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先祖返りの吸血鬼  作者: 秋初月
二章 赤い化け物
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赤い化け物

 




 丁度時計の針が深夜二時をまわる頃、シャングリラの街は未曽有の危機に陥っていた。

 時間は少し遡ってシャングリラの街に危機が迫る前、最初に異変に気が付いたのはシャングリラを含む領地を治めている領主だった。

 夜遅くまで書類の整理を行っていて眠気を覚ますためのコーヒーを口にしているところだった。カップを置いて再び書類の整理に戻ろうとした領主は、コーヒーの水面が波立っていることに気が付いた。


(ん、なんだ?)


 不審がる領主がじっと見つめていると、コーヒーの入ったカップがカタカタと揺れだした。


(地震か?いや、違う)


 地震かと考えた領主だが、すぐに否定した。ビリビリと肌を刺激する感覚に嫌な焦燥感を覚えた領主は、急いで窓を全開に開ける。時刻は夜中の二時を回っているため、外は暗闇に覆われている。


「“戦乙女たる光の化身に使えし我が声に答え、その神気を与え賜え”《フラッシュ》!」


 多目に魔力を込め、発動した魔法によって暗がりが一気に明るくなる。領主が感じたその焦燥感の正体は、屋敷の上空にいた。

 大きな巨躯と翼を広げ、真っ赤に染まった体を持った魔物がこちらに向かって飛んできていた。


(まずいぞ!結界に衝突する!)


「ぐっ!」


 魔物の侵入を防ぐために張ったドーム状の結界へと真っ直ぐ衝突し、大きな衝突音と衝撃が走る。その衝撃の余波はこの屋敷にまで到達し、窓ガラスを割って屋敷全体を揺らした。領主は咄嗟に姿勢を静め、襲い掛かる揺らぎに耐える。


(なんだあれは…あんな魔物見たことがないぞ。見た目は火蜥蜴(ファイアリザード)と似てはいるが、奴には翼がない。それに、あの巨体…。一体、何体の魔物を食らったらあそこまで大きくなるのだ!?)


 魔物は他の魔物を食らうことでその階級が上昇し、上限まで上がるとその魔物は変態をする。通常はその変異が行われる前に討伐されるのだが、稀に討伐が間に合わなかったりすることがある。変態が完了した魔物は、変態前とは比べ物にならないほどの力に成長し、個人では手が付けられず騎士団が動く。


(急いで帝都に応援を要請――)


「ご無事ですか領主様!」


 揺れが止むと、扉の前にいた兵士が扉を開けて入ってくる。「ああ、大丈夫だ」と肩にかかったガラス片を払い、兵の肩を借りて立ち上がった領主は改めて窓の外を確認した。

 結界と衝突した魔物は未だ上空を飛び、中に侵入をしようと体当たりを繰り返している。


「領主様!危険ですのでお下がりください!」


 屋敷全体が揺れるほどの衝撃に、結界が壊れてしまうのではないかと焦りを感じた領主だったが、壊れることなく魔物の侵入を拒んだ結界を見て余裕が戻る。


「大丈夫だ、長年魔力をつぎ込んで強化し続けたんだ。並みの魔物が攻撃し続けても何年も持ちこたえる結界だぞ?ほら見ろ、今だってあの魔物の攻撃に耐えて――」


 自慢げに語っていた領主の言葉が突然途切れ、一瞬戻った余裕の顔が再び凍り付く。

 体当たりを繰り返していた魔物の動きが止まり、息を吸い込む動作をする。閉じた口から火の粉が溢れると同時に、大量の炎が口から迸る。初めは問題がないように見えていた結界に、少しずつ罅が入り始める。その罅を見た魔物は翼を羽ばたかせて急上昇をする。


「結界に、罅が……」


「衝撃に備えてください!」


 初めて結界に罅が入ったことによる衝撃で呆然としていた領主は、傍にいる兵士の切羽詰まった声を聴いて我に返る。

 刹那、凄まじいスピードで急降下した魔物が再び結界に激突する。穴の空いた結界は、その中心からボロボロと崩れ魔力へと戻り空中に霧散していく。運よく結界が破壊されたことで先ほどの様な衝撃波は来ることはなかった。

 だが、長年魔物の侵入を防ぎ、街の平和を守ってきた結界が一体の魔物によって呆気なく崩壊した。


「馬鹿な……」


 街の守りを破壊された事実に頭の中が真っ白となった領主はがっくりと膝をついて絶望の表情に染まる。

 結界を破壊し終えた魔物はそのままここを破壊し尽くしていくのかと思われたが、幸いにも結界を破壊をするだけで何もせずに飛び去っていった。


「ここが目的ではないのか…?あの方角は……シャングリラか?一体、そこに何があるというのだ…」


(このことを早く報告してあの魔物を討伐しなければ手遅れになる…)


