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先祖返りの吸血鬼  作者: 秋初月
二章 赤い化け物
11/12

空虚

大分遅くなってしまって申し訳ありませんでした。

次回かその次あたりで2章は終わりの予定となっております

 


 所々燃えている住宅街の中を、二人の少女を肩に乗せた氷の人形が重い足音を響かせながら走っていた。住民の姿は途中見かけることはなく、既に避難しているようだ。

 最初は自らの足で走っていたシロ達だが、走って一分ほどでシロに体力の限界が来た。荒い呼吸を繰り返すシロとは対照に、ルピナの呼吸は全く乱れてはいなかった。

 走り続けるのは無理だと判断したシロは、魔物と戦った時に使った‟アイスドール”を再び作り出した。アイスドールの肩に乗り、命令を出すと、アイスドールはのっそりとした動きで走りだした。決して早いとは言えないスピードだけどシロが走るよりは断然早い。振動に揺られながら、シロは先ほどのことを考えていた。


(どうして…?)


 逃げ遅れている人もちらほら見かけたが、この街の住民は既に避難していた。だが、あの女将は逃げずにシロ達を待っていたのかシロには理解することが出来なかった。それに、崩れた家が女将や避難していた住民に向かって倒れてきた瞬間、無意識に身体が反応してしまった。どうして身体が勝手に反応してしまったのか分からない。


(あの人間を助けるため?……違う。ルピナが巻き込まれるのを防ぐため。人間を助けようと思うはずがない)


 心の中ではそうは思っていても、崩れた建物との距離は離れていたため巻き込まれることはないと分かっていた。分かっていたはずなのに、シロの身体は反応していた。シロの中で少しだけ小さな変化が現れたことにシロは気づかず、そんなはずはないと無理やり押し込んでしまった。












「くそっ、見失った!」


 赤い化け物の姿を追っていたカルガドたちは、街に入ってすぐに赤い化け物の姿を見失ってしまった。地響きは伝わってくるが、場所を特定できない。街へと飛んでいった赤い魔物は確かに巨大ではあるが、建造物の立ち並ぶ街の中では見失ってしまう。

 丁度立ち止まっていたカルガドたちの耳に巨大な破壊音が届いた。その方向を見れば、上空に砂塵が舞いあがっていた。


「誰かと戦っているのか?」


「きっと隊長たちです。早く応援に駆け付けましょう!」


「よし、急ごう!」


 砂埃が舞った場所へとカルガド達が駆けつけると、数十人の武装した集団が赤い魔物を取り囲むような陣形を取っていた。

 隊長たちは赤い魔物を取り囲み、一人にターゲットを絞らせないような戦いを行っていた。


「さすが隊長の班だ」


 ターゲットを絞らせず、最小限に被害を留めてはいるものの、それでも戦闘不能となった兵士達が辺りに転がっていた。転がっている兵士のほとんどは身体に火傷を負って苦しんでいた。


