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先祖返りの吸血鬼  作者: 秋初月
一章 物語の始まり
1/12

崩壊

残酷な描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

 



「大丈夫よ、ミラ」

「…お母様、お父様」



 ミラハイト・フィナマールは、目の前で武装した人や屋敷の使用人達が慌ただしく廊下を走っている光景を見ながら自分の両親を心配そうに見つめる。お母様はミラの頬に軽く手を触れ微笑むと、そっと抱き上げて隣に静かに付き従っている老執事にミラを預けた。

 お父様は何も口には出さず、ミラが預けられたのを確認すると立てかけてある剣を持って武装した人たちと共に飛び出していった。

 現在、ミラが暮らしている国—バジルファ―ド王国—は、突如隣国ガルジダルカ帝国からの侵略を受け、戦争状態にある。ガルジダルカ帝国との戦争は終始劣勢で徐々に押し込まれていった。なによりもバジルファードを上回る圧倒的な数で攻めてきており、なすすべもなく各領地の防衛は突破されていった。と、言うような報告を受け、王都も侵略を受けていると思われる現状、国王を守る軍を他の領地の援軍に回すのでは本末転倒であるため援軍には期待することはできないだろうとお父様は言っていた。

 そして、現在ミラが住んでいるフィナマール領にもガルジダルカ帝国軍が攻め込んできており、ミラの平和な暮らしは一瞬にして崩れ去った。



「ミラ、これを持っていきなさい」

「お母様、これは?」



「ご先祖様が昔に残したものらしいのだけれど、先代に聞いてもこれがなんなのかよくわからなかったわ。それを私たちに伝えなかったのか、それとも途切れたのかはわからないわ。だけど、これは代々うちの家系が大切に守ってきているものよ。これだけは奪われるわけにはいかないわ。だからミラ、これをお守りだと思って持っていきなさい」



 そう言って、真剣な眼差しでミラの澄んだアメジストの瞳を見つめるお母さまから手渡されたものは、不思議な生物の形をしたペンダントだった。双翼があり、口らしき部分には歯が二本突き出ていた。そして、そのペンダント自体が淡く光っており、ミラは、こんな不気味なものがお守りなの?と思った。

 ミラが手に持ったペンダントが淡く輝いていた。ミラが持った途端に反応を示したペンダントを見て、一瞬悲し気な顔を見せる。



「お母様?」



 お母様の表情の変化を見逃さなかったミラは不思議に思い声を掛けたが、ペンダントを渡し終えたお母様は「なんでもないわ」と言って立ち上がり、ミラを抱き上げている老執事に声を掛けた。



「頼みましたよ、ヴァイト。そこの隠し通路を抜けると外へ出ることが出来ます」

「かしこまりました奥様。お嬢様は必ずお守りいたします。……ですが、本当にこれで良いのですか奥様」



 一度は思いを断ち切って背を向ける奥様だったが、チラリと振り返ってミラの心配そうな顔を見た瞬間、我慢できないといった風にミラに抱き着く。



「もし、私たちに何があっても決して人間を憎んではダメよ。復讐に身を堕としたらダメ。一度、復讐と言う名の獣に落ちた人間は戻れなくなるから」


 

 涙を流して、言いたいことを全て吐き出して立ち上がった奥様は、ミラを老執事に改めて預けた。お母様が私に向かって言ったその言葉の意味を、ミラはこの時はまだ理解していなかった。

 ミラを優しく抱きかかえたたヴァイトと呼ばれた老執事は、お母さまに恭しく礼を返して隠し通路を進み始めた。

 どうして屋敷の窓やカーテンを閉め切り、ミラに外の様子を見せないようにしているのか。何故お母様がヴァイトに自分を預けたのか。さらに、隠し通路へと続く扉が閉ざされる際に涙を流しているのかは何となく察することが出来た。明確なことはわからないが、ミラに外の様子を見せたくない様子だった。外の様子を遮断しても、聞こえてくる音は遮断することができなかったため、ミラは何者かの襲撃を受けていることは理解していた。度々賊が侵入してくることはあったが、ここまでの騒ぎではなかったため、何とも言えない不安に襲われながらもミラはヴァイトに抱えられて隠し通路を進み始めた。

 通路の中は外からの音が聞こえてくることはなく、老執事が通路を走る際に地面と靴が奏でる音と、息を切らしながら走り続ける荒い呼吸音だけが響いていた。夜に近い時刻の出来事だったため、ミラはうとうとしながらしばらく老執事の胸の中で揺られ続けていたが、その揺れがピタリと止まったことで目を覚ました。外に続く扉を開けて外に出てみると、信じられない光景がミラの目に飛び込んできた。その目に飛び込んできた映像により、ようやく自分が陥っている状況が理解することができた。



