っているんだ。それでも偶に入り込む魔物は居たりするんだけどな。その時は、領主様に任された領主様直属騎士の俺達が倒すんだよ…ってあれ?お嬢ちゃん達は?」


「もう行ったぞ」


「まじかよ」


 “魔除けの結界”か。なるほど、それのお陰で街は魔物に襲われないのか。確かに結界が無いと常に魔物が街に襲ってくる危険性があって穏やかに眠ることさえ出来ない。


「そろそろね」


 街から1kmくらい離れたところで、狼型の魔物が一体現れる。形はあの時の魔物と同じだが、目の前の魔物の色は灰色で敵意を明らかなに発している。

 獲物を見据えた狼型の魔物は威圧するように、その視界のシロ達を睨みつけた。


「シロ」


「わかってる」


 (大丈夫。怖くない…。魔物に対する恐怖は一度経験した)


 一瞬怯えそうになるのを抑えて、短く深呼吸をしたシロは服に溜めた魔力を氷の塊に変えて排出する。服に内包した魔力を使ったのは、

 地面に落ちた氷の塊は膨張し、形が変化して最終的には人型の形で止まる。


「“アイスドール”」


 作り出した氷像にそう名前を付ける。

 狼型の魔物はいきなり現れたアイスドールに警戒を見せる。


「いけ」


 警戒して中々近づこうとしないので、こちらから仕掛けることにした。

 私の声に反応してアイスドールは走り出し、狼型の魔物に向かって拳を振り抜く。

 だが、アイスドールの攻撃は空を斬り、拳は地面へとめり込む。攻撃力は十分だが当たらないと意味がない。狼型の魔物は大きく隙の出来たアイスドールを無視し、鋭い牙を剥き出しにして噛みついてくる。


「っ!」


 こっちに向かってくるとは思っていなかった私は避ける動作が遅れ、鋭い牙がシロの細い腕を掠め、肌が軽く裂けて血が数滴地面に落ちる。

 私はアイスドールをすぐに戻して近寄れないようにする。焦れた魔物が再び飛び掛かってくるが、それに反応したアイスドールが私の前に立ちふさがる。魔物の牙がアイスドールに突き立ったその瞬間、


「ギャッ」


 噛みつかれた箇所から生えた鋭く尖った氷が狼型の魔物の口内から頭へと突き抜ける。短い痙攣を繰り返した後、だらんと力が抜けたように地に伏した。


「…ふぅ」


「終わった?」 


 魔物との初めての戦闘の緊張から解放されたシロは息を吐く。


「ルピナ怖くなかった?」


「平気。シロと一緒だから怖くない」


「そう」


 狼型の魔物がしっかりと死んだのを確認したシロは死骸へと近づいていく。 

 そのすぐそばには、静止したままのアイスドールがある。噛みつかれた腕を見てみると、大きなひびが入っていた。


「大きいものだと耐久性に欠けるわね」


「シロ、これどうするの?」


「本当なら素材や肉も売れるから持って帰りたいけど、馬車はないから魔結晶だけ持って帰る」


 服に内包されている魔力を使えば、氷で出来た馬車を作ることも出来るが、絶対街でトラブルが起こる気がする。


「魔結晶?」


「魔結晶は、魔物が死んだときに、その魔物が保有する魔力が集まって出来る結晶のこと」


「どこにあるの?」


「大体心臓に集まるって聞いたわ。アイスドール」


 シロの声に反応したアイスドールが動き出し、狼型の魔物の心臓に爪状に変化させた指を潜り込ませる。


「うっ」


 アイスドールがぐじゅぐじゅと音を立てながら胸を抉っているのを見て何とも思わない自分に驚いた。それに、なんか魔物の血を眺めていると少しだけおいしそうと感じる。ルピナも平気そうにそれを眺めていた。


「ルピナは平気なの?」


「平気みたい?」


「なんで疑問形なのよ」


「ルピナにもわかんない」


「お前は本当に不思議ね。今までに見たことのない容姿に、普通じゃない身体能力」


 優しくルピナの獣耳を撫でながら、思ったことを口にする。

 気持ちよさそうに目を細めていたルピナは、途中で目を開けて首をコテンと傾げて答える。


「ルピナから見たらシロも不思議だよ?」


「えっ?」


 ルピナからそう返されるとは思っていなかったシロは、一瞬呆けたような顔を見せる。

 あの時確実に死んだはずなのに生きている私。突然扱えるようになったこの不思議な能力。寒さに強く熱さに弱い、お腹の減らないこの身体。不思議なのは私も同じだ。


 (確かにそうね。なぜまだ生きているのかも謎だし)


 あの時、心臓を貫かれて絶命したはずだ。それに、突然自分の手足のように使えるようになった魔力のこと。昔の私は属性に変換すら出来なかった。


「シロ?」


 気が付くと、ルピナが覗き込むようにして私を見上げていた。丁度アイスドールも魔結晶を取り終えていた。取り出された魔結晶はくすんだ灰色だった。


「ううん、なんでもない。行くよルピナ。魔結晶一つじゃ足りないわ」


「ん」


 もっと沢山の魔結晶を手に入れるために、再びルピナと共に魔物を捜し歩き始める。

 シロが通り過ぎ去ったその場所には、一つの魔物の死体とその近くには、シロが流した数敵の血の雫が地面に染み付いていた。




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