シャングリラ
前話とこの話にかけて一人称がおかしくなっていたので修正致しました。
5/9 22:43 訂正漏れがまだあったので再修正を入れました。
まだどこか修正漏れがありましたらご報告してくださるとありがたいです
パチパチと木の中の水分が蒸発して弾ける音が聞こえてくる。
目を開けると質素だが神秘的なワンピースに身を包んだ銀髪の少女が、何故か氷の上に座って火の中に新しい木の破片を投げ込んでいる姿あった。火の灯りが照らし出す少女の表情はとても冷たく、まるで氷のようだった。
「起きたの?」
その問いにコクリと首を縦に振る。
氷の上に座るのは寒くないんだろうかという疑問を抱いたが、口には出さないで仕舞っておく、ということは出来ずについ聞いてしまった。すると、「火が近くにあると暑いから」という簡素な答えが返ってきた。じゃあ火のそばから離れたらいいんじゃないかと思ったけど、それは口に出さなかった。
少女から視界を外し、周りの様子を眺めてみる。火のある近くは勿論のこと、獣少女の眼はこの暗い中でも問題なく先を見通すことが出来た。
周りに変わった風景はなく、殺風景な草原が広がるばかり。焚火の近くには、一台の荷台と、氷の針が広範囲に渡って地面から突き出ているのが見える。目を凝らしてみると、氷に何か赤い筋のようなものがあることに気づいた。辿って行くと氷の先端には人の死体が突き刺さっていた。その光景を見た獣少女は目を見開いて静かに焚火のそばで座っている少女に目を向ける。
この光景を作り出したのは目の前にいる少女だろうかと考える。確かにシロが気を失う前に「あいつらは私が殺した」と口にしていた。
驚きはしたが、その光景には特に何とも思わなかった。ああ、人間が沢山死んでいるなくらいの感情だった。
最初は気づかなかったが、あの少女は自分と同じくどうやら人間とは違う存在らしい。少女の魔力はとても澄んでいて近くにいると落ち着く感じがする。
獣少女がそっと少女の隣に移動し座り込む。それに気づいてチラリと少女が目配せをするが、すぐに視線を焚火に戻した。
炎の熱気で身体を温め少女から癒しを感じながら目を再び閉じる。。
――少し前
ドサリと倒れこんだ獣少女を前に、どうしようかと頭を悩ませる。
見捨てるのもなんだか気が引けるし、シロじゃ担いで歩くといったこともできない。無事だった馬は既に逃げ出したし、馬を操ったことがないから操車なんて無理。
既に空が暗くなってきているので、今夜は此処で野宿することに決める。
あの人間達が残していった荷台を漁ってみると、火打ち石や食料、毛布などを見つける。
荷台の中には乾燥した薪などが積んであったので、そこら辺の土を起こして燃え移らないようにしてから火打ち石で薪に火をつける。勝手がわからなかったので、何度か試行錯誤した後にやっと火がつく。
そうこうしているうちに、辺りが完全に闇に覆われてしまった。
寒そうに身を震わせている獣少女を焚火の近くに移動させる。
一つ、焚火をして気づいたことがあった。
それは、火の近くにいると何故か身体が熱いと感じで汗をかくのだ。
身体の変化に戸惑いながらも、荷台から水を取り出して氷の媒体とする。そして、出来上がった氷の椅子の上に座ってみると、丁度いい感じの温度になりようやく落ち着けた。
しばらくすると、獣少女が目を覚ましたので声を掛ける。
シロの姿に警戒することもなく、呼びかけに反応する。
シロが氷の椅子に座っていることに疑問を持った獣少女が、少しの葛藤を見せた後質問してきたので、それに対して“火の近くにいると暑いから”と答えた。自分でも何故暑く感じるのかわからないからそう答えるしかなかった。
そんなシロの返事に納得していなかった獣少女だったが、すぐに他のことに関心が移ったようだった。彼女はしきりに辺りをきょろきょろと見渡している。シロの目には焚火の灯りが届く範囲内までしか見えていないけど、彼女の目には見えているんだろうか。