「ぐぅ!」


「ランド隊長!」


 迫り来る鉤爪を交わしたランドだったが、躱すと同時に襲いかかってきた太く長い尻尾の薙ぎ払いを回避することが出来ず尻尾の餌食となった。


「大丈夫だ」


 地面に転がることで勢いを殺したランドは、起き上がって再び赤い魔物に向かって行った。


「俺たちも」


「ああ」


 ランドの無事を確認したカルガド達も、赤い魔物に向かって得物を構えた。

 先ほどの戦闘を見ていたカルガド達も同じように、一撃入れたら距離を取るというヒットアンドアウェイの戦法で攻撃していく。

 赤い魔物の攻撃を躱した兵士と入れ替わるように、バーフィンドが赤い魔物の腕を狙って大きく横に剣を振り抜く。


「っぁ゛!?」


 思いっきり振り抜こうとしたバーフィンドの剣は赤い魔物の硬質な鱗に通用せず、衝撃が自分へと跳ね返り苦悶の表情を浮かべた。

 更に、バーフィンドの剣は半ばから砕けてしまった。


「ってぇ…」


「バーフィンド!」


 思わず剣を手放してしまったバーフィンドを、ジロリと赤い魔物の瞳が捉えた。

 それに気付いたカルガドが声を張り上げるも、反動で呻いていたバーフィンドは反応する事が出来ず、赤い魔物の腕に払われてしまった。


「がっ!?」


 数メートル吹き飛ばされ地面に転がるバーフィンドを見て血相を変えたカルガドが駆け寄った。


「大丈夫か!?」


「ってて…ああ、なんとかな。鉤爪とかじゃなくて助かった」


 カルガドの声に返事をして起き上がるバーフィンド。

 バーフィンドの身体から血は出ていないようだ。寧ろ地面を転がったせいで服がボロボロになっているだけだった。


「おい、カルガド。あの魔物の鱗とんでもない硬さだ。全く刃が通らないぞ」


「奴の鱗はただ硬質なだけじゃなく、全身を覆う魔力にも守られている。その守りを突破するには武器に魔力を纏わせる必要がある」


「ランド隊長!」


 いつの間にかカルガド達の傍に来ていたランドがカルガド達に赤い魔物の特徴を説明する。


「お前たちが身体に纏わせている魔力の一部を自分の武器に回せ。多少防御力は落ちるが、攻撃力は格段に上がる。それに、武器に魔力を纏わせねば奴に傷をつけることは出来んぞ」


 魔力を全身に覆うことで見えない鎧を纏い、防御力を底上げすることが出来る。纏わせる魔力が強いほどその鎧は強固となり傷が付きにくくなる。ランドやバーフィンドが地面に転がっても擦り傷や血がなかったのは、この魔力で出来た鎧のお陰だ。

 魔鎧は自身の身を守るほかに、普通の鎧とは違い重さを感じさせないため普通の鎧を着た者より身軽に動くことが出来る。魔力を扱える者の多くはこの魔鎧を纏っている。

 話し終えたランドは、すぐに戦闘の中へと戻っていった。


「なるほど、だが俺の剣は折れて…」


「バーフィンドさん、僕のを使って下さい」


「いいのか?」


「一応護身用として待っていますが、僕はただの伝令兵なので戦闘ではあまり役に立てそうにないですから」


「そうか、なら使わせてもらうわ。危険だからお前はここから離れてろ」


「わかりました。ご武運を」


 ランドから赤い魔物の守りを突破する方法を聞いたカルガド達は、早速守りに回していた魔力を武器にも纏わせるために集中を始めた。


「よし」


「武器に魔力を纏わせるのは初めてだったが、案外簡単に出来るんだな」


「あぁ、これで俺たちも…」


 カルガドとバーフィンドは赤い魔物の様子を伺い、攻撃の後に出来た隙を見逃さずに突撃した。

 すかさず飛び出して行った二人はその勢いのまま赤い魔物を切りつけた。

 

「攻撃が通る!」











 カルガド達が正体不明の赤い魔物と戦闘を繰り広げている中、シロ達はシャングリラの街から既に離れていた。いてもいなくても関係ないのだが、いつも門を見張っている兵はいなかったためそのまま門から街の外へと出た。次の街へと向かおうとするシロの中には、どこか後ろ髪を引かれるような感情が残っていた。

 御節介をしてきた門兵。逃げずにずっとシロのことを待っていた宿の女将のことが何故か頭にこびりついていた。


「ルピナ?」


 街の姿が見えなくなっても、ルピナはずっと街の方を向いていた。

 何か街に忘れ物をしたのかと考えていると、突然ルピナがアイスドールの肩から降りてその場に立ち止まってしまった。

 シロはアイスドールを停止させ、地面に降りた。


「どうしたの?」


「呼んでる…」


「呼んでる?誰に?」


 ルピナは誰かに呼ばれたと言うが、シロの耳にはその声は全く聞こえていない。

 シロがルピナに問いかけるが返事はない。


「行かなきゃ」


「待ちなさい!」


 次の瞬間、ルピナは何かに引っ張られるかのような勢いでシャングリラへと走り出した。

 咄嗟に掴もうと出した手は届かず、シロの制止もルピナの耳に届くことはなく、街に向かって走って行ってしまった。


(待って…)