「…ねぇ、ヴァイト!どういうこと!?どうして私が住んでいた屋敷が燃えているのよ!お母様は?お父様は!?」

「お、お嬢様!?お静かにお願い致します!今そんな声で騒がれては賊に気づかれてしまいます!」

「賊って何!?何がどうなっているの!?は、放してください!お母様とお父様の所へいかないと!」

「だ、ダメですお嬢様!今戻ってしまっては旦那様と奥様の行為が無駄となってしまいます!」

「で、でもっ…!」



 住んでいた屋敷が燃えている光景を目にしたミラは、先ほどまで眠そうにしていた顔を一変させて、ヴァイトの腕から抜け出そうと暴れ始めた。ついさっきまでいた自分の屋敷が燃えている光景を見ては仕方のないことだろうとヴァイトは思った。

 だが、ヴァイトはいきなり暴れ出して屋敷に戻ろうとするミラを必死に宥める。今ここで屋敷に戻ろうとするのを許してしまえば、旦那様と奥様がせっかく我が身を犠牲にしてまでミラを守ろうとした行為が無駄となってしまう。それでは「ミラを頼んだ」と言った自分の主に顔向けすることが出来ない。



「ミラお嬢様、ここは危険ですのでここから少し離れたところにある湖で休みましょう。ここにいてはすぐに賊に見つかります」

「嫌よっ!お父様とお母様を助けに行かな…」

「お願いしますお嬢様。お嬢様が逃げて生き延びることが、旦那さまや奥様の願いなのです」



 今まで見たこともないほどの真剣な表情で訴えかけるヴァイトの顔に言葉が途切れた。暴れるのを止め、下を俯いたミラであったが、ややあって顔を上げて口を開いた。



「……わかりました」







「ここまでくればしばらく追ってはこないでしょう」



 なんとかミラを宥めて湖へと移動したヴァイトはホッと息を吐いた。ミラはヴァイトがもう大丈夫だと言う言葉を聞いた途端力の抜けたように近くにあった木に寄りかかるようにして倒れこんだ。ヴァイトが慌てて近寄ると、すぐにスースーと穏やかな寝息が聞こえたため安堵した。よほど疲れがたまっていたのだろう。気持ちよさそうにぐっすり眠っている。



(だけど、どうしてガルジダルカ帝国は急に侵略を…)



 ふと、急にヴァイトは思った。


 ガルジダルカ帝国は記憶にある限りでは、強敵フレアダート王国に対抗をするためバジルファード王国と手を結んでいたはずだ。なのに、フレアダートを無視して攻撃に仕掛けてくるのは全くもって意味が分からない。そんなことを逆にガルジダルカ帝国が不利になるはず。それが分かっていないはずもないのになぜ…。それに、遠目で見えた敵軍が来ていた服装は心なしかガルジダルカ帝国軍のとは違っていたように思える。ガルジダルカ帝国のに似せてはいるがよく見ると違うような…と理由を考えていたヴァイトであったが、ミラがぐっすり寝ているのを見て、ここに来るまでに相当疲労がたまっていたのか眠気が急に襲ってきたため一時考えるのを止めて眠りについた。






「――……――……」

「…ん」



 何かの音が聞こえ、夜中に目を覚ましたミラはあたりを確認した。もしかして追手が来たのかと思ったが、周りには追手らしき姿はなかった。

 ならばヴァイトが起きたのかと思い、ヴァイトの方に視線を向けてみると、木を背中にして眠っているようだ。あの年齢でこのような事態は老体には相当な負担だったのだろう。ミラが目を覚ましたことに気づくことはなくグッスリ眠っている。

 ミラも何も起きていないことが分かり安心すると、再び眠気が襲ってきたので瞼を閉じた。


 ミラの首から掛けている不気味なペンダントが怪しく輝いていた。






 次の朝、目を覚ましたヴァイトはミラを起こして湖を後にした。一か所にとどまるのは賊に見つけてくれと言っているようなものだ。移動するのも危険だが、何もせずここでじっとしているほうが危険だ。

 安全な街へ向かうべきだと判断したヴァイトはミラと共に移動を開始した。当てがあるわけではないが、ここから南に国境を越えて進むと、ガルジダルカ帝国に勝とも劣らないほどの武力があるフレアダート王国が存在する。

 フレアダート王国ならばすぐにガルジダルカ帝国に攻め入られるというようなことはないだろう。そこで、魔物を倒して素材を売ってお金を得ることができれば生きていくことが出来るはずだ。無駄遣いさえしなければ大丈夫だと思う。魔物の討伐に関しては、ミラが出来なくとも自分ならば、強い魔物と出会わなければいけると考えた。

 幸い、身なりの良いものを着ているので、それを売れば多少はお金の足しになるのでしばらくは生活出来るはずだ。



 近くに水場があり、多少足場が悪い中進んでいると前方から物音が聞こえたため、ヴァイトは歩みを止め警戒した。すぐに前方から数人の、屋敷でみたのとは違う装備で固めた男たちが現れた。見たことのない服装で固められた男たちを見て、昨夜屋敷を襲っていた集団の一部だというのはすぐにわかった。

 それに、あの紋様…。どこかで見たことがあるような。どこだったっけ…。


「く、こんなところまで」


「きひひっ、なんでこんなところにガキとジジイがいるんだぁ?」


「頭、あのガキの外見…」


「…あ?その格好に外見。きひひ、さてはお前、領主の娘だな?そして、そっちのジジイはお守兼護衛役だな」


「ひっ」


「ミラお嬢様お下がりください」



  ミラは初めて向けられる自分を舐め回すようなねっとりとした視線に思わず後退りをした。そんなミラを庇うようにヴァイトは携帯している剣を引き抜いて前に出る。

 そんなミラたちの行動を面白がるように、リーダーらしき男が前に出て、ニヤニヤとした顔で語り始めた。



「きひひひ!領主の女もいい声で鳴いたがお前もいい声で鳴きそうだな!領主の女を虐めるときに泣く声も良かったが、「やめてくれ!」と泣き叫ぶそいつの夫を刺し殺す瞬間はもっと最高だったなぁ!おれぁ女子供に興味はなかったが、この際だ。お前はどんな声で愉しませてくれるんだろうなぁ!」


「い、いやぁ!やめて!こないで!」



 不意を突くように自分の両親の無残な最期を告げられたミラは、そんなこと聞きたくないとばかりに反射的に耳をふさいだ。



「っ!貴様、これ以上お嬢様に近づくな!」



 お前らは手を出すなよと部下に言いつけ、じゅるりと剣を舐める男が接近してくるのを見てぞくりとした恐怖を味わったミラは、思わず悲鳴を零しその場にへたり込んだ。

 旦那様と奥様の最後を聞かされて頭に血が上りそうになったヴァイトだったが、ミラが崩れ落ちたのを目撃し、ハッと冷静に戻った。ここで冷静さを失えば、だれがお嬢様を守るのだと自分に言い聞かせる。男を危険だと判断したヴァイトは、これ以上ミラに近づかせまいと追い払うように剣を一薙ぎさせた。



「おっとっと、危ないなぁ。きひひ、そうだ、これをプレゼントしてやろう。お前のだぁ~い好きなお父様とお母様だ」



 ヴァイトの一撃を危なげなく回避した男は思い出したようにそう言って、ミラの目の前にドカッと二つの物体を投げた。それを見たヴァイトは目を見開き、我慢ならぬと言うように怒りを露わにした。ミラは目に涙を浮かべてよろよろと立ち上がり、その物体に近付いた。



「あ…あぁ、ぉ、お母さまぁ…おとぅ様ぁ…!」


「貴様らぁ!」



 男が投げた二つの物体はミラの両親の切り離された頭だった。快楽と苦痛の顔で涙を流してぐちゃぐちゃになった顔をしたまま切り離された奥様の頭。そして、もう一つは憎しみと怒りの顔で涙を流したまま切り離されている旦那様の頭。

 これを見て我慢できる者などいるはずがない。我慢の限界に達したヴァイトが目の前にいる、男目掛けて思いっきり剣を振り下ろした。

 だが、男はヴァイトの力任せに振られた一撃さえをひらりと躱し、大きく隙の出来たヴァイトの胸に一突きした。



「老人の串刺し一丁上がりーってな」


「ガハッ」



 心臓に一撃を受けたヴァイトは血を吐いた後、力なくその場に倒れこんだ。致命的な傷を負い、地面に倒れこんだヴァイトだが、瞳だけは色を失わず、力強く男を睨みつけていた。

  だが、それに気づいた男が笑いながら近づいてしゃがみ込むと、ヴァイトの目に躊躇いもなく剣を突き立てた。



「ぐわぁぁぁぁっ!」



 目を貫かれた激痛でその場にのたうちまわるヴァイト。剣は脳まで達して居らず、眼球だけを貫いていた。男は剣に滴る血を舐めとり、その光景を見て喜色を浮かべる。



「きひひ、その悲鳴最高だなぁ!」


「あ、あぁ…。ヴァ、ヴァイトぉ…」


「ぉ、じょう…さまぁ……お、逃げくだ…ぃ……がはっ!」



 悲鳴が上がり、ようやくヴァイトが死にそうになっていることに気づいたミラがよろよろと近づこうとした。致命的なダメージを負ったヴァイトは、ミラが近づいて来るのを見てこの場から逃げるように促すが、背後に立っていた男に大きく背中を切り裂かれる。飛び散ったヴァイトの血の飛沫がミラの顔に付着した。

 よろよろとミラに手を伸ばそうとするヴァイトだったが、再び背中を斬りつけられ力なく地面に落ちた。



「い、いやぁ!ヴァイト、お願い目を覚まして!私を一人にしないで…ょぉ!」


「生かしてお前を甚振る姿を見せつけてやることも考えたが、あのじじい押さえつけておくのはちょっと骨が折れそうだったからな…。さて、残りはお前だけだな、お 嬢 様ぁ」


「あ、あぁ…あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



 泣きながら逃げ出したミラだったが、あっという間に追いつかれて髪を掴まれた。持ち上げられる際にブチブチと髪が数本抜ける音が聞こえたが、髪が抜ける痛みをこらえながら抜け出そうと暴れた。



「いやっ!放して!」


「ちっ、大人しくしやがれ!」


「う゛っ!」



 暴れるミラの足が男の顔に当たると、それにキレた男の膝蹴りがお腹へと直撃した。一応、死なないように手加減されたようだが、ミラは声にならない痛みにその場に膝をついた。



「きひひ。ほら、せっかく放してやったのに逃げないのか?」


「…」



 ミラが何も答えないと、男がミラの髪を再び掴んで、顔を無理やり上げさせた。また髪の毛が千切れる音が聞こえてきたが、ミラは目に涙を浮かべ、憎しみの籠った真紅の眼(・・・)で男を睨みつけた。



「っ!」


「かはっ…」



 ミラの顔を覗き込んだ瞬間、男の背筋に悪寒が走り、 咄嗟にミラのお腹を蹴り飛ばした。再び声にならない痛みがミラを襲い、開いた口から唾液が漏れ出た。



「…興が冷めた。お前は今この場で殺すことにしよう」



 急に焦りの顔を見せた男がミラを殺そうと剣を抜いて近づくと、今までその様子を後ろから眺めていた部下らしき男が、男に質問してきた。



「いいんですか頭?こいつで楽しまなくて」

「……ああこいつは今、この場で殺すことにした」

「?」



 よくわからないと言ったような顔をする部下の男だったが、「頭がそう言うなら…」と少し残念そうな顔をしながら引き下がった。



「…元に戻っていやがる。さっきのは気のせいか?」



 再び男がミラの顔を覗き込んだが、ミラの瞳は元のアメジストの色合いに戻っていた。



「……気味がわりぃな」



 男はそう言って、ミラの心臓に躊躇いもなく剣を深々と突き刺した。

 剣を引き抜いた男は、何かを呟き地面に手を向けると魔法陣が浮かび上がり、そこから火の手が舞い上がり、草木に燃え移り、辺りを炎で包み込んだ。男はミラが焼き尽きることを確認することもなく踵を返し、部下を伴ってその場から離れていった。



「あ……ぐっ……」



 燃え盛る火の中でミラは、目から涙を流し、口から血を吐いてその場に倒れ伏した。ミラの吐いた血は、その近くで動かなくなったヴァイトにもかかった。

 急激に体の体温が下がっていく感覚と共に、段々と目の焦点が定まらなくなってきた。



 (………絶対に許さない。お父様とお母様を殺したあの人間を許さない。……平和だった生活を奪った人間が憎い!)



 血の涙を流しながらもう既にほとんど視界が霞み、はっきりと見ることは出来ないが、離れていく男を憎しみに燃え盛る瞳を宿した目で睨みつけ、人間に対する憎悪を抱いたミラの意識は暗闇へと落ちていった…。

 

 ――絶対に忘れるもんか、お前たちの顔と紋様はしっかりと目に焼き付けたから……!








何か誤字や脱字、意味が不明な文章などを見つけましたら、感想覧にてご報告していただけるとありがたいです。

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