そう考えていると、獣少女はシロの近くに来て身体を丸め始めた。試しに頭をなでてやると気持ちよさそうに笑顔を見せる。
先ほどまであんなに警戒していたのに現金な少女だ。が、この雰囲気は嫌いじゃない。
生肉――荷台に積んであった新鮮な生肉――を木の枝に通して火の近くの地面に差し込む。時間が経つにつれて、肉の焼ける匂いが辺りに漂い始める。その匂いにつられて獣少女が起き上がる。
食べごろになった肉を見て、“食べないの?”というような顔を向ける。
「私はお腹すいてないからお前が食べるといい」
この肉は自分が食べるために焼いたわけではない。それに、何故か目覚めてから一度もお腹が減っていないので食べる必要がない。
シロが要らないと口にすると、獣少女は遠慮なく肉にかぶりつき始めた。相当お腹が減っていたらしく、たくさん焼いたお肉は全て彼女のお腹に消えていく。まだ物足りなさそうな顔をしていたが、生憎もう全て焼いてしまった。
獣少女の食べっぷりを眺めていたシロはふと思う。
「お前、これからどうするの?」
シロの目的はとりあえず街へいくつもりだが、この獣少女はどうするのかと少しだけ気になった。
獣少女は何故かシロの顔を見て何かを言い出そうとして口を閉ざす。
「私の名前が知りたいの?」
それに対して、獣少女はコクリと頷く。
「シロよ」
「…シロは?」
言葉足らずな質問が返ってきた。
「私はここから一番近い街を目指すつもり」
それを聞いて獣少女は悩む素振りを見せ、ややあって口を開く。
「シロと一緒にいたい。駄目?」
「駄目じゃないけど…」
その言葉に少しだけ悩む。出会って一日も経っていないのに、一緒に行きたいとお願いされるとは思わなかった。そのうち親が見つかれば自ずと離れていくはずと考えたシロは獣少女の動向を許可する。
「まあ、いいわ」
「本当?」
「だけど、その前に…」
「?」
「お前に名前を付けてあげる」
一緒に旅をするのに、名前がないのは不便だと思ったシロは名前を付けることにした。
「“ルピナ”…それがあなたの名前。気に入らないのなら別なのを考えるけど」
「ルピナ…ルピナ…、…覚えた」
不満がありそうだったら他の名前を考えるつもりでいたが、獣少女の様子から不満はなさそうだった。
「私はもう寝るから、まだ起きてるんだったらそこにある水をかけて消火しておいてね」
ルピナも起きてるつもりはないようで、首を横に振る。ルピナが寝るのなら焚いている必要はないので、シロは焚火に水をかけて消化をし、余った水で作った氷の上に寝る。ルピナには毛布を数枚渡したので、これで眠っている間も寒くはないはずだ。
シロが眠りにつくよりも先に横から寝息が聞こえてくる。その穏やかでリズムよく聞こえてくる音につられて、段々眠くなってきたので目を閉じた。
「見えてきた。あれがシャングリラ?」
朝、目を覚ましたシロたちは盗賊から得た情報通りに、北西方向に向かう。元々お互いに口数が少ないのもあって、特に会話もあまりないまま遠めだが街の姿が見えてきた。
シロはチラッと自分が着ている服を見る。ルピナはボロボロの薄着一枚、シロは質素なワンピース一枚だ。そこでシロは、ルピナが抱えているカバン――荷台からくすねてきた――の中からフード付きのローブを二つ取り出す。二つとも綺麗とは言い難いが、今シロたちが着ている服よりはマシだろう。
「……大きい」
試しに着てみると、サイズが合わずお互いぶかぶかだった。マシになると思ったけど、これじゃあ元のままで行くほうがいい気がしてきた。
「おい、まてお前たち。見るからに怪しいだろう。それで素通りできるとでも思っていたのか?どこから来た、顔を見せてもらおうか」