 震える手で起こった旨を書き記した羊皮紙に魔力を注ぎ込んだ領主は、その羊皮紙を窓の外に向かって放り投げる。その直後、裏に描かれた魔法陣が光り、フクロウの姿に変化した羊皮紙は帝都に向かって飛んでいった。













 屋敷が燃えている。

 暴れる少女の身体を顔の見えない老執事が必死に引き留めている。その少女の瞳には武装した兵士のような服装をした人間達が、燃え盛る屋敷を取り囲むようにして並んでいる様子が映っている。

 ようやく少女が暴れるのを止めると同時にその映像は途切れた。


「…ぃ……」


 浅い眠りに入っていたシロは急に寝苦しさを感じる。その寝苦しさを和らげようと、無意識に寝返りを繰り返す。少しだけ夢から戻って来たシロの耳を何かの音が通り抜ける。


「…ぉ…て」


 寝返りを打っても一向に紛れる気配のない寝苦しさがシロの眠りを妨げる。左右に揺さぶられる感覚によって、今だ夢うつつの状態だったシロの意識がようやく覚醒する。目覚めたシロは、自分が無意識のうちに汗を搔いていたようで気持ちが悪い。


(嫌な夢を見ていた気がする…)


「シロ、起きて」  


 シロを呼びかけるルピナの声音に、若干の焦りを感じる。

 妙に室内が蒸し暑く外が明るい気がする。この蒸し暑さにシロの心が少しだけざわつく。


「外、見て」


 ルピナに促されるように窓の外を覗いたシロの目に映ったのは、業火に呑まれる街並みだった。その光景を目にしたシロの脳裏にあの日の出来事が蘇る。


「あぁ…」


「シロ?」


「だめ…嫌……!」


 突然シロの様子がおかしくなり、ルピナは初めて見るシロの取り乱した姿にどうしてよいのか分からずに狼狽える。街の様子を見つめていたシロの両目から涙が零れた。


「置いていかないで……お父様、お母様…」


「……」


 震える声でそう口にするシロ。

 そんなシロの様子をみたルピナは、そっとシロの身体を優しく抱きしめた。


「大丈夫、ルピナはどこにもいかないよ?」


「……ルピナ?」


 ルピナのとった行動によって、シロの意識がようやく戻って来た。シロを安心させるようにしばらく抱き着いていたルピナの頭を撫でた後、シロは涙を拭いて「ありがとう。もう大丈夫」と口にしてベッドから下りる。


「これ、どうなってるの?」


「分からない、ルピナが起きたときにはもう――」


「外に出る、ついてきて」


 シロ達が宿から出てきたことに気づいた女将が声を掛けてくる。


「ああ、良かった!あんた達も無事だったんだね」


(分からない…。全くの他人であるにも関わらず、どうして私を気遣うの…。人間は、もっと残虐で欲望に塊で忠実なはず)


「避難するように呼びかけがあったけどあんた達がなかなか降りて来ないから、心配して丁度呼びに行こうと――」


 その時だった、焼けて脆くなった建物がこちらに駆け寄ってきた女将やまだ避難していなかった人たち目掛けて倒壊してきた。逃げても間に合わないと悟って呆然と立ち尽くす人や悲鳴を上げる人が、圧倒的な質量に押しつぶされるその刹那、人々の目前まで迫ってきていた建物が一瞬にして凍り砕け散った。


「きれい…」


 砕け散って、氷の結晶となった建物が空中に舞う光景に、誰かがぽつりとそう呟いた。


「一体誰が……ってあれ?あの子たちは?」


 他の人たちと同様に、先ほどの光景に目を奪われていた女将は、いつの間にかシロ達の姿がないことに気づく。どこにいったのか周りをキョロキョロと見渡すが、シロ達の姿を見つけることは出来なかった。


「お~い、大丈夫ですか~!避難場所へ早く!」


 シロ達がいなくなったのと同時に、兵士が現れ避難するよう呼び掛けている。


「ねぇ、あんた。このぐらいの身長の、二人組の少女を見かけなかったかい?」


「いえ、見てませんが…。見つけたら避難所へ連れていきますので、貴方も早く逃げてください」


「ああ、わかったよ。ほら、いくよエンリ…エンリ?」


 女将が目を離した隙に、先ほどまで近くにいたはずのエンリの姿まで見えなくなっていた。










 ――時間は少し戻り、シャングリラの門付近にて


 

 夜番を勤めていた門兵の一人が、ふと何かが変化したことに気づくも、結局それが何かは分からず時間が経つとともに頭の中から消えていった。

 深夜一時半ごろ、静かだった街の警鐘が突然鳴り響き、街の灯りが付き始め急に騒がしくなる。


「おい、バーフィンド。なんか騒がしくないか」


「知らん。どうせあほな連中がバカ騒ぎでもしてるんじゃないのか?」


 仕事中であるにも関わらず、立ったままうたた寝を始めていたバーフィンドの横っ腹を無言で殴る。


「グハッ」




 門番としての仕事を放棄するということも出来ず、街の様子を確認したいという気持ちを抑えながら三十分くらいその場で滞在していると、街の方から門の傍にある詰め所に向かって伝令兵が血相を変えて駆け込んでいるのが見えた。今詰め所の中には、交代役の二人が仮眠を取って眠っている。


「カルガド」


「ああ」


 お互いに顔を見合わせた二人は詰所に走っていくと丁度、報告の最中だった。そして、伝令兵から知らされた内容に二人は愕然とした。先に話を聞いていた詰所の中にいた交代役の一人の怒号が飛んだ。


「ふざけるな、冗談も大概にしろ!そんなことがあるわけがないだろう!」


「事実です!信じがたい内容ですが、たった数十分前に、ある一体の魔物によって領地全体を覆っていた結界が破壊されました!幸い、魔物は領地を襲わず飛び去って行ったとのことです」


 真剣に語る伝令兵の顔を見て、それが冗談で言ってるものではないと悟る。とりあえず、領都が無事だと聞いた二人に安堵の表情が浮かぶが、伝令兵の続く言葉に再び驚愕する。


「ですが、領都からの報告によりますと結界を破壊した魔物は現在、ここ、シャングリラを目指して移動中!領都からの援軍と共に、討伐隊がくるまでなんとか持ちこたえてほしいとのことです!」


「まじかよ、たった一体で結界を破壊するとかどんな化け物だよ」


「おい、ハンカ!その魔物特徴を詳しく教えてくれ!」


「その魔物特徴は――」


 ハンカと呼ばれた伝令兵が答えようとした瞬間、巨大な影が詰め所に覆いかぶさった。

 反射的に上を見上げたハンカの顔が、徐々に青白く染まっていく。


「巨大な体に、それを持ち上げる巨翼。蜥蜴(リザード)に似た容姿に、あの特徴的な赤い色……。間違いありません!あ、あいつです!あいつが結界を破壊した元凶です!」


「なんだと!?」


 ハンカのその言葉に、この場にいた全員に緊張が走った。

 ハンカたちのいる詰め所を通り過ぎた赤い魔物は街の中央付近で止まった。


「おい、あいつ何をする気だ…?」


「おい、まさか…やめろ…やめてくれ…」


 赤い魔物の口から火の粉が溢れるのを見たカルガドはその動きから何をしようとしているのか悟った。これから起きることを予想したカルガドの顔がくしゃりと歪んだ。

 

「街には…その方向には妻や子供が寝てるんだよ…なぁ、頼むよ」


 そんなカルガドの悲痛なお願いに魔物が耳を貸すはずがなく、無情にも赤い魔物の咢は開き、大量の炎が街に降り注いだ。降り注いだ火の雨は、あっという間に街全体を火の海に変えた。眼前で繰り広げられた惨劇に、カルガドはがっくりと膝を地面に付けた。


「ああ、そんな…」


「カルガドさん、落ち着いてください――」


「妻と子供を失った俺に落ち着けというのか!?」


 落ち着けという言葉に激昂したカルガドは、ハンカの胸ぐらを掴んで持ち上げ睨みつけた。


「…ぐ…ぁ」


 胸ぐらを掴まれて持ち上げられたハンカは、苦しそうに喘ぐ。このまま絞め殺しそうな勢いのカルガドを見て、バーフィンドがカルガドの腕を掴んで止めた。止めに入ったバーフィンドによって、冷静さを取り戻したカルガドは、「すまない…」と言ってハンカの胸ぐらを離した。


「やりすぎだ、カルガド。少し頭を冷やせ。別にハンカだってこんな時にお前を煽るためにいったつもりじゃないだろう」


「げほっ、げほっ……はい、まだ続きがあります。十数分前に既に避難勧告を行っており、住民の避難は殆ど完了していると思われます。まだ避難していない住民はいるかもしれませんが、街には兵が住民の避難の誘導を続けていますので、被害は最小限だと思われます」


「本当か!?」


「はい。領都からの素早い連絡のお陰で、こちらも迅速に対応することができたのです」


「そうか……良かった…。ハンカ、さっきは本当にすまなかった」


「いえ、大丈夫です。ご家族、無事に避難しているといいですね。あ、でもこの借りは後でご飯おごってもらいますからね。先輩に絞め殺されるかと思って怖かったんですからね」


「あ、てめぇハンカきたねぇぞ!」


 そう言って、憎たらしい笑みを浮かべるハンカをカルガドが追っかけ始めた。二人のやりとりを見て、やっといつもの感じに戻ったとバーフィンドは一安心した。


「よし、あの赤い化け物をとっととやっつけて俺たちの平和な街を取り戻すぞ!」


「おう!」






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