 シロはルピナの後を慌てて追いかけたが、前を走るルピナのスピードについて行けず、みるみる離されていった。さらに、走って一分も経たない内にシロの体力に限界が来てその場に立ち止まってしまった。


「アイスドール!」


 制止していたアイスドールに乗って追いかけるシロ。

 どんどんとシロの視界から遠ざかっていくルピナの後姿を見て、あの日の記憶が連想される。血の涙を流し憎しみや苦悶の表情を浮かべながらこちらを見る両親の首。眼球を抉られ、血を吐き出しながら必死に逃がそうとする老人の姿。


(待って…お願い)


 だが、アイスドールに乗ったシロとの距離は縮まらず寧ろ離されていく。


(お願い、置いていかないで…)


 また一人になってしまうのではないか、このまま姿が見えなくなってしまったら二度と会えなくなってしまうかもしれない。あの時ぽっかりと空いてしまった穴がようやく埋まってきたばっかりだというのに、また空いてしまうのではないか。


(もう一人になんてなりたくない。私を一人にしないで…)


 もうそんな気持ちは味わいたくはないと、シロは自分の身体を抱き寄せて蹲るようにして殻に閉じこもっていると突然シロの身体がガクンと揺れ、現実に引き戻された。


「何?」


 シロを襲った揺れの正体はアイスドールが起こしたものだった。

 ガタイの良い人型だったアイスドールの両腕が地に着いていた。シロの記憶にあるアイスドールは、両腕が地面についておらず、両足で走っていたはずだ。

 更にアイスドールは重量のありそうな形から軽そうな細い姿へ。両腕は走り易いように短くなり、体つきはバネのある柔軟な身体へと変わって行く。

 二足走行から四足走行へと変化したアイスドールの姿を、シロは唖然と眺めていた。


(勝手に形が変わった…。どうして?私は何の命令も出していないのに。これは私が創り出した人形のような物のはず。人形に意思があるはずがない)


「もしかしてお前、喋れたりするの?」


「…」


 シロはアイスドールに向かって話しかけるが、アイスドールはそれに答えることはなく街に向かってただ走り続ける。


(そう。やっぱり人形が喋れるわけないわね)


 シロが優しく背中を撫でると、アイスドールの身体が一瞬だけ嬉しそうに震えたような気がした。






 遠く見えていたシャングリラの姿が大分近付いて来た時、シロはようやく前を走るルピナの姿を捉えた。


「…見えた。アイスドール、お願い」


 シロのお願いに応える様に、アイスドールは更にスピードを上げてルピナとの距離を縮めていく。

 ようやくルピナに追いついたアイスドールはルピナの服の襟を咥え、そのまま背中に放り投げる。

 突然の浮遊感に襲われたルピナは、ポテッとアイスドールの背中に着地した。


「あ、シロ…」


 アイスドールの背中に着地したルピナが恐る恐る視線を上げて見ると、鋭い視線でルピナを睨見つけるシロがいた。


「ごめんなさ――」


  鋭い視線に睨まれ、怒られると感じたルピナがシロに謝ろうと頭を下げようとした瞬間、ルピナの言葉を遮ってシロはルピナを抱き寄せた。

 シロはぎゅっとルピナを抱き寄せたまま動こうとしない。怒られると思っていたルピナはぽかんとした表情を浮かべたまま不思議そうにシロを見上げる。


「シロ?」


 肌が接触している部分からシロの冷たい体温と微かな震え(・・・・・)が伝わってくる。


「勝手に一人でどこかへ行かないで、お願い」


「…ん」


 ルピナが頷いたことで、ようやくルピナは解放された。解放されはしたが、シロはルピナを膝の上に乗せたままアイスドールを走らせた。






 ルピナを乗せてシャングリラまでアイスドールを走らせる。ルピナを追いかけて大分走っていた、街の入り口はもう目の前だった。シロは街へと入る前にルピナに質問をした。


「ルピナ教えて。どうして急に走り出したりしたの?」


「誰かに、呼ばれた」


「誰かに?」


(私にはそんな声聞こえなかった…。どうしてルピナだけ?)


 誰に呼ばれたのか聞いてみると、ルピナは首を横に振った。


「そう……。なら私もそこに案内して」


「ん、分かった」


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