街の門の前には二人の門兵がいるが、そのまま無視して街へ入ろうするも、案の定、門兵に引き留められたので軽く聞こえない程度に舌打ちをする。めんどくさいから氷漬けにしてやろうかと右手を構えようとすると、ロープの裾がクイッと引っ張られる。ちらりと後ろを見ると、ルピナが軽く頭を横に振って視線で訴えかけているのが見えた。
シロは、ふぅっと息を吐いて心を落ち着けた後、右手を下ろすと、ルピナも手を離してくれた。
「おい、聞いているのかお前たち。どこから来たのかと聞いているのだ」
「五月蠅いわね、しっかり聞こえている。これでいいの?」
「な、少女!?…う、うむ。そっちの連れの方も少女か?」
「ええ、そうよ」
片方の門兵が取り調べをしてきたので、フードを取って顔を見せる。
フードをはずしたシロを見て一瞬動揺を見せる門兵だったが、相手がまだ幼い少女だとわかり安心した顔をする。悪戯でもしてからかっているんだろうと想像をした門兵は、一応そのまま仕事を続ける。
「それでお嬢ちゃんたちはどこから来たんだい?」
「私たちは南東のフィ…」
「あっはっは!お嬢ちゃんたち、流石にそれは無理がある冗談だよ。ここから南東には“凍り付いた大地”しかないんだ。からかうにしても次からはもうちょっとマシな冗談を付くんだね。よしよし、もう通っていいよ!」
門兵に促されて門を潜り、街へと入る。石畳の上を往来する人々の姿が見える。野菜や果物を品定めする親子や屋台で買い食いをする子供。そしてお店のテラスで休憩をする人々の姿がある。
先ほどは普通に人と会話をしていたが、決して人間に対しての憎しみが消えたわけではない。今だって理由があるなら殺してやりたいほど人間は嫌いだ。だが、アードルおじさんのお願いにより、悪意のない人間の命は奪わないようにする。だが、もし悪意を持って近づいてきた場合それが誰であろうと容赦なく殺すと決めた。
「シロ、大丈夫?」
大勢の人間を見て多少ざわついていた心を静めていると、心配そうにルピナが覗き込んでいた。顔に出していたわけではないのに、ルピナに図星を付かれたことに驚く。
「きづいてたの?」
「シロ、魔力に乱れがある」
「お前、魔力の流れが見えるの?」
「うん、魔力を目に集めると見える」
そうルピナに言われてシロも魔力を集めてみると、段々と景色が変化してくる。
「…確かに見えるわね」
視界が悪くはなるが、身体に流れる魔力がはっきりと見えるようになる。街を行く人々の魔力の流れは遅く、細い。ルピナも計ってみると今測った人間の3倍はある。
「ルピナ、あんた結構魔力があるのね」
シロがルピナを褒めると、ルピナは魔力を目に集める動きを見せた後少しムッとしたような顔を見せる。
「シロに言われても嬉しくない」
「どうしてよ?」
「知らないっ」
理由を聞こうとしたシロだったが、プイっと顔を背けられてしまった。
そういえば、先ほどあの門兵に南東のフィナマール領と言おうとしたのだが、直前で遮られた。門兵が言っていた“凍り付いた大地”とはなんだろうとシロは思案する。
初めて聞く名前だ。バジルファード王国周辺の地図に記載されている大体の地形や場所は覚えてきたつもりだけど、“凍り付いた大地”と呼ばれる場所は聞いたことがない。ここから南東にあるのは、シロが住んでいたバジルファード王国のフィナマール領だ。決して“凍り付いた大地”なんて名前ではない。真実を確かめたいけど今はルピナの服を買いたい。未だ街の中でもローブ姿は怪しすぎる。かと言ってローブを外すと、ルピナはボロボロの肌着一枚だ。今でもかなり目立ってはいるが、容姿も相俟って好奇の視線にさらされることになる。
「これからルピナの服を買いにいくからついてきて」
「ん、わかった」
手を握ってあげると機嫌は直ったようなので、服を買いに行く。
複数の建物が立ち並ぶ中で、一回り大きめの建物があった。大きなガラス扉がついており、外からでもお店の様子をうかがうことが出来る。洋服が並んでいるのが見えたので、この店で間違いないようだ。店の大きさから見てもある程度の品ぞろえは期待できそうだ。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなお召し物をお望みですか?」
