非日常の前の平凡な日々
「先生。今月末申告の藤和建設㈱の決算申告書一式になります。三期比較及びキャッシュフロー計算書も添付してありますのでご確認よろしくお願いいたします。」
彼の名は斎藤・ロットン・直哉。
社会人生活6年目の日本人とロシア人とのハーフの主人公。 職業は税理士事務所勤務。 ハーフ特融の整った顔立ちではあるが、異性に対しては鈍感かつ仕事一筋な人生を歩いてきたため、29歳にして未だ彼女無しの至って平凡なサラリーマンである。
周りの友人や知人達はすでに多数が結婚して所帯を持っているのだが、彼に焦りはない。
結婚を考慮する時期は40歳を目安にするなど、自分の人生プランを持って生活している為、優先順位が後になっているだけなのだ。しかし、やはり家族は心配しており、実家に帰省する度に縁談関連を遠回しに勧められている。
彼の兄妹は早々に結婚している事も原因の一つになっているのだろう。
そんな両親に気付いていながらも、どこ吹く風の如く聞き流している。
小学一年生の頃に、彼とその兄妹は母親の実家に預けられ、両親が温泉旅行に行った際、帰りのバスが交通事故に会い他界した。
病院に着いて見た光景は、既に亡くなっていた父親の遺体と、集中治療室で長時間の手術の末残念ながら死んでしまった母親の姿であった。
連絡が有り、病院に着くまで、神様どうかお父さんとお母さんを助けてあげて!と、必死に祈っていた彼の願いは叶えられなかった。
非常な現実を直視した瞬間、彼の中で神は死んだのだ。
それからの彼は、何事にも神を頼らず己の万全を期す。をモットーにして生きてきた。
楽しい事より、今、自分に必要な事を優先として生活する。ただそれだけを絶対としていた為、恋愛を天秤にかけるとどうしても傾いてしまうのであった。
「ふぅ…明日の巡回監査の段取りをしないとな。光村歯科医院のレセプトチェックは終わってたから、あーでも会計データの月次ロックをしてデータ持っていく準備しとかないと…それ終わったら帰るか。」
華のない人生である。
しかし、一つだけ彼にも止められない嗜好品として、煙草がある。
仕事の段取りを組み立てる際に必ず吸いながら考えるのは一種の癖になっていた。
既に時刻は午前0時半。毎日がサービス残業なんて慣れてしまった。
テキパキと予定通りの作業を進め、自宅へと帰る。いつもの日常だった。
そう…次の日の朝に全ての人生設計が崩れる不幸な出来事が起こるまでは。