ルピナを連れてお店の中へ入ったシロ達に店員が声を掛けてくる。選ぶ手伝いをしようと後ろをついてこようとする店員を睨みつける。
「ついてくるな」
「…畏まりました」
まずはルピナに合う下着を数枚と、尻尾を隠すことのできるマント型のサーコート。耳は、幸い髪は長いので、編んだ髪の下に畳んで紛れさせることにした。少し不自由だが、人目のある場所では我慢してもらう。下は動きやすそうなキュロットを選び、上はそれに似合いそうな服を適当に見繕う。お金もローブと一緒で、荷台に積んであったものだ。大金とは呼べる額ではないが、ここの服を買う程度ならば足りるはず。
選び終わったのでお金を払いに向かおうとすると、ルピナに引き留められる。
「シロ、買ってない」
シロが服を選ばないことに不思議に思ったルピナがそう尋ねてくる。
「私は必要ない」
「どうして?」
シロは着ていたローブを脱いで、その必要がないことをルピナに見せる。すると、シロの姿を見たルピナは驚いた顔を見せる。
「…服変わってる。なんで?」
今までワンピース一枚だったシロの服装は、下はハイウエストスカートで、上はハビットシャツになっている。
「あのワンピースは私の氷で作ったものだから変幻自在なのよ」
あのワンピースはシロが作り出した氷で作ったものだ。それをまた変形させて別の形にすることも容易だ。今は暖かい季節なので、ワンピースを着ていても目立つことはないが、シロが着ていたワンピースはかなり露出が高かったので、この街に入った時既に作り変えている。
ルピナが納得したようなので、支払いを済ませた後、試着室で購入した服に着替える。キュロットには、ルピナの持つ尻尾を通す穴が存在していないので、氷で小さめの穴を空けてそこに通す。
「お前、少し臭うから後で身体洗うわよ」
「…臭うとか言わない」
髪を編む最中、少しだけルピナの髪の臭いが気になったのでストレートに言うと、ルピナは顔を赤く染めて抗議の目を向けてくる。
ルピナの機嫌を取って店を出ると既に夕刻となり、辺りが黄金色に色づき段々と人の数が少なくなっていた。水浴びや宿屋の情報を事前に聞いておいたシロは、その場所へと向かう。
「いらっしゃいお嬢さんたち。泊まりなら一泊銀貨3枚だよ。部屋を別々にするなら二倍の料金だよ」
中へ入ると、おおらかそうな雰囲気をした女将が出迎える。
「一緒の部屋で、この金額で泊まれるだけよ」
「あ、ああ。……この金額なら十日分だね。部屋は二階の奥から二番目のとこだよ。あ、それと夕飯は朝、昼、夜の三食あるから食べたくなった下りておいで」
「…分かった」
ジャラっと銀貨の入った小袋を愛想もなく置いたシロを見て若干眉を顰める女将。部屋の鍵を無言で受け取り、二階へと上がって行く。二階へ上る際に、ルピナが女将に向かって丁寧にお辞儀をしているのがちらりと見えた。
「はぁ~、なんて目をしているんだいあの子は…。子供があんな顔をするもんじゃないんだけどねぇ」
二人の少女が二階へと消えていくのを見届けた女将は、ため息を吐きながらポツリと呟き、頭をカリカリと掻いた。
「お母さん何かあったの?」
奥にある扉から一人の少女がひょっこりと顔を出す。
「いんや、何も。お父さんの手伝いは終わったのかい?」
「うん、終わった!お兄ちゃんはまだ働いてるけど」
「そうかい、お疲れ様。もう暗くなるからあんまり出歩くんじゃないよ!」
「わかった~!」
浮かない顔をしていた自分の親を見て首を傾げている自分の娘の頭を優しくなで、何でもないと伝える。
無邪気に駆け出していく娘を笑顔で見送り、再び仕事に戻った。
マイペースでの作業ですので、投稿ペースはかなり遅いですがご